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先王弟であるプロステート公を救った影響は、想像以上に大きかった。
後日、国王より直々に呼び出しがあったのである。
「へ、へ、陛下に謁見! ど、どうしよう先生! 私、礼儀作法とか知らない!」
その知らせを受けて、あわあわあわ、と、リンは慌てる。
「大丈夫ですよ、リン。プロステート公を救ったことに対する褒賞の話でしょう。大丈夫、大丈夫……」
一見冷静そうに見えるヴィクターも、流石にこの事態には緊張を禁じ得ないのか、大丈夫と繰り返し口の中で呟いている。
「ほっほ、そう焦るでない。国王陛下は穏やかな方よ。落ち着くとよい」
ソラリスにそう言われても、落ち着けるものでもない。リンはぐるぐると意味もなく歩き回る。
「ですが、抗菌魔法薬の開発と生産で随分と資金繰りも苦しくなっています。謁見のための服を用意するのも大変ですね」
ヴィクターは苦い顔でソラリスと相談していた。グレイモア医術院は、患者からの代金は最低限にしている。莫大な資金のかかる抗菌魔法薬も、格安で投与できるようにしていた。
その分、医術院の資金繰りは芳しくない。
なんとか中古で謁見のためのフォーマルな服を用意して、ついに謁見の日が訪れる。呼び出されたのは、グレイモア医術院の代表者であるヴィクターと、スライム使いとして名を馳せているリンだった。
「それじゃあ、行ってきます」
「気を楽に持っての。気をつけて行ってくるんじゃよ」
「はい。ソラリスおじいちゃん」
いつになく立派な服装に身を包んだリンたちは、馬車に乗り込んで王宮へと向かう。
大通りから見えている宮殿は、遠くから見るとなおその大きさと立派さが感じられて、リンは余計に緊張してしまった。
「ほわぁ」
たどり着いた王宮は、壮麗な飾り彫の施された石造りで、見上げるほどに高い。
「こ、こ、ここで謁見するんですね、先生」
「そうですねぇ。大丈夫ですよ、リン。大丈夫、大丈夫……多分……」
「多分って何ですか! 先生!」
「冗談ですよ」
ヴィクターは腹を括ったのか、冗談など言う余裕も取り戻していた。あるいは、リンを揶揄うことで平常心を保っているのか。
ともかく、リンたちは心を紛らわすように言い合いながら、王宮へと入っていった。
謁見の間は、天井から水晶のシャンデリアが下がり、壁には歴代の王の肖像画が飾られていた。床は毛足のなが真紅の絨毯が敷かれ、贅を尽くした作りである。
リンは緊張で喉がカラカラに乾いていて、呼びかけられても返事ができるかと不安になっていた。
隣を歩くヴィクターも、穏やかな薄い微笑みの奥に、緊張を隠しきれないでいるのが見てとれた。
こうべを垂れて跪き、名を呼ばれるのを待つ。
「ヴィクター・グレイモア、リン・ラクトゲル、前へ」
そして、朗々とした声が謁見の間に響いた。
二人は今一度深々と頭を下げ、玉座の前へと歩み寄る。
玉座に座る国王は、プロステート公よりも少し若い壮年の男性で、闊達とした面差しに柔らかな微笑みを浮かべている。
「此度はわが叔父プロステート公を救命したこと、大義であった」
「は、お褒めに預かり光栄です」
「叔父上より話は詳しく聞いている。聖教会の魔術医でも治せなかった病を、新しい医術で救ったと。それも、スライムという魔物を使って」
その言葉に、リンの背筋に冷たい汗が流れる。モンスターを体内に入れるという行為への嫌悪感を示されるのではないかと恐れたのだ。
だが、国王の言葉は予想とは正反対だった。
「そなたらの自由な発想、そして異界の医術書という素晴らしいものを読み解く力。それらは市井の医術師として捨て置くには惜しい」
「陛下、それは……」
「よって、そなたらの医術院を王立医術院として認可し、予算もつけようと思う」
「予算を!? ……予算があれば、切り捨てられた貧しい村も救うことができます」
その言葉は、グレイモア医術院の歴史を変える大きなものだった。
国家予算がつけば、医術院の資金繰りは大きく改善する。そうすれば、貧しい人たちを格安で救済することもできるのだ。
かつて疫病で切り捨てられ、滅びた村出身のヴィクターにとっては、望外の喜びだろう。
「そうだ。聖教会は貴族家の出身者も多い都合上、貧しい地域などでの活動が制限されてしまう。しかし、貧しい地域こそ医療を手厚くしなければ、疫病の大流行を引き起こす震源地となりかねんのだ」
「は、はい。それはわかります」
国王は聖教会の者たちよりも広い視野でものを見ており、現状の問題点にも気づいていた。しかし、だからと言って聖教会の魔術医たちに貧しい地域へ行くようにと言っても、貴族たちからの反発は免れない。
平民の医術師を育てようにも、旧態依然とした権威主義の中で平民を育てるのは厳しい。
そんな中に現れたのが、平民出身の医術師であり、異界の魔術書という特別な本を手にしたヴィクターであった。
国王はプロステート公よりその話を聞いてすぐに、彼らを活用することを思いついたのだという。
「そういうわけで、そなたらには王立医術院の医術師となってもらいたい」
「は、大変光栄に存じます」
「だが、一つだけ条件がある」
国王は、苦い表情でその口を開いた。
「そなたらは獣人の娘と共に暮らしているそうだな。……だが、獣人族の国とは、和平を結んだとはいえ、いまだ自治区は火種の坩堝である。よって、王立医術院を名乗るのならば、獣人族の自治区における医療活動を禁じる」
「え……」
リンは思わず衝撃の声を漏らしてしまい、王のそば近くに控えた文官が咳払いをする。
国王の言葉は、リンには理解し難くて——だが、じわりじわりとその言葉は頭の中に浸透していった。




