第6話
敵の引き金が一斉に鳴った。
轟音より早く、レンの左腕が青白く輝いた。
半透明の光盾が二人を包み、銃弾はすべて空中でぺしゃんこになって落ちる。
「おいおい、そんなおもちゃで俺の盾が抜けると思ってんのか?」
レンが呆れたように笑う。
ツバサは後ろで端末を鳴らした。
「30秒でいい?」
「十分だ」
トンッ。
コンテナ内の魔光灯がすべて消えた。
真の闇が落ちる。
次の瞬間、青い光の剣が闇を裂いた。
シュパッ! シュパッ! シュパッ!
銃身が真っ二つ。
刃物が真っ二つ。
武器だけが魔法のように切り離され、金属音を立てて床に落ちた。
「うわあああっ!」
悲鳴と金属音が響き合う。
シュッ! バキッ! ドサッ!
「銃が……!」
「見えねえ! どこだ!?」
「やめろっ、俺は味方だ!」
闇の中、光の軌跡だけが縦横無尽に走る。
一閃ごとに悲鳴が上がり、一閃ごとに誰かが崩れ落ちる。
全員が意識を失って倒れていく。
「こ、これは……!」
熊頭の巨漢が闇の中で膝をついて震えた。
「なんだ……何なんだ……!」
「死神……だ……!」
最後の敵が呟いた瞬間、首筋に手刀が入り、巨漢も前のめりに昏倒した。
30秒後。
電気が戻った。
敵は全員が床に転がっていた。
武器は綺麗に真っ2つにされ、手足は無事だが誰もが意識を失っている。
血は一滴も流れていなかった。
ただ泡を吹いた顔だけが並んでいた。
レンは右腕から伸びていた光の剣をシュッと消し、ゆっくり息を吐く。
「さて、質問いいか?」
案内してきた男は尻もちをついたままガタガタ震えていた。
「ひ……ひぃ……娘は……月に一度移送されてて……ここには……!」
レンは男の襟首を軽く掴んで立たせた。
「じゃあ、今ここにいる子たちだけでいい。連れてけ」
別のコンテナ。
錆びた扉がギィッと開いた。
一瞬、息が止まった。
檻の中、十数人の子供たちが薬で眠らされていた。
首に赤く光る魔導首輪が嵌められたまま。
小さな体が冷たい床に横たわり、微かにだけ胸が上下している。
鎖で檻に繋がれ、身動き一つ取れない。
一番手前の檻。
小さな女の子が眠らされていた。
首輪で繋がれ、力なく横たわっている。
レンの手がぎゅっと震えた。
ツバサの炎が一瞬、白く燃え上がった。
レンは男の肩を軽く叩き、言った。
「全部解放しろ」
男は顔を真っ青にして首を振る。
「で、できない……! そんなことしたらアクセラに殺される……!」
レンは鼻で笑った。
「さっきのバレたらどうせ死ぬだろ」
「ひっ……」
男はガタガタ震えながら檻の前に跪いた。
鍵を握り、必死に首輪を外していく。
一つ、また一つ。
女の子が最初に解放された。
首輪が外れると華奢な体が前のめりに崩れ落ちる。
レンは咄嗟に手を伸ばし、そっと抱きとめた。
――軽い。
あまりにも軽すぎて、壊れそうで怖い。
義手では鼓動の強さすら分からない。
でも確かに、微かに胸が上下している。
レンは無意識に、ぎゅっと抱きしめていた。
金属の指が、小さな背中に食い込みそうになる。
慌てて力を緩める。
「……大丈夫だ。もう誰も傷つけない」
ツバサが静かに近づいてきて、女の子の髪をそっと撫でる。
「……寝顔、可愛いね」
声がかすかに震えていた。
男は泣きながら作業を続けた。
涙と鼻水を垂らしながら、子供たちの首輪を外し、鎖を外し、檻の鍵を外す。
ツバサは端末を軽く操作した。
「追跡機能、全部焼き切ったよー」
「じゃあ後は任せた」
レンは女の子をそっと地面に下ろし、頬を撫でた。
「は、はいっ……!」
男は泣きじゃくりながら作業を続けた。
レンはもう見向きもせず踵を返す。
「ツバサ、行くぞ」
「うん」
二人はコンテナを出て、夜の街へ歩き出した。
背後で男の嗚咽と、ガチャガチャと外れる鎖の音だけが響いている。
──夜桜区の路地裏。
帰り道、遠くで3人の若い男が慌てて走り去っていく。
ツバサの炎が小さく揺れた。
「あれって……あのときの?」
レンはため息を吐く。
「……はぁ、マジかよ」
二人が路地裏に入ると、老人は壁にもたれ酷い傷を負わされていた。
隠し持っていた食料の袋は空っぽで、固パンの欠片すら残っていない。
まだ息はあった。
レンが膝をつく。
「おっさん、生きてるか?」
老人は傷だらけの顔でかすかに笑った。
「……ああ……まだ……な……」
レンは老人の手を包むように握り返す。
「娘さん、無事だ。今は安全な場所で眠ってる」
老人は目を見開き、震える唇を何度も動かした。
「……ほ、本当か……? ほんとに……無事なのか……?」
「ああ。もう首輪も外して、温かい布団で寝てる」
老人の目に涙が溢れる。
「……そうか……そうかよ……あの子……生きて……」
ツバサがそっと近づき、囁いた。
「すごく可愛い子だったよ。おじいちゃんに似てた」
老人は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら力なく笑った。
「……へへ……似てたか……あの子の……笑顔……もう一度……見たかった……」
レンは掠れた声で言った。
「見られるさ。絶対に」
老人はレンの手をぎゅっと握りしめる。
「……お前さんたち……ありがとう……本当に……ありがとな……」
震える手がゆっくりと力を失っていった。
老人は安堵の笑みを浮かべたまま、静かに眠るように息を引き取った。
レンは老人の瞼をそっと閉じてやった。
指が涙で濡れた頬に触れる。
「また会おうな、おっさん」
ツバサの炎が静かに、静かに揺れた。
まるで泣いているように。
事務所への帰り道、ツバサがぽつりと言った。
「……おじいちゃん、幸せそうだったね」
レンは鼻を鳴らして笑う。
「死ぬ時くらいはな」
「……格好良かったよ、レン」
「お前もな」
二人の影が夜桜区の闇に溶けていった。
――その頃。
路地の奥、崩れかけたビルの屋上。
ぼろぼろのマントを羽織った人影が、静かに二人の背を見下ろしていた。
月明かりに浮かぶ瞳は懐かしさと驚き、そしてほんの少しの笑みをたたえている。
人影はマントのフードを深く被り直しながら小さく笑った。
「……生きてたんだ。レンお兄ちゃん」
風に乗って、かすかな嗤い声が聞こえた気がした。
長い旅から帰ってきた家族を迎えるような。
でもどこか照れくさそうな、そんな声だった。




