第13話
レンは目を覚ました。
「……なんだ?」
青が痛いほど鮮やかに広がっていた。
雲ひとつない空が頭上に張り付いている。
木漏れ日が義手の表面を灼くように照りつける。
耳の奥で戦闘警報の残響がチリチリ鳴っていた。
レンはゆっくり上半身を起こし、右手で顔を覆った。
冷たい金属が頬に触れる。
指先がまだ微かに震えていた。
「……はぁ。そうか」
体を起こすと右手に魔導小銃がずっしりと握られていた。
銃身はまだ熱を持ち硝煙の匂いがこびりついている。
レンはそれを肩に担ぎ直して立ち上がった。
「夢……だったか」
独り言が漏れた。
息が白く、指先が冷たい。
「……ずいぶん幸せな夢だった」
レンは左腕を光らせ、両脇に半透明の光盾を展開した。
魔力回路が走る。
その瞬間、遠くの茂みから銃声が連続で鳴った。
バン! バン! バンッ!
茂みの奥から火花が連続で弾ける。
弾丸が光盾にぶち当たり、ビリビリビリッ! と青い波紋が走る。
レンは左腕をサッと捻って盾を傾け――
キィン! キィン!
弾を次々に逸らし、木の幹に叩きつける。
「3……いや、4人か」
レンは歯を軋ませながら呟いた。
敵の銃口の閃光を目で追う。
距離は30メートル、方位は北北東。
レンは小銃を構え照準を合わせて引き金を絞った。
ダダダッ!
乾いた連射音が響き悲鳴が一つ上がる。
続けて2発3発。
レンは盾を維持しながら正確に敵の銃声を頼りに撃ち返した。
硝煙が立ち込め木の幹に弾痕が刻まれていく。
レンは盾を操りながら小銃をリロードした。
マガジンを素早く交換し再び連射。
敵の銃声が次第にまばらになっていく。
すると空を覆う大きな影が現れた。
それは地上を滅する巨大空挺だった。
レンは顔を上げた瞬間背筋が凍った。
艦底に刻まれたのは漆黒の翼と紅い瞳――魔王軍の紋章だった。
「……あれは」
声が喉から漏れる。
魔導焼夷弾が投下された。
轟音と共に炎がレンごと森を包み込む。
熱が義手の表面を灼き回路が悲鳴を上げる。
「くそっ……こんなところで!」
レンは最後に歯を剥き出しにして叫んだ。
意識がゆっくりと遠のいていく。
視界が歪み、青い空が真っ赤に染まる。
最後に見たのは炎の中で踊る巨大な影だけだった。
レンは目を覚ました。
視線の先にはボロボロの天井。
剥がれかけた塗装の隙間から覗く染みが、ぼんやり広がっている。
何度数えただろう。
あの染みは雲みたいで時々犬に見えたり銃口に見えたりした。
今朝はただの染みだった。
「……夢か」
声が静かな事務所に落ちた。
「おはよう、レン」
正面のソファでツバサが端末を膝に乗せたまま手を振る。
「おはよう」
レンは上半身を起こした。
ツバサが心配そうに体を傾ける。
「またうなされてたよ?」
「……悪い」
レンは顔をしかめた。
「なんか食う? 乾麺茹でようか?」
ツバサが端末を脇に置き立ち上がろうとする。
「……いや、いい」
レンは小さく手を振った。
「コーヒーだけでいい」
「そっか」
ツバサは再び端末を手に取った。
ガチャッ。
事務所の扉が勢いよく開いた。
「やっほー、生きてる?」
ミカゲがマントを翻しながら入ってきた。
ツバサが手を上げる。
「ミカゲー! 生きてるよー」
レンは無言でミカゲの顔をじっと見上げた。
「……二重が濃くなってる」
ミカゲの目がくっきりとした二重がさらに深く刻まれている。
「せいかーい! さすがレン!」
ミカゲは得意げに片目をつぶり、その場でくるりと一回転してみせた。
「ちょっとだけ弄っちゃいましたー」
マントの裾がふわりと広がる。
ツバサが身を乗り出した。
「ほんとだぁ! また可愛くなったね!」
「へへへ、ありがとー」
ミカゲは頬を掻きながらソファの肘掛けに腰掛けた。
長い脚を優雅に組む。
レンはため息をつき手で顔を覆った。
「それで、依頼か?」
ミカゲの笑みが少しだけ鋭くなった。
「そうそう。あなたたち向けの仕事よ」
レンの眉がぴくりと動く。
「嫌な予感がするな」
ツバサは端末を閉じ前のめりになった。
「えー、なになに? 教えて教えてー!」
ツバサがレンのすぐ横にぴたりと座った。
対面の椅子にミカゲが腰を下ろした。
テーブルの上に1枚の紙を滑らせるように置く。
「病院の件でアクセラとクレイムが大抗争になっちゃった!」
ミカゲはにこりと笑って指先で紙を軽く叩いた。
「ってことで助っ人よろしくねー」
レンは紙を指先で引き寄せ目を走らせた。
そこに書かれていたのは――
――魔導結晶密輸ルートの完全掌握失敗に伴う全面衝突
――両ファミリー総動員で灰霧区と燐光区の2区同時戦闘
――中立勢力の介入を認めず巻き込まれた場合は即座に敵認定
――賞金首リスト更新:ブレイズ・フィスト 死20金、生50金
要するに「もう戦争始まってるから来てくれ」という内容だった。
レンは頭をガリガリ掻き深いため息を吐いた。
「……これ、俺たち出て行ったらややこしくならないか?」
ミカゲは首を振って笑う。
「大丈夫よ。向こうからもう来てるから」
ガチャリ。
事務所の扉がゆっくりと開いた。
入ってきたのは4人組だった。
中央に立つのは白髪で赤目の少年。
黒コートの下、白シャツの襟が覗く。
その左右と後ろに控える3人はそれぞれ異様な存在感を放っていた。
右側に控えるのはツインテールの少女。
黒とピンクのドレススカートに厚底のブーツ。
首にチョーカーと鎖、腰には長剣。
濃いアイラインに異様に長い睫毛、黒レースの手袋を嵌めていた。
左に立つのは黒スーツの長身青年。
肩までの黒髪に漆黒の狐面。
内ポケットから双銃が静かに殺気を放つ。
後ろに立つのは2メートル超の巨躯。
赤いロングウルフヘアーの女。
黒チューブトップと色褪せジーパン。
肩から胸元まで布地が張り詰めている。
4人が揃って立ち止まった瞬間、事務所の空気がピリッと引き締まった。
ミカゲがにこにこと紹介する。
「こちらクレイムファミリーの現代表、クレイムさんよ!」
レンとツバサが同時に声を上げた。
「「えっ?」」
レンが腰を浮かせかけた瞬間、クレイムが片手を上げて制した。
「そのままでいい。長居はしない」
レンはソファに沈み直す。
「依頼ってのは?」
言葉が終わるか終わらないかのタイミングで――
ツインテールの少女が動いた。
フリルが波打ちブーツが床を蹴る。
長剣が鞘走り、銀色の軌跡を描いてレンの喉元へ一直線。
レンは首を動かさず右手を上げた。
手首を回しながら剣の腹を掴みピタリと止める。
刃はレンの首筋の上でわずかに震えてる。
シーカが歯を剥いた。
「離せ、この義手野郎」
レンは静かに返す。
「あまりにも遅ぇからプレゼントかと思ったぜ」
クレイムが小さく舌打ちした。
「やめろシーカ。……シュリ、気づいているなら止めろ」
シーカは唇を尖らせ、剣に込めた力を一ミリも緩めない。
「不敬だ」
低く吐き捨てる。
ドカッ、ドカッ。
巨体が近づく足音で床が揺れる。
シュリが片手でシーカの脇の下を掴む。
「へいへい」
ヒョイッ。
シーカの体がまるで人形みたいに浮いた。
足がブラブラ宙を蹴る。
「離せシュリィ!! 殺すって言ってるだろ!!」
「はいはい、後でなー」
シュリは肩をすくめながらシーカを片手で抱え続ける。
ツバサが呆然と呟く。
「なんなのぉ……」
クレイムは小さく息を吐いて告げた。
「依頼……というのは少し違うな」
レンは鼻で笑った。
「じゃあ、帰ってくれ」
「贖罪の機会を与えにきた」
「贖罪ねぇ。何のことやら」
シーカがまた暴れ出す。
「シュリ離せっ! やっぱり殺す! 今すぐ殺す!」
「はいはい」
シュリはシーカの頭をぽんぽん撫でる。
クレイムは視線を逸らさず言葉を続けた。
「……ふむ、では言い方を変えよう」
クレイムは一歩前に出てレンとツバサを順に見据えた。
「お前たちを24時間365日、常に監視し攻撃を仕掛ける」
クレイムが指を1本立てる。
「1秒たりとも休む時間は与えない。死ぬまでずっと、と言ったらどうだ?」
事務所の空気が凍りついた。
「それとも贖罪の機会を与えられたことに感謝して、俺に従うか」
クレイムがレンの瞳を真正面から見つめた。
「どちらかを選ばせてやろう」
ツバサの炎が小さく震えるように縮んだ。
「……レン」
ミカゲが横から静かに口を挟む。
「断ってもいいけど……またあの頃に戻るだけよ」
レンはツバサを見て深いため息を吐いた。
「……それで、何をさせたい?」
クレイムは淡々と答えた。
「ある人物を連れて来てくれ。それだけでいい」
レンは口元を歪めて笑った。
「はっ、言うに事欠いて人攫いか」
するとずっと無言だった狐面の男が口を開いた。
低い金属を擦るような声で。
「ナンバーズがビビるか」
クレイムが小さくため息をつく。
「レイジ……」
狐面――レイジは肩をすくめた。
「失礼。つい」
クレイムはもう一度二人を見据えて告げた。
「どう受け取ってもらっても構わない」
「詳細はミカゲ経由で送る」
クレイムは踵を返し扉へと向かう。
扉に手をかけた瞬間、クレイムが振り返らずにぽつりと付け加えた。
「ああ、そうだ……君たちはせっかくだから遊んでいきなさい」
扉が静かに閉まった。
カチャリ、という小さな音が響いた。
事務所に残されたのは――
レン、ツバサ、ミカゲ。
そしてシーカ、シュリ、レイジ。
6人だけ。
レンの義手がガチガチ鳴る。
ツバサの炎が真っ白に爆ぜる。
シーカの唇がニヤリと歪む。
レイジの狐面の奥で紅い光が点滅。
シュリの拳がメリメリ鳴る。
ミカゲの指が銃の引き金にかかる。
誰も口を開かない。
――次の0.3秒で誰かが死ぬ。
それだけが確信できた。




