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「公! プロステート公! ご無事ですか」
「うう、ん」
ヴァスキュール侯爵の呼びかけにも、プロステート公爵は呻き声を返すばかりで、聞こえているのかいないのかも判然としない。
「意識状態が悪いですね。診察をいたします」
救急患者を診察する際には、まず気道が確保されているか、呼吸ができているか、そして、血液の流れはきちんと保たれているかを確認する。
プロステート公爵の場合、呼吸はきちんと保たれているが、脈を触ると弱々しく、しかも頻脈となっていた。血圧低下の兆候である。
「循環動態が悪いですね。ソラリス殿、一度光魔法の治癒術をかけてみてはもらえませんか?」
「だが、治癒術は効果がなかったと、プロステート公が……」
ヴィクターの依頼に、ヴァスキュール侯爵が口を挟む。
「今の病態は、今までのものとは違ってきている可能性があります。具体的に言うと……」
「敗血症、ですか?」
「正解です、リン」
その時、異界の医術書が光り輝いた。敗血症で、確定診断となる。
「ですが、感染巣がわかりません。どこで細菌感染が発生し、どこで増殖しているのか。それを突き止めなければ、救命するのは難しい」
「先生! こういう時は、とりあえず服を脱がすって習いました!」
「ああ、そうですね、リン。慌てていて失念していました。全身をまず診察しましょうか」
そうして、服を脱がしたところ、異様な光景が目に入る。
プロステート公の下腹部が、ボールでも詰め込んだかのようにぽっこりと膨らんでいたのだ。
「なんだ? これは、腫瘍……いや、違う。膀胱だ!」
そう、膀胱がパンパンに膨れ上がり、破裂寸前のボールのようになっていたのである。
「前立腺肥大に伴う、尿閉。そして、それによる水腎症が原因か!」
前立腺は、尿道を取り巻くように存在する、男性特有の組織だ。そこが何らかの要因で肥大すると、尿道を圧迫し、排尿できなくなる。その結果、膀胱に尿が溜まり続け、それが腎臓まで圧迫していき、細菌感染の原因ともなる。
それを解除する方法は——。
「リン、スライムで尿道カテーテルをしましょう」
「は、はいっ」
プロステート公の体面においてあまりに影響が大きいため、他の使用人たちを人払いする。尿道カーテルは、尿道の出口、陰茎の先端からカテーテルを挿入して、尿を出せるようにする方法である。
尿閉がひどい場合は、まずそれを解除して細菌の増殖源となった尿を外に排出することが必要になってくる。
だが、絵面があまりにも尊厳に関わるため、貴族相手にするにはあまりにもリスクの大きい処置でもあった。それでも救命のために必要なことであればと、ヴィクターは覚悟を決める。
トラウザーズを脱がせ、下半身を露出させる。リンは年頃の少女として直視するには厳しい光景に躊躇いつつも、スライムを操って尿道の中に挿入していく。
そして、しばらくするとスライムの管の中を黄色く濁った液体が逆流してきた。濁っているのは、細菌感染に伴う膿尿が原因だろう。
みるみるうちに、下腹部の膨隆は小さくなっていく。
尿閉は解除された。
だが、まだ予断は許さない状況だ。敗血症にまで進行してしまった病状は、たとえ尿閉を解除したところですぐに良くなるものでもない。
むしろ、全身状態は悪化しており、命の危険を伴う状態は続いていると言えた。
「リン、抗菌魔法薬の点滴をしましょう。ルートを確保します。スライムの用意を」
「はい、先生」
抗菌魔法薬の点滴をしながら、プロステート公の回復を待つ。血圧が下がっているのに対して、輸液の量を増やしながら全身状態を管理すること、数日。
ようやくプロステート公は目を覚ますようになった。
「ああ、私は一体……」
「公、ようやく落ち着かれましたか。心配しましたよ」
「ヴァスキュール侯爵、君が私を助けてくれたのか……」
「いいえ、こちらのヴィクター殿が。私の娘を奇病から救ってくれた恩人の医術師でございます」
「それはそれは……」
ゆっくりと、プロステート公が起き上がろうとする。それをメイドが支えて、背中の下に枕を挟んだ。
「ご無理をなさらず、プロステート公」
「いや、貴公らは命の恩人だ。感謝する」
意識が戻った公爵に対して、説明しなければならないことがある。それは、スライムを使った導尿の方法である。
敗血症は良くなっても、元々の疾患である前立腺肥大症は改善していない。薬はこの世界にはないし、手術をするにも安全性には課題が伴う。
となれば、スライムカテーテルによる対症療法が無難な選択肢であった。
だが、それを受け入れてもらえるかどうかはまた別の問題である。
「前立腺肥大症……なんと、そのようなものが……」
プロステートが受け入れられるかどうかを確認しながら、ヴィクターがゆっくりと病状を説明していく。そして、その対処法に話が及んだ時には、やはりプロステート公の顔は嫌悪に歪んだ。
「む、むむぅ。そのような方法を取らねばならぬのか」
「はい。そうでなければ、またこのように敗血症という、血液の中に細菌が感染してしまう事態となってしまいます」
「確かに必要なことだというのはわかるが、どうしても気持ちの上で抵抗があるのは否めぬなぁ」
人間としての羞恥心と尊厳、そしてモンスターへの心理的な抵抗が、スライムカテーテルを受け入れ難くさせていた。
だが、とリンは思う。羞恥心はどうにもならないけれど、モンスターへの心理的抵抗は、何とかできるかもしれない。
リンにとってスライムは友達だ。この先カテーテルとして預けることになる一匹のスライムと、プロステート公が仲良くなって仕舞えば、心理的な抵抗は軽減するのではないだろうか。
だから、リンは元気いっぱいにこう発言した。
「このスライムは、いい子です。不安があるなら、スライムとお友達になってみませんか?」
リンの提案で、プロステート公はスライムと共に過ごすことになった。
病後の経過観察の間、スライムとともに起き、スライムと共に食事を摂り、スライムと共に湯浴みをして、スライムと共に眠る。
「こうしてみると、なかなかに可愛らしいものだな」
スライムを撫でながら、プロステート公はリンたちとお茶をしていた。
「そうですよね!? スライムって、可愛いんです!」
力説するリンを、微笑ましげにプロステート公が見つめる。その様は好々爺とその孫のようであった。
「この度のこと、感謝する。私から国王陛下にもグレイモア医術院を目をかけるように進言しよう」




