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邪神とJK  作者: 藤谷とう
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27/51

27.よくわからないが、わかった



 すぐに会えたことに、槇の頬がほのかに輝く。


「和臣先生」


 階段の一番上に座って空を見ていた和臣が、ゆっくりと視線を下ろし、槇を見た。


「……おかえりなさい」


 あまりにも。

 あまりにも嬉しそうに──安堵したように笑うものだから、槇は残りの数段を残して足を止めてしまう。


「? どうかしましたか?」

「ううん。あの、ただいま」

「はい!」


 和臣の笑顔に引っ張られるようによろよろと階段を上がり、和臣の隣に立つと、なんとなく狛犬をいつものようにとんとんと撫でる。和臣はゆっくりと立ち上がり、空を指さした。


「少し、遅かったですね」

「そうかな」

「ええ。来ないかと思いました」

「ずっと待ってるつもりだったの?」

「心配だったので」


 心配だったのはこっちだよ、と言いたいのを堪えて、朝と変わらない和臣を見てホッとする。


「誰も来なかった?」


 和臣は自分の髪をちょいと摘む。


「はい。今日はずっと蓮さんがいてくれて」

「そりゃ誰も来ないね」

「守ってくれたみたいで──ん? 槇さん、煙草の匂い、ついてます」

「え?」


 和臣が身をかがめ、すん、と髪のあたりを嗅ぐ。


「お酒のにおいも」

「……い、居酒屋だったからかな?」

「中学の同窓会で居酒屋ですかぁ? この時間からぁ?」

「和臣先生。離れようか」


 ぐい、と顎のあたりを押し返すと、その手首を掴まれた。


「!」

「変なのに声をかけられませんでした?」


 まるでふざけていない目が、じっと槇を見下ろす。

 疑っているとかいないとか、そういうのではなく──柳と同じ目のような気がする。

 槇の心臓が、ぞわりと迫り上がる。


「無防備なこと、してないですか?」

「……してないけど」

「ちゃんとカーディガン羽織ってくれたんですね」


 にっこりと笑う和臣が、今まで見たことないような目でじっと槇を見下ろした。

 迫り上がってきた心臓が、バクバクと激しく脈打つ。


「待ってました」

「……ご、ごめん」

「謝るようなことを?」

「いえ、別に」

「槇さん」


 視線を逸らせば、声だけで強制的に戻される。


「帰って来てくれてありがとうございます」

「あのさ。私先生と話したいことが──」

「──和臣先生?」


 突然聞こえてきた声に、槇は階段の下をパッと見た。


「……大原、くん?!」


 大原が、世越間神社への階段を上ってきている。

 驚いたように和臣を見て、そして掴まれた手を見て、槇を見た。


「? どうしてここに先生が?」


 まずい。大変まずい。

 何がまずいかって、今の大原はどうみても高校生に見えないし、そして何より自分を「天原さん」と呼ぶ。

 和臣には「まだ高校生」で苗字が「槇さん」だと思っているというのに。



「お、大原くん、どうかした?!」


 

 槇は焦って和臣の手を振り払おうとしたが、一緒にぐにゃぐにゃを揺れるだけで全く取れない。

 先生、と文句をつけようとすると、彼の髪がふわりと不気味に浮いた。


 おっと、こっちもまずい。

 和臣が「大原はだめです」だの「嫌いです」だの言っていたのは本気だったらしい。

 槇はなだめるようにゆるゆると掴まれた手首を振る。

 が、更に強く掴まれただけだった。


 どうしたもんか、と槇が大原を見ると、その手に自分の忘れ物らしきものが握られているのを確認し、追い払うことにした。


「大原くん! ごめん、今日は帰ってくれるかな?」

「……今日()?」


 不機嫌に呟いた和臣の声に、槇はすぐさま言い直す。


「その私の忘れ物、家にいる芳に預けてもらっていいかなあ?!」

「あ……」


 うん、と言うだろう。

 大原なら。

 そう思っていたが、何を思ったのか彼はずんずんと階段を上がってきた。

 そして、槇の肩を抱くように和臣から離した。和臣が掴んでいた手がするりと抜ける。


「先生。槇が嫌がってる」

「……ま、き……?」

「痛そう」

「……お久しぶりですね、大原くん」


 和臣がにこりと笑う。

 槇がヒヤヒヤしている間に、大原は槇を背中に隠すように前に出た。

 なぜか名前で呼んでくれて「セーフ」と思っていたが、肩越しに見えた和臣の笑みはどう見ても寒々しい。


 しかし、大原は空気が読めないのかと疑いたくなるほどに、それに穏やかに打ち返した。


「先生。お久しぶりです。お元気そうですね。今日同窓会だったんですよ。先生も呼べば良かったな」


 大原の堂々とした態度に、和臣はにこりと微笑んだまま「無理ですよ」とやけにぼんやりしたような口調で返した。嫌な予感しかしない。



「僕、ここの邪神になったんです」



 ぶちまけてくれるな。

 槇がムッとしたように睨むと、気づいた和臣がじっとりと笑う。



「邪神……?」

「はい。僕が」

「じゃあ」


 と振り返った大原は、どうしてか希望に満ちた目をしている。

 槇は全く状況が理解できなかったが、和臣がひどくお怒りであるのだけはわかった。

 よし、帰そう。

 とにかく大原くんをここから帰そう。


「大原くん、あの──」

「結婚してください」

「は?」


 槇が間抜けな声を出す。

 が、大原はそれでも顔を輝かせたままだ。


「結婚して。俺と」


 思わずぽかんとする。

 そして和臣と目が合い──こちらもぽかんとしていた。

 さっきまでのお怒りモードはどこに行ったのか、かなり間抜けだ。きっと自分も同じ顔をしているに違いない。

 

「ずっと好きだった」

「え」


 ずっととは。

 槇がつい大原の顔を見ると、和臣の髪がまた不気味にうねった。


「ずっと。小学生の時から」

「……おお、長いね……?」

「うん」

「そ、そんなふうには見えなかったけど……なあ……?」


 槇が和臣を気にするように見ると、視界に自分だけが入るように大原が動く。


「邪神になると思ってたから」

「あ、うん。そっか」

「ならないなら結婚してほしい。幸せにします」

「……」

「……」

「もしかして」

「プロポーズしてる」

「ぷろぽーず」


 繰り返しては見たが、恐ろしいほどに現実感がない。

 というか、さっきまでこの人は「天原さんは邪神さん家の子だから」と言っていたはずだが。


「私、邪神になるんです、けど」

「うん。俺と生きていったあとじゃだめ?」

「……なるほど……?」


 よくわからないが、わかった。

 和臣と同じ事を言っている。


 人として幸せに生きたあと、邪神になっちゃえばいいじゃん、と。



 槇は大原を見る。

 じっと。

 その瞳に、きちんと答えるために。




「──おい。そこまでだ」




 カッと光が頭上で弾ける。


 そこには、縁切りの神──たつみがいたのだった。




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