第16話
夜桜区の路地は魔光灯の淡い光が濁った水のように地面に溜まっていた。
4人がバラバラの足取りで進む。
シュリが大きく伸びをしてミカゲの横に並んだ。
「なぁ、もう攻撃しねぇからさ。それ、しまってもいいぞ」
シュリは顎でミカゲの背中を指した。
14本の機械アームはまだ赤熱していた。
風に冷まされながらジリジリと小さな火花を散らしている。
ミカゲは眉をひそめたまま、肩越しにチラリと振り返る。
「……無理よ」
「ん? なんだ?」
「熱処理が終わらないと仕舞えないのよ!」
一瞬、路地に奇妙な静寂が落ちた。
レンが先に堪えきれず肩を震わせて吹き出した。
「ぐっぐふっ……ほんと……いつ聞いても面白すぎる……」
手で口元を押さえながら、笑いながら咳き込む。
ミカゲは頬を膨らませてレンを肘で小突いた。
「ほら見なさいよ! だから出したくなかったのにぃ……!」
「いや、だって自分の武器なのに……」
レンはまだ笑いを噛み殺しながら片手を上げて降参のポーズを取る。
「でもよ、たったあれだけでオーバーヒートって……」
「しょうがないじゃない! 私のメイン武器はこれじゃないし!」
シーカがその様子を見て吐き捨てた。
「……なんで私たちがこんな奴らに負けたんだろ……」
シュリがシーカの頭を大きな手でぐしゃぐしゃと撫でる。
「勝負にすらなってねぇよ。あれ、非殺傷に出力下げてたぞ」
シーカの動きがピタリと止まった。
「……手を抜いてたって言うの?」
「抜かれてたんだろうな」
シュリは肩をすくめてみせた。
「お前だってシールド以外使われてなかっただろ?」
シーカの顔がみるみる赤くなった。
「う、うるさいっ! 次は絶対に殺すから!」
「はいはい、次は殺すんだな」
シュリは子守り口調でシーカの背中をドンと押して歩かせた。
4人が資材置き場に足を踏み入れた。
異様な光景が広がっていた。
ドドドドドドッ!!!
16体の青い炎のツバサが一斉に疾走。
コンテナを蹴ってビュンッ! と跳ぶ。
レイジの雷がバリバリッ! と空しく空を裂くたび、残像が16方向に散る。
「どれが本物だ……!?」
レイジの銃口は常に次のツバサを追うばかりで本物には届かない。
シュリが思わず声を漏らした。
「なんだこれは……」
直後、背後から聞き慣れた無邪気な声が降ってきた。
「あっ、来たんだ。お疲れー!」
全員が一斉に振り返る。
そこにいたのは片手を上げている本物のツバサだった。
レンが呆れたように眉を寄せた。
「お疲れ。……てか、まだ遊んでんの?」
「そだねー。まだ諦めてくれないみたいでさー。結構しつこいんだよね、雷の人」
シーカが目を白黒させて一歩前に踏み出す。
「ちょっと待って! あそこで戦ってるのは何!?」
シュリも首を捻る。
「あれ……全部偽物か?」
ツバサは腰のホルスターから端末をサッと抜いた。
「あー、これはね――」
コンッ!
レンが素早くツバサの首輪を叩く。
「余計なこと話すな、ツバサ」
「えー、別にいいじゃん! みんな仲良しになったんでしょ?」
「仲良くなってねぇ」
「うっそだー! じゃあなんで一緒に来てるの!」
「これはなりゆきで」
「あー誤魔化した―!」
そのとき中央で火花を散らしていたレイジが4人の気配に気づいた。
本物のツバサを確認すると静かに両手を上げた。
狐面の奥でため息が漏れる。
「……完敗です。降参します」
ツバサがぴょんと跳ねてガッツポーズを取る。
「やったー! 勝ったー!」
シーカが血相を変えて叫んだ。
「おいレイジ! いいのかよ!?」
レイジは肩をすくめ答えた。
「現時点の装備ではこの状況を打破できません」
ツバサは得意げに端末を軽く振って見せながら指を滑らせた。
「じゃあ、もういいよねー?」
ピピッと小さな電子音が鳴った。
16体が同時にフッと青い粒子になって弾けた。
シュワァァァァ……!
一瞬で消滅。
地面に残ったのは焦げた足跡と、ジュウウ……と立ち上る熱波だけ。
シーカがポカンと口を開けたまま固まる。
レイジが静かに息を吐き、狐面の奥で感嘆の声を漏らす。
「炎の輪郭を遠隔操作……それも16体。さすがはトーチマン。完敗です」
ツバサは照れくさそうに笑う。
「えへへ、本気出せば100は越えるよー」
レイジの狐面が一瞬完全に固まった。
「……本気、ですか」
「うん!」
レンがため息をつきながらツバサの肩を軽く小突く。
「余計なこと言うなって言っただろ」
「いたっ」
ツバサはわざとらしく肩をすくめた。
「だって褒められたんだもん! 嬉しいじゃん!」
シーカが呆然と呟く。
「100……? 冗談でしょ……?」
シュリが豪快に笑いながらシーカの背中をバシンと叩いた。
「はははっ! 冗談じゃねーんだろーな」
資材置き場の埃がゆっくりと落ち着き始めた。
ミカゲはアームを畳みながら言った。
「それでこの後どうするの? 勝負ついたと思うんだけど」
レイジが静かに右手を挙げる。
「クレイム様から言伝を預かっています」
レンが首の後ろをガリッと掻いた。
「それで?」
レイジが静かに一歩近づく。
内ポケットから黒い封筒を取り出し――ぱちん! と封蝋を割った。
中から分厚い羊皮紙と、小さな写真を取り出した。
落ち着いた声で読み始めた。
「……アクセラファミリー本部直轄『ブルークリスタル』魔導結晶精製プラントへの潜入および指定人物の奪還。成功報酬は金貨30枚。失敗した場合の補償は一切なし。期限は3日以内。以上」
レイジは小さな写真を差し出した。
「これが……奪還対象です」
白髪、紅瞳、無表情の美少女。
10代半ばの少女だった。
レンが写真を受け取り眉をひそめる。
「……こいつは」
ツバサがレンの肩越しに覗き込む。
「クレイムくんに似てるねっ! 目とか口元とかそっくり!」
シーカが飛びつくように身を乗り出した。
「クレイム様だ!」
レンが写真を指で軽く弾きながらレイジを見上げる。
「妹か?」
レイジは一瞬狐面を伏せた。
「……私からはなんとも」
「ここまであからさまに似てて秘密も何もねぇだろ」
「……事情があるんです」
シュリが一歩前に出た。
「ブレイズ・フィスト、お前らの実力はもう疑わねぇ」
赤い髪を振り乱しながら頭を下げた。
「俺たちも全力で協力する。好きに使ってくれ。……頼む」
レンは写真をツバサに渡しゆっくりと上を向いた。
夜空の月を見上げてふっと息を吐く。
「……金貨50枚で協力してやる。前金で20枚用意しろ」
シーカが目を剥いた。
「はぁ!? ぼりすぎでしょ!」
シュリがシーカの頭を大きな手でそっと押さえて黙らせた。
「分かった。それでいい。それであの子が助かるのなら」
レンはツバサに視線を送る。
「帰るぞ」
「うん!」
レンが踵を返した。
ツバサが小走りで並ぶ。
「お仕事だねー! 楽しみー!」
二人の背中をミカゲが慌てて追いかけた。
「ちょっと待ってよー!」
ビルの屋上、錆びた手すりに肘をついた人影がいた。
ぼろぼろのマントのフードを深く被ったまま、薄く笑っている。
風がマントの裾をはためかせ長い銀髪がちらりと覗いた。
「……さすがだなぁ」
低い掠れた声だった。
人影は片手で顎を撫でもう一方の手で小さな魔導スコープを構え直す。
レンズ越しに資材置き場を離れていくレンたちの背中が小さくなっていく。
「死神にトーチマン、銀翼……ついに揃ったね」
スコープをゆっくり横に振った。
シュリ、シーカ、レイジの姿も捉える。
「クレイムの連中も無事依頼できたみたいだねぇ」
人影はスコープを下ろし屋上の端まで歩いた。
遠くでアクセラのネオンが青白く燃えている。
「ブルークリスタル……」
舌の上でその名を転がしくすりと笑う。
「楽しくなってきたなっ」
次の瞬間、影は溶けるように消えた。
屋上には風の音だけが残った。




