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邪神とJK  作者: 藤谷とう
47/51

47.線香花火



「なっ、なんで()()を持つんですか」


 槇が制服を持って立ち上がると、和臣が焦ったように見上げてきた。


「返すんだけど」

「え」

「……」

「……」

「着てくるね」

「いえいえいえいえいえ、着てほしいなんて思ってませんよお?!」

「はいはい」


 廊下に出た槇は、制服の肩を摘んで目の前で広げる。

 黒い襟が綺麗にぴんと伸び、リボンもシワ一つない。

 腕にかけたスカートも、だ。


 自分の私物はなるべく置かなかったあの家で、これだけがずっとクローゼットに入っていたのを懐かしく思う。

 不思議と抵抗がないのは、これで終わるのがふさわしい気がするからだろう。

 今思えば、和臣に会うために制服を着込んで向かう自分は、嫌いではなかったのかもしれない。というよりは、和臣に会うのが楽しかったのだろう。

 槇は穏やかな顔で制服を見つめる。



「……」



 いや、コスプレには変わりない。

 しかも、もう高校生じゃないと知っている相手の前で着るのか、と思うと頭の中がいたたまれない感情に支配されそうになった。

 しかし、着るといった手前「やっぱり恥ずかしくなって着ませんでしたー」と出ていくほうが、よっぽど恥ずかしい。こういうのは恥ずかしがった方の負けだ。


 槇が腹を決めて素早く着替えて堂々と和室に戻ると、和臣は何故かちゃぶ台に向かって深くお辞儀しているように座っていた。


「なに。どうしたの」

「……何でもありません」

「先生」


 槇はテーブルの上に置かれた線香花火をつまみ上げる。

 どうやら、和臣が紙袋から出したらしい。


「花火。しようか」

「はい」

「ねえ。恥ずかしがる方が恥ずかしいよ。むっつりに見えるし」

「さあ行きましょう!」










「困りましたね」


 二人で境内に向かい、さあ花火をしましょうか、と線香花火を取り出して二秒。

 和臣が頭を掻いた。


 セーラー服の槇の姿にはもう慣れたらしい。というか、慌てるかと思った和臣の反応は、静かなものだった。

 恥ずかしそうに俯いていたのが嘘のように、槇を見ると懐かしそうに一瞬だけ目を細め、そして何かを綺麗に畳んで、大人の笑みで「懐かしいですね」と言ったのだ。

 そうして、大人という器用さを見せた和臣は、今ほとほと困っている。


「まさか火がないなんて……どうしましょうか」

「そうだね」

「また、今度にしますか?」


 その声色に、槇は首を横に振る。

 和臣がこの残り少ない時間を伸ばそうと少しでも意識した途端に、「邪神の資格なし」と判断した蓮一郎が見参するだろう。

 きっと、今がギリギリのラインだ。


「大丈夫。火があればいいんでしょ? ほむら!」


 槇が天に向かって名前を呼べば、空に赤い光がぽっと灯る。

 そして、ゆらゆらと揺れる蝋燭の火のような声が降ってきた。


「……おい槇よ。神を呼びつけるなど、なんたる傲慢」

「何言ってるの。なかなか降りてこないから呼んだんでしょうが」

「む」


 とか言いながら降りてくるのは、赤い髪の火の神──ほむらだ。

 瞳の中に、小さな光が揺らめく。美しい姿の彼は、すぐに和臣を見た。


「和臣よ。息災なようで何よりだ」

「ありがとうございます、ほむらさん」


 礼儀正しく頭を下げた和臣を、目を細めて褒める。そして、槇をちらりと見た。見るからに「挨拶やり直せ」という視線に、槇は「よっ」と手を挙げる。


「久しぶり」

「……」

「これから長い付き合いになるんだから遠慮は無用でしょ」

「それは俺が言う言葉だぞ」


 和臣が「ふふ」と笑えば、ほむらは槇にちょいちょいと指先で示す。

 途端に、線香花火に火が灯った。


「え」


 和臣が漏らす。

 しかし、ほむらは「仕事を終えた」と言わんばかりに、空へと戻っていった。

 槇の掴んでいる線香花火──束になったその全てに火を灯して。



「全部……」

「槇さん、危ないですから、貸してください」



 煙がもくもくと上がる中、和臣がハッとして手を差し出す。

 槇は束を半分ほどに分けてそうっと和臣に向けた。和臣は受取り、それをさらに2つに分ける。槇もそれを真似て──二人で両手に線香花火の束を持ってしゃがみこんだ。


 バチバチと弾けるそれを、二人で見つめる。


「……」

「……」

「き、きれいですね……?」

「まあ、きれいだけどさ」

「贅沢ですよね!」

「まあ、贅沢だけどさ」


 両手に線香花火の束。

 情緒などないし、線香花火が爆発しているように見える。

 

「……ふ」


 思わず笑い出すと、和臣も吹き出すように笑い出す。


「ふふ! 想像と違いますね?」

「うん、本当に。ありえない」

「でも、楽しいですね」

「……うん」


 一気につけたからなのか、それはあっという間に終わってしまった。


 二人の両手の束は、燃えつきたようにしなびれている。

 それが余計おかしかった。

 別れの演出なんて、結局こんなもので終わるくらいがちょうどいいのだろう。


 二人でしゃがんだまま、槇は和臣の顔を見る。

 悟ったように、彼は落ち着き払っている。

 ああ、さようなら、だ。


「……槇さん」

「うん」

「……あのですね」

「うん」

「──これ、ゴミどうしましょうか?」


 別れの挨拶じゃないんかい。

 槇は心の中のツッコミを抑え、立ち上がった。

 空から数滴の水が落ちてくる。


「ありがと、みなも」


 それはふよふよと漂いながら、槇と和臣の線香花火の燃えカスにしっかりと巻き付いた。

 和臣は穏やかな顔で空を見上げる。水色の光は、空で旋回をして、優しく消えた。


 不意に視線を感じて、槇は賽銭箱を見る。


 やはり、いた。


 いつものスーツ姿ではない。

 本来の真っ白い装束に身を包んだ〝蓮一郎〟と名乗る神は、和臣を慈しむように見つめ、厳かに言った。



「──役目、ご苦労であった」



 神々しい彼に向かって、和臣はゆっくりと──深々と、頭を下げる。

 それは感謝が込められた美しいもので、和臣が蓮一郎に向ける尊敬と敬愛が、痛いほどに伝わってくるものだった。

 自分の知らないところで、この二人は、この二人だけの信頼を築く時間を過ごしてきたのだろう。そう思うと、和臣との別離は自分だけではないことに、槇はほんの少し胸が苦しくなった。



「和臣」


 蓮一郎が悠然と微笑む。


「はい」

「よく務めてくれたな。俺からも礼を言おう。それから──」


 蓮一郎は、すっと石畳を指さした。


「ゴミは俺が片付けてやるから、そのへんに置いておいていいぞ」

「あ、ありがとうございます。助かります!」

「ふむ。屋根の掃除もそろそろか?」

「そうですね。社の方をお願いできますか?」

「わかった。任せろ。俺は掃除の才能があるからな!」

「はい!」

「……」


 その格好に似合わないやり取りに、槇の肩の力が抜ける。

 抜けすぎて、笑ってしまうのだった。




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