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―閑話― 未知との遭遇

夜会編に行く前に、閑話を挿入。


甘いお話を書きたくなって、本編書く前に出来上がってしまったので投稿。





 年末の夜会を半月後に控え、ようやく商会の繁忙期が終わった。発注分をすべて届け終え、手元にあるのは急ぎではないものばかり。次に忙しいのは春のお茶会シーズン。ひと月ほどはゆっくりできる。

 なので針子たちのほとんどは、家族とともに新年を迎えるために実家に帰省している。数人、店の裏の屋敷にとどまっているけれど、オフシーズンの昼間は出払っていて屋敷はしんとしている。

 その静かな廊下を、物珍しそうにキョロキョロ見回しながらバラク様が歩く。


 バラク様のお休みと私のお休みがやっと重なった。久しぶりに会うことになったのだけれど、バラク様は外へお出かけする前にエルディック商会の店を見てみたいと言い出した。別に隠し立てするような企業秘密がお店にあるわけではなく、二つ返事で引き受けて案内しているのだけれど――


 バラク様は妙にあちこちに視線を向けている。

 廊下を歩いていたら、突然窓に突進して身を乗り出すようにしてあたりを見回す。視線を天井に向けて睨んだり、時には廊下に手を当ててぶつぶつ言っている。


 この屋敷、私も夜に来たり、泊まり込みだってするんだけど、もしかして何かいるの? 幽霊とかお化けとか。


 やめてよっ、私そういうの苦手なんだから!


 確かにこの屋敷は中古物件で、建ててからかなりの年月がたっている。日本なら耐震がどうのと言われるところだけど、ここはほとんど地震がないのでその辺りは大丈夫みたい。それでも建て付けとかは専門家に見てもらって太鼓判を押してもらった。が、心霊関係はノータッチ。

 神父さんとかに見てもらった方がいいのかな。あの有名な映画みたいに、針子たちが階段をブリッヂで降りてきたらと思うと怖い。


「戸締りはちゃんとできるようだが、鍵が弱すぎるな」

 裏口の扉を確認しながらバラク様が呟く。いやいや、幽霊に鍵は関係ないでしょ。あいつら、壁なんかもすり抜けちゃうんだから。


 撃退するなら盛り塩がいいかな。それとも聖水とか? いっそのこと両方合わせて塩聖水にしてみようか。壁とか扉にもかけて、入ってこれないように。でも蝶番とか錆びるかな。

 とりあえず、盛り塩はしておくべきか。あとはそれぞれの部屋に塩を用意しておいて各個撃破で。うん、それしかないわ。


「塩買わなきゃ」

「塩?」

「侵入してきたら、ぶっかけてやります!」

 ひくり、とバラク様の口許がひきつる。何か妙なことでも言っただろうか。私は首をかしげてバラク様を見上げた。


「私だって怖がってるばかりじゃないんです」

「できれば怖がっておとなしくしていてくれるのが一番いいんだが」

「私がおとなしくしてると思います?」

「思えないから困る。だが、頼むから危険なことには首を突っ込まないでくれ」

 おとなしくないと断言されて私は唇を尖らせた。まあ、聞いたのは私なんだけど。


「怖いからあまり相手にはしたくないですけど、向かってくるなら別です。塩と聖水をこうやって投げつけて」

 私は振りかぶって投げる動作をして見せて、どうだと言わんばかりにバラク様を振り返った。が、見上げたバラク様は、なぜか物凄く呆れた顔で私を見下ろしている。


「………ミナは、いったい何と戦うつもりなんだ」

「え? 幽霊ですけど?」


 違うの?


 首を傾げたらバラク様は片手で顔を覆って天を仰いだ。やがてその肩が小さく揺れ出す。それが大きく震えだし、聞いたことがないほどの笑い声をあげた。爆笑とはきっとこういうことを言うのだろう。苦しそうに涙まで浮かべて、お腹を押さえて。


「俺は……侵入者の話を、だな………」

 笑いを抑えながら説明してくれた。


 つまりこの間みたいにこの屋敷にも侵入者がいないとも限らないから、窓や裏口の鍵の確認、廊下に細工がないか、また天井や窓などの侵入経路となりそうな所がないかを見に来たらしい。

 私がここに泊まりこんだりすることは別に隠し立てしていないし、いわば周知の事実だ。それを知った相手が、なりふり構わずここへ押し込むことだってあり得ないことはないとバラク様は説明してくれた。


「そ、それならそうと言ってくれれば、私だって変なこと考えなくてすんだのに」

「いや、まさかそんな風に考えているとは思わなくて」

 ブフッとまた噴き出して、バラク様は睨みつける私から逃げるように顔を逸らした。

「しかし、幽霊にまで挑もうとするとは思わなかった」

「怖いからできれば関わりたくないです。あいつら、壁も天井も関係なくすり抜けてくるから。相手にしたら呪われそうだし。でも、いざとなったら幽霊でも侵入者でも追い返して見せますよ」

 鼻息荒く宣言すると、バラク様はピタリとその場に立ち止まった。それから私の前に片膝をついてまっすぐに視線を合わせてきた。


 さっきまで大爆笑していたのに、急に真剣な眼差しを向けられてドギマギする。

「ミナが言い出したら聞かないのはよくわかってる。だが、もし前みたいに襲われたら、何も考えずに逃げろ。敵はロドスタのように甘くはない」

「…………」

「俺は、ミナを失いたくない」

 両手を取られてきゅっと握られた。真摯な瞳が、手から伝わってくる体温が私を想ってくれていることを如実に表している。

「バラク様……」

 バラク様の言葉と思いが嬉しくて、泣きそうになる。そんな私をバラク様はそっと引き寄せて抱きしめてくれた。私もバラク様の首に手を回してぎゅっと抱き着く。


「ミナ」

 名前を呼ばれて顔を上げたら、すぐ近くにバラク様の顔があった。傷のある、誰が見ても怖い顔。けれど私は、この顔も大きな体も優柔不断なところも含めてバラク様の全部が好きだ。


 見上げているとバラク様の顔が近づいてきた。唇が触れる瞬間、カチャリと扉の開く小さな音がする。咄嗟の間にバラク様は私をその大きな背にかばった。私は何が何だかわからず庇われながら、音がした方向を見て固まる。


 少し先の部屋の扉、そこがほんのわずかに開いて針子の一人がその隙間から顔を出している。

 やだっ、バラク様とキスするところを見られた!



 穴があったら入りたい。恥ずかしくて真っ赤になる頬を両手で押さえる。なのにバラク様は恥ずかしがるどころか、さっきまでの甘い雰囲気を感じさせないほど厳しい瞳をして針子を睨んでいる。

 針子に向かってその剣呑な雰囲気は駄目でしょう。お父様の大切な従業員なのに。


 今日は全員出払っていると思っていたから、恥ずかしいところを見られてしまった。私はいちゃついていたところを見られて赤面しながら針子に目をやった。白い顔をした綺麗な茶色の髪の女の子。


 あんな子いたっけ?


「その子は私のお気に入り。不幸にしたらあなたを呪うから」

 それだけを言って針子はパタンと扉を閉めた。

 目をぱちぱちさせて扉を見つめる。いちゃついてたのをからかわれても困るけど、何の反応もないのも何というか微妙だ。


「アレは従業員の一人か?」

「いや、それが見たことない顔で」

 新人でも必ず顔合わせをしているから、針子の顔は全員覚えている。けれど何度思い返しても今の子は見覚えがない。


 いまだ厳しい顔をしたバラク様は、先ほど針子が覗いていた扉に近づくと止める間もなく扉を開け放った。

「ちょ、バラク様。女性の部屋を断りもなく開けるなんてっ」

 私は走り寄ってバラク様の後ろから部屋を覗いて、謝罪の言葉を口にしようとしてそのまま息を飲んだ。


 どう見てもその部屋は倉庫で、明り取りの天窓と小さな窓があるだけ。針子の部屋にしては変だ。それにさっきの子はどこへ行った?


「気配がしないから妙だと思ったら、そういうことか」

「そういうことって、どういう」

「ミナは誰にでも好かれてるってことだ。この屋敷に住み着いているハインツェルにも」

「ハイツェル?」

「家に住み着く、人々に幸福をもたらしてくれるという妖精だ」

 幸福をもたらす妖精――日本的に言えば座敷童ざしきわらしだ。


 ――座敷童かぁ。


 思いっきり幽霊じゃん!

 いや、正確には違うけど、普段は目に見えないんだし、壁も天井も関係なくすり抜けてくるところは幽霊に近い。


 いやだ、怖い。幸福をもたらしてくれても、見えない存在というのは私にとっては恐怖の対象だ。


 何となく彼女に見られているような気がして、私はバラク様の腕にしがみついた。

「なんだ、怖いのか?」

「こ、怖くなんかないです。ただ、ちょっと………くっついていたいというか」

 強がって見せてもすっかりバレているようで、バラク様は苦笑して私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。

「彼女に塩は投げつけるなよ」

「しません!」

 それこそ呪われちゃう。


「ミナにはたぶん何もしない。言ってただろ、お気に入りだって。どっちかというと、俺のほうがまずいな」

「え?」

「ミナを不幸にしたら呪われる」

 ああ、確かにそんなことを言っていたな。というか、結婚する前から私を不幸にする予定があるのか、この男は。


 残念だけど、私は不幸になるつもりはない。そして幸せは誰かから与えられるものじゃない。自分で掴んでみせるのだ。そして、私は掴んだ幸せは絶対に離さない。

「大丈夫です。私はバラク様といることが幸せなんです」

 明るい家族計画の大切なパートナーですから。離れるようなことがあったら、あの子がやる前に私が呪ってやるわ!


 にっこり笑ったらバラク様が口元を手で覆って耳まで赤くなった。

「殺し文句だな」

「へ?」

 自分の言葉を思い返す前に、バラク様が私の唇に触れるだけのキスをした。

「ちゃんと幸せにする。呪われないようにな」

 まだ赤い顔でバラク様はお茶目にそう言ったけど、私はそれに返事することもできなくて、ただ真っ赤になった顔を隠すようにうつむいていた。








ハインツェルメンヒェンというのが正しい名前だそうで、ドイツの民話に出てくる妖精です。夜中に仕事を手伝ってくれる小人さんだそうで、私も一人欲しい。


本編はちょっとずつ書き進んでいるので、もう少しおまちください。


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