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聖教会との関係が悪くなっていく一方で、リンたちの医術院自体は好調だった。
「リン、おつかいに行ってもらえますか? 食材がそろそろ切れそうなので」
「はい! クレアちゃんと一緒に行ってきますね」
クレアは医術院に馴染みつつあった。ファーマは最初クレアに残酷な仕打ちをしようとしていたとは考えられないくらいに、クレアを助手として重宝している。
研究第一で、細かいことは気にしない性格だからのようだ。
「あの、リンさん。お鞄は私が持ちます」
「えっ、いいよぉ。私が持つから大丈夫!」
リンは同世代のクレアが医術院の仲間になったことが嬉しくてしょうがなかった。
リンは十三歳で、クレアは十五歳で、二つ年上になる。クレアは奴隷のために控えめな性格ではあるが、それでもお姉ちゃんができたようでリンにとっては幸せな時間だった。
「ね、おつかいついでにこっそりおやつ買ってっちゃおう、クレアちゃん!」
「え、そんなことしていいのでしょうか?」
「いいのいいの! ヴィクター先生なら許してくれるよ! ほら、あそこの屋台、揚げ菓子が売ってる。行こ行こっ」
リンは食材を入れる用の鞄を振り回しながら、揚げ菓子の屋台へ駆けていく。
「おじさん、ドーナツ二つください!」
「あいよ。振るお砂糖は多めと少なめどっちがいい?」
「私は多めで! ……クレアちゃんは?」
リンが振り返って話を振ると、クレアは戸惑ったように目を泳がせた。
「あ、あの、普通でお願いします」
「あいよ。二人前、どうぞ。……にしても、嬢ちゃん珍しいな。獣人族の奴隷になんぞ菓子を振る舞ってやるなんて」
屋台のおじさんは、不思議そうに首を傾げた。クレアに対する嫌悪感こそその目に滲んでいないものの、立場の低い獣人族にまで優しくしてあげるなど、不思議な話だと訝しんでいるようだった。
その言葉に、リンはショックを受ける。
亜人差別はこの国では根深い。それは、獣人族の国とかつて戦争し、捕虜を奴隷として用いていた結果そのようになったのだと言われている。
現在では、このグラナイト王国が占領している獣人国の一部の地域で、特に激しい差別が残っている。獣人自治区と呼ばれるそこは、グラナイト王国の中で最も貧しい地域と言われていた。
「……よし! 気にせず食べよ食べよ!」
「は、はい」
かつて萎縮しきった態度だったリンは、ヴィクターに拾われてから生来の天真爛漫な性格を取り戻しつつあった。
リンは、クレアもまたグレイモア医術院の環境にいることで、萎縮した態度が改善することを願っていた。
「あ、あまーい! おいしーい!」
リンはあつあつのドーナツの、さっくりとした歯応えと、そこからじんわり広がる甘さや香ばしさの渦に、ほっぺが落ちそうになる。
「す、すごい。美味しいです」
「クレアちゃんクレアちゃん、これ、すっごく美味しいよね! うわぁ。もう一個食べたい。でも、流石に我慢しなきゃ」
「は、はい」
リンは、初めて訪れた同世代とのお出かけにはしゃいでいた。まるで、お友達ができたみたい! と心が弾む。
ドーナツを食べ終わったら、次は食材の買い出しだ。
駆け出したリンを、困ったように、少しだけ微笑ましげに、クレアは見ていた。
リンたちは市場にたどり着くと、野菜やお肉をまとめて買い込む。美味しそうな匂いを放つ燻製肉などもあり、少し割高だったけれど、それも買ってしまった。
そんな買い物中の出来事である。
「獣人族なんぞ、市場に入れるな! 臭いにおいが移るだろうが!」
突然、リンたちの元へ林檎が投げつけられた。
「きゃっ」
クレアを庇ってリンが林檎を受け止めると、市場にいた果物屋の男が舌打ちをする。
「おい、そこのガキ、獣人族なんぞ庇うんじゃねぇ」
怒りにまなじりを釣り上げて、男性はリンたちを怒鳴りつける。
「そ、そんな。別に何も悪いことはしていないのに」
リンがショックを受けて呟くと、クレアは諦めたように首を振った。
「リンさん。仕方のないことです。こんなことはよくあること。私は獣人族だから……」
狐の尻尾をしょんぼりとさせて、クレアはトボトボと歩き出した。
「お買い物はひと段落しましたし、逃げたほうがいいです。これ以上ここにいても揉め事が起きるだけ」
「うーん。そっか。なんだか納得できないけど、仕方ないかぁ」
『仕方ない』で済ませることに、どうにも抵抗があったが、それでも仕方がないものは仕方がない。
リンは食材でパンパンになった鞄を抱えて、市のある広場を後にした。
「ヴィクター先生、こんなことがあったの!」
リンは帰るなり、ヴィクターに話を聞いてもらおうと駆け寄る。
事情を聞いたヴィクターは、悲しげに眉尻を下げた。
「戦争が終わってから十年。獣人国とも国交を正常化して、だいぶ偏見も減ってきたと思うのですがねぇ」
「まだ上の世代の人にはそういう人が多いのかな?」
「そうですね。獣人の奴隷制度を解体しようという動きもあるのですが、反対意見も根強いようです」
「嫌だなぁ。みんな同じ人型種族なのに……」
「仕方ありませんよ。こればかりは時間が解決することを祈るしか」
重たい空気が漂う中、出かけていたファーマが帰ってきた。
「ただいま戻りましたわ」
「おや、ファーマ殿。お帰りなさい」
ファーマは、妙に険しい顔で、一同の中央にあるテーブルにとあるビラを乗せた。
「我が医術院に対する誹謗中傷のビラが配られているようなんですの。どうしましょう、これ」
そこには『ヤブ医者』『危険』『聖教会非認可医術院』と言った言葉が踊っていた。




