第12話
先に動いたのはレンだった。
レンはゆっくり歩を進めた。
敵の4人は反射的に銃口を上げ、引き金を絞ろうとする。
パンッ!
次の瞬間、4丁の銃が同時に宙を舞った。
銃身がねじ曲がりグリップが粉々に砕け散る。
レンの背後で、ミカゲが腰だめで構えた魔導拳銃から硝煙が細く立ち上っていた。
4発が1発に聞こえる速さの射撃だった。
レンは敵を見据えたまま口の端を吊り上げる。
「『銀翼』の名は健在だな」
呟くと同時に、地面を蹴った。
バキィッ!
コンクリートがひび割れ、破片が跳ね上がる。
レンの体が残像を残して、消えた。
次の瞬間、もう敵の懐に。
「うわああああ!」
ナイフを振り上げた男の目の前でレンが止まる。
「遅ぇよ」
キンッと金属が鳴った。
ナイフは刃渡りの根元から綺麗に折れて床に転がる。
ドスッ!
レンの左腕が敵の腹にめり込んだ。
男の体が弓なりに反り返る。
息が詰まり、膝が崩れた。
残った2人はその光景に足を止める。
背筋が凍りついた。
「ばぁ」
背後から、ツバサが現れる。
指が2人同時に肩を掴んだ。
「ひぃっ──」
「なんだ、お前──!」
瞬間ツバサの体が青白く発光した。
「えいっ」
肩から炎が伝い敵の服に張り付くように燃え移る。
青い火だった。
「ぎゃあああああ!」
「熱い熱い熱い熱い!」
2人が地面を転げ回る。
炎は消えない。
叩いても服を脱ごうとしても、皮膚にへばりついて這い回った。
ツバサは無邪気に手を振った。
「それ、なかなか消えないから頑張ってねー」
そう言って床に転がっていた魔導結晶の輸液パックを引き抜く。
「補給補給」
青白い液体がぶしゃっと飛び散り、ツバサはそのまま頭の上からぶっかけた。
じゅわっ。
液体が炎に触れると同時に蒸発し、ツバサの全身が眩い光を放つ。
首輪がギュイイインと高く鳴り炎が一気に3倍の大きさに膨れ上がった。
「ふぃー。さぁ燃料はいっぱいあるぞぉ! かかってこーい!」
奥の扉の陰でヤベゥの顔が青ざめる。
「……待て。あれはトーチマン……こっちは魔導剣の死神……」
ヤベゥがはっとした。
「あの写真……そうか! トーチマンが!!」
ヤベゥがミカゲの方に視線を移す。
「お前は『銀翼』、なぜ黙っていた! なぜ第6部隊がここにいる!?」
ミカゲが銃をくるりと回してニヤリと笑う。
「聞かれなかったからよ?」
ヤベゥの額に汗が伝う。
「そうか……性別を変えていたのか、いつからだ!」
「まだ、変えてないわよ?」
「この……!」
ヤベゥが踵を返し、大扉へ向かって走り出す。
背中が震えていた。
「逃がすかよ!」
レンが低く叫び、床に落ちていた魔導結晶のパックを拾い上げる。
ヤベゥに向かって放り投げた。
「ミカゲっ」
パックが弧を描いて飛ぶ。
「なんだっ!?」
ヤベゥが振り返った瞬間──
バンッ!
ミカゲの銃口が火を噴いた。
弾丸はパックを正確に貫き、中の魔導結晶液が一瞬で不安定化する。
「おい貴様っ……!」
ヤベゥが目を見開いた。
次の瞬間、青白い閃光が地下室全体を包んだ。
ゴオオオオオオオオッ!
轟音と共に衝撃波が吹き荒れ、床のタイルが波打つように跳ね上がる。
壁がひび割れ、天井からコンクリート片が雨のように降り注ぐ。
煙と埃が充満する中、ミカゲが片手を振って煙を払う。
「どう? やるでしょぉ!」
だがその瞬間だった。
煤だらけのヤベゥがガクンッと体を反らせた。
糸で吊られた人形のように跳ね起きた。
ブゥゥゥゥゥン!
低く重い共鳴音が地下室全体を震わせる。
同時にレンとツバサの体内で甲高いハウリングが始まった。
レンが歯を食いしばった。
「ミカゲ! そいつ改造済みだ!」
「えっ?」
ミカゲがレンを見た一瞬。
ズドン!
肥大したヤベゥの巨体が、瞬間移動したようにミカゲの正面に現れた。
「お前からだ!」
ヤベゥが咆哮した。
筋肉が異様に膨張し血管が浮き出ている。
振り上げられた右拳が空気を裂く。
風圧だけで埃が吹き飛んだ。
レンが駆け寄る。
「くそっ!」
左手を掲げ光の盾をミカゲの前に展開した。
衝撃が盾を叩きビリビリと火花が散る。
ミカゲは隙間を縫って銃口を下げ、ヤベゥの足を3発連続で撃ち抜いた。
だがヤベゥは止まらない。
「死ね」
拳が盾をかすめ、半壊させながら逸れる。
残りの勢いがミカゲの右肩を直撃した。
「ぐっ!」
ミカゲは体を捻ったが床に叩きつけられ右腕が痙攣して動かなくなる。
「ミカゲ!」
レンが光の刃を展開し、ヤベゥに飛びかかる。
ヤベゥは腰から魔導ナイフを引き抜き、刃と刃がぶつかり合う。
キィィン!
火花が飛び互いの顔が至近距離で睨み合った。
ヤベゥの瞳が狂気に染まっている。
「こんなものか第6部隊!」
ヤベゥが膝を捻りレンの腹に蹴りを叩き込む。
ドガッ!
レンの体が宙を舞いコンクリートの壁に激突した。
「ぐはっ……!」
息が詰まり視界が白くなる。
「レン!」
ツバサが叫び割って入ろうとする。
「離れろこのクソデカ!」
ヤベゥが横薙ぎに左腕を振るいツバサのを吹き飛ばした。
ガシャン!
ヤベゥの巨大な手がレンの頭をガッチリ掴む。
ゴキッと首の骨が鳴った。
そのままグイッと持ち上げる。
レンの足がブラブラと宙に浮く。
「ぐっ……がっ……!」
息が詰まり、視界がチカチカする。
義手の指がヤベゥの腕を掻きむしるが、金属の爪痕しか残らない。
「この力は素晴らしいな。お前らが強かった理由もよく分かったよ」
レンは苦しげに息を吐きながらニヤリと笑う。
「ぐっ……ずいぶんデカくなったな」
「この身体は特別製だ」
「……燃費悪そうだな」
「お前らが実験体になってくれたおかげで、安全に改造できた」
ヤベゥの手が、さらに強く締め上げる。
「感謝の印として、楽に逝かせてやろう」
ヤベゥがレンの首を絞めながら、胸ポケットから1枚の写真をチラつかせた。
写真は第6部隊の面々だった。
「お前たちナンバーズが捨てられた後、俺は軍のデータを買い取った」
ヤベゥが首を絞める力を強くする。
「だからこそこの身体は完璧なんだ。お前らの苦しみが俺の成功の土台だ」
ヤベゥがナイフをレンの首筋に近づける。
「私がお前の死神だ」
その瞬間。
レンの左手が青く輝きヤベゥとの間に薄い光の盾を展開した。
ヤベゥが眉をひそめる。
「何をしている? 悪あがきか?」
「聞こえないのか? そろそろバカがやって来る」
バァァァン!!!
奥の扉が爆発、四散。
煙の中からガンドの巨体が現れる。
右腕の魔導砲がフルチャージで青白いプラズマを轟かせている。
ブオオオオオオオッ!
「死ねぇぇぇ!!」
光線が一直線にヤベゥの背中を貫く。
ドゴォォォォォン!!!
魔導砲が轟いた。
光線がヤベゥの背中を焼き、焦げた臭いが広がる。
「ぐああああ! なぜここに奴らがああああ!?」
ヤベゥがレンの盾とガンドの砲撃に挟まれ絶叫する。
レンはヤベゥの顔を真正面から見据えた。
「俺たち実験体は、粗悪性ゆえに魔導結晶の共鳴波に敏感だ」
「何を……言っている!?」
「位置が大体わかるんだよ。さっきのパック爆弾は、あのバカを呼ぶ誘導弾だ」
「なっ……」
「残念だったな」
「ふざけっ……」
「特別製じゃなきゃ気づけたろうに」
「貴様ぁ……!!」
ヤベゥが歯噛みする。
砲撃が終了した。
ヤベゥは圧迫ショックで意識を失って崩れ落ちた。
静寂が戻った。
レンがヤベゥの目を開き、瞳孔を確認する。
「……頑丈だな」
ガンドが近付き、低く唸った。
「生きてるのか? 殺していいか?」
「やめとけ。まだ使い道がある」
ツバサがよろよろ立ち上がり端末を操作しながら近づいてくる。
「おっけー」
最後のタップをするとヤベゥの首と四肢の付け根が赤く発光した。
ジリジリと煙が立ち上った。
ガンドが怪訝そうに眉を寄せる。
「何をしたんだ?」
ツバサが得意げに炎を揺らした。
「接合部の魔導生体組織にアクセスして、制御プロトコルを強制書き換えしたー」
ガンドがぽかんとする。
「要するに、首と四肢をいつでも緊急停止できるようにしただけー」
レンが肩をすくめる。
「首輪をつけてやったんだよ。お前も一回やられたろ?」
「あぁ……あれか……。すげーな」
レンは立ち上がるとポケットから折り畳み鞄を出して広げた。
「ツバサ、貰うもん貰ってくぞ」
レンとツバサは手際よく床に散らばった魔導結晶パックを詰め込んでいく。
ガンドが戸惑いながら声を上げる。
「……俺らはどうすればいい?」
レンは鞄の口を縛りながら素っ気なく答えた。
「あぁ? あー……好きにすれば?」
「好きにって……」
「俺らが用があるのはコレだし」
ツバサがパンパンに膨らんだ鞄を肩に担ぎながらにこっと笑う。
「寝てる子たちの中にも、まだ助かる子いると思うから頑張ってねっ」
二人が歩き出そうとした瞬間、ツバサの体がふらつき膝をつきそうになった。
ガンドが素早く腕を伸ばし、肩を支える。
「助けてくれてありがとう……これくらいはやらせてくれ」
ツバサは少し照れたようにガンドの腕に体重を預けた。
「ありがとー」
程なくしてガンドの仲間たちが駆けつけ、残りの魔導結晶パックを回収し始めた。
ミカゲは右肩を押さえながらも、ガンドの部下に担がれて運ばれていく。
「……ちょっと、変なところ触らないでよね……!」
不満そうに文句を言いながらも、体が動かないせいですぐに黙った。
この一件は表沙汰にはならなかった。
だがアクセラ本部には確実に届いていた。
公式には「魔導結晶強奪事件」と処理された。
だが――旧軍の極秘回線にだけ、追記が走った。
【ブラックリスト-Ω 更新】
対象:ブレイズ・フィスト
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