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邪神とJK  作者: 藤谷とう
28/51

28.ひどく怒りに満ちた




「たつみ?」

「たつみさん!」


 槇と和臣が同時に呼ぶと、大原はきょとんとしたまま槇の視線を辿った。

 もちろん大原には、たつみの青い髪や光など見えず、どこか決まりが悪そうに俯く。槇はハッとして大原を見た。


「あ、ごめん。お客さんが来たから──」

「うん、帰るな」

「ごめん」


 槇の言葉に、大原は目を細め、一歩詰めてきた。後ろへ下がろうとしたが、腰に手を回されて動けなくなる。


「それってプロポーズの返事?」

「え、あ」


 単語しか出てこない槇の後ろで、たつみが渋い表情でこちらを覗き込みながら頷いた。


「……おい、和臣。こいつグイグイ行くな?」

「本当にですよね。空気読めって話ですよ」

「お前、顔怖いぞ」

「元々こんな顔ですう」

「いつもは綿あめみたいな顔してるだろ」

「してませえん」


 子供の独り言のような和臣の声はどうやら大原に届いていないらしく、あわあわとする槇をただじっと見下ろしている──というか、熱く見つめている。


「……和臣」

「なんですかたつみさん」

「こいつよく神の前で平然と続けてるな……?」

「ええ。こういう子でした。前から」

「ほうほう。まどかから話には聞いていたが……」


 まどか?

 槇の聞き間違いではなかったらしい。和臣が繰り返す。


「まどかさん?」

「おっと……」

「なんですかその意味有りげな顔は。たつみさん。たつみさん!」

「──なあ、結婚の返事なの。さっきのごめんって」


 後ろで慌てる和臣、問い詰められるたつみ、それからやけに色気を出して迫ってくる大原。

 槇はとりあえず大原の胸にそっと手を置かせてもらい、距離を開ける。


「あのー、大原くん」

「結婚して。お願い」

「!」


 今度は弱気に囁かれ、槇の顔が真っ赤になった。

 大原がぼそりと「こっちか」と呟いたが、槇には意味がわからない。が、意味がわかったらしい和臣がだっとこちらに一歩踏み出し、大原の肩を掴んだ。たつみがその後ろで「この若者やるな」と感心している。


「ちょっと待ちなさい! 大原くん?! 大原ぁ?!」

「何ですか先生」


 と言いつつも、槇からは視線を一切逸らさない。

 大原の肩をぐわっと掴んだまま和臣は、必死な形相だ。反対に、大原は意に介さぬ子犬のような表情で槇に迫った。


「俺と結婚、したくない……?」

「聞いてます?!」

「そういう時が来たら、ちゃんと送り出すから。それまでそばにいてほしい。少しでもいいから」

「嘘、嘘、絶対嘘ですよ! だったら結婚じゃなくてもいいじゃないですか?! 騙されないでください!!」

「槇」


 大原に手をぎゅっと握られる。


 瞬間、和臣の顔がひどく怒りに満ちた。

 槇はスッと胸を押し返し、距離を取る。


「大原くん。確認だけど、本気で言ってる?」

「うん。本気」

「わかった。ちゃんと考えるから、今日は帰って」


 正しく届いたらしい大原は、にこっと笑って身を引いた。


「考えてもらえるだけで嬉しい。じゃあ、今日は帰る」


 今日は?! とキレている和臣を手で制した槇は、大原に向かって頷いた。

 大原が軽い足取りで階段を降りていく。



「すごいな……あの男」


 

 たつみの声が、日暮れの空にぼんやりと響いたのだった。




      ◯




「もう帰っていいですよ」


 不機嫌な声が縁側からするが、槇は「帰らない」と言わんばかりにしっかりと座布団に座って、ちゃぶ台に頬杖をついた。


「か、帰らないんですか」


 今度は戸惑ったような──それで照れたような声に。

 槇は「うん」とそっけなく答えた。

 何故かショックを受けたような顔で和臣がしゅんとする。


「お前……なかなか罪作りな女だな」

「たつみ。どうしてこんな時間に来たの」


 縁側にあぐらをかいて座ったたつみは、どうしてか和室の方に身体を向けて座っている。自然と三人で向き合ってしまっているが、朝にしか姿を表さないはずの神様がわざわざ来て、しかも三者面談のごとくこちらを向いているのか。理由はまあ、一つだろう──


「まどかに何を頼まれたの?」

「察しが良いな」

「何を頼まれたの」


 槇が凄むと、たつみは手を上げた。


「確認だ」

「……確認、ですか?」


 和臣が聞き返すと、たつみは大きく頷いた。二人の顔を見てから、さらに大きく頷く。


「お前に運命の糸とやらが向かい始めた。様子を見てきてほしい、と」

「誰にですか?」

「和臣……とぼけるのはやめろ」

「……私?」


 槇は自分を指さした。

 恨めしい顔をした和臣と、たつみの「そうだ」という視線を受け止める。

 そこまで愚鈍ではないので、先程のことを思い出した槇は「そういうこと」と呟く。


「ああ。先程突然恐ろしいほど太い赤い糸が槇の身体に巻き付いたらしく、まどかが焦って俺を遣わした次第だ」

「そうなんだ」

「まどかさんは槇さんをいつも見守ってくれているんですか……。じゃあ、たつみさんはあれとの縁を切るように来てくれたんですね?」


 ほくほくと言う和臣は、スルーしようとした槇の努力を無駄にしてくれた。

 しかし、たつみは頷かない。和臣がピタリと止まった。


「槇さんと、大原の縁を、切りに来たのでは?」

「違う」

「帰ってください」

「おい」

「帰ってー、くださいー!」

「おま、神になんてことをっ!」


 池に押し出そうとする和臣と無邪気に取っ組み合うたつみは、軽々と和臣を脇に抱えて動きを止めた。


「槇。まどかが、どうするのか決めてほしい、と」

「待ってください、そういうことは……ふがっ」


 横槍を入れる和臣の口を塞いだたつみは、そのシュールな体制のまま、真面目な顔で槇を見た。


「あの者と縁を結ぶのであれば、すぐに籍を入れて子をもうけよ。そうでないのなら、俺がきちんと切ってやろう」

「……私次第なの?」

「ああ。まどかはどちらでも構わぬそうだ。お前があの男を選ぶのならまどかが。選ばぬのなら俺が、この件に関わる」

「なるほどね」


 無表情に答える槇を見たたつみは、腕で暴れる和臣を一瞥する。


()()はなかなか面白い。が、遊ぶ時間があるのなら、その時間も惜しい。世越間神社には必ず邪神がいてもらわねば困る」

「わかってる」

「本当にわかっているのか」

「わかってる。今すぐ交代するか──結婚を受け入れるか、どちらかに決めろってことでしょ」



 槇の言葉に、和臣が目を見開いた。





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