46.執着
「おかえりなさい」
槇が「ただいまあ」と家に戻ると、和臣が和室からひょこっと出てきて、玄関まで足早にやってくる。
「……」
「どうかしましたか?」
「いや、新婚さんみたいだなって」
「しっ!!!」
顔を赤くして慌てふためく自分よりの年上のはずの男を見上げる。
「かわい」
「大人をからかうんじゃありません!」
「先生。お土産」
槇は紙袋を差し出してみた。和臣は慌てるのをやめて「?」と丁寧に両手で受け取るので、槇はよっこらせと家に上がる。後ろから良妻よろしく和臣がとてとてとついてくる和臣が不思議そうに言った。
「これ、なんですか?」
「飛鳥から」
「え。僕に?」
「うん。和臣先生が喜ぶものだって」
「へえ、なんでしょう……──なんですかこれ!!!」
背後から自分と同じリアクションが聞こえる。少しだけ飛鳥の気持ちがわかった。あくまでも、少しだけ、だが。
槇は棚から小皿を取り出してちゃぶ台に置くと、座布団に座った。目の前に、紙袋がどさりと置かれる。
「返してきてください」
「いいからさ、琥珀糖食べようよ」
手にした包みを見るやいなや、和臣は素直にすとんと座った。いつか芳と作ったような、紫陽花の花をかたどった琥珀糖がころんと出てくる。
その色合いは、以前よりずっと手の込んだ美しいものだった。
「おお……槇さんのお兄さんは更に腕が上がりましたね」
「ね。懐かしい」
「いただきます」
と、和臣が琥珀糖を口にする。
美味しそうに何度も頷くが、その頭からは小さな綿しか出てこない。もう、邪神としての力は尽きつつある証拠だった。
それでも、淡い色の綿が出てくると、おかしくなった。
違う、これは──
「愛おしいってやつかな……」
「ゴフッ!!」
「あ。大丈夫?」
盛大に吹き出した和臣は、口元を抑えて恨めしげに槇を睨んだ。
「そういうの、やめてください」
「え? どういうの?」
「……そういうのは、そういうの、です」
「具体的に」
「いやですー」
ふん、と顔を背けられるので、槇は仕方なく紙袋を漁った。
中から綺麗に仕舞われていたであろう制服を取り出し、ちゃぶ台の上に置く。
「本当になんですか、それ」
「飛鳥が持ってきたんだってば」
「あ。お元気でした?」
和臣が思い出したように和やかな目で槇を見た。というか、意地でも制服を目に入れたくないらしい。真っ直ぐすぎる目がこちらを見つめてくる。
「元気だったよ。大原くんと結婚するんだって」
「そうなんですか」
「うん」
「……」
「……」
「そうなんですか?!」
同じリアクションだ。でも、わかる。槇はこくんと頷いた。
「そうらしいよ。私も驚いたけど、二人で国外で暮らすんだって。多分あちこち旅するんじゃないかな」
「……へえ」
「何? 不機嫌だね」
「いえいえ、なんでもないですよ。へえ……そうなんですかあ……」
「すっごい言いたいことありそうな顔してるけど」
琥珀糖をもぐもぐとしながらも、和臣は腑に落ちないらしい。目が座っている。
「わからないんですか? 槇さんを諦められなかったんですよ」
「先生は何を言ってるのかな」
「……どう考えてもそうです。どうにかしてあなたとの繋がりが欲しいんですよ、あいつは」
「そお?」
「そおですう」
槇の間延びした言い方を真似て、不服そうな和臣は琥珀糖を摘んだ。
「僕にはわかります。あいつはしたたかですからね。どうせ弱っているふりでもしていたんでしょう。妹さんはあなたによく似ていますし」
「似てないよ」
その意見だけには断固拒否させてもらったが、和臣は鼻で笑う。
「顔ですよ。顔が似ているんです。あと、俗世から少し離れた雰囲気が。あいつはあなたのそういうところを好んでいたから、そりゃ機会があれば全力でゲットするに決まってます」
「ひどい言われようだね」
「嫌いですから」
「いい人だけどね。あれだって、こっちの仕業でちょっとおかしくなってただけで」
「違いますよ。あれが本心です。本質です、あいつの。だいたい、本当にあなたのことが好きなら、他の女と付き合うなんてありえないですけどね」
「……」
和臣は饒舌に「恋心はピュアのままがいい」と力説している。
N(七緒)とR(蓮一郎)の証言で、この男には〝初恋を振り切るために付き合った女がいるし、そのせいで騙された〟ということを槇は知っているが、それを和臣は知らない。
「あなたへの執着が、まだ残ってるんですよ……!」
ふむ。彼がここにいることになったのは、自分への執着ではないのだろうか。
と、言いたくなるが、相当烏滸がましいセリフだと思うので、槇はただ黙って、これもまた適当に聞き流す。
「僕はね、そんな予感がしていました。こいつ、絶対生涯かけて離れる気がないぞ、ってね。あなたの血に連なる者と、自分の子や孫を絶対に結婚させる気だぞ、って。しかし早かったですね。妹に手を出すとは。おっそろしい男ですよ、全く」
「……」
「? なんですか?」
ようやく槇のしらっとした顔に気づいた和臣が、無垢に首を傾げた。
そして、ハッとしたように口元に手をやる。
「あっ、すみません。妹さんのことを言ったわけではないんですよ。初恋を諦めきれない無様な男のことを言っただけですから!」
「うん」
「なんですか、その顔」
「うん」
槇はなんとも言えない顔で真面目に頷いた。なぜかつられるように、和臣も頷く。
二人でこくこくと頷き合って、見つめ合う。和臣はすぐさま「おめでとうございます」とちゃぶ台へと深々と頭を下げた。
「妹さんのご結婚のお祝いを謹んで申し上げます」
「ご丁寧にどうも」
「ふう」
「すごい察しがいいね」
あと少しで「和臣先生、なんで結婚詐欺に引っかかったの?」と聞こうと思ったところだったが、いつぞやは働かなかった彼の危機管理センサーがきちんと作動したらしい。綺麗に回避を決めた。
「なんのことでしょう」
とぼけるのも忘れない。
「先生って……本当に先生だよね」
槇はそう言って、制服を手にして立ち上がるのだった。




