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「バリアブレイクハーブを使うのが良いというところまでは来ているんですの」
ファーマは、夕食の席でいつものごとくリンたちに捲し立てていた。
「細菌を培養している寒天培地に、バリアブレイクハーブの根っこから抽出した液を垂らすと、細菌の死滅が確認できていますの。元々バリアブレイクハーブは魔法障壁を破壊する魔法薬の素材ですけれど、それに対して細胞壁に対する指向性を付加することには成功いたしまして。でも、ハーブ抽出液を安定化させる方法がなかなか見つからなくって」
「ふむふむ」
「ハーブ抽出液を、人体に害のない形で安定化させて、経口からも経静脈的にも投与できるようにしたいのです」
「マウスでの生物実験もしておきたいところですね」
「そうですわね。それに、『抗菌魔法薬』を作成するなら、アナフィラキシーにも備えないといけないのではなくって」
「確かに、アナフィラキシーが起こる可能性もありますね。抗菌魔法薬を作るのであれば、アドレナリンも再現できねば危険ですか」
アナフィラキシーとは、薬物や食物などの異物に対して、体が過剰に反応してしまう、生命に関わるような重篤なアレルギー反応のことを言う。
アレルギー反応とは、免疫が物質に対して過剰に反応してしまうものである。アナフィラキシーはそのアレルギー反応の中でも最も重篤なものだ。
具体的には皮膚に蕁麻疹や腫れが出たり、呼吸器症状としては喉に腫れが起きることがある。そうなると窒息死する危険性もある。
そして、血圧の急激な低下による循環器症状もまた、命に関わる重篤な症状だ。
「それって、命に関わる危険なものですよね」
「そうです。だからこそ、アナフィラキシーを起こす可能性のある抗菌薬を開発するなら、アドレナリンも同時に準備しなければならないのです」
リンが問いかけると、ヴィクターが答える。
「アドレナリンって、なんですか?」
「アナフィラキシーの特効薬です。血管を収縮させて血圧を上げ、気管支を拡張して呼吸ができるように気道を開通させ、心臓の働きを強くします」
それを聞いて、ソラリスが口を開いた。
「しかし、抗菌魔法薬に加えてアドレナリンまで開発できるかのう?」
「いえ、むしろ抗菌魔法薬より簡単かもしれませんわ。アドレナリンは人体が興奮状態になっている時に分泌する『ほるもん』なのでしょう? これは戦争時に兵士に用いられる興奮薬と効果が似ているように思いますわ」
「なんと、そのようなものがあるのか」
「実際に使えるかどうかはマウスで試してみなければわかりませんけれど……」
帰宅後、ファーマは早速研究を始めた。
まず、蜂毒を用意してマウスに投与し、アナフィラキシーの状態を人工的に作り出す。そして、それに対して戦闘興奮薬を経口投与していく。本来アドレナリンは筋肉注射——筋肉に薬液を注入すること——だが、魔法薬のために使用方法が異なるのだ。
このようなことがあるため、異界の医術書があっても、それをこの世界に適用するには慎重にならなければならなかった。
「やっぱり! 症状が改善していくわ!」
呼吸が荒く、皮膚に腫脹が見られていたマウスの症状が改善していく。
やはり、戦闘興奮薬はアドレナリンと同様の作用を持つ魔法薬だったのだ。
その後、経口摂取ができない人がいたときのために、マウスに点滴をするパターンと筋肉注射をするパターンとで実験をしていく。
すると、戦闘興奮薬は100倍に薄めて点滴投与をするのが一番効果が見られることが判明した。
「これなら、アナフィラキシーが起こっても対応可能ですね。もちろん、起こらないに越したことはありませんが」
「ええ、今度はゴブリンでも仕入れて実験してみますわ。人型モンスターであれば、作用の確認もしやすいでしょうから」
テイマーの村出身のリンにとって、モンスターは必ずしも敵対すべき存在とは言えなかった。
けれど、魔法薬の安全性を確かめるためには必要な措置ではある。
少し心を痛めつつも、リンはファーマとヴィクターの会話を黙って聞いていた。
元々、ゴブリンは人族に対する敵愾心の強いモンスターだ。その分、人間からは害獣のように扱われている。実際、テイマーの村でもゴブリンをテイムしている人はいなかった。
そんなことをつらつらと思い返す。
「あとは抗菌魔法薬の安定化なのですわよねぇ。どうにも、人体に安全かつ、バリアブレイクハーブ抽出液を安定化させる物質が見つからなくて」
「安定化物質ですか……。我々は門外漢ですから、それはファーマ殿に頑張ってもらうしかありませんねぇ」
「とにかく色々試してみるしかありませんわね」
夕食を終えて、帰路についている間も、ファーマはあーでもないこーでもないと語りながら帰っていた。
そんな折、四人がのんびり歩いていると、その脇を女性たちがきゃらきゃらとはしゃぎながら歩いていた。
「今度のクレロポーの新作、聞いた?」
「ええ、お肌がプルプルになるっていう化粧水! プルプルスライムの粘液を使ってるんですって」
その言葉に、ファーマが突然、女性たちの方を振り返った。
「スライムの粘液!? そうか、その手がありましたわね!」




