15
「暇ですねぇ」
グレイモア医術院を開いたはいいものの、医術院は閑古鳥が鳴いていた。
まあ、病人はいないに越したことはないわけだが、新しくできたばかりの医術院など、信用もないしなかなか患者も集まらないのは仕方がない。
だが——。
「このままでいいんでしょうか」
悩ましげにリンは椅子の上でぷらぷらと足を揺らす。
季節は夏になり、開け放った木窓からは鋭い日光が差し込んでいた。汗ばんだ首筋を、リンはハンカチで拭き取る。
「今日はいつにも増して暑いですねぇ」
「嫌になりますね、全く」
二人で愚痴を言っていると、医術院のドアが急に開かれた。
お、と二人が勢い込んで立ち上がるが、入ってきたのは買い物に出かけていたソラリスだった。
「ほっほ。今日は暑いのぅ」
「これは、熱中症の人が発生しそうですが」
ヴィクターのその言葉に、リンが反応する
「あの、どうせ誰も来ないのであれば、お外に見回りに行きませんか?」
「外へ?」
「はい。こんなに暑ければ、お外で具合が悪くなっている人もいるかもしれませんし、そうじゃなくても、営業に回るのもいいと思うです。知られていなければ人は来ないですし……」
「確かに、そうですね。リン、いいアイディアです」
よしよしとヴィクターがリンの頭を撫でる。リンは誇らしげにえっへんと胸を張った。元々内気なリンは、徐々に積極性を持ち始め、自分の意見も言えるようになっていた。
外に出ると、容赦のない日差しが肌を灼く。ソラリスが店番を申し出てきたので、そちらは任せて、街へと繰り出す。
「まずは近所に開院の挨拶回りでもしましょうか」
「そうですね!」
一軒一軒、店や民家などを周り、開院のお知らせと挨拶をしていく。
「こんにちは。この度医術院を開院しましたので、挨拶に伺いました。よろしくお願いいたします」
「まあ、ご丁寧にどうも。近所に医術院ができたなら、安心だわねぇ」
ご近所の奥様方は、不審げにするものもいたが、多くはそれなりに歓迎をしてくれている様子であった。
「リン、やはり患者さんが来ないのは知られていないのもありそうですね。あなたの提案で知ってもらうことができました」
「はい!」
そして、リンの提案による、具合の悪い人が出ているかもしれないという予想もまた、当たっていた。
リン達が訪問した、とある民家の一つでの出来事である。
「医術師様!? ちょうどいいところに! 実はうちの息子が、帰ってきてからずっと具合が悪そうなんです。奥で寝かせているのですが、見ていただけないでしょうか?」
「ええ、もちろん」
民家の奥へ入っていき寝室へ案内されると、そこには頭を痛そうに押さえて横たわる、十代後半くらいの男性がいた。
「いつからどのような症状が?」
「家に帰ってきてから、頭が痛いと言い出して、一回吐いています。少し呂律も回っていなくて、ずっと怠そうなんです」
「ふむ、症状的にはやはり熱中症のようですね」
その時、異界の医学書が光り輝いた。やはり診断は熱中症で間違いないようだ。
「それにしても、これほど暑いのに皮膚が乾いている。汗を全くかいていませんね」
「汗をかいていないと何かあるんですか? ヴィクター先生」
「熱中症が重度になると、脳にある体温調節中枢がおかしくなって、汗をかけなくなるんです。その結果、持続的に体温が上がり続けてしまうのですよ」
「なるほど……でも、どうやって治療したら」
「スライム点滴をしましょう。それに、氷魔法で冷やしましょうか」
ヴィクターは生理食塩水——人間の血液と同じ浸透圧に調整した塩水を作るよう家の人に指示を出すと、点滴の準備をし始める。
そして、氷魔法で拳大の氷を生み出すと、それを布で包んで首筋や脇の下、太ももの付け根など、大きな血管が通っているところへと当てていく。
「く、脱水のせいで血管が虚脱していて、ルートが取りにくいですね」
ヴィクターは苦労しながら点滴の針を刺し、スライムを血管内へと挿入する。
「生理食塩水を少し冷やして、血管内からも体温を下げるようにしましょうか」
熱中症の時には、冷やし生理食塩水で血管内から体を冷やすこともあると、異界の医術書には書いてあった。氷魔法で冷やし生理食塩水を作ると、それをスライムバッグに含ませて、点滴の管を通して体内へ送り込んでいく。
しばらくすると、苦しげに歪んでいた少年の顔は、少しだけ楽そうになり、徐々に乾き切っていた肌が汗で湿ってくる。
「体温が下がってきましたね。このまま休ませていれば徐々に回復していくと思いますが、しばらくは安静に。無理をしないで過ごしてください」
少年が目覚め、ぼんやりとした表情ながらも受け答えで自分の名前を答えられるようになった頃、ヴィクターたちはようやく治療を終えて、その家を後にする。
「遅かったのう」
「リンの言った通り、暑さで具合が悪くなっている人がいました。治療をしてきましたよ」
「ほう! やはりリンは優秀じゃのう」
ソラリスに褒められ、りんは照れ笑いをする。自分の頭で考えて意見を言うことは、ヴィクターから厳しく教えられていた。
一緒に勉強をする時も、「リンはどう思いますか?」と問いかけられ、意見を求められる。
そうしてリンは、すくすくと成長していった。




