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スラ医ム先生の診療録  作者: 野生のイエネコ


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 医術院での昼下がり。

 その日は曇天で、窓から差し込む光はいつもよりも暗かった。

 机の上に置かれたビラは、薄暗い光に照らされて、一同の真ん中に存在感を持って横たわっていた。

 

「聖教会非認可と言われましてもねぇ。別に認可しなければ医術院を開院できないという法があるわけでもありませんし」


 困った顔でヴィクターは呟く。


「じゃが、世間の目はどうかのう。人間は権威に弱い」

「そうですわねぇ」


 ソラリスとファーマが難しい顔で考え込んでいた。

 ソラリスは元聖教会の魔術医である。その分、その権威がどれほどのものかはよく知っていた。


「対処が難しいですねぇ。聖教会に抗議したとて、聞いてもらえるとも思えません」

「淡々と自分たちの仕事をしていくしかないかの」

「あとできることと言ったら、ヴァスキュール侯爵に事態を説明する手紙を出して、支援を求めることくらいでしょうか」

「ヴァスキュール侯爵とは? 侯爵と繋がりがありますの?」


 疑問を呈すファーマに対して、ヴィクターはかつてヴァスキュール侯爵領で起きた出来事について説明する。

 

「ああ、ファーマは知りませんでしたね。以前、ヴァスキュール侯爵のお嬢様を治療したことがあるのです」

「あら、非常に興味深いですわね。どのような病気だったのです?」


 ファーマは魔法薬のスペシャリストだ。少し倫理観が欠如した部分があるにせよ、異界の医術書もよく読み込んでおり、勉強熱心だった。

 ヴィクターが詳細な疾患についても含めて説明すると、ファーマは興味深そうに眼鏡をクイッと上げた。


「なるほど。自己免疫疾患……。そのすてろいどというものも、いずれは魔法薬で再現してみたいですわね」

「闇魔法の使い手がいない時に、魔法薬で治療できるようになればいいですね」

「ヴィクター先生、とにかく、聖教会の嫌がらせについてはヴァスキュール侯爵に助けを求める形ってことでいいんですよね」


 ずれた話を、リンが修正する。


「ええ、そうしましょう。どこまで対応できるかは分かりませんが……」


 侯爵の権力は強大とはいえ、聖教会の権威も相当のものである。どこまで対抗できるかは、未知数だった。


 ヴィクターは侯爵へ手紙を書きに二階の事務作業室へと上がる。


 リンは、せめて医療において評判を長く獲得できるようにと、異界の医術書を開き勉強をし始めた。


「敗血症かぁ。抗菌魔法薬が出てきたおかげで、対処できそうだけど、大変な病気だなぁ」


 敗血症とは、感染症によって生命を脅かす臓器障害が引き起こされた状態のことを言う。特に恐ろしいのが、血圧が急激に低下して臓器に血液が行き渡らなくなることだ。

 抗菌魔法薬で感染症の対策をとりつつ、血圧を上げる作用を持つ戦闘魔法薬を投与すれば、最低限の対処はできるだろう。


 そうして、勉強をしつつ、聖教会への対応に頭を悩ませつつの日々は静かに過ぎていった。


 嫌がらせのビラが配られるようになって、五日が過ぎる頃。

 ついに聖教会からさらなる動きが見られた。


 ヴィクターたちに、聖教会への出頭を求める手紙が投函されたのだ。

 

「もはや異端審問ですね」


 普段は穏やかな顔を不愉快そうに歪めて、ヴィクターが言う。


「ともあれ、聖教会の権力を考えると無視するわけにもいきません。それにしても、まだ幼いリンにまで出頭を求めるとは……」


 その手紙には、ヴィクターとリンに出頭を求めるという内容が書かれていた。ソラリスとファーマ、それにクレアに対しては言及がない。

 光魔法を使えないことを理由に中傷している以上、ソラリスの存在は都合が悪いのだろうことはわかるが。


「とにかく、呼ばれた以上行くしかありませんね」

「私も粗相がないように頑張ります!」


 呼び出し状に書かれた日付は、それから三日後だった。

 せめて侮られないようにと、少し身なりのいい服装を用意する。


 ヴィクターは、生成りのシャツに茶色のベスト、トラウザーズは黒のしっかりと折り目がついたもの。

 リンは白いワンピースに新緑色のベストを羽織って、革の編み上げブーツを履いていた。

 少しは身なりがよく見えるだろうか、と、リンは道中にある近所の池に姿を映してくるりと回る。


「リン、審問の場ではあなたにも質問が飛んでくるかもしれません。答えられますか」

「はい先生。私、頑張ります。だって、何も悪いことしていないんですもん」


 リンは聖教会の理不尽なやり口に怒りを覚えていた。

 当然緊張もあるけれど、それを上回る反発心もある。リンにとっては、初めてできた居場所がグレイモア医術院なのだ。


 緊張しながら歩いてき、王都の大通りのど真ん中、威容に満ち溢れた建物が、聖教会の本部だった。


「こんにちは、祈りを捧げにいらしたのですか」


 精緻な彫り物の施された玄関扉の前、受付担当のものから、問いかけられる。


「いえ、魔術医部より呼び出しを受けて参りました。案内をお願いできますか」


 ヴィクターが答えると、受付の者は予定を把握していたらしく、「ああ、あの……」と言いながら気まずそうに背を向けた。


「ご案内いたします」


 聖教会の内部は、奥の奥まで贅を凝らした造りだった。主には寄付金で運営されている教会だが、その収益の中心が魔術医部であることは明らかである。


 リンはその豪勢さに多少の不快感を覚えながらも、案内の者についていった。


 聖教会の建物二階、とりわけ重厚な扉の前で、案内の者が立ち止まる。


「こちらになります」

「わかりました。ご案内ありがとうございます」


 ヴィクターが、ゆっくりとその扉を押し開けた。

 

 

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