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「これは……、ヴァスキュール侯爵に進言した方がいい案件かもしれませんね。我々庶民がリバーサイド男爵家に直接言っても無駄ならば、そうするしか他に手はありません。侯爵から話があれば、改善もされるでしょう」
そうして一行は、一旦ヴァスキュール侯爵家へと戻ったのだった。
「何、大規模な農園開発による水源汚水?」
話を聞いた侯爵は、政治的かつ重大な話に、眉を顰めた。
「うぅむ。他領のことにあまり口出しをするのは躊躇われるが、我が領の近隣で疫病が流行るのはいただけないな。こちらにまで波及してくる可能性があるという名目で、忠告を行うか」
「ええ、それがよろしいかと思います」
この国の技術では、汚水を浄化して排水するにも莫大な金がかかる。汚水を溜めて固形の汚れを鎮める溜池の作成をし、その溜池に、浄化の効果を持つ魔法草を繁茂させる。その魔法の藻も、仕入れるのには高価だった。
「自領の防衛のためだ。仕方ない、援助してやるか」
「ヴァスキュール侯爵様も何かと大変ですね」
「近隣の領の失政まで面倒を見てやらんといかんとはな……」
侯爵は疲れたように眉間の皺を揉んだ。
「だが、水質汚染の原因を突き止めたのはよくやった。そなたらがおらねば、また同じように疫病が発生し、我が領まで波及してくることもあっただろう」
「は、お褒めに預かり光栄です」
水質汚染についてはヴァスキュール侯爵に任せればいいとして、問題は聖協会であった。
「今回の功績を持って魔術医として登録が可能だという連絡が来ていますね」
ヴィクターが悩ましげにヴァスキュール侯爵邸に届けられた手紙を見る。
「登録するんですか?」
リンが、ちょっと困ったようにヴィクターへと問いかける。
リンにとって、聖教会はあまりにも信じるに値しない組織だった。疫病の発生地域に、救援に行くのを拒み、余所者のリンたちに押し付けるとは、どういうつもりで魔術医をやっているのだろう、と思う。
弱い人たちを助けて、守るからこその医術師ではないのか、と。
そういう意味では、ヴィクターの姿勢はリンにとって安心して学ぶことができるものだった。躊躇なく疫病の発生地域に駆けつけるヴィクターは、リンにとって自慢の師匠だ。
その師匠があの聖教会に所属してしまうのかと思うと、それはそれで複雑な気持ちだった。
だが、ヴィクターはリンの問いかけに、首を横に振る。
「いえ、聖教会に所属するのはやめておきましょう。いえ、単に所属しないだけではありません。私は、新たに医術院を立ち上げたいと思っています」
「新たなる医術院? ふむ、面白い」
ヴィクターの発言に、興味深そうにヴァスキュール侯爵が顎を撫でる。
「聖教会はあまりにも信頼できません。それであれば、自分たちできちんと人を救える組織を立ち上げたいのです」
「ほう、良い心がけだ。それであれば、私も協力を惜しまないぞ」
リンは、ヴィクターの提案にワクワクとした興奮を禁じ得なかった。誰も見捨てない、自分が感染するかもしれない疫病だからって逃げ出さない、そんなカッコいい組織が出来上がるのであれば、自分も所属したい。
リンは、医術の道を歩き始めたばかりだったが、それでもその志は高かった。
「ヴィクター先生、私もその医術院に協力します!」
「ええ、よろしくお願いしますね。これからは忙しくなりますよ。王都に行って、医術院の立ち上げをしなくてはなりませんから」
「ふむ。王都に行ってしまうのか。寂しくなるな」
ヴァスキュール侯爵家には、アルテリアの治療のこともあり、数ヶ月間に渡って滞在していた。だが、闇魔法の鎮静術も侯爵家お抱えの魔術師に伝授しており、ヴィクターたちが必ずしも近くにいなければならないわけではない。
それに、医術院を立ち上げるのであれば、より発展した王都に拠点を構えるのが効率的なのも事実だった。
「では、医術院に投資をさせてくれ。私も筆頭寄付者として医術院を支援しているとなれば、貴族としての体面もいいからな」
ヴァスキュール侯爵は、悪戯っぽく笑っていう。少しだけ露悪的なその言い回しに隠れた親切心が、リンたちにはありがたかった。
「ありがとうございます。ひと段落したらまた連絡させていただきますね」
そうして、ヴィクターとリン、そしてついてくることを決めたソラリスは、ヴァスキュール侯爵邸を旅立ったのだった。
「ほっほ、聖教会の魔術医院と真っ向から対立する組織を立ち上げるとは、最高の気分じゃのう」
「ソラリスおじいちゃんはどうしてそんなに聖教会が嫌いなの? 私も嫌いだけどさ」
「昔政治闘争に巻き込まれたことがあってのう。それで聖教会を追放されたんじゃ。わしはあんな組織、追放されて清々したがの」
「ふぅん。そうなんだ」
リンはすっかりソラリスにも懐いていた。
馬車の旅は進み、ついに王都へと辿り着く。




