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スラ医ム先生の診療録  作者: 野生のイエネコ


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 翌朝、リンとクレアは、クレアの実家へと向かっていた。

 かつてクレアの家族が住んでいた場所は、こぢんまりとした木造の建物だった。壁は朽ちかけており、クレア曰く、屋根からは雨漏りがしていたという。


 その家の扉をノックすると、黒い狐獣人の中年女性が出てきた。

 裾のほつれた貫頭衣を纏って、くたびれた様子で俯いている。


「はい、どちら様……? っ、クレア!?」

「お母さん、久しぶり」


 クレアの母は、驚きと戸惑いを顔に浮かべて、おろおろとしていた。その表情に、喜びは見受けられない。そのことに不安を覚えながらも、リンはクレアの後ろから挨拶をした。


「クレアちゃんの友達のリンです。クレアちゃんが奴隷商に売られていたところを私の職場で雇い入れて、一緒にここまで旅をしてきました」

「そ、そう。そうなの。クレア、今の職場では、よくしてもらっているみたいね」


 クレアの母は、クレアの全身を眺めながらそういった。クレアはグレイモア医術院ではファーマの助手としてそれなりの扱いを受けており、衣類もしっかりしたもので、健康状態なども良好なものとなっている。


「お母さん、私今、元気だし、友達もできたし、幸せだよ。だから、気にしないでね」

「き、気にしないでって、何を?」


 戸惑う母親に、クレアは儚げに微笑んだ。


「私のこと、売ったんでしょう? 弟妹達を食べさせるためだもの。私、家族が元気ならそれでいいよ。だから、気にしないでね」

「そ、そんなっ、そんなことは……」


 母親は、ぎくりとした顔で一歩身を引いた。


「それだけ、伝えにきただけだから。ユーリたちは元気?」

「クレア……。そ、そうね。元気よ」

「よかった。それじゃ……」

「く、クレア! あの、ま、また遊びにいらっしゃい。まだこの自治区にいるんでしょう?」


 どこか卑屈な、媚びるような笑顔を浮かべて、クレアの母は言う。

 一瞬、気まずい沈黙が場に流れる。

 

「……うん。それじゃあ」

「それじゃあ、ね。あの、そちらのリンさんも……」

「あ、はい」


 二人は、クレアの母親にさっと挨拶を済ませると、すぐに帰路に着く。


「これでよかったの? クレアちゃん」

「いいんです。私、お母さんの反応で色々わかっちゃった」


 困ったような顔で、クレアは道端の石を蹴飛ばした。


「わかっちゃった、って、売られたこと」

「はい。でも、両親としても苦渋の決断だったと思います。一家全滅するか、私を売って生き残るかの瀬戸際くらいの貧しさでしたから」

「そう、なんだ」


 生ぬるい潮風が、リンの髪をかき回して過ぎ去っていく。

 リンは、クレアの境遇には納得できない気持ちがあった。それでも、他人の家庭のことにとやかく口を出すことができる立場でもない。


「とにかく、この獣人自治区で暮らしていけるようにしなくっちゃね」


 考えなければならないことはたくさんある。この自治区は魚を獲ってそれを作物と交換して生計を立てているものが多かった。

 リンとクレアは港で仕事を求めつつ、医術師としての看板を掲げることに決めた。


 とはいっても、医術師の看板を掲げたところでまだ幼いリンに信用があるわけもなく、患者が訪れることもない。

 獣人族の自治区で医療活動をするのだと息巻いて旅に出てきても、できることは少なかった。


 仕方なく、毎日漁港での仕事を行う。


「おじさーん! この荷物、こっち?」

「おう、そうだ! あとこれも運んどいてくれ、リンの嬢ちゃん」


 幸いにも、リンは働き者だったため漁港では気に入られていた。クレアもまた、同じ獣人族と言うことで獣人達からは受け入れられている。


 リンのスライムは、細かいところまで掃除ができるため、掃除人としても重宝されていた。

 漁港では忙しなく人が行き交い、魚を詰めた箱が運ばれていく。

 狼の獣人が大きな箱を持ち上げ、猫の獣人が網の手入れをする。


 そんな光景の中で、リンの毎日も穏やかに過ぎていった。


 ——でも、これでいいのかな……。


 リンは、獣人族を見捨てるという国の政策に反発して、獣人族の自治区に訪れた。だが、自治区を訪れたからといって、具体的に何かができるわけでもない。


「リンさん、どうしました?」

「なんか、医術師として訪れたはずなのに、医術師としてやれることがあんまりないなぁって」

「仕方がないですよ。それでも私は、リンさんがこの自治区を見捨てずに来てくれたことが嬉しいです」

「クレアちゃん……」


 リンがしんみりしていると、不意にクレアが何かを思い出したように立ち上がった。

 

「あっ! そうだ……!」

「どうしたの、クレアちゃん」

「漁師のルドさんが、息子さんが熱出してるって言ってた。見てあげたらどうでしょう?」

「そうなんだ! 声をかけてみようかな」


 しかし、ルドはリンの申し出に対して胡乱げに眉を顰めるばかりだった。


「嬢ちゃんが? まだ子供だってーのに、医術師の真似事なんて、やめなやめな」

「真似事じゃないです! 私、スライムで点滴だってできるんだよ! ちゃんと勉強してきたんだから!」


 反発するリンの頭を、ルドはぐりぐりと撫でる。


「わーったわーった。じゃあ、息子に会わせるだけ会わせてやるよ。うち来な」


 

 

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