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邪神とJK  作者: 藤谷とう
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29/51

29.凪いだ水面の上で、花が咲くように



 今すぐ交代するか──結婚を受け入れるか。

 これをまどかが言ったというのなら、きっとその決断が必要なときなのだろう。


 つまり、槇にとって最善の縁なのだ。

 もしかすると、この先にこれ以上の縁には結べないという判断なのかもしれない。

 

 確実に子に恵まれ、次の自邪神候補()が生まれる。そういう縁。



「待ってください」


 和臣の静かな声が場を打つ。

 たつみの腕から逃れた和臣は、たつみをじっと見た。


「彼女に決断を迫らないでください」

「……必要だ」

「それは彼女が一番よくわかっています。自分で決められる。待てませんか」


 尋ねているが、それはどう見ても「黙って待ってろ」と言っている。

 先程まで子供のように騒いでいたのが嘘のように、たつみと()()だ。


「僕に言われずとも、あなた方は彼女の事をわかっていると思うのですが?」

「和臣」

「僕はまだ()ちます。蓮一郎様もご存知です」

「……」

「信じてください」


 誰を。

 それを言わない和臣に、たつみは笑った。


「それを言われてはどうにもできんな。蓮一郎様を信じていないとも取られかねない」

「……すみません」


 和臣が悲しげに微笑む。

 たつみは頭を掻くと、槇を見た。


「急に邪魔をして悪かった。俺達のような存在は、自然消滅もあり得るものだから、ついな」

「ごめん。時間はかけないから。まどかには心配かけるけど、その時は蓮の名前を出して。わかってくれると思う」

「……ああ。お前に縁が舞い込んだことは他には黙っておく」

「そうしてくれると助かる。みんな気にするから」


 槇が苦笑すると、たつみも同じように笑った。


「ほむらも、みなもも、ふうかも、めぶきも──他の者達も、お前のことが好きだよ」

「ありがとう。知ってる」

「長い付き合いになることを期待している。では」


 和臣に睨まれたたつみは、そのままふらりと後ろへと倒れた。

 とぷん、と池の中に消え、次の瞬間には光の柱となって空へ登っていく。


 二人が見送った空が、ゆっくりと紫色に変わっていく。

 朝焼けのようでもあり、夕焼けのようでもある。


「槇さん。もうあちらは時間が遅いのでは?」

「……気づいてたんだ」

「はい。時間の感覚はありませんが、こうして空の色が変わるまでに、あなたが何度か〝おはよう〟と来てくれるので。ここはずいぶんゆっくりとしているんだなあ、と」

「大丈夫?」

「はい」


 にこっと笑う和臣は、穏やかに空を見上げる。


「これが少し続くと、また朝が来ます。きれいですよ」


 星も輝かない空を和臣は愛おしそうに見ると、和室の和室に戻ってきた。座る。


「大丈夫ですから。焦らずにあなたの心の向く方を選んでください」

「……あ、そう」


 槇はゴロンと寝転がる。座布団を枕にして、畳に広がる和臣の羽織をそっと掴む。


「結婚してもいいんだ?」

「……まどかさんが、アレが縁だというのなら、僕はもう黙っています」

「ふうん。あんなに暴れてたのに?」

「あ、暴れてませんよぉ」

「ふふ。暴れてた」

「結婚するんですか」


 和臣の硬質な声が槇の頭に降り注ぐ。

 なんて雄弁なのだろう。それが嬉しくて笑えば、和臣が身じろいだ気配がした。


「先生。私が結婚すると、毎日は来られない。大原くんなら……まあ、快く送り出してくれるかもしれないけど、子供を授かったら来れない日だってあると思う」

「……」

「生まれたら、先生に合わせて、娘を次の邪神になれるように育てなきゃいけないし」

「……」

「いつか先生に、この子と変わってって言わなきゃいけないね」

「やめてください」


 拒絶のはらんだ声は、痛みに耐えているようでもある。


「私が結婚するって、そういうことだよ」

「じゃあしなくていいです」

「何も言わないんじゃなかったの」


 槇はくすくすと笑う。

 和臣はややあってから、槇を呼んだ。


「槇さん」

「はあい」

「交代しましょうか」

「決断を迫らないんじゃなかったの」

「提案しただけです」


 和臣は堂々と言う。

 ああ、かわいいなあ、と思うが口にはしなかった。

 代わりに、強く心に決めていることを話す。



「先生とは交代しない」



 息を呑む気配に、槇はそっと目を開けた。

 傷ついたような顔をした和臣が視線をふいと逸らす。


「結婚するんですね」

「ううん。しない」

「……え?」

「大原くんの人生を私で潰したくない。だからしない」

「あの」

「和臣先生とは()()交代しない。私の気持ちにケリがつくまで、しない」

「……どういう意味ですか?」

「もう少し先生といたいってこと」


 和臣の視線が戻ってくる。


「ここで、のんびりしよ」


 槇が目を細めれば、どうしてか泣きそうな顔をした和臣はちゃぶ台に突っ伏した。

 ゴン、と音が響く。


「痛そ」

「……痛いです」

「大丈夫?」

「……おでこが腫れたかもしれません」

「邪神なのに?」


 ふ、と和臣が笑う。

 くせ毛の髪が柔らかに揺れた。

 触りたいな、と思うが届かないので、つまんだ羽織をくんと引く。


「散歩中の犬じゃありません」

「ほら、和臣先生もだらだらして」

「今は……いやです」

「そ?」

「ちょっと失礼」


 和臣が羽織を脱ぐ。

 そしてそれを、そっと槇に掛けた。

 当然温もりなんて残っていないし、ひんやりとしている。それでも、あたたかかった。


「和臣先生のにおいがする」

「えっ、くさいですか」

「いいにおい」


 黙った和臣から睨まれる。


「なに」

「いいえ。別に」


 と言いながらも、羽織を引っ張って下げる。足まですっぽり入った槇は、寛ぐようにまた目を閉じた。


「なにか話して」

「おお……自ら残ったのに傍若無人ですね……」

「先生の声、落ち着くから──好き」


 言葉にしてみると、ふと自分の中心がそっと落ち着く気配がした。

 ()()は未知の感情だった。

 地面から数ミリ浮いているような喜びと──足元のない不安感。強風のような奇妙な胸騒ぎ。

 けれど認めてしまえば()()は地に足をつけてこちらへ笑いかけたのだ。凪いだ水面の上で、花が咲くように。


 好き。


 あなたが、好き。

 


「和臣先生が好き」




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