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Numbers-ブレイズ・フィスト-  作者: 川合 佑樹


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第4話

 二人が踵を返して歩き出そうとしたとき。

 背後からガサガサと音がした。

 ホームレスが小走りに近づいてきた。

 片手に古い布に包まれたもの、もう片手に小さな陶器の瓶を2本抱えている。

「おい、ちょっと待ってくれ!」

 老人は息を弾ませながらそれを差し出してきた。

「これ、昨日貰ったばかりの固パンだ。まだ食える。それと……これ」

 小さな陶器の瓶を差し出す。

 蓋を開けると野菜とハーブの香りが立ち上った。

「さっき屋台の親父に貰ったやつだ」

 老人がスープの匂いを嗅ぐ。

「冷める前に食おうと思ってたが……お前らにやるよ。まだ少し暖かい」


 レンは一瞬手を宙で止めた。

 ツバサの炎が優しく揺れる。

 レンは布の包みと陶器の瓶を受け取り、温もりに指を震わせた。

「……固パンにスープまでか」

「まだいっぱいあるから俺一人じゃ食いきれねえ。お礼だ、受け取ってくれ」

 老人は照れくさそうに笑って欠けた歯を見せた。

 レンは目を逸らした。

「……歯が折れそうだな、このパンは」

 ツバサが陶器の瓶を両手で包むように持った。

「お腹いっぱいになるよ! ありがとう!」

 老人は満足げに頷いた。


 二人は腰を下ろした。

 路地の片隅、崩れた木箱の上。

 昔、河川敷で缶ジュースを分け合ってたみたいに。

 レンは固パンをガリッとかじり、歯ごたえに顔をしかめた。

 でも、その硬さに胸が締めつけられた。

 ――軍のとき、最後に食ったのも固パンだった。

 味気なくて喉に詰まりそうで、それでもツバサが笑ってくれた。


 ツバサは無言で固パンを頭頂の器の中央にポイッ、ポイッと放り込んだ。

 炎の奥からカリカリという音がして、ツバサは満足げに頷いた。

 次に陶器の瓶を傾け、スープを器の上にじょぼぼぼーっと注ぎ込む。

 液体は炎に触れると瞬時に蒸発し、青い炎が一瞬白く輝いて吸い込んでいった。

 レンは自分の分を飲みながら、ふと瓶を握る手に力を込めた。

 陶器の温もりが金属越しにほんの少しだけ伝わってくる気がした。


 老人は目を丸くしてそれを見ていた。

「……器用な食べ方じゃのう」

 ツバサは炎を小さく揺らして答える。

「火加減は得意なんで」

 老人はクスクス笑いながら自分の固パンもかじった。

 レンが唐突に口を開いた。

「……なあ、ジジイ。さっきのやつら、何で襲ってたんだ?」

 老人は手を止め、遠くを見た。

「……この街を牛耳ってるアクセラファミリーだよ」

 ツバサが体を傾ける。

「アクセラファミリー?」

「金貸しから裏稼業まで全部仕切る……この辺りを牛耳ってる奴らだ」

 老人の声が震える。

「ワシの娘も……連れていかれてな。もう3年になる……」

 固パンが老人の手の中でボロボロと崩れた。

「死ぬ前に娘の顔だけでも見ておきたかったんだが……」


 レンは黙ってスープを飲み干した。

 ツバサの炎が一瞬だけ静かに収まった。

「……そうか」

 レンは立ち上がると、空の瓶を握りつぶした。

 破片が地面に散る。

 老人は驚いたように顔を上げた。

「お、おい……?」

「ジジイ。今日はもう寝ろ」

 レンはそれだけ言って踵を返した。

 ツバサも静かに立ち上がり、最後に残った固パンを炎にポイッと放り込んだ。

 二人は無言で夜桜区の雑踏を抜け、事務所へと戻った。



 ――夜。

 事務所の明かりは消えていた。

 レンはソファに横たわり、手を額に当てて目を閉じている。

 固パンの欠片がまだ手の隙間に残っている。

 ――あの温かさが、まだ指先に残っているような気がした。


 ツバサが静かに近づいた。

「……レン」

 低い声。

「僕、行ってくるね」

 ツバサがコートを身に着ける。

 レンは目を閉じたままだった。

 返事をしなかった。

 でも指が、ぎゅっとソファを掴んでいた。

 ツバサはそれ以上何も言わず、事務所の扉をそっと開けた。

 炎が闇に溶け、姿を消した。



 ――夜桜区、外れ。

 巨大な倉庫街。

 暗がりに、アクセラファミリーの紋章が描かれた鉄の門がそびえる。

 ツバサが、音もなく門の前に立った。

 炎がゆっくりと、しかし確実に膨れ上がっていく。

 魔力が渦を巻き、周囲の空気が歪む。

 倉庫の鉄扉が、熱で赤く染まり始めた。


 その瞬間――

 カツンッ

 後ろから、首輪に何かが軽くぶつかった。

 金属と金属がぶつかる音。

 ツバサは振り返らない。

 静かに笑った。

「……来ると思ってた」

 背後から、聞き慣れた声。

「このお人好しが」

 ツバサは振り返る。

 ノースリーブのミリタリージャケットを着たレンが立っていた。

「……やるき満々じゃん」

 レンはニヤリと歯を見せた。

 手をツバサの肩にポンと置く。

 コート越しに冷たい金属同士が触れ合う。

 でも、確かに熱があった。

「じゃなきゃ来ねぇよ」


 二人の影が、魔光灯に照らされて長く伸びる。

 河川敷で肩を並べていた夜を思い出す。

【なんでも屋 ブレイズ・フィスト】

 ――今夜、 “本当の仕事”が始まる。


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