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Numbers-ブレイズ・フィスト-  作者: 川合 佑樹


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第2話

 それから2年が過ぎた。

 拒否権など最初から存在しなかった。

 拒否すれば即座に「処分」される。

 つまりツバサは消され、レンは義手を外されて廃棄される。

 だから二人とも黙って戦うしかなかった。


 レンは陸軍レンジャー部隊へと配属された。

 魔王軍のオーク兵やダークエルフを倒すたび、腕の回路が灼熱の光を放った。

 血が飛び散っても熱さも冷たさも伝わってこない。

 倒した敵が最期にこちらを見ていても胸が痛むことはなくなった。

 前線で「死神の鎌」と呼ばれる頃には、痛みも恐怖も感じなくなっていた。

 夜、野営地のテントで義手を外し、肩の接続部を見つめるのが習慣になった。

 そこにはもう元の肉体はない。

 ただ銀の接続ポートが無機質に光っているだけだった。

 ――俺は、もう人間じゃねえ。

 でもツバサが燃えている限り、俺は戦う。

 それだけが生きている実感だった。


 一方、ツバサは空軍情報戦線に投入された。

 最初の実戦で、味方の飛空挺コックピットに無理やり接続された。

 脊椎に直接ケーブルを刺され、意識を魔導網に流し込まれた。

 敵の魔導網に潜り込み、飛空挺の制御を奪い取る。

 そして墜落させる。

 墜落する乗員の断末魔がデータとなって頭の中に流れ込んできた。

 何百、何千の命を葬っても炎の顔は表情を変えられない。

「トーチマン」と恐れられる頃には少年の面影はすっかり色褪せていた。

 夜、格納庫の片隅で接続ケーブルを抜いたときだけ、炎が小さく揺れた。

 ――レンは今どこで戦ってるんだろう。

 生きてるのか?

 まだ僕のことを覚えていてくれているのだろうか?



 ついに魔王は討伐された。

 英雄たちは凱旋し、盛大に祝われた。

 レンとツバサの名前はどこにも載らなかった。

 表彰式の壇上には、綺麗な顔をした正規の英雄たちだけが並んでいた。


 そして、ある朝。

 軍医が淡々と告げた。

「諸君の契約期間は本日をもって満了だ」

 白衣の男は記録板をめくりながら事務的な口調を崩さない。

「2年間、よく働いてくれた。皇国は満足している」

 男は薄く笑った。

「道具としての性能は極めて優秀だった」

 レンの手がガキンと音を立てて握り締められた。

 ベッドの鉄枠が軋んで歪んだ。

 魔力回路が暴走するように明滅し、部屋の空気が熱で歪んだ。

「……道具って言ったな、今」

 声が低く震えていた。

 2年間押し殺してきたものが喉の奥から這い上がってきた。

 軍医は平然と頷いた。

「事実だろう?」

 ツバサの炎が膨れ上がった。

 青い魂の炎が白く変色し、部屋の壁にまで熱波が届いた。

 首輪が赤熱して煙を上げた。

 レンが立ち上がる。

 ズン、ズン、ズンと重い足音。

 軍医の襟首を掴み、壁に叩きつける。

 ドンッ!

「……俺たちに選択肢はなかったよな?」

 指が白衣を裂いた。

「なかったかね?」

 軍医は肩をすくめた。

「文句があるなら、もっとうまく死ねばよかっただろ?」


 その瞬間。

 レンの指先が軍医の喉元で止まった。

 今すぐこいつを……。

 でも――

「……やめよう、レン」

 ツバサが静かに呟いた。

「もう、疲れたよ……」

 レンの手がゆっくりと下ろされた。

 指が悔しさで震えていた。

 その言葉を最後に、二人は軍から放り出された。

 英雄でもなく被害者でもなく、ただの「使い潰した道具」として。


 門の外に投げ出されたとき、雨が降っていた。

 レンの義手に雨が当たっても、冷たさは伝わらない。

 ツバサの炎は雨に消されることなく静かに揺れていた。

 二人は誰もいない裏通りで肩を並べて立っていた。

 帰る場所なんて、どこにもなかった。



 皇都ノイ・アルカディア、夜桜区。

 魔光灯が煌めく歓楽街の片隅。

 古びたビルの3階に、二人は小さな事務所を開いた。

 看板は手書きだった。

 文字は乱暴で、喧嘩の後の落書きみたいだった。

【なんでも屋 ブレイズ・フィスト】

「戦闘・調査・護衛・裏稼業、何でもやります(詳細は面談で)」

 タンクトップ姿のレンが脚立から降りて看板を叩いた。

「どうだ、俺の字。読めるだろ?」

 ツバサが壁にもたれて体を傾けた。

「……殺意がにじみすぎてる」

「それでいいんだよ。客を選ぶ」

 レンは事務所の中を見回し、古いソファにドカッと腰を下ろした。

「ひとまずこれで頑張るか」


「ねぇ、レン」

 ツバサがぽつりと呟いた。

「ん?」

「……ここ、僕たちの場所だよね?」

 ツバサがレンの隣に座る。

 レンはソファにもたれ天井を見上げた。

 剥げた塗装の隙間から、雨漏りの跡が黒く広がっている。

 でもそれがかえって落ち着いた。

「ああ、そうだな」

「軍にも昔の地元にも、もう帰るとこなんかないもんね」

「帰る気もねえよ。あんなとこ」

 少し間があって、ツバサが小さく笑った。


 レンが義手を伸ばす。

 金属の指が、ツバサの肩の合金部分に触れた。

 カチン。

 硬い。

 でも確かに“ここにいる”。

 レンはぎゅっと、金属の肩を握りしめた。

「絶対離さねえ」

 義手の指が強く、強く握った。

 金属同士が軋む音が小さな部屋に響いた。

「約束だよ?」

「おう、約束だ」

 ツバサの炎がレンに触れるように、ほんの少し寄り添う形で揺れた。

 熱は伝わらない。

 でも確かに――

 二人の温度が繋がった。


 二人は同時に小さく笑った。

 金属と炎がかすかに響き合った。

 かつて地元で負け知らずだった少年たち。

 もう二度と誰にも奪われない、たった一つの居場所を。

 今、この異世界で手に入れた。


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