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Numbers-ブレイズ・フィスト-  作者: 川合 佑樹


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第7話

 数日後。

 事務所のソファはもう完全にレンの体に馴染んでいた。

 腕を枕にして寝転がり、天井の染みを数えている。

「腹減ったな……」


 レンがぼそりと呟くと、壁際で腕を組んでいたツバサが小さくため息をついた。

「朝から3回目だよ?」

「そうか?」

「昨日、僕が買ってきたパン、全部食べちゃったの?」

「あれはツバサも半分食っただろ」

「僕は2個だけ! レンは4個食べてたよ!」

 レンは片手を軽く振った。

「細かいこと言うなよ……。便利屋なんてこんなもんだろ」

「こんなもんじゃ済まないって。家賃もそろそろヤバいし」

「果報は寝て待てって言うだろ」

「あー、それ聞いたことあるー。でも待ってるだけじゃ、絶対果報来ないよ?」

「来るって。絶対来る」

「根拠は?」

「直感」

「最悪の根拠だ……」


 ――コン、コン

 事務所を始めて、初めてのノックの音。

 ツバサの炎がぱっと明るくなった。

「どうぞー!」


 扉がゆっくり開く。

 ボロボロのマントに身を包んだ人影。

 硝煙の匂いが、ふわりと室内に流れ込む。

 フードの奥、銀髪が濡れたように光った。

 ――殺気。

 レンの背筋に電流が走った。


 瞬間――キーンッ!

 レンとツバサの体内で警報が鳴り響く。

 義手が青く瞬き、ツバサの首輪も赤く点滅した。

 ――魔導兵器反応。軍時代と同等の出力。

「ツバサ、魔導兵器持ちだ!」


 レンが跳ね起きる。

 ツバサも一歩前に出た。

 来訪者は両手を上げ、ゆっくりフードを外す。

 長い銀髪が流れ落ち、整った顔が現れる。

 マントの隙間から覗くタンクトップが、体の起伏を浮き彫りにしていた。

「……私だよ、ミカゲ」


 瞬間、カシャン!

 ミカゲの右銃が抜かれる。

 レンが即座に距離を詰め、左手で銃身を払う。

 ガキン!

 ミカゲが流れるように左銃を抜く。

 レンが首を捻ってかわし、押し下げる。

 ドン!

 ミカゲが後方宙返りで距離を取る。

 レンが左手を飛ばして腕を掴む。

 ズルッ!

 引き寄せられるミカゲが銃を逆手に構え、こめかみを殴り抜く。

 レンが回転で受け流し――

 ガシッ!

 両手首を背後でクロス固定。

 完璧な制圧。


 レンは耳元で低く笑った。

「……相変わらず、手癖の悪い男だ」

 ミカゲは動きを封じられたままくすくす笑い、首だけ振り返る。

「……実力は変わってないみたいね」


 レンはゆっくり手を離した。

 ミカゲは2丁の銃をくるりと回してホルスターに収めた。

 ズカズカと事務所に上がり込み、ソファにどっかり腰を下ろす。

「お茶でも入れてくれる?」

 ツバサの炎が興奮で爆ぜる。

 バチバチバチバチッ!

「やばい! やばい! もう一回やってー!」

 ミカゲが足を組んで太ももを重ねた。

「却下」


 レンとミカゲはテーブルを挟んで座った。

 ツバサがお茶を淹れ始める。

「お茶、ミカゲは何にする?」

「私は濃いめで。砂糖2杯ね」

「砂糖はないよー」

 レンが腕を組んで睨む。

「また……随分と変わったな」

 ミカゲはケラケラ笑いながら足を組み替えた。

「でしょ? これは進化よ進化! まだ下は残してあるけどね!」

 ツバサが湯飲みを置きながら横目で見る。

「相変わらずこだわりが強いねー」

「女の部分もあるわよ? 見てみる?」

 ミカゲがスカートの裾を軽く摘む。

 レンが即座に手を振った。

「いや、別にいい。ついてんだろ?」

「ついてる、ついてる」

 ミカゲは満足げに頷いた。

 ツバサが湯飲みを3つ並べる。

「まだ撃ってるの?」

「もちろん現役バリバリよ」


 ミカゲは腰から銃を抜き、指でくるくる回す。

 動きだけは昔と変わらず軽快だった。

 レンが眉を寄せる。

「……で、何の用だ?」


 ミカゲは銃を戻し、急に真剣な顔になる。

「依頼よ。ここは便利屋でしょ?」

 ミカゲがテーブルに肘をついて身を乗り出す。

「軍を去っても、やってることは、あの頃とちっとも変わらないのね」

 レンは鼻を鳴らす。

「楽しくてやってるわけじゃねぇよ」

「僕は楽しいけどねー」

 ツバサが笑う。

 ミカゲは両手を広げた。

「で、“運び”の依頼なの。金貨10枚でどう?」


 ツバサの炎がぽっと膨らむ。

「金貨!?」

「ツバサ、釣られるな」

「だって10枚って破格じゃない?」

「金に目をくらませるな」

「だって家賃払えるよ!? 余裕で!」

「……それはそうだが」

「でしょ!?」


 ミカゲが二人の前に人差し指を立てる。

「運ぶものは――」

 一瞬言葉を切り、指を1本立てた。

「“ソウルストーン”」

 静かに、ゆっくりと告げる。

「私たちが……魔導結晶って呼んでたものよ」


 空気が凍った。

 レンの義手が小さく鳴る。

 魔力回路が一瞬、不穏に脈打った。

 ツバサの炎が息を潜めるように静止する。

 部屋の温度が急激に下がった気がした。

 レンの喉がゴクリと鳴る。

 視界の端が歪む。

 ――あの地獄の記憶が背中を這い上がってくる。


 レンが低く呟いた。

「……お前」

 ミカゲは目を逸らさず静かに続ける。

「詮索はなし。あなたたちもプロなら、プロらしく……ね?」

 レンがテーブルの端を握りしめた。

 金属が軋み、木のテーブルがミシミシと悲鳴を上げる。

 指がめり込む。

「……ちっ」

 レンの声は怒りより深い疲労に満ちていた。

 ツバサが小さく震える声で言った。

「……ミカゲ、それって本当に……」

「言ったでしょ。詮索なし」

「でも……」

「ツバサ」

 レンが静かに制する。

 ツバサは唇を噛んで俯いた。

 レンがミカゲに視線を送る。

「ミカゲ、俺たちがどれだけ……。お前が一番知ってるはずだろ」

 ミカゲは小さく頷いた。

 その瞳に初めて翳りが差す。


「……受ける? 受けない?」

 沈黙が10秒。20秒。30秒。


 ツバサが初めて口を開く。

 声は静かだった。

「……受けるよ。ミカゲの頼みだもん」


 ミカゲは目を伏せ、苦い笑みを浮かべる。

 レンはしばらく黙っていた。

「……本当にいいのか?」

「……いい」

「ツバサ」

「だってミカゲが困ってるんでしょ? 見ればわかるよ」

 レンは手で額を覆い、深く息を吐く。

「……前金5枚、成功報酬で追加10枚」

 ゆっくり顔を上げ、ミカゲを真正面から睨んだ。

 その瞳は死んだ魚のように濁っていた。

「それで受ける」


 ミカゲは一瞬だけ目を細め、それから静かに笑った。

「……決まりね」

 立ち上がるとマントを羽織る。

「詳しくは明日、暗号伝書で送るわ」

 ガチャリ、と扉が閉まった。


 静寂。

 ツバサがぽつりと呟く。

「……ここでも、ついて回るんだね」

 レンはソファに沈み、手で顔を覆った。

「あいつが体を弄るのは、ストレスが限界の時だけだ」

「……つまり、そういうことだよね」

 レンは低く、吐き捨てるように言った。

「クソが……また、あの地獄に逆戻りか」


 外の魔光灯がチカチカと点滅する。

 銀髪の影はもう夜桜区の闇に溶けていた。

 ――過去の亡霊が再び二人を呑み込む前触れのように。


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