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『疫病派遣員』となってから、誹謗中傷のビラによる嫌がらせは止んだ。だが、悪化した評判までは回復しない。
すでに来院したことがある人達からの評判は上々だったが、スライム点滴が生理的に嫌悪感を持たれやすいこともあり、人々からの印象は悪化したままなかなか改善しない。
「モンスターを体内に入れる魔女め! この街から出ていけ!」
一度嫌がらせが発生すると、大元が嫌がらせを止めたとしてもなかなか嫌がらせ自体は無くならない。『こいつは虐げてもいい奴』という認識が人々の間で発生してしまうせいである。
そんな価値観の歪みのせいで、リンは街を歩くと時折石を投げられるようになった。クレアが共にいるときは、さらに倍の嫌がらせを受ける。
「ごめんなさい、リンさん。私のせいで……」
「クレアちゃんのせいじゃないよ! 元々、スライム使いの私が忌避されているのもあるし……」
「そんな、リンさんはスライムで多くの人を救えるのに!」
「えへへ、ありがとう。クレアちゃん」
クレアは狐の耳をぴょこんと揺らして、照れたように俯いた。
嫌がらせの副効用でか、グレイモア医術院の絆は深まっていた。特に、リンにとってクレアは初めてできた同世代の友達だ。
「このまま医術をきちんとやっていけば、きっといつかみんなもわかってくれるよ」
リンは、ヴィクターたちと行動を共にするようになってから、生来の前向きさを取り戻しており、俯きがちなクレアを励ます。
そうして、一歩ずつ一歩ずつ、街に受け入れられようと真摯に仕事を果たし続けていた頃。
社交シーズンを迎えた王都に、ヴァスキュール侯爵が訪れてきていた。
「お久しぶりです、ヴァスキュール侯爵」
「ああ、久しいな。ヴィクター。アルテリアもすっかり元気になり、社交の場にも出られるようになったんだ。それもこれも君たちのおかげだ」
「お久しぶりですわ。ヴィクター様、リン様、それにソラリス様も。あら、医術院には新しい方もいらっしゃるのね?」
動きやすそうな軽やかなドレスを身に纏ったアルテリアは、華麗なカーテシーを披露した。
「こちらは魔法薬学者のファーマ、そして狐獣人のクレアです」
「獣人を雇っているとは、珍しいな」
「え、ええ。色々あったのです」
まさかファーマが人体実験をするために買ってきたとはいえず、ヴィクターは気まずげに目を逸らす。それに対してきょとんとしているヴァスキュール侯爵は、ふと思い出したようにヴィクターに話を振った。
「そういえば、先王弟殿下のプロステート公が、君たちの噂を聞いて会いたがっていたぞ。なんでも、健康上の問題で相談したいことがあるとか」
「ふむ、我々としてはやぶさかではありませんが、聖教会の者じゃなくてよいので?」
「その聖教会の光魔法では症状が改善しなかったそうだ。アルテリアと同じだな」
「なるほど。わかりました。我々も力を尽くさせていただきます」
診察の日取りは、十日後に定められた。プロステート公爵邸に赴くことになるということで、リンはソワソワとした緊張が日々滲んでいる。
「大丈夫です? リンさん」
クレアなどはそんなリンの様子を心配して、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。スライムを用いた医術について、散々誹謗中傷された後である。本人は自分の技術に自信を持っていても、やはり人からの見られ方には過敏にもなる。
もしプロステート公の気に食わなければ、首が飛ぶかも知れない。これはそういう不安だった。
だが、事態は急転する。
「プロステート公の容態が急激に悪化した。いますぐに来てもらいたい」
夜中に医術院を訪れてきたヴァスキュール侯爵より、要請を受け、眠い目を擦りながらバシャへと乗り込むことになった。
「どういう状態なのです?」
「熱が出ていて、息が荒く、苦しそうに呻いている。私はプロステート公には若い頃から世話になっていてな。今日もご自宅に泊まらせてもらっていたんだが」
曰く、夕食が終わったあたりから顔色が悪く、苦しげな呻き声が公の私室から響いてくるようになったのだという。それを心配して私室を訪れたところ、床で倒れているのを発見したのだとか。
「ふむ、それだけの情報では、原因はわかりませんが。ですが、話だけを聞くに発熱があるのは感染症も否定できませんね。ファーマ、抗菌魔法薬の用意を、ソラリス殿には光魔法の治癒術をお願いします」
「はい」
「ほっほ。承知じゃ」
手早く準備を整えて、馬車を飛ばして王都中心街へと向かう。
一際立派な邸宅の一件に、煌々と明かりが灯されていた。
「医術師殿をお連れした! 玄関を開けてもらえるか!」
ヴァスキュール侯爵が大声をあげると、バタバタと音がして玄関の扉が開けられる。
「プロステート公の容態は」
「先ほどよりも悪くなっています。苦しげに呻かれていて」
全員で階段を駆け上がり、プロステート公の自室へと赴く。
そこには、立派な顎鬚を生やした初老の男性が、苦しげに呻きながら寝台に横たわっていた。




