6話:Human Cost ~情と命の天秤~
コックピットの空気が不自然に揺れた。 鼓膜をチリチリと刺すような高周波の羽音が、分厚い装甲越しに響いてくる。 メインモニターの端で、赤い警告灯が激しく点滅を始めた。
来た。
レーダーに映る光点は全部で八つ。 奴らは真っ直ぐ広場の中央には向かってこなかった。
崩れかけた廃屋の影に隠れながら、機体の左側へ大きく回り込んでいる。 ギエルレウのカメラの死角を正確に突いてくる嫌らしい動きだ。
ほんま、小賢しい真似しよるで。 ただの虫けらのくせに、変に知恵が回るのが気に食わない。
俺は息を短く吐き出し、足元のペダルにぐっと体重を乗せた。 つま先を深く押し込む。
機体の重心がわずかに沈み、金属の脚が土をしっかりと踏みしめた。 シートを通して、ズンという重たい振動が俺の腰へと伝わってくる。
機体は正面を向けたまま動かさない。 俺は視線だけを左のサブモニターへ流した。 黒と黄色の大きな影が、瓦礫を蹴立てて一斉に飛び出してくる。
左手の操縦桿を、手首のスナップを効かせて弾くように倒す。
機体の左腕が滑らかに動き、腰のホルダーへ手を伸ばす。
ガチャリという硬い金属音が、コックピット内に響いた。
振り向く必要すらない。
左手の親指で、操縦桿のトリガーを浅く押し込んだ。
ギエルレウがハンドガンを引き抜き、そのまま左後方へ銃口を向ける。
そして、トリガーを一番奥まで引き絞る。
鼓膜を叩くような甲高い発射音が鳴り響いた。
青白いエネルギー弾が、銃口から一直線に撃ち出される。
弾丸が空気を焼き焦がし、独特のオゾン臭が換気ファンを通じて微かに漂う。 真っ先に飛びかかってきた一匹の顔面へ、光の塊が正確に吸い込まれた。
バチンという乾いた破裂音が響く。 先頭のアルヴィアの頭部が、弾けて吹き飛んだ。
緑色の体液をまき散らしながら、犬ほどもある大きな図体が地面にドスンと落下する。 土煙が舞い上がり、残りの七匹がその勢いにわずかに怯むのが見えた。
その一瞬の隙を、俺が見逃すはずがない。
両足のペダルを同時に強く踏み込む。 機体の脚部がバネのように弾け、ギエルレウが猛烈な勢いで前へ飛び出した。
シートに背中が激しく押し付けられる。 内臓が後ろへ持っていかれるような強い重力が、全身を締め付けた。
両手の操縦桿を左右に広げ、右のハンドガンも引き抜く。 右腕と左腕の狙いを、別々の目標へ定める。
右足のペダルを少しだけ戻し、左足を踏み込んだ。 機体を鋭く左へスライドさせる。
土を深く削り取る鈍い音が足元から伝わってくる。 機体が斜めに滑りながら、敵の群れの側面を完璧に捉えた。
両手のトリガーを引く。 青い閃光が連続して空気を切り裂く。
二匹目の薄い羽が燃え上がる。
三匹目の胴体を光が貫く。
ペダルを蹴り込み、さらに加速する。 風を切る音がコックピットを包み込む。 操縦桿を倒し、機体を大きく旋回させる。 金属の関節が唸り声を上げた。
俺は口の端を吊り上げ、次の標的へ銃口を向けた。
ーーーーーーーーーーーーー
先頭の一匹が爆散し、緑色の体液が地面にぶちまけられる。 その直後、残った羽音が不自然に乱れた。
仲間の瞬殺に驚いたのか、奴らは一斉にホバリングの軌道を変える。 俺の機体をぐるりと囲んでいた蜂どもが、ジリジリと後ろへ下がっていくのが見えた。
メインモニターに映る敵の姿が、少しずつ小さくなる。 一定の距離を取って、俺の出方を窺っているらしい。
虫けらのくせに、いっちょ前に警戒心を学習したんやな。 俺は丸いサングラスの奥で、思わずニヤリと口角を上げた。
サブモニターの隅にある、敵との距離を示す数字をチラリと確認する。 俺は左足のペダルから少しだけ力を抜いた。
機体の重心がスッと真ん中に戻り、ピタリと静止する。 奴らが本能で安全だと判断してとったその距離。
そこは俺にとって一番都合のええ、十八番の間合いやった。
コックピットの空調が、微かに冷たい風を首筋に当ててくる。 両手の操縦桿のグリップを、一度だけ強く握り直した。 手のひらにじわりと滲んだ汗を、滑り止めの素材が吸い取っていく。
右足のペダルを軽く踏み込み、機体のつま先を数センチだけ右へずらした。
土を擦る鈍い音が、足元からシートを伝わってくる。 俺の動きに合わせて、ギエルレウの細い脚が完璧な射撃姿勢を作った。
同時に、両手の操縦桿を内側へ少しだけ傾ける。 機体の両腕が滑らかに駆動し、二丁のハンドガンの銃口が跳ね上がった。
左右で別々の標的を正確に捉える。 ロックオンの赤いカーソルが、モニターの中で敵の頭部に重なった。
ピピッという高い電子音が、狭いコックピットに短く響く。 息を短く吐き出し、両手のトリガーを同時に引き絞った。
鼓膜を打つ鋭い発射音が、連続して鳴り響く。 青白い光の矢が、二つの銃口から真っ直ぐに伸びていった。 オゾンの焦げたような匂いが、換気ファンを通じて微かに鼻を突く。
狙いは一寸の狂いもない。 一発目は、右へ逃げようと羽をばたつかせた蜂の顔面を正確に撃ち抜いた。 もう一発は、左で威嚇するように顎を鳴らしていた蜂の胴体へ吸い込まれる。
光の弾丸が、硬い装甲をあっさりと貫通した。 黄色い体液が空中に激しくぶちまけられる。 二匹の巨体が完全にバランスを崩し、錐揉み回転しながら地面へ真っ逆さまに墜落していく。
ドスンという重たい落下音が、立て続けに外から響いてきた。 土煙が舞い上がり、一匹のアルヴィアが地面を派手に転がっていく。
俺はペダルを強く踏み込み、機体を土煙の中へさらに前進させた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
メインモニターの向こうで、残りの動きがピタリと止まった。 ギチギチ、ギチギチ。
分厚い装甲を通り抜けて、硬い顎を激しく擦り合わせるような不気味な音が響いてくる。 まるで何かを合図しているような、嫌な音だ。
直後、五匹のアルヴィアが一斉に身を翻した。 大きな羽をバサバサと羽ばたかせ、俺から背を向ける。
そのまま、鬱蒼とした森の奥へ向かって全速力で飛び去ろうとしている。 逃げるつもりだ。
今までの村を蹂躙してきた時のような、三流兵士とは違う。 俺のギエルレウが本物の脅威だと、はっきり理解したんやな。
だが、みすみす逃がすほど俺はお人好しやない。 両足のペダルを、床が抜けるほどの力で一気に踏み抜いた。
コックピット全体が激しく揺れ、背もたれが背中をドンと強く叩く。 機体の太い脚が地面の土を大きくえぐり、前傾姿勢のまま猛スピードで前へ飛び出した。
同時に、両手の操縦桿を内側へひねる。 機体の両腕が交差するように動き、二丁のハンドガンが逃げる敵の背中を捉えた。
モニターのロックオンカーソルが、後頭部に重なって赤く点滅する。 親指で、左右のトリガーを容赦なく引き絞った。
甲高い発射音が、狭いコックピットの空気を震わせる。 青白いエネルギー弾が、猛烈な勢いで空を切り裂いた。 焦げたオゾンの匂いが、換気口からフワリと流れ込んでくる。
光の弾丸は、逃げる蜂の薄い羽と硬い背中を正確に撃ち抜いた。
バキンという硬い殻が割れるような音が、遠くから聞こえてくる。 緑色の体液が空中に霧のように舞い上がった。
撃たれた二匹は羽の動きを止め、力なく地面へと墜落していく。 土煙を上げながら斜面を転がり落ち、やがてピクリとも動かなくなった。
残りは、その間に木々の暗がりの中へと完全に姿を消してしまった。
バサバサという大きな羽音だけが、森の奥へと遠ざかっていく。 俺はペダルから足を離し、機体の動きを急停止させた。 土を擦る鈍い音が鳴り、ギエルレウが廃村の端でピタリと止まる。
「撤収やと?」
誰もいないコックピットの中で、俺は思わず声を漏らした。 丸いサングラスの奥で、じっと森の暗がりを睨みつける。 虫の分際で見事なまでの引き際だった。
ただの斥候として様子を見に来ていた部隊やったんやろか。
それとも、今逃げていった中に、あの撤収の指揮を出した親玉が混ざっていたんやろか。
わからない。 確かなのは、奴らが確かな意思を持って部隊を退かせたという事実だけだ。 操縦桿を握る手に、じわりと嫌な汗が滲んでくるのを感じた。
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撃ち落としたアルヴィアの死骸から、緑色の体液が乾いた土に染み込んでいる。
ツンと鼻を突くような、ひどく酸っぱい匂いが風に乗って漂ってきた。 コックピットの換気ファンがフル回転しても、その嫌な匂いはなかなか消えてくれない。
本物の蜂は、傷ついた仲間から出るフェロモンに反応して一斉に群れで襲いかかってくるらしい。
さっき端末で調べたばかりの、付け焼き刃の知識だ。
あの鉄を喰うバケモノも同じ習性を持っているという俺の予想は、どうやら見事に当たったみたいや。
最初の戦闘から二、三十分が過ぎた頃だった。
薄暗い森の奥から、ギチギチという顎を鳴らす音が重なり合って聞こえてきた。
最初は微かな摩擦音だったのが、うねるような地鳴りに変わっていく。 分厚いメインモニターのガラスが、高周波の振動でビリビリと震え始めた。
森の木々の隙間から、黒と黄色の影が次々と湧き出してくる。 仲間を殺された怒りのフェロモンで狂っているのか。
それとも、広場に立つギエルレウの分厚い装甲が、最高のご馳走に見えているのか。 先ほどの八匹とは比べ物にならない、巨大な群れだ。
ざっと見渡しただけでも数十匹はいる。 俺は口の端を歪め、数を数えるのを途中でやめた。 真面目に計算するのが馬鹿らしくなるような大群や。
両手の操縦桿を外側へ倒す。 機体の両腕が腰へ動き、カチャリと硬い金属音を立てて二丁のハンドガンをホルダーへ収納した。
そのまま操縦桿を手前に引き上げる。 ギエルレウの腕が背中のラックへ手を伸ばした。
ガシャン。 ずっしりとした重たい音が響く。 機体の両手は、大型のエネルギーパックを積んだ中型マシンガンをしっかりと握りしめていた。
右足のペダルを床の底まで踏み抜く。
太い金属の足が土を大きく蹴り飛ばし、機体が猛スピードで前へ飛び出した。 強烈な加速Gで、シートが俺の背中を激しく叩く。
両手の操縦桿を内側へ絞るように傾けた。
メインモニターの画面いっぱいに、無数の赤いロックオンカーソルが散らばる。 両手の人差し指で、操縦桿のトリガーを限界まで引き絞った。
鼓膜が破れそうな連続した発射音が、狭いコックピットを満たす。
二丁のマシンガンの銃口から、青白いエネルギー弾の嵐が吐き出された。 発射の強烈な反動が、操縦桿を通して俺の両腕の骨をガクガクと揺さぶる。
光の線が放射状に広がり、視界を真っ青に染め上げた。
先頭を飛んでいた数匹の蜂が、一瞬で弾幕に飲み込まれる。 硬い殻が砕け散る。 薄い羽が熱で燃え上がる。
左足のペダルを強く蹴り込んだ。 機体が横へ鋭くスライドする。 土煙を上げながら横移動し、巨大な弾幕の壁を敵の群れへと押し付けていく。
一匹。 また一匹。 空中で緑色の体液が弾け、不気味な雨のように地上へ降り注ぐ。
それでも、敵の波は全く止まらない。 死骸を踏み越え、後ろから次々と新しい影が飛び出してくる。
俺は丸いサングラスの奥で目を細め、さらに右足のペダルを深く踏み込んだ。
青白い弾幕の壁を押し付けても、敵の波は全く止まらない。
その波の奥から、明らかに動きの違う影がいくつか飛び出してきた。
黒と黄色のまだら模様の中に、銀色の不自然な金属光沢が混ざっている。 メインモニターが、その異質な姿を大きく拡大して映し出した。
そいつらは、他の蜂型アルヴィアよりも一回り巨大だった。
そして何より異様なのは、大きく膨らんだお尻の部分だ。
本来なら毒針があるはずの場所に、無骨な金属の砲身が突き出している。 真っ暗な砲身の奥で、不気味な赤い光がチカチカと点滅を始めた。
なんだあれは。
赤い光が極限まで眩しく輝く。 次の瞬間、砲身から太い熱線のビームが真っ直ぐに撃ち出された。
空気を焼き焦がす高周波の音が、コックピットの分厚い装甲をビリビリと震わせる。 機体のすぐ横を、強烈な赤い閃光が通り抜けていった。
暴力的な熱波がガラス越しに伝わってくる。 額から噴き出した汗が、じわりと目尻に染みた。
ここへ来る前に聞いた話を思い出す。 軍の装甲車や機体を残さず食い荒らしたという、バケモノの群れ。
ただ鉄を食べて消化するだけではない。
取り込んだ兵器を、自分の体の一部として完全に作り変えてしまったらしい。
ビームを撃つ蜂なんて、悪夢以外の何物でもない。
俺は奥歯を強く噛み締め、両足のペダルを乱暴に踏み込んだ。
機体を左右へ小刻みにスライドさせ、奴らに次弾の狙いを絞らせないようにする。
あの異形の蜂を真っ先に片付けないと確実に殺される。 そう判断し、両手の操縦桿を奥へ傾けて一気に距離を詰めようとした時だった。
視界の端から、通常の蜂型アルヴィアが三匹、弾丸のように突っ込んできた。
ビームを放つ機体を庇うように、俺の射線へ無理やり割り込んでくる。
鋭い刃のような前足が、メインカメラのすぐ目の前まで迫っていた。
短く舌打ちをする。 無視してビーム機を狙えば、こいつらの刃がコックピットを直撃する。 反射的に、両手の操縦桿を内側へ強く絞り込んだ。
ギエルレウの両腕が滑らかに動き、二丁のマシンガンが手前の三匹を捉える。 操縦桿のトリガーを限界まで引き抜いた。
青い光の弾が至近距離で弾け、三匹の硬い体をバラバラに吹き飛ばす。 緑色の体液が、メインモニターにベチャリと張り付いた。
手前の邪魔者を完全に排除した。 だが、その一瞬の迎撃行動が致命的な隙を生んでしまった。
モニターの奥で、再び赤い光が強烈に瞬く。 ビーム機が、俺の足が止まった完璧なタイミングを狙い撃っていた。
ペダルを踏んで回避行動をとる時間はもう残されていない。 俺はとっさに右手の操縦桿を前に突き出した。
ギエルレウの右腕が、コックピットを庇うように正面へ上がる。 直後、強烈な赤い閃光が右腕のマシンガンを直撃した。
鼓膜を突き破るようなすさまじい爆発音が響き渡る。
コックピット全体が、巨大なハンマーで横から殴られたように激しく揺れた。 シートベルトが胸の骨に深く食い込み、一瞬だけ呼吸が止まる。
溶けた金属の入り混じった強烈な焦げ臭さが、狭い空間に一気に充満した。
メインモニターの右半分が、真っ赤な警告色で埋め尽くされる。 ピーピーという甲高いアラート音が鳴り止まない。
俺は激しく咳き込みながら、右のサブモニターに目をやった。 そこには、無惨に砕け散った青と白のマシンガンの状態が映し出されている。
内蔵されていたエネルギーパックが誘爆し、銃身の半分から先が跡形もなく消し飛んでいた。 武器を握っていたマニピュレーターも焼け焦げ、黒い煙を激しく噴き出している。
大事な火力が、あっさりと削られてしまった。 俺は残された左手の操縦桿を、指の関節が白くなるほど強く握りしめた。
ーーーーーーーーーーーーーー
右のマシンガンがスクラップになった。
でも、その喪失を嘆いている余裕なんて一秒もない。
激しく点滅する右モニターの赤い警告表示を、パネルのスイッチを叩いて強制的にミュートする。 耳障りなアラート音が消え、コックピットに再びエンジンの重い唸りが戻ってきた。
焼け焦げた右腕から上がる黒い煙の向こうを睨みつける。 視覚センサーの感度を上げ、敵の群れの奥をじっと探った。
チラリ、と不気味な赤い光が三つ点滅する。 ビームを撃ってくるあの異形の蜂だ。 数は三匹。 太い金属の砲身をこちらへ向け、エネルギーを充填しているのがはっきりと見えた。
あれを先に潰さないと、この薄い装甲はすぐに消し炭にされる。
両足のペダルを強く踏み込み、機体の姿勢を低く落とした。 そのまま左足のつま先に力を込め、斜め前方へと鋭く飛び出す。
強烈な横の重力が背骨を激しく軋ませる。 左手の操縦桿を奥へ押し込み、残った左手のマシンガンをあの三匹へと向けた。
だが、引き金を引くよりも早く、別の羽音が間を埋めてきた。
黒と黄色の通常のアルヴィアどもが、五匹、六匹と群れをなして俺の射線に割り込んでくる。 ビーム砲を持った仲間を守るための、文字通りの肉の壁だ。
ほんま、どこまでも虫のくせに統率が取れとる。
舌打ちをして、俺は左手のトリガーを容赦なく引き絞った。
青白い閃光が連続して空気を切り裂く。 左のマシンガンの銃口から、光の弾幕が猛烈な勢いで吐き出された。
立ち塞がった雑魚どもの薄い羽が瞬時に燃え上がり、硬い装甲が次々と砕け散る。 緑色の体液が雨のように降り注ぎ、メインモニターのガラスをドロドロに汚していった。
ペダルを踏み込む足の力を緩めず、機体をさらに前へ進める。
砕けた蜂の死骸を、ギエルレウの太い足がバキバキと踏み潰していく。
骨を砕くような嫌な感触が、シートを通して足の裏にダイレクトに伝わってきた。
肉の壁を一枚剥がした。 だが、まだビームを撃つ三匹には届かない。 そして、右手の火力が消えたままでは押し切れない。
俺は左足のペダルから右足のペダルへと、急激に体重を移動させた。
土を深くえぐりながら、機体が右へ急旋回する。 その遠心力を利用して、右手の操縦桿を手前に強く引いた。
辛うじて動く指先で、腰のホルダーへ急いで手を伸ばした。 カチャリ。 硬い金属音がコックピット内に響く。
ギエルレウの右手が、メインウエポンのハンドガンをしっかりと抜き放った。
左手に中型マシンガン。 右手に小型のハンドガン。 アンバランスな武装だが、今はこれでやるしかない。
両手の操縦桿のグリップを、掌の汗を押し付けるように強く握り直す。 換気ファンが唸りを上げ、焦げた配線の匂いを無理やり外へと押し出していく。
俺は口の端を歪め、群れの奥で光る三つの赤い点へ向けて再びペダルを踏み抜いた。
右手の操縦桿をしっかりと握り直し、親指の腹をグリップの側面へと滑らせる。
そこにある小さなダイヤルを、指先で弾くように強く回した。 カチカチという硬い感触が、分厚い手袋越しに伝わってくる。
機体の右手に握らせたハンドガンの、内部設定を弄ったのだ。
そのまま操縦桿を真っ直ぐ奥へ押し込む。 ギエルレウの右腕が上がり、ハンドガンの銃口が群れの奥を捉えた。
狙うのは、太い金属の砲身をこちらへ向けている三匹の異形だ。 赤い光がチカチカと不気味な瞬きを繰り返しているのがはっきりと見える。
俺の機体の動きに反応して、再び黒と黄色の影が動いた。 通常のアルヴィアどもが、またしても群れをなして前へ飛び出してくる。
数匹の分厚い体が重なり合い、俺の視界と射線を完全に塞いだ。 奥にいるビーム砲を持った仲間をかばう、さっきと全く同じ肉の壁だ。
「狙い通りや」
俺は狭いコックピットの中で短く呟き、ニヤリと口角を上げた。
右足のペダルを、床の鉄板が歪むほどの力で強く踏み込む。 機体の太い足が地面の土を深く抉り、射撃の姿勢をガッチリと固定した。
ズンという重たい振動が、下からシートを突き上げてくる。
俺は息を短く止め、右手の操縦桿のトリガーを一番奥まで一気に引き絞った。
通常の何倍も甲高い発射音が、鼓膜を激しく叩き割るように鳴り響いた。
右腕の操縦桿から強烈な反動が伝わり、俺の背中がシートの背もたれに激しく叩きつけられる。
ハンドガンの銃口から、極太の青白い閃光が吐き出された。
空気を焼き焦がす鋭い音。 オゾンと金属がドロドロに溶ける強烈な匂いが、換気ファンを抜けてコックピットに充満する。
光の濁流が、立ち塞がった五匹の蜂を真っ向から飲み込んだ。 硬い殻が砕ける音すら聞こえない。
圧倒的な熱量が、分厚い肉の壁を一瞬で蒸発させた。
極太のエネルギー弾は全く勢いを落とすことなく、そのまま一直線に奥の空間を撃ち抜く。
その後ろで赤い光を放とうとしていたビーム機の一匹に、光の矢が直撃した。
耳をつんざくようなすさまじい爆発音が、森の木々を大きく揺らす。
不気味な赤い光が、眩しい青い閃光の中に完全に掻き消された。
異形の蜂は太い金属の砲身ごとバラバラに吹き飛び、黒い焦げカスとなって地面に降り注ぐ。 緑色の体液が蒸発し、白い煙となって空中に立ち上った。
右側のサブモニターをチラリと確認する。 ハンドガンのバッテリー残量を示す緑色のゲージが、たった一発で半分近くまで急激に減っていた。
さっき設定ダイヤルを回して、銃のエネルギー出力を限界の最大値まで引き上げていたんや。
一発でバッテリーをバカ食いする代わりに、装甲も肉の壁も関係なく貫通する強烈な一撃。
相手が盾を使ってくるのが分かっているなら、ごと貫き通してしまえばええ。
右手の操縦桿のグリップが、オーバーヒート寸前の熱を持って俺の手のひらをじりじりと焼いている。
俺は荒くなった息を大きく吐き出し、残る二つの赤い光へ向けて左足のペダルを深く踏み込んだ。
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右手の操縦桿から、じりじりとした熱が伝わってくる。
サブモニターの隅に、小さな赤い警告マークがチカチカと点灯した。
先ほどの最大出力射撃のせいで、右手のハンドガンが一時オーバーヒートを起こしている。
冷却が終わるまで、この銃はしばらく使い物にならない。
メインモニターの向こう側で、敵の群れが波のようにサッと後ろへ引いていく。
強烈な一撃でビーム機を粉砕されたことに驚いたのか。
奴らはまたしても大きく距離を取り、俺の射程ギリギリの外側でホバリングを始めた。
右足のペダルから少しだけ力を抜き、機体の姿勢を真っ直ぐに直す。 右手の操縦桿を手前に引き寄せ、そのまま外側へカチリと倒した。
ギエルレウの右腕が腰へ動き、熱を持ったハンドガンをホルダーへガシャンと戻す。
そのまま別のホルダーへマニピュレーターを伸ばす。
残っていたもう一丁の予備ハンドガンを、素早く引き抜いた。
右手の操縦桿を前に戻し、新しい銃口を群れの方角へ向ける。
ペダルを浅く踏み込み、機体を少しだけ前へ滑らせる。 逃げ遅れてフラフラと低空を飛んでいる数匹の蜂に、左右の銃口を突きつけた。
左手の中型マシンガンと、持ち替えたばかりの右手のハンドガン。
両手のトリガーを細かく、リズミカルに引く。 青い光の弾が短い間隔で飛び出し、空気を鋭く切り裂いた。
光の矢が、蜂の硬い羽と胴体を次々と正確に撃ち抜いていく。 空中で緑色の体液が弾け、不気味な雨のように地面へ降り注ぐ。 バラバラになった死骸が、土煙を上げて次々と落ちていった。
敵を撃ち落としながら、俺はふと強い違和感に襲われた。 コックピットの空調は効いているはずなのに、首筋にべっとりとした嫌な汗をかいている。
虫の群れが、仲間の死を見てこれほど素早く戦術を変えるだろうか。 盾になって仲間を守り、不利になればすぐに距離を取って体勢を立て直す。
「あまりにも統率が取れすぎている」
俺は狭いコックピットの中で、誰に聞かせるわけでもなくポツリと呟いた。 丸いサングラスを指先で押し上げ、群れの奥の暗がりをじっと睨みつける。
まるで、軍隊の熟練した指揮官が後ろに控えているみたいだ。 群れ全体の動きを完全に把握し、的確な命令を下している存在がいる。
そんな嫌な想像が、頭の片隅にこびりついて離れなかった。
右足のペダルを再び強く踏み込み、機体の重心を前へ傾ける。 両手の操縦桿を強く握り直し、俺はさらに群れの奥へと迫っていった。
左足のペダルを浅く踏み込む。 機体が横へ鋭くスライドし、迫り来る黄色い影を視界の端へ追いやった。
両手の操縦桿を内側へひねる。 左の中型マシンガンと右の小型ハンドガンが、同時に火を噴いた。
青白い閃光がコックピットの分厚いガラスを眩しく照らす。 発射の激しい反動が、グリップを握る手のひらをビリビリと痺れさせた。
光の弾丸が、空中の二匹を正確に撃ち抜く。 緑色の体液が弾け、焦げたような生臭い匂いが換気ファンから流れ込んできた。
次々と群れを撃ち落としながら、俺の頭の片隅で一つの疑問が渦巻いていた。
仲間の死骸から出るフェロモンへの過剰な反応。 あの蜂型アルヴィアの生態は、本物の蜂と驚くほど似ている部分が多い。
だとしたら、他の習性もそっくりそのまま同じなんやないだろうか。
右足のペダルを強く蹴り込み、機体を前へ押し出す。 右手の操縦桿のトリガーを引き、さらにもう一匹の羽を燃やした。 砕けた黒い装甲が、土煙と一緒に地面へパラパラと落ちていく。
村へ来る前、俺は狭いシートに座りながら端末で蜂の生態をざっと調べていた。
あの時見た画面の文字を、必死に頭の奥から引っ張り出そうとする。
確か、蜂の視野や距離感についても書かれた項目があったはずだ。
蜂の目は、細かく動くものを捉えるのには適している。
でも、視力そのものや遠近感は、それほど優れていなかった気がする。
曖昧な記憶の糸をたぐり寄せようと、俺は奥歯をギリッと強く噛み締めた。
左手の操縦桿を外側へ乱暴に倒す。 機体の左腕が大きく動き、死角から迫った蜂をマシンガンの銃身で直接殴り飛ばした。
ゴキリという鈍い音が響き、弾き飛ばされた巨体が地面を無様に転がる。
機体の足元で、ペダルを踏む俺の足の裏に確かな衝撃が伝わってきた。
もし奴らの視界が、本物の蜂と同じくらい狭くて曖昧だったとしたら。 あんな遠く離れた距離から群れ全体を完璧に操るような、精巧な連携が取れるわけがない。
遠くの景色がぼやけているはずなのに、どうやって仲間の位置を正確に把握しているんや。
ただの虫の群れじゃない。 何か、もっと根本的な仕組みが隠されているはずだ。
額から流れた汗が、丸いサングラスの下に滑り込んで目尻にチクリと染みた。 俺はまばたきを一つして視界をクリアにし、再び両手の銃口を群れのど真ん中へと向けた。
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青白いエネルギーの光が消え、広場に一瞬の静寂が戻った。 引き裂かれた羽の残骸が、風に吹かれて地面をカラカラと転がっていく。
敵の群れは再び動きを止め、俺の間合いの外側で不気味に静止していた。 お互いに次の出方を窺う、短い膠着状態だ。
コックピットのメインモニターを睨みつけ、俺は荒くなった息を整えた。
正面のインジケーターには、機体の各部ステータスが緑色で表示されている。
今のところ大きな異常はないが、コックピット内の温度がじわりと上がっている気がした。 激しいペダル操作のせいで、足の筋肉がわずかに熱を持っている。
俺は左足のペダルを軽く踏み直し、機体のバランスを微調整した。 金属の足が土を噛む感触が、シートの底から伝わってくる。
その時、メインモニターの端で、一つの異質な光点が激しく明滅した。
群れの奥、まだ生き残っているビーム機のうちの一匹だ。
そいつは他のアルヴィアのようにホバリングをしているわけではなかった。
左右へ激しく機体を揺らし、まるで何かの儀式のように奇妙な円を描いて飛び回っている。 お尻の金属砲身が、不規則に細かく跳ね上がっていた。
なんだあの動きは。 俺は丸いサングラスの奥で目を細めた。
ただ狂ったように暴れているのとは違う、明確な意図を感じる不気味なダンスだ。
その奇妙な挙動に意識を奪われた、まさにその瞬間だった。
ジジジジジ。 スピーカーから、鼓膜を引っ掻くような高周波の羽音が爆音で鳴り響いた。
静止していた雑兵の群れが、一斉に前へ傾く。 考える時間を与える間もなく、奴らは弾丸のようなスピードでこちらへ突進してきた。
「また力押しで来るか」
俺は短く叫び、両手の操縦桿を強く内側へ絞り込んだ。 右足のペダルを限界まで踏み込む。
ギエルレウが右斜め前方へ鋭くステップを踏み、敵の突撃ルートをわずかに外した。
機体が移動する風圧で、周囲の瓦礫が激しく舞い上がる。
左手のマシンガンと右手のハンドガンを、突っ込んでくる先頭の数匹へと向けた。 操縦桿のトリガーをリズミカルに引き絞る。
青白い閃光が交互に走り、迫り来る黒と黄色の胴体を真っ正面から貫いた。
バキンという硬い殻の砕ける音が、立て続けに響く。 撃ち抜かれた三匹が、緑色の体液を噴き出しながら地面へ激しく激突した。 土煙が視界を白く染め上げる。
だが、残りの奴らは速度を全く落とさなかった。
仲間の死骸を避けることすらせず、むしろそれを盾にするようにして距離を詰めてくる。
いつもなら俺の銃撃に怯んで距離を取るはずの蜂どもが、今は完全に狂っていた。
もう一発撃とうと、俺は右手の操縦桿を動かそうとした。
しかし、操縦桿が驚くほど重い。
メインモニターの視覚センサーが、あり得ない光景を映し出していた。
突っ込んできた二匹の雑兵が、俺の右手のハンドガンに直接しがみついていた。
硬い顎で銃身をガチガチと噛み締め、何本もの鋭い足で機体の右腕をがんじがらめに縛り付けている。
それだけではない。 左側からも別の二匹が飛びかかり、左手の中型マシンガンへと容赦なくのしかかった。
ずっしりとした異常な重量が、ギエルレウの腕を通じて俺のコントロールを奪っていく。 金属と硬い殻が擦れ合う、嫌な摩擦音がダイレクトにコックピットへ響いてきた。
なんだこれは。 奴らは俺を攻撃しようとしていない。 鋭い針で装甲を刺すわけでもなく、ただひたすらに俺の武器へと群がり、その動きを止めようとしている。
自由を奪われた両腕の操縦桿が、俺の手の中で激しく振動を始めた。
雑兵たちの羽ばたきが、機体のバランスを無理やり揺さぶってくる。
両手の操縦桿が、動かしづらい。 左右の銃にしがみついた蜂どもが、狂ったように羽を震わせている。
ジジジジという鼓膜を破るような羽音が、金属の装甲越しに直接響いてきた。
コックピット内の温度計が、警告の黄色いランプを点滅させ始める。 空調がフル回転しているのに、足元からじわりと熱気が上がってきた。
ただ群がって重しになっているだけじゃない。 奴らは意図的に、機体の腕へ異常な熱を送り込んでいる。
額からどっと嫌な汗が噴き出した。
村へ向かう途中に端末でスクロールした、蜂の生態データが頭の奥でフラッシュバックする。
熱殺蜂球。
たしか、そんな物騒な名前の習性があったはずや。
巣に侵入した巨大な外敵に対して、小さな蜂たちが集団でとる最終手段。
何十匹という蜂が敵の体に群がり、巨大なボールのように包み込む。
そして一斉に羽の筋肉を激しく震わせ、すさまじい摩擦熱を発生させる。
ボールの中心温度を一気に引き上げ、敵を文字通り生きたまま焼き殺す戦法だ。
こいつらは今、ギエルレウの両腕でそれをやろうとしている。 無理やり熱を送り込んで、武器の内部機構を完全に焼き切るつもりだ。
金属の関節がギシギシと悲鳴を上げ、焦げたオイルの匂いが鼻を突いた。
俺は奥歯を噛み砕く勢いで食いしばり、両足のペダルを乱暴に踏み込んだ。 機体を左右に激しく揺さぶり、腕にへばりつく蜂どもを力任せに振り落とそうとする。
ズン、ズンと重たい足音が広場に響き、乾いた土煙が大きく舞い上がった。 だが、奴らの硬い顎は銃身にガッチリと食い込み、全く離れる気配がない。
視界を覆う黄色と黒の羽の隙間から、メインモニターの奥へ必死に目を凝らす。 さっきまで奇妙なダンスを踊っていた、あのビーム機を探した。
いや、違う。 奴の異常な動きは、俺の注意を引くためのただの囮だったんや。 本当に警戒すべき本命は、激しく動いていたあいつじゃない。
背筋に鋭い氷柱を突き立てられたような悪寒が走った。
群れの奥の暗がり。 さっきから全く動かず、不自然なほど気配を消していたもう一匹のビーム機。
そいつが、薄れた土煙の向こう側で静かに空中に浮いていた。
大きく膨らんだ異形の尻が、真っ直ぐにこちらを向いている。
太い金属の砲身の奥で、不気味な赤い光が極限まで圧縮されていた。
俺の機体は今、両腕を重い肉の壁に縛り付けられ、回避行動をとる余裕すらない。 その無防備なコックピットのど真ん中を、赤い光の照準が完璧に捉えていた。
まずい。
俺は凍りついたように息を止めた。 ペダルを踏み込む両足が、絶望的な重さで硬直していくのを感じた。
ーーーーーーーーーーーー
メインモニターの奥で、真っ赤な光が限界まで膨れ上がっていた。
ビーム機のお尻にある砲身から、今まさに致死の熱線が放たれようとしている。
ペダルを踏み込んで回避する時間は、もう一秒も残されていなかった。
両手の操縦桿は、群がった蜂どもの重みでガッチリと固まっている。
だが、死の恐怖で全身の毛穴から冷や汗が噴き出したその瞬間、俺は左手のわずかな違和感に気がついた。
確かに重い。 でも、絶対に動かせないほどの絶望的な重量ではなかった。
さっきまで、弾代を気にせずエネルギー弾をばら撒き、大量の雑兵を撃ち落としていたおかげだ。
俺の左手の中型マシンガンにしがみついている蜂の数は、熱殺蜂球を完成させるには明らかに足りていなかった。 これなら、力ずくで動かせる。
俺は息を大きく吸い込み、右足のペダルを床の底が抜けるほどの力で一気に踏み抜いた。
太い金属の足が乾いた土を深く抉り、ギエルレウの機体が前傾姿勢でガッチリと踏ん張る。
シートの底から、ズンという強烈な反作用が腰の骨に伝わってきた。
そのまま全身の力を両腕に込め、左手の操縦桿を外側から大きく振りかぶる。
ギエルレウの細身の関節が、ギリギリと悲鳴のような軋み音を上げた。
駆動系のモーターから、焦げたオイルの匂いがコックピットにまで漂ってくる。
機体の左腕が、へばりつく蜂の塊ごと無理やり持ち上がった。
俺は丸いサングラスの奥で、あの赤い光のど真ん中をキッと睨みつける。
そして、左手の操縦桿を前方へ向けて力任せに思い切り振り抜いた。
同時に、操縦桿のグリップにある武装解除のスイッチを親指で強く押し込む。
ガコンという重たい金属音が鳴り、機体の左手が勢いよく開いた。
遠心力に乗った中型マシンガンが、俺の機体から完全に離れる。
銃身にしがみついて狂ったように羽ばたいていた数匹の蜂もろとも、空へと放り出された。
黒と黄色の塊が、空気を裂きながら一直線に飛んでいく。 まるで巨大な砲弾のようだった。
俺が獲物を投げ飛ばしたのと、ほぼ同時だった。
ビーム機の太い砲身から、強烈な赤い熱線が真っ直ぐに撃ち出された。
鼓膜を直接焼き切るような、耳障りな高周波の音が空気を切り裂く。
次の瞬間、空中で二つの軌道が完璧に激突した。
俺が投げつけたマシンガンと蜂の塊が、赤い熱線の直撃を真っ向から受け止めたのだ。
耳を塞ぎたくなるような大音響とともに、空中で凄まじい爆発が巻き起こった。
マシンガンに内蔵されていたエネルギーパックが誘爆し、青白い閃光が赤い光を飲み込む。
強烈な熱波と衝撃波が、広場の空気を一気に吹き飛ばした。
コックピットの分厚いガラスの向こうが、眩しい光で真っ白に染まり上がる。
ドンッという重たい衝撃が、ギエルレウの装甲を正面から激しく叩きつけた。
俺の体はシートの背もたれに強く押し付けられ、肺の中の空気が無理やり吐き出される。
バラバラになった蜂の硬い殻や、ドロドロに溶けた銃身の鉄屑が、雨あられのように機体の表面にバラバラと降り注いできた。
メインモニターの映像が激しいノイズで乱れ、一瞬だけ視界が真っ暗に落ちる。 コックピットの中は、焼け焦げた金属と肉の混ざった強烈な悪臭で満たされていた。
奇跡的に命拾いした。 俺は乱れた呼吸を必死に整えながら、暗いモニターの向こう側で次に何が起きるのかをじっと待ち構えた。
空中に漂う白い煙の向こうで、俺が投げつけた左手の中型マシンガンは跡形もなく消し飛んでいた。
焼け焦げた右腕の残骸と合わせて、これで頼みの綱だったメインウェポンを二つとも完全に失ってしまった。
出発する直前まで、ユミィが油まみれになってピカピカに磨き上げてくれた銃だった。
「ユミィには、ほんまに悪いことしたな」
換気ファンが回りきらずに漂う、焦げた金属の嫌な匂いを嗅ぎながら俺は呟いた。
せっかくの完璧な整備を無駄にしてしまった申し訳なさが、胸の奥をチクリと刺す。
俺は両足のペダルから少し力を抜き、そのまま踵を後ろへぐっと押し込んだ。
ギエルレウの足が後退し、乾いた土を擦る鈍い音がシートの下から響いてくる。
機体を大きく後ろへ下がらせ、煙の向こうでうごめく敵の群れから一気に距離を取った。
この廃村での戦闘が始まってから、俺の方から間合いを空けるのはこれが初めてだ。
鼻から大きく息を吸い込み、肺に溜まった熱い空気をゆっくりと口から吐き出す。
肋骨の中で激しく跳ね回っていた心臓の鼓動が、少しだけ落ち着きを取り戻していくのを感じた。
冷静な頭で状況を計算し直すと、そもそも、この依頼自体が最初から全く割に合わない安仕事だったのだ。
蓋を開けてみれば軍隊並みに統率された蜂型アルヴィアの大群だ。
おまけに、高価な中型マシンガンを二つもスクラップにしてしまった。
今の俺の手元に残されているのは、腰のホルダーに収まっている小型のハンドガン二丁だけ。
そのうちの一丁はさっきの最大出力射撃でオーバーヒートを起こし、まだ熱を持っていてすぐには使えない。
「割に合わんにも程があるで」
操縦桿のグリップを握り直すと、じっとりと嫌な汗が滲み出していた。
任務失敗。
その四つの文字が、メインモニターの端で点滅する赤いエラー表示のように頭の中でチカチカと光り始める。
無理をしてこのまま前へ出れば、次は間違いなく機体の薄い装甲ごと消し炭にされる。
ここは命あっての物種だ。
俺は両足のペダルをさらに後ろへ踏み込みながら、逃げるための撤収ルートを探し始めていた。
ペダルを踏み込んだまま、俺は機体をさらに後退させる。
ズザザと重たい金属の足が土を削る音が響いた。
傭兵稼業を長く続けていれば、任務の失敗なんて日常茶飯事だ。
逃げることは決して恥やない。
死んでしまったら、何にもならない。
冷たい空調の風が、汗ばんだ首筋を撫でていく。
生き残ってさえいれば、また次の仕事を探せばいい。
頭ではそう完全に割り切っているはずだった。
でも、ペダルを踏む足がどうにも重い。
メインモニターの向こうで、黒と黄色の影が嫌な動きをしている。
一匹のビーム機が、狂ったように上下左右へ飛び回っていた。
ブンブンという羽音が、分厚い装甲を通り抜けてコックピットに響く。 目障りなほど激しく動いて、俺の注意を引こうとしているのだ。
そしてもう一匹。 さっき俺のマシンガンを消し飛ばしたあいつだ。 土煙の奥でピタリと空中に静止し、巨大な尻の砲口をこちらへ向けている。
ジジジジジ。
砲口の奥で、不気味な赤い光が再び収縮を始めていた。
空気を焼き焦がすような、高い充填音が鼓膜をチクチクと刺す。
囮の激しい羽音と、狙撃手の冷たい充填音。 二つの音が不協和音のように混ざり合い、俺の神経をひどく逆撫でした。
「ほんま、鬱陶しい音やで」
俺は操縦桿のグリップを握る手のひらに、ぐっと力を込めた。
すぐに背を向けて、あいつらの射程外に逃げ込めば、俺の命は確実に助かる。
機体の修理代はかさむが、死ぬよりはマシだ。 右足のペダルをさらに後ろへ押し込もうとした瞬間だった。
機体を反転させて、フルスロットルで逃げ込む。 そうすれば、俺の命は確実に助かる。
頭の中で、冷たい計算が何度も繰り返されていた。
傭兵として生き残るための、一番正しくて賢い選択だ。
背中を冷たい汗がツーッと流れ落ちていく。 コックピットの空調が、やけに肌寒く感じられた。
でも、ペダルを踏もうとする足首が、見えない鎖で縛られたように動かない。
俺の脳裏に、先の記憶が鮮明にフラッシュバックした。
あの村の広場で、俺を出迎えた村人たちの顔だ。
泥だらけの服を着た老人。 怯えたように親の背中に隠れていた小さな子供。
彼らの顔には、色濃い疲労と絶望がへばりついていた。
彼らは俺とギエルレウを見上げ、縋るような目を向けてきた。
骨と皮ばかりになった細い手で、俺の機体の脚に触れようとしていた。
あの瞳の奥にあったのは、ただ一つの切実な願いだ。
このバケモノどもから、自分たちの帰る場所をなんとか守ってほしい。
俺は大きく息を吸い込み、肺の奥まで冷たい空気を満たした。 焦げたオイルの匂いが、鼻の奥をツンと刺激する。
もし俺がここで尻尾を巻いて逃げ出したら、あの村人たちはどうなる。
あの異形のビーム砲が、丸腰の人間たちに向けられる光景。 それを想像しただけで、胃の奥が鉛のように重くなった。
気づけば、後退しようとしていた右足の動きが完全に止まっていた。
俺は奥歯を強く噛み締める。 口の中に、微かに鉄の味が広がった。
傭兵としては三流の判断や。
割に合わない仕事のために命を張るなんて、ただの馬鹿のやることだ。
でも、あのすがるような瞳を見捨てて逃げるほど、俺はまだ完全に腐りきってはいない。
また、思うこともある。
ここで逃げ帰ったとして、その後どうなる。
村の人たちを見捨てて戻った俺を見て、あの人たちは何て言うだろうか。
厳しい顔で俺を鍛え上げた師匠。
いつも笑いながら、とんでもない訓練で面倒を見てくれるおやっさん。
静かに、だけど真っ直ぐな目で俺を見てくれたシルヴィアさん。
そして、この機体のを整備し、ピカピカに磨き上げてくれたユミィ。
あの四人の顔が、メインモニターのノイズの向こう側に次々と浮かび上がっては消えていく。
「あかんな」
俺は乾いた唇を舐め、短く呟いた。
ここで村人を見捨てて逃げたら、俺はもう二度とあの四人の前に胸を張って立てなくなる。
命が助かっても、俺の意地が完全に死んでしまう。 それは、ビームで消し炭にされるよりもずっと恐ろしいことだった。
肺に溜まった熱い空気を、口から細く長く吐き出す。 鼻から、コックピット内に漂う焦げた金属の匂いをゆっくりと吸い込んだ。
深く、長い深呼吸を一つ。 肋骨の中で早鐘のように打っていた心臓の音が、少しずつ落ち着きを取り戻していく。
両手の操縦桿のグリップを、指の関節が鳴るほど強く握り直した。
手のひらにかいた汗が滑り止めの素材にギュッと押し付けられる。
俺は両足のペダルを、同時に後ろへ強く踏み込んだ。 機体の足が、乾いた土をザザザッと大きく削り取る。
鈍い振動がシートの下から腰へとダイレクトに伝わってきた。
敵の突進から逃げるためのステップではない。 迎撃のための完璧な間合いを、もう一度自分から作り直すための能動的な後退だ。
メインモニターの映像がスッと後ろへ流れる。 赤い光を溜め込むビーム機が、画面の中で少しだけ小さくなった。
距離が開いたことで、視界の端を飛び回っていた囮の羽音もわずかに遠のく。 ジジジジという不快なノイズが、少しだけマシになった気がした。
俺は左手の操縦桿のトリガーに、そっと人差し指をかけた。 残された武器は、左手のハンドガンただ一丁。
右手のハンドガンはまだ熱を持っていて、すぐには使い物にならない。
たったこれだけの牙で、あの巨大な群れと致命的な熱線を相手に立ち回るしかない。
「やったるわ」
俺は口の端を不敵に吊り上げた。 モニターの奥で不気味に瞬く赤い点から視線を外さず、ペダルを踏む足の裏にじわっと体重を乗せた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
静寂は一瞬で破られた。 ジジジジという耳障りな羽音が、再び一つの巨大なうねりになる。
空中で静止していた黒と黄色の群れが、一斉にこちらへ突進してきた。
殺意の塊のような分厚い壁が、猛スピードで迫ってくる。 俺は左足のペダルを浅く踏み込み、機体を左斜め後ろへ滑らせた。
金属の足が土を擦り、ズザッという鈍い音がシートの下から響く。 機体の重心をわずかに傾け、敵の突撃ルートから半歩だけ身をかわした。
同時に、左手の操縦桿を内側へ絞り込む。
残された唯一の牙である、左手のハンドガンを真っ直ぐに突き出した。
グリップを握る手のひらに、冷たい汗がじわりと滲む。 人差し指で、トリガーをリズミカルに連続で引き絞った。
甲高い発射音が、コックピットの空気を鋭く震わせる。 銃口から青白い閃光が連続して飛び出した。 光の弾丸が、先頭を飛んでいた数匹の頭部を正確に撃ち抜く。
バキンと硬い殻が砕ける音が、分厚い装甲越しに聞こえてきた。 緑色の酸っぱい体液が空中に撒き散らされる。
コントロールを失った敵の死骸が、土煙を上げて次々と地面へ激突した。
右足のペダルを細かく踏み、機体の姿勢をミリ単位で調整する。
オーバーヒートしていない左手のハンドガンは、まだ十分に熱を処理できている。
一匹、また一匹と、迫り来る雑兵を確実に処理していった。
光の矢を放ちながら、俺の視線は群れの奥をじっと探っていた。
狂ったように飛び回る囮のビーム機。
そして、赤い光を溜め込むもう一匹のビーム機。
あのどちらかが、この群れに指示を出している大将首やないだろうか。
確かな証拠なんてどこにもない。 ただの直感だ。
左手の操縦桿を外側へ弾くように動かす。 横から回り込もうとした蜂の胴体に、銃身を直接叩きつけた。
ゴキリという嫌な感触が、操縦桿を通して左腕に伝わってくる。
弾き飛ばした敵に銃口を向け、容赦なくトドメの引き金を引いた。 青い閃光が至近距離で弾け、焦げた匂いが換気ファンから吹き込んでくる。
ふと、さっきの直感はあながち的外れやないと思い直した。
あのバケモノどもは、食べた軍の兵器を自分の体に取り込んでいる。
ビームの発射装置なんて、どう考えても普通の車やない。
軍の部隊の機体のパーツだったはずだ。
野生の群れにおいて、一番美味くて価値のある獲物を最初に食うのは誰か。
それは決まって、群れを束ねる一番強いリーダー格だ。
俺は丸いサングラスの奥で目を細め、左足のペダルをさらに深く踏み込んだ。
だとしたら、あの強力なビーム砲を尻に生やしている個体が親玉だという辻褄が合う。
先に特別な餌にありついたからこそ、あんな異形の姿をしているのだ。
俺は口の端を歪め、群れの奥で光る赤い点へ向けて左手の銃口をピタリと合わせた。
群れの先頭を左手のハンドガンで次々と撃ち落とす。 青白い閃光が広場を照らした。
焦げた肉と酸っぱい体液の匂いが、換気ファンを通してコックピットに充満する。
手前の雑兵たちの動きに気を取られた、ほんの一瞬の隙だった。
メインモニターの奥で、じっと動かなかった赤い光が極限まで膨れ上がった。
群れの無謀な突進は、ただの目くらましだったのだ。 俺の意識が手前の雑兵に向いた完璧なタイミングを狙って、奥のビーム機が熱線を放ってきた。
空気を焼き切る甲高い音が響き渡る。 真っ赤な光の柱が、群れの隙間を縫うようにして一直線に迫ってきた。
右足のペダルを、床の鉄板が歪むほどの力で思い切り踏み抜いた。
機体の右足が地面を深くえぐり、ギエルレウ全体が右斜め前へと鋭くステップを踏む。
分厚い装甲のすぐ左横を、強烈な熱波が通り抜けていった。
鼓膜を圧迫するような轟音が響く。 コックピット内の温度が一気に数度跳ね上がった。
額から吹き出した汗が目に入り、チクリとした痛みが走る。
間髪入れずに、別の雑兵数匹が機体の左腕へ飛びかかってこようとした。
またあの熱殺蜂球をやるつもりだ。
俺の残された唯一の武器に群がり、熱で内部機構を焼き切ろうとしている。
「二度も同じ手は食らわんで」
俺は短く叫び、左手の操縦桿を強く手前に引き寄せた。
機体の左腕を大きく振り上げ、しがみつこうとした蜂どもを空振りさせる。
そのまま操縦桿を外側へ倒し、銃の重たいグリップで一番近くの敵を力任せに殴り飛ばした。
ガツンという硬い感触が左手に伝わる。 緑色の体液がメインモニターにベチャリと張り付いた。
コントロールを失った敵が、地面を無様に転がっていく。
ペダルを細かく踏み替え、機体を常に左右へ動かし続ける。 立ち止まれば、また遠距離からのビームの的になるだけだ。
激しい動きの中で、俺の頭の片隅にふと村へ向かう途中で見た端末のデータが蘇ってきた。
蜂の視界についての情報だ。 奴らの目は無数の小さなレンズが集まった複眼という構造をしている。
動くものを素早く察知する能力は、人間よりもはるかに優れているらしい。
でも、その代わりに致命的な弱点があったはずだ。
俺は左足のペダルを蹴り、横方向へ機体をスライドさせながら,さらに思い出す。
視力そのものはかなり低く、景色はモザイクのようにぼやけて見えている。
そして何より、立体視の能力が極端に弱いという事実だ。
右手の操縦桿を動かし、右腕を盾にするように構えた。
立体視が弱いということは、遠近感や距離感を正確に測るのが苦手だということだ。
遠くにいる仲間の位置や、敵との正確な距離を把握するのは本来不可能なはずなのだ。
それなのに、この群れはまるで一つの生き物のように完璧な連携をとっている。
遠距離からの正確無比なビーム狙撃。 突進と囮を使った高度な波状攻撃。
ただの虫の視力で、こんな精密な真似ができるわけがない。
背中を冷たい汗が流れ落ちた。
この大群は完全に繋がっている。
俺は乱れた呼吸を整え、モニターの奥で再び赤く光り始めた砲口をじっと睨みつけた。
右足のペダルを小刻みに踏み、機体を細かく左右に揺らし続ける。
立ち止まれば、遠くからのビームの餌食になる。 メインモニターの景色が、激しく横へ流れていった。
手前にある崩れた家の瓦礫は猛スピードで視界の端へ消え、遠くの森の木々はゆっくりとしか動かない。
その景色の流れを見て、俺の頭の中にさっきの資料の続きがふとフラッシュバックした。
立体視が苦手な蜂が、どうやって標的との正確な距離を測っているのか。
その答えは、運動視差と呼ばれる現象だったはずだ。
自分が移動することで、近くの景色は速く、遠くの景色は遅く流れる。
その景色の動くスピードの違いを利用して、自分と相手との距離を正確に計算する。
だから本物の蜂は、あんなにせわしなく飛び回っているのだ。
常に空間を移動し続けることで、ぼやけた視界の中で世界を立体的に把握している。
そこまで思い出し、俺はハッと息を呑んだ。 額の汗を拭うのも忘れ、モニターの奥をじっと見つめる。
土煙の奥で、再び赤い光を溜め込んでいる方のビーム機。
あいつはさっきからずっと、空中の同じ場所でピタリとホバリングで静止したままだ。
激しく動いていないということは、あいつ自身は目標との正確な距離を測れていないことになる。
誰かが代わりに距離を計算し、あいつに完璧な射撃のタイミングを教えているはずだ。
視線を少し横へズラす。 狂ったように上下左右へ飛び回り、ブンブンと目障りな羽音を立てているもう一匹のビーム機。
ただ俺の気を引くための囮だと思っていた、あの不自然なダンス。
あれこそが、運動視差をフルに使ってこの戦場全体の距離を正確に測っている証拠やないのか。
あいつが群れ全体の目となり、雑兵の突進と狙撃の指示を同時に出している。
ずっと静止している方ではなく、激しく飛び回っている方。
あいつこそが、この群れを後ろで操っている本当の大将首だ。
「確証なんてどこにもないけどな」
俺は狭いコックピットの中で、汗ばんだ唇を歪めて笑った。
ただの勘違いかもしれない。
外れれば、また違う作戦を考えるだけだ。
でも、このままジリ貧で防戦一方になるくらいなら、わずかな可能性に賭ける方がずっといい。
左手の操縦桿を強く握り直す。 分厚い手袋の中で、指の関節がポキリと鳴った。
狙うべき本当の標的は決まった。
狂ったように踊り続ける、あの大将首(仮)だ。
俺は足元のペダルを、床の鉄板がひしゃげるほどの力で一気に踏み抜いた。
ギエルレウの左足が、地面の土を爆発的に蹴り飛ばす。
強烈な加速Gがコックピットを襲い、俺の背中をシートに激しく叩きつけた。
機体が猛烈なスピードで、敵の群れのど真ん中へと突っ込んでいく。
右側のサブモニターへチラリと視線を向ける。
点滅していた赤いオーバーヒートの警告ランプが、ふっと画面から消えた。
代わりに緑色のランプが点灯し、右手のハンドガンの冷却完了を知らせてくる。
「丁度ええタイミングや」
左手の操縦桿を握る指先に力を込める。
親指を横へ滑らせ、グリップの側面にある小さなダイヤルを弾いた。
カチカチという硬い手応えが、伝わってくる。 左手のハンドガンの内部設定を、一撃必殺の最大出力へと切り替える。
俺は乾いた唇を吊り上げ、右手の操縦桿をガッチリと握り直した。
両足のペダルを、床の鉄板ごと踏み抜く勢いで押し込む。
ギエルレウの両脚が、爆発的な力で地面の土を蹴り飛ばした。
強烈な加速Gがコックピットを襲い、俺の背中をシートに激しく叩きつける。
エンジンの重い咆哮が足元から響き渡った。
機体が最大速度で、敵の群れのど真ん中へと一直線に突っ込んでいく。
正面のメインモニターいっぱいに、黒と黄色の分厚い壁が迫ってきた。
雑兵どもが俺の行く手を塞ごうと密集しているのだ。
俺は右手の操縦桿を真っ直ぐ前へ突き出した。 冷却を終えたばかりの右のハンドガンを向け、容赦なくトリガーを引き絞る。
青白い閃光が連続して空気を切り裂く。 発射の重い反動で、操縦桿を握る右腕が細かく震えた。
光の弾丸が、立ち塞がる蜂の胴体を次々と正確に撃ち抜いていく。
バキンと硬い殻が砕ける音が響く。 緑色の体液が空中にドロドロと散らばった。
次々と群れを破壊しながら、俺の視線は土煙の奥をしっかりと捉えていた。
空中でピタリと止まり、尻に赤い光を溜め込んでいる方のビーム機だ。
あいつに完璧な狙撃をされないために、まずは邪魔をする必要がある。
俺はペダルを踏み込んだまま、右手の操縦桿をわずかに奥へ傾けた。
機体の右腕が動き、銃口がホバリングしているビーム機にピタリと合う。
右のトリガーを乱暴に引いた。
数発の青い光弾が、土煙を突き抜けて奥の影へと飛んでいく。
ビーム機は尻の赤い光を急激に弱めた。 大きく膨らんだ巨体を不格好に揺らし、光弾の軌道から慌てて身をよじる。
青い光は敵のすぐ横をすり抜け、遠くの地面を激しく爆発させた。
直撃は避けられた。 だが、狙いはそれじゃない。
俺の牽制射撃を嫌がったのか、静止していたビーム機は大きく後ろへ飛び退いた。
俺から大きく距離を取り、狙撃の構えを完全に解いている。
一番厄介だった遠距離からの狙撃の脅威が、これで一時的になくなった。
俺は大きく息を吐き出し、コックピットの熱い空気を肺から追い出す。
額から流れた汗が、丸いサングラスの縁に落ちて弾けた。
残る標的は一つだけだ。 視界の先で狂ったように飛び回り、群れに指示を出しているあの大将首(仮)。
俺は最大出力に設定した左手の操縦桿を、獲物の喉元へ食らいつくようにジリリと持ち上げた。
猛スピードで突っ込む俺の機体に、群れの奥にいる大将首(仮)がすぐに反応した。
狂ったように上下左右へ飛び回っていたビーム機が、ピタリと不気味なダンスを止める。
そして、俺の突進を激しく嫌がるように後ろへ大きく飛び退いた。 ただ下がるだけじゃない。
俺の射程範囲の外側に行こうと、不自然なほど長めに距離を取ったのだ。
「やっぱり、正確な距離感が掴めとるんやな」
俺は狭いコックピットの中で、汗に濡れた唇を動かした。
ただの虫の複眼では不可能なはずの、完璧な距離の把握。
俺の突進速度と自分との間合いを、計算し尽くしたように逃げている。
あいつが群れ全体の目となり、戦場の距離を測っているという仮説が確信に変わった。
俺は両足のペダルから一気に力を抜き、逆方向のブレーキペダルを思い切り踏み抜いた。
機体の両足が、地面の土へ激しくストッパーをかける。
ズザザザッと鈍い音を立てて、鉄の足が土を深くえぐり取った。
強烈な急停止の反動で、俺の体が前のシートベルトに激しく食い込む。 肋骨がギシリと嫌な音を立てて痛んだ。
足先にさらに力を込め、ペダルを床へ押し付ける。
土埃がメインモニターの向こう側で大きく舞い上がり、機体の姿勢が地面へガッチリと固定された。
そのまま、右手の操縦桿のグリップにある小さなスイッチを親指で押し込んだ。
ガコン、と重たい金属音が機体の外から響いてくる。
ギエルレウの右手が勢いよく開き、さっきまで握り締めていたハンドガンをあっさりと手放した。
青と白の塊が地面に落ち、乾いた土を跳ね上げる。 貴重な片方の牙を、俺は自分から投げ捨てたのだ。
空になった右手の操縦桿を、左手の操縦桿にピタリと添えるように内側へ動かす。
機体の右手が、左手に握られたハンドガンの銃身を下からしっかりと支え込んだ。
細身の機体の両腕が、たった一丁の武器をガッチリとホールドする。
最大出力に設定した左のハンドガン。
その重たい銃口を、遠く離れた大将首のど真ん中へ真っ直ぐに突きつけた。
両腕で銃を固定したことで、モニターに映る照準のブレが完全に消え去る。
換気ファンが唸りを上げ、焦げたオイルと土埃の匂いがコックピットを駆け抜けていった。
俺は大きく息を吸い込み、両手で握り込んだ操縦桿のトリガーにゆっくりと人差し指をかけた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
両腕でガッチリと固定した操縦桿のトリガーを、一番奥まで一気に引き絞る。
重たいスイッチがカチリと押し込まれる感触があった。
次の瞬間、機体の左手に握られたハンドガンの銃口から、極太の青白い閃光が一直線に放たれる。
最大出力に設定したエネルギーの奔流だ。 発射の強烈な反動が、銃を支える機体の両腕を伝わってくる。
ドッという重い衝撃がコックピットを揺らし、俺の背中がシートに深くめり込んだ。
放たれた光の柱は、広場の空気を一瞬で焼き焦がす。
迷うことなく真っ直ぐに飛んだ閃光は、空中で狂ったように踊っていた大将首のど真ん中を正確に射抜いた。
バキンという硬い殻が弾け飛ぶ音が、分厚い装甲越しに聞こえてくる。
ビームを放つ蜂型のバケモノ、アルヴィアの太い胴体が、青い光の熱量に耐えきれずにドロドロと溶け落ちた。
緑色の体液が沸騰し、空中で派手に撒き散らされる。 機体の換気ファンから、強烈な酸っぱい悪臭と焦げた肉の匂いが一気に吹き込んできた。
思わず顔をしかめ、丸いサングラスの奥で目を細める。
爆発の衝撃波が広場を駆け抜け、視界を遮っていた土煙をきれいに吹き飛ばした。
空中でバランスを崩した大将首の残骸が、火花を散らしながら地面へと真っ逆さまに墜落していく。
ズシンという鈍い音とともに、黒と黄色の塊は完全に動かなくなった。
俺は息を詰め、メインモニターの映像をじっと睨みつける。 大将首を失った瞬間、戦場に奇妙な変化が起きた。
さっきまで俺の機体に群がろうとしていた無数の雑兵たちが、ピタリと動きを止めたのだ。
ジジジジと不快に鳴り響いていた羽音が、一斉にトーンダウンする。 まるで、見えない糸で操られていた人形の糸が、プツリと切られたかのようだった。
不気味な静寂が広場を包み込む。
俺は両足のペダルから少しだけ力を抜き、いつでも回避行動に移れるように警戒を解かずに待った。
数秒後。 一匹の蜂が、フラフラと明後日の方向へ飛び去っていった。
それを合図にしたかのように、残りの雑兵たちもバラバラの方向へ逃げ始める。
軍隊のように統率の取れていた動きは、もうどこにもない。
ただの虫の本能に従って、命の危機から散り散りに逃げ出しているだけだ。
「終わったんか」
肺に溜まっていた熱い空気を、口から細く長く吐き出す。
背中にびっしりと張り付いていた冷や汗が、コックピットの空調の風で急に冷たく感じられた。
散っていく群れの向こう側へ、俺は視線をスライドさせる。
崩れた石壁の向こうで、一つの大きな影が森の暗がりへと逃げ込もうとしていた。
さっき牽制射撃で追い払った、もう一匹のビーム機もだ。
あいつの尻には、まだあの赤い光を放つ砲身がしっかりとくっついている。
俺は左手の操縦桿のトリガーに再び指をかけようとした。 だが、メインモニターの端で赤いランプが点滅しているのに気がつく。
たった今撃ち放った最大出力の一撃で、ハンドガンはオーバーヒートしていた。
もう一つの銃は、もうさっき地面に捨ててしまっている。
俺の機体には、あいつの背中を撃ち抜くための牙がもう残されていなかった。
森の奥へ消えていく異形の影を、ただ静かに見送るしかない。
仕留め損ねたという事実が、胃の奥に冷たい鉛のような重さを残す。
銃の冷却音だけが、誰もいなくなった広場に響き渡っていた。




