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医術院を開院して、数ヶ月が過ぎた。その間、リンとヴィクターは様々な疾患を異界の医術書で学び、そして患者に対して治療を実践して知識と診療技術を磨いてきた。
だが、その中で一つ、課題が明確になってくる。
「抗生物質が無い……」
これまで、感冒のような感染症は、ソラリスの光魔法で治してきた。だが、光魔法はあくまで自己の免疫を活性化し、体の体力を向上させるだけの魔法。感染症を直接治す効果はなかった。
「やはり、敗血症などの重症感染症が現れたときのためにも、抗生物質のような薬は必要です」
「でも先生、どうやって作るんですか? この国の技術では、異界の医術書にあるようなお薬を作るのは難しい気がします」
「魔法薬で再現できればいいのですが……」
そんなやりとりをしていた、ある日の昼下がりのこと。
突然、元気いっぱいに医術院の扉がノックされた。
患者かと思いドアを開けると、そこには眼鏡をかけた長身の女性が立っていた。
「ごめんください。こちらには異界の医術書を持つ医術師がいるとヴァスキュール侯爵より伺って参りましたの。わたくし魔法薬の研究をしているのですけれど、その異界の医術書の知見を学ばせていただきたくて、伺いましたの。わたくしの魔法薬の知識と異界の医術書の知識が合わせられれば、とても素晴らしい研究結果が得られるはずですわ。特にわたくし、魔法薬においては体力回復薬を得意としておりまして、病床に伏している方の体力を光魔法だけではなく魔法薬の観点から……」
「ちょ、ちょっとお待ちください! 急にそのように捲し立てられても……」
その女性は研究者肌らしく、ドアを開けるなり玄関先で自身の魔法薬について話し始めた。
「と、とにかく、一度中にお入りください。ソファにお掛けいただいて、そこで話しましょう」
ヴィクターは戸惑いながらもその女性を案内して待合室のソファにかけさせる。
その正面にヴィクターとリン、そして右隣にソラリスが座り、女性と話をすることになった。
「わたくし、ファーマ・コロジアと言いますの元々王立魔法薬研究所で勤めておりましたの。ですが上司と揉めまして。というのもわたくしが開発したかったのは熱冷ましなのですけれども、そのような庶民向けの薬より媚薬や若返り薬などを研究するべきだなどとふざけたことを言われまして、わたくしそれが許せなくてですね……」
「あー、はい。わかりました、わかりました。事情は把握させていただきましたので、その、異界の医術書の知見をお求めだという話ですが?」
「ええ、そうなんですの。わたくし新しく病に効く魔法薬を開発したいのですけれども、研究に行き詰まっておりまして。それならば異界の」
「あ、はい。そうですね。私たちも新しい魔法薬を開発する術がないかと考えていたのです。異界の医術書に記載されている、抗生物質というのがございまして……」
抗生物質とは、細菌を殺したり、その増殖を抑えたりする薬のことだと、ヴィクターは説明する。
「細菌というのは目には見えないくらい小さな生き物のことで、これが人間に感染すると風邪や膿瘍などの病気を引き起こします」
「ふむ、目には見えないほど小さな生き物ですか」
「はい。その微生物を殺す薬を作りたいのです」
「それは素晴らしい発想ですわ! つまり、病原体そのものに作用する薬剤ということですのね。わたくしが研究している体力回復薬とは全く異なるアプローチですわね」
ファーマは興奮した様子でメガネをクイット上げた。
「まず細菌と基本的な抗菌薬の特性について説明しましょうか」
ヴィクターは異界の医術書のページをまくりながら、説明する。
「細菌は、細胞壁という壁に囲まれています。城を守る城壁のようなものですね。基本の抗菌薬の中には、この細胞壁という壁を作るのを妨げるものがあります。そして、人間の細胞は細胞壁を持たないため、細菌にだけ作用し、人間に害を及ぼさないようにできるのです。これを選択毒性と言います」
ふむふむ、と言いながらファーマはものすごい速度でメモをとっている。
「つまり、細菌だけが持っている構造を選択的に破壊する魔法薬を作ればいいということですわね?」
「その通りです」
抗生物質を、魔法で再現する。
これはその新しいプロジェクトの第一歩目だった。
そして、ファーマはグレイモア医術院に転がり込んできたまま、なし崩しに仲間として暮らしていくことになった。
一つ予想外だったのは、患者から魔法薬の評判が良かったことだ。
グレイモア医術院で治療して、魔法薬を処方して帰す。これによって患者が帰宅した後に、また具合が悪くなって再来院する確率が減っていた。
一方で、ファーマは安定して体力回復薬を作ることはできるものの、抗生物質の効果を再現した魔法薬はなかなか作れないでいた。




