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諦めの悪い俺が、億を稼ぐまで  作者: 大吉


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14/20

第14話「求人:時給1050円、まかない付き」

バイトをする。

そう決めた次の日の朝、俺はさっそく求人サイトを開いた。

検索条件は、こうだ。

・家から自転車で行ける・高校生OK・時給はなるべく高い・できれば、楽・できれば、まかない付き・できれば、かわいい先輩がいる

最後の三つは、ただの願望だ。わかってる。

検索ボタンを押した。

「該当する求人は、0件です」

……うん。

「できれば」を全部消した。

「該当する求人は、3件です」

三件。

世の中には、こんなにたくさんの仕事があるのに、高校二年生の俺を待っている仕事は、たったの三件。

しかもそのうち一件は、よく見たら「高校生不可」の「不」の字が小さすぎて見えていなかっただけだった。

実質、二件。

コンビニと、ファミレス。

――今なら、わかる。

お金を「増やす」のは、ボタン一つだった。でも、お金を「稼ぐ」のは、ボタン一つじゃ始まりもしない。あの頃の俺は、そんな当たり前のことも知らなかった。

◇ ◇ ◇

ちなみに、高校生がバイトをするには、学校の許可がいる。

うちの学校では「アルバイト許可願」という書類を出さなきゃいけない。バイトをする理由、働く時間、それに「保護者の印」。バイト先の名前は、決まってから書き足して、担任に出す仕組みだ。

書類のことなら、この人だ。

「千夏、これ、どう書けばいい?」

昼休み、俺は紙を千夏の机に置いた。千夏は生徒会の書記だ。書類のプロだ。

千夏は、紙をじっと見て、それから俺の顔をじっと見た。

「……蓮。これ、ちゃんと自分で書くんだよね」

「書くよ。書き方を聞いてるだけ」

「親の印も、ちゃんと親に押してもらうんだよね」

「押してもらうよ」

「ちゃんと押してもらうんだよね」

二回言った。

千夏が同じことを二回言うと、勝ち目はない。これは保育園の頃から決まっている、宇宙のルールだ。

「……はい。ちゃんと、押してもらいます」

「よろしい」

千夏は、赤ペンを取り出した。それから十五分間、「志望理由」の欄の書き方を、みっちり教えてくれた。

「『お金がほしいから』はダメ」

「正直なのに?」

「正直すぎるの。『社会勉強のため』と『将来に向けて、自分で働いて得たお金の大切さを学びたい』。この二つを入れて」

「千夏、それ、なんか俺が立派な人みたいになるけど」

「なるんだよ。これから」

千夏は、さらっと言った。それから、ちょっとだけ目をそらして、付け足した。

「……そういうふうに書いたら、そういうふうにしなきゃいけなくなるでしょ。だから、書くの」

横で弁当を食べていた健太が、パセリ一本をかじりながら言った。

「千夏、かっけえな。生徒会長になれよ」

「なりません」

即答だった。でも、千夏の耳は、ちょっとだけ赤かった。

◇ ◇ ◇

その夜、俺は家族の前に立った。

リビング。母はソファ。父は新聞。姉は……いなかった。自分の部屋にいるらしい。

正直、ほっとした。姉の前でこれを言う勇気は、まだなかった。

「あの……話があります」

母が、ゆっくりこっちを見た。父の新聞が、ぴたりと止まった。

「株は、もうやりません」

まず、そう言った。

これは、うそじゃない。少なくとも、今の俺には一円もないんだから、やりようがない。……スマホに株価アプリが入っていることは、言わなかった。見るだけだ。見るだけなら、セーフ。たぶん。

「それで、バイトをしたいです。自分で、稼ぎたいです」

俺は、「アルバイト許可願」をテーブルに置いた。千夏の赤ペン指導を受けて、三回書き直したやつだ。字が、俺にしてはびっくりするほどきれいだった。

母は、紙を手に取った。

じっと読んだ。

「……社会勉強のため」

「はい」

「将来に向けて、自分で働いて得たお金の大切さを学びたい」

「……はい」

母が、紙から顔を上げた。

「これ、千夏ちゃんが書かせたでしょ」

なんでわかるんだ。

「字が、蓮にしてはきれいすぎるもの」

そっちか。

母は、紙をテーブルに戻した。

「……バイトするのは、まあ、いいわよ。勉強がおろそかにならないなら」

「ならない。たぶん」

「たぶん?」

「ならないです」

母は、ため息をついた。それから、紙を見たまま、小さな声で言った。

「株は、本当にやらないのね」

俺は、すぐには答えられなかった。

一秒。

二秒。

「……今は、やらない」

正直に言った。千夏の「ちゃんと」が、まだ耳に残っていたからだ。

母は、俺の顔を見た。半分信じて、半分信じていない顔だった。半信半疑って、たぶんこういう顔のことを言うんだと思う。

母は「保護者の印」の欄を指でとんとんとたたいて、それから、立ち上がった。

「……ちょっと、考えさせて」

そう言って、台所に行ってしまった。

ダメか。

俺は、紙を見下ろした。「保護者の印」の丸い欄が、からっぽのまま、こっちを見ていた。

そのとき。

がさっ、と新聞をたたむ音がした。

父が、立ち上がった。

何も言わずにリビングの棚の引き出しを開けて、何かを取り出した。

黒い、古いハンコのケースだった。

父は、ソファに座り直して、ケースのふたを開けた。中から出てきたのは、少しすり減った、茶色いハンコだった。朱肉のふたを開けて、ハンコの先を、とん、とん、と二回押しつけた。

それから、俺の書類を、自分のほうに引き寄せた。

「保護者の印」の欄に、ハンコを、まっすぐに当てた。

ぐっ、と力をこめて。

ゆっくり、離した。

「高橋」の二文字が、赤く、まっすぐに残っていた。

父は、何も言わなかった。

書類を、俺のほうにすべらせて、ハンコをケースにしまって、また新聞を広げた。株価のページじゃなくて、スポーツのページだった。

俺は、その赤い「高橋」を、しばらく見ていた。

思い出したのは、姉のハンコのことだった。

ピンクのケース。猫のシール。

俺は、あれを、姉に何も言わずに使った。

あの時、ハンコはとても軽かった。引き出しから取って、紙に押して、また戻すだけ。三十秒もかからなかった。誰にもばれなかった。少なくとも、あの時は。

でも、今、目の前にある父のハンコは、ぜんぜん軽くなかった。

父が自分で引き出しを開けて、自分で朱肉をつけて、自分の手で押した。その「ぐっ」という一回に、何がこめられていたのか、俺にはわからない。わからないけど、重かった。

ハンコって、本当は、こういうものなんだ。

「……ありがとう、ございます」

俺は言った。

父は新聞の向こうで、ほんの少しだけうなずいた。

……ような気がした。新聞のかげで、よく見えなかった。

台所から、母の声がした。

「お父さん、勝手に押して!」

「……」

「もう」

母の「もう」は、怒っているようで、あんまり怒っていなかった。

◇ ◇ ◇

許可は、もらった。

あとは、雇ってもらうだけだ。

【一社目:コンビニ】

面接は、店のバックヤードで行われた。段ボールが山積みの、せまい部屋だ。

店長さんは、優しそうな四十代くらいの女の人だった。

「じゃあ、高橋くん。簡単に、自己紹介をお願いできる?」

自己紹介。

俺は、昨日の夜、鏡の前で三十回練習してきた。完璧だ。

「は、はい! 高橋蓮です! 十六歳です! 高校二年生です! 趣味は寝ることです!」

……あ。

言っちゃった。

練習では「趣味は読書です」にしていたはずなのに、緊張しすぎて、本当のことが出てしまった。

店長さんの笑顔が、一瞬、固まった。

「ね、寝ること……」

「あ、いや、ちがうんです! 寝ることも好きなんですけど、起きるのも、得意で!」

なんのフォローだ。

「じゃあ、朝のシフトとか、大丈夫?」

「朝は、ちょっと苦手です」

正直か。俺、正直か。

そのあと、「レジは触ったことある?」に「ないです、でも株の注文画面なら」と言いかけて、あわてて「ないです」と言い直した。「なにか特技は?」に「ど真ん中です」と答えた。自分でも何を言っているのかわからなかった。

三日後、メールが来た。

「今回は、ご縁がなかったということで……」

ご縁、なかった。

【二社目:ファミレス】

今度こそ、と思った。

面接の練習を五十回した。「趣味は読書です」を五十回言った。もう、口が勝手に「読書」と動くレベルだ。

店長さんは、きびきびした若い男の人だった。

「じゃあ、シフトの希望を教えてください」

「はい! 平日の夕方と、土日です!」

「平日は何時から入れる?」

「学校が終わってからなので、五時くらいからです」

「何時まで?」

「えっと……学校の規則で、夜は九時までです」

店長さんは、手元の紙を見て、ペンでとんとんとやった。

「うーん……。ごめんね。うちは、ちょうど夜九時から閉店までの人と、平日の朝の人がほしいんだ」

「……あの、平日の朝って」

「朝七時から、お昼まで」

学校、ある。

「土日は?」

「土日は、もう埋まってて……」

ご縁、なかった。

しかも今回は、自己紹介にすらたどりつかなかった。五十回の「趣味は読書です」は、どこにも出番がなかった。

帰り道、俺は自転車をこぎながら、むなしく練習の成果を発表した。

「趣味は、読書ですっ……!」

信号待ちのおじさんが、ちょっと引いていた。

【三社目:以下略】

求人サイトをもう一度見たら、さっきの二件以外に新しく一件増えていた。駅前の、引っ越し屋さんの「短期・力仕事」だった。

健太に話したら、目を輝かせた。

「力仕事なら俺の出番だろ! 一緒に行こうぜ!」

二人で電話した。

「高校生はね、ちょっと、うちは十八歳から……」

健太が、受話器に向かって叫んだ。

「でも俺、百八十二センチあります!」

身長は、年齢の代わりにならない。

ご縁、なかった。

◇ ◇ ◇

三連敗。

その帰り道、俺は駅の反対側の商店街を、自転車を押しながら歩いていた。

べつに理由はなかった。まっすぐ家に帰るのが、なんとなくいやだった。最近、そういう日が多い。

商店街の外れまで来たとき、赤いのれんが見えた。

くまやだ。

健太が七杯食べて、俺が「天才トレーダーREN」みたいな顔で座っていた店だ。

――あの夜の俺は、たぶん、世界でいちばん調子に乗っていた。

店の前で足を止めた。入る気はなかった。財布には、百二十円しかない。ラーメンは一杯も食べられない。

でも、入り口の横に、紙が一枚貼ってあった。

マジックで書いた、太くて、ちょっとゆがんだ字。

『アルバイト募集時給1050円 まかない付き高校生可くわしくは店長まで』

俺は、その紙の前で、三回まばたきをした。

高校生可。

まかない付き。

さっき求人サイトで「できれば」に入れて、消した条件が、そこに全部あった。かわいい先輩は、たぶんいないけど。

気がついたら、のれんをくぐっていた。

「らっしゃい!」

腹の底にひびく声。カウンターの向こうで、熊みたいな大男が、頭の白タオルをきゅっと結び直していた。

店長の、熊谷さんだ。

店長は、俺の顔を見ると、太い眉毛をくいっと上げた。

「お、ラーメン十杯の兄ちゃんか」

「じゅ……十杯?」

「あの晩、お前のテーブルで、何杯出たと思ってる」

たしか健太が七杯で、あとは俺たちの分で……十杯だ。数えてたのか、この人。

「あの、今日は、ラーメンじゃなくて」

俺は、入り口の貼り紙のほうを指さした。

「バイトの、面接を、お願いしたくて」

店長は、俺の顔をしばらく見ていた。それから、カウンターの端の席をあごでしゃくった。

「座りな」

◇ ◇ ◇

客のいない、午後四時のくまや。

厨房から、スープの煮える音が、ぐつぐつと聞こえていた。豚骨と、しょうゆと、何かよくわからないけど、すごくいいにおい。

店長は、カウンターの内側から、俺の真正面に立った。腕を組んだ。でかい。近くで見ると、本当に熊だ。

俺は、背筋をのばした。

今度こそ、だ。

コンビニで「趣味は寝ること」と言ってしまった俺はもういない。ファミレスで出番のなかった「趣味は読書です」が、今日こそ火をふく。

店長が、口を開いた。

「じゃあ、最初の質問だ」

「はい!」

「バイトはバイトでも――」

店長は、ためを作った。

「"倍とる"気は、あるか?」

…………。

厨房で、スープが、ぐつっと鳴った。

……バイト。

倍、とる。

バイト、倍とる。

いや、わかる。意味はわかる。「バイト」と「倍とる」をかけたんだ。ダジャレだ。

でも、これは、どう返すのが正解なんだ?

笑うべきか? 「あはは」って? でも、面接で「あはは」はありなのか? それとも、まじめに「はい、倍とる気はあります!」と答えるべきなのか? でも、時給を倍にしろって意味に聞こえないか? 時給二千百円。ほしい。いや、そういう話じゃない。

コンビニとファミレスの失敗が、頭の中でぐるぐる回った。

結局、俺の顔は、どうなったか。

真顔だった。

完全な、真顔。

人生でいちばんの真顔を、俺は熊みたいな店長の目の前で、さらしていた。

五秒くらい、沈黙が続いた。

だめだ。終わった。四連敗だ。

そう思ったとき、店長が、ぽんとカウンターをたたいた。

「よし、採用」

「……え?」

「採用だ。来週から来られるか」

「え、いや、え? あの、まだ、自己紹介とか、趣味とか……」

「趣味はなんだ」

「ど、読書です」

やっと言えた。五十回練習した「読書」。

「うそつけ。寝ることだろ。顔に書いてある」

なんでわかるんだ。コンビニの店長さんに聞いたのか。

「あの……採用の理由を、聞いてもいいですか」

店長は、組んでいた腕をほどいて、頭のタオルをぎゅっと結び直した。

「俺のダジャレで笑うやつは、信用できねえ」

「……は?」

「そういうことだ」

いや、どういうことだ。

意味がわからない。世の中に、こんな採用基準があるのか。ダジャレで笑ったら不採用、笑わなかったら採用。逆に言えば、この店で働いている人は、全員このダジャレに真顔で耐えた精鋭だということになる。

……いや、待てよ。それって、店長、自分のダジャレがおもしろくないって、わかってて言ってるのか?

わかんない。この人、わかんない。

「時給は1050円。まかないは一日一杯。初日はネギ切りからだ。涙が出るぞ」

店長は、そう言ってから、ふっと付け足した。

「ネギだけに、根気がいる」

……。

俺は、真顔を保った。

なんとなく、ここで笑ったら、採用が取り消される気がした。

店長は、満足そうにうなずいた。

◇ ◇ ◇

書類の話をした。学校の許可は取ってある、と言うと、店長は「おう」と言って、俺の出した「アルバイト許可願」のコピーを、ちらっと見た。

保護者の印の欄で、店長の目が、ほんの一瞬だけ止まった。

赤くて、まっすぐな「高橋」。

「いい判だな」

店長は、それだけ言った。

俺は、なんだかうれしくなった。なんでかは、わからなかった。

「じゃあ、来週の月曜、四時半な。エプロンはこっちで用意する。爪は短く切ってこい」

「はい! よろしくお願いします!」

俺は、頭を下げて、立ち上がった。

四連敗にならなかった。

それどころか、時給1050円、まかない付き。最高の条件だ。

これで、俺は、自分のお金を稼げる。自分の名前で。ずるなしで。

のれんに手をかけた、そのとき。

背中から、店長の声がした。

さっきまでのダジャレの声とは、ちょっとちがう。低くて、静かな声だった。

「で――もう株は、やめたのか?」

俺の手が、のれんをつかんだまま、止まった。

なんで、知ってるんだ。

いや、そうだ。あの夜、この人は俺のスマホをのぞいて言ったんだった。「勝ってる時の顔、してるな。そういう顔の時が、一番あぶねえんだ」って。

じゃあ、今の俺の顔は、なんて言われるんだろう。

ポケットの中で、スマホが重かった。

その中には、あの夜、布団の中で入れ直した株価アプリが入っている。

「やめました」と言えば、それで終わる。母にも、そう言った。……いや、母には「今は、やらない」と言ったんだった。

じゃあ、この人には、なんて言えばいい。

振り返ると、店長は、もうこっちを見ていなかった。大きな背中を向けて、スープの鍋をかき混ぜていた。

でも、たぶん、耳だけは、こっちを向いていた。

スープが、ぐつっと鳴った。

俺は、口を開いた。

「……俺は」

その先の言葉が、どうしても、出てこなかった。

(第14話 終わり)



第14話を読んでいただき、ありがとうございます!

コンビニで「趣味は寝ることです」、ファミレスでは自己紹介すらさせてもらえず、引っ越し屋さんでは健太が「百八十二センチあります!」。三連敗でした。身長は年齢の代わりになりません。

そして、お父さんのハンコ。何も言わずに、ぐっと押す。高橋家の序列ではプリンより下のお父さんですが、今回はちょっとだけ、プリンを追い抜いたかもしれません。

くまやの採用基準は「ダジャレで笑わないこと」。謎です。作者にもよくわかりません。

最後の「もう株は、やめたのか?」に、蓮はなんと答えるのか。

次回、第15話「ラーメン屋の不思議な店長」。ネギで泣いて、どんぶりを割って、まかないで泣きます。

続きが気になった方は、ぜひブックマークをお願いします! ★をぽちっとしてもらえると、蓮のネギ切りが少し速くなります。


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