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4話:Two Options ~分岐点の日~

挿絵(By みてみん)


人生を後から振り返ると、ここが分岐点だったなと思う日がある。 まさに今日はそんな日だった。


首に巻いたタオルで、顎から滴り落ちる汗を無造作に拭う。

ガンガンに冷えた空調の風が、火照った肌に当たって心地いい。

息を深く吸い込むと、自分の汗の匂いと、コックピット特有の乾いた機械油の匂いが鼻腔をくすぐった。


「ほんま、誰もおらんとか、どういうこっちゃねん」


俺、ラキ・ツァイガーは、誰もいない薄暗い空間に向かって一人ごちた。

いつもなら耳障りなくらい賑やかな格納庫が、今日は不気味なほど静まり返っている。

おやっさんも、シルヴィアさんも、ユミィも、揃いも揃って留守だ。

綺麗に誰もいない。 見事なまでの空き家状態である。


暇を持て余した俺は、いつもの日課であるランニングに時間を費やした。 話し相手もいないし、仕事もない。

結局、普段の倍近い距離を走ってしまい、いつも以上に体力を消耗する羽目になった。


俺は重い足取りで自分の機体のコックピットに潜り込み、パイロットシートにどっかりと腰を下ろした。

電源の落ちた真っ暗なメインモニターが、鏡の代わりになって俺の姿を映し出している。


そこに映っているのは、センター分けにした少し長めの黒髪だ。 無造作に遊ばせた毛先が、冷風に揺れている。

目元には、少し色の入った丸い紫色のサングラスを乗せている。

白いワイシャツの袖は肘までラフに捲り上げてあり、黒いサスペンダーが肩に食い込んでいた。

下半身は動きやすい黒のズボンという格好だ。

モニターの中の俺は、どこか斜に構えたような、ニヒルな薄笑いを浮かべていた。


「我ながら、ええ男やな」


冗談めかして呟きながら、俺はシートの背もたれに深く体重を預けた。

両足を真っ直ぐに伸ばし、足元にある左右のペダルにブーツの底を乗せる。

電源が入っていないから、ペダルを踏み込んでも機体の足が動くことはない。 ただの硬いバネの反発力が、足の裏に伝わってくるだけだ。


俺は気怠い動作で右腕を前に伸ばし、右手の操縦桿のグリップに指を這わせた。 機体の右腕の動きを制御するための、手垢のついた黒いレバー。

親指で安全装置のスイッチを撫でてみるが、カチカチという虚しいプラスチックの音が鳴るだけだ。


おやっさんたちは、いつ帰ってくるんやろか。 ユミィの奴、またどこかでガラクタでも拾って喜んでるんちゃうか。

頭の中でそんなとりとめのないことを考えながら、俺は操縦桿を意味もなく手前に引いてみたり、奥へ倒してみたりした。


静かすぎる。 ランニングで上がった心拍数がゆっくりと落ち着いていくにつれて、得体の知れない違和感が胸の奥に広がってきた。

ただの留守番。 ただの退屈な一日。 それなのに、空気の底がざわざわと波立っているような奇妙な感覚がある。


俺はふと、操縦桿から手を離し、モニターの横にある小さな窓から外の景色に目を向けた。

青すぎる空が、格納庫の入り口の向こう側に広がっている。 嵐の前の静けさというやつやろか。 ニヒルな笑いを消し、俺は丸いサングラスの奥で目を細めた。


ーーーーーーーーーーーーー


誰もいない格納庫の空気は、やっぱりどこか落ち着かない。 俺はパイロットシートからゆっくりと立ち上がった。

背中を大きく反らせて伸びをすると、背骨がボキボキと鈍い音を立てる。 クーラーの冷たい風が、汗の引いた首筋を撫でていった。


仕事は自分で取りに行くものや。 誰かが親切に運んで来てくれるわけやない。 俺は丸い紫色のサングラスを指先で少し上に押し上げた。


オンラインのネットワークを叩けば、でかい報酬の仕事はいくつかはあるだろう。

しかし手堅く日銭を稼ぐような細かい仕事は、やっぱり自分の足で探すに限る。

街にあるギルドの受付窓口に顔を出して、紙の依頼書を一枚ずつめくる。 昔ながらのやり方やけど、それが一番確実なんや。


俺たちのチーム、アヴェントゥラは現在全員が絶賛お出かけ中だ。 俺一人で留守番をしていても一銭の得にもならない。

とりあえず、この愛艦チュラクシスの戸締まりをしっかりして、街まで出かけるとするか。


メインコンソールのパネルを操作し、船のハッチのロック機構を順番に作動させる。

ガコン、ガシャンと、分厚い隔壁が閉じる重い音が船内に響き渡った。 ロック完了の緑色のランプが点灯したのを確認する。 これでよし。


街まで行くなら、当然あいつの出番や。 俺は格納庫の奥に鎮座する自分の愛機へと歩き出した。

ブーツの底が金属の床を叩く、カンカンという乾いた音がやけに大きく聞こえる。


機体の足元に辿り着き、見上げる。 艶消しの装甲が、格納庫の薄暗い照明を鈍く反射していた。

俺は手のひらで、冷たい金属の表面をペタペタと撫でる。 ざらついた汚れは一切なく、驚くほど滑らかな感触が指先に伝わってきた。


鼻を近づけると、新しく交換されたばかりの上質な機械油の匂いがする。

「さすがユミィやな。メンテもバッチリやん」 俺は自然と口元を緩めた。

誰もいないのに、つい独り言が漏れてしまう。


タラップを身軽に登り、ハッチからコックピットの中へ潜り込んだ。 狭い空間に、シートの革とオイルの匂いが濃密に詰まっている。

いつもの自分の居場所だ。 シートに深く腰を下ろし、ベルトをカチャリと締める。


両足を真っ直ぐに伸ばし、足元のペダルに革ブーツの底を押し当てた。 試しに右足のペダルを軽く踏み込んでみる。

引っ掛かりは全くなく、スッと滑らかに奥まで沈み込んだ。 機体の足の動きを制御するこのペダル周りは、少しでも遊びがあると命取りになる。 ユミィの調整は、ミリ単位で完璧だった。


俺は満足して、今度は両手を前に伸ばした。 機体の両腕を動かすための、左右の操縦桿。 黒いグリップを握り込むと、手に吸い付くようなしっくりとした感触があった。 手垢のついていた表面の合皮まで、綺麗に磨き上げられている。


右手の操縦桿を軽く手前に引いてみた。 起動前だから機体は動かないが、内部のシリンダーが抵抗なく連動しているのが分かる。 これなら、細かい作業から派手な立ち回りまで、俺の思い通りに動いてくれるはずだ。


メインスイッチに指をかけ、力強く押し込む。 低い唸り声と共に、コックピット内の計器類が一斉に青い光を放ち始めた。

「さあ、行こか」

俺はニヤリと笑い、丸いサングラスの奥で目を細めた。


ーーーーーーーーーーーーー


メインコンソールのスイッチを、親指で力強く押し込む。 低い起動音が鳴り響き、コックピット内の計器類が一斉に青い光を放ち始めた。

クーラーの冷たい風が吹き出し、新しい機械油の匂いが狭い空間を満たしていく。 俺の機体、ギエルレウが長い眠りから目を覚ました瞬間だ。


正面のメインモニターに、外部カメラの映像がパッと映し出される。 格納庫の分厚い防爆扉の金属表面に、ギエルレウの姿がうっすらと反射していた。

深い青と、鮮やかな白のツートンカラー。 無駄な装甲を極限まで削ぎ落とした、細身で引き締まったシルエットだ。


頭部には、前方に鋭く突き出した二本角のようなアンテナがある。 肩の装甲も風を切り裂くように尖っていて、機体全体がまるで鋭利な刃物みたいな形をしている。

いかにも機動力が高そうな、俺好みのシャープなデザインや。


俺は両足のつま先で、足元のペダルを軽く踏み込んだ。 シュイィィンという甲高いモーター音と一緒に、ギエルレウのスマートな両脚が滑らかに動き出す。

ペダルの重みはほとんどなく、俺の足首の動きにピタリと吸い付くように連動している。 ユミィの完璧な整備のおかげで、足回りの関節に少しの引っ掛かりもない。


そのまま機体をゆっくりと前進させ、格納庫の壁際に設置された武器ラックへと近づく。

ペダルから足を浮かせ、機体をピタリと停止させた。

今度は両手を前に伸ばし、左右の操縦桿のグリップをしっかりと握り込む。


右手の操縦桿を手前に引き寄せながら、手首を少しだけ外側に捻った。 モニターの中で、ギエルレウの両腕がラックに向かって正確に伸びていく。

マニピュレーターの指が、立てかけられていた俺のマシンガンをガシッと掴み取った。 ズシッとした武器の重みが、操縦桿を通して俺の右手に確かな手応えとして伝わってくる。


青と白のカラーリングが施された、俺専用の特注マシンガンだ。

一発一発の弾道がブレないように作られている。 トリガーを引けば、恐ろしい連射速度で敵を蜂の巣にできる代物や。


続いて、左手の操縦桿を動かし、ラックの下段にあるもう一つの武器を手に取る。 こちらは先ほどの銃とは打って変わって、極端に短い銃身を持つハンドガンだ。

接近戦で取り回しやすいように、無駄なパーツを一切省いたコンパクトなフォルムをしている。 これも機体と同じ青と白の塗装で、俺の左手にしっくりと馴染む重さだった。


右手にマシンガン、左手にコンパクトなハンドガン。 ギエルレウの鋭い視覚センサーが、二つの銃口の先にある空間を正確にロックオンしている。

コックピットの画面には、風向きや湿度、距離などの細かい数値が次々と弾き出されていた。


狙撃用に使うような高度なセンサーをフル稼働させながら、マシンガンの弾幕で牽制し、死角に潜り込んでハンドガンを急所に叩き込む。

それが俺の、中距離から近距離を行き来する泥臭い戦闘スタイルだ。


なんでそんな非効率なことをするのかって。

決まってる。 昔、俺に戦い方を教えてくれた師匠が、そういう戦い方をする人やったからや。

敵の弾雨の中を紙一重でかわし、古めかしい銃を射するあの背中。 俺はどうしても、あの人の戦い方に近づきたかった。


「さあて、行くでギエルレウ」


俺は独り言を呟き、足元のペダルを深く踏み込んだ。 格納庫のゲートがゆっくりと開き、外の強烈な太陽の光がコックピットに差し込んでくる。

視界が白く飛ぶほどの眩しさの中へ、青と白の機体が大きく足を踏み出す。 ズンッと重い足音が響き、細かい砂埃が風に乗って舞い上がった。


照りつける熱気は分厚い装甲に遮られ、俺の肌には届かない。 クーラーの効いた快適な操縦席で、俺は丸いサングラスの位置を指でクイッと直した。

両手の操縦桿を握る手に、少しだけ力を込める。

今日こそは、面白い仕事を見つけてやらんとな。


ーーーーーーーーーーーーー


ギエルレウを街の入り口にある駐機スペースに停め、俺はコックピットのハッチを開けた。 顔を出した途端、砂混じりの熱風がまとわりついてくる。

首に巻いたタオルで汗を拭いながら、機体から伸びるタラップを軽快に降りた。 ブーツの底から、太陽に焼かれた石畳の熱がじわりと伝わってくる。


目指すのは、広場の隅にある古びた建物だ。 入り口の重い木の扉を押し開けると、頭上で真鍮のベルがカランと甲高い音を立てた。

中は薄暗く、外の熱気が嘘のようにひんやりと冷えている。 安い葉巻の煙と、染み付いた古紙の匂いが鼻を突いた。


建物の奥にある、傷だらけの木製カウンターへ向かって歩く。 そこに座っているのは、ギルドの受付係のおばちゃんだった。

口元から紫色の煙を吐き出しながら、分厚い帳簿に何かを書き込んでいる。 俺はカウンターに両肘をつき、サングラスの奥からおばちゃんを見下ろした。


「おばちゃん、今日明日でにパッと終わるような短期の仕事、なんかあらへんか」


俺が声をかけると、おばちゃんはペンを止めてゆっくりと顔を上げた。

眉間にシワを寄せ、俺のラフなワイシャツ姿を上から下までジロジロと眺める。

そして、鼻で短く笑いながら安いタバコを灰皿に押し付けた。


「クレティさんやシルヴィア嬢ちゃんならさておき、ラキならこの程度だな」


おばちゃんはカウンターの下をごそごそと漁り、二枚の紙を取り出した。 ザラザラとした質感の紙が、俺の目の前に滑り出てくる。

俺はサングラスを少しずらし、一枚目の紙を手に取った。 指先に、乾いたインクの感触が伝わる。


一つ目の依頼書には、軍の紋章が押されていた。 内容は、脱走兵の探索と抹殺。 逃げ出した兵士を追いかけ、処分して証拠の品を持ち帰るというものだ。

報酬の金額は、そこそこ悪くない数字が書かれている。


こういう仕事は、どうにも性に合わない。 背中を向けて逃げるだけの人間を撃つなんて、俺のやりたいことじゃない。

師匠が教えてくれた戦い方は、そんなくすんだ真似をするためのものやないんや。


気を取り直して、もう一枚の紙を手に取る。 こちらは少し泥の汚れがついた、田舎の村からの依頼書だった。

内容は、村の近くに巣を作った親蜂のアルヴィアの駆除。 アルヴィアというのは、この世界に蔓延る凶暴な機械生物たちの総称だ。

親蜂ということは、かなり巨大で厄介な羽虫の化け物だと予想がつく。


泥臭くて、危険で、報酬もさっきの仕事よりだいぶ安い。

だけど、村を襲うバケモノを退治する方が、俺の流儀には合っている。 自分の銃を抜く理由として、村を守るという目的は絶対に自分に恥じない。

俺は胸の奥が少しだけスッとするのを感じて、ニヤリと笑った。


「こっちの蜂退治の仕事、俺がもろていくわ」


俺が紙をヒラヒラと振ると、おばちゃんは呆れたように大きなため息をついた。 物好きだなと呟きながら、受付の受領印を乱暴に書類へ押し付ける。 俺は依頼書を丸めてズボンのポケットに突っ込み、背中越しに手を振ってギルドを出た。


再び外の熱気の中へ飛び出し、駐機スペースのギエルレウを見上げる。 青と白の装甲が、ギラギラとした太陽の光を反射していた。 俺はタラップを駆け上がり、開け放たれたハッチからコックピットへと滑り込む。 シートに腰を下ろすと、新しい機械油の匂いが俺を出迎えてくれた。


シートベルトを締め、両足を真っ直ぐに伸ばす。 足元にある左右のペダルに、ブーツの底をしっかりと押し当てた。

両手を伸ばし、機体の両腕を操るための操縦桿を握り込む。 黒い合皮のグリップが、手のひらにしっくりと馴染んだ。


右足のペダルを軽く踏み込むと、ギエルレウの右脚が滑らかに前へ踏み出す。機体を旋回させて街の出口へと向ける。

ペダルの遊びは全くなく、俺の足の動きと機体の歩みが完全にリンクしていた。 両手の操縦桿を手前に引き、機体の姿勢を低く保ちながら速度を上げる。


依頼書に書かれていた村は、ここからだいぶ離れた山合いにある。 俺はコンソールの計器に目を配りながら、足元のペダルをさらに深く踏み込んだ。


ーーーーーーーーーーーーー


青と白の愛機を、輸送トラックの荷台へ乗せる。 俺はギエルレウのコックピットに座り、両足のペダルを慎重に踏み込んだ。

重い装甲の足音で鉄板のタラップがぐわんぐわんと大きく軋む。

両手の操縦桿を軽く手前に引き、バランスを崩さないように機体の両腕を少しだけ前に出して重心を保つ。

荷台のど真ん中でペダルから足を浮かし、機体をピタリと停止させた。


メインコンソールのスイッチを切り、俺は機体からトラックの運転席へと移動する。

トラックの座席は黒いビニール製で、太陽の熱をたっぷり吸い込んでいてたまらなく熱かった。

背中を預けると、白いワイシャツ越しにじわりと汗が滲んでくる。 キーを回すと、古いエンジンがブルンと元気な唸り声を上げて目を覚ました。


窓を全開にしてアクセルを踏み込む。

乾いた風が運転席を勢いよく吹き抜け、俺のセンター分けの髪をバサバサと揺らした。 ディーゼル油の焦げた匂いと、土埃の匂いが混ざり合って鼻をくすぐる。

俺はこのトラックを運転する時間が、わりと嫌いじゃない。

むしろ、誰にも邪魔されずに気ままにハンドルを握るドライブはかなり好きな方や。


「ええ天気やな。絶好の仕事日和やで」


丸い紫色のサングラスを指で少し押し上げ、俺は鼻歌交じりに大きなハンドルを回した。 目的地である村までは、ここから数時間の道のりだ。

まっすぐ突っ切れば一番早いんやけど、進行方向には巨大な森が広がっている。

鬱蒼と茂る太い木々と、日の光が届かないぬかるんだ土。 あんな場所にこの重いトラックで突っ込んだら、一瞬でタイヤが足を取られて立ち往生してしまう。


だから俺は、森の外周に沿うように大きく迂回するルートを選んだ。

右側の窓の外には、どこまでも続く濃い緑の壁が見えている。 森の奥は黒く塗りつぶされたように真っ暗だ。

その気味が悪いほどの暗闇を横目に見ながら、ガタガタと大きく揺れる未舗装の道をひたすら走り続ける。


出発してから数時間ほど経った頃いくつかの奇妙なシルエットが見えた。

俺は少しだけアクセルから足を浮かせる。 崩れ落ちた石積みの壁。 屋根が抜け落ちて、骨組みだけが剥き出しになった木の家。 人の気配は全くなく、ただ風が吹き抜けるだけの完全な廃墟だった。


一つだけやない。 そこからさらに小一時間ほど走る間に、同じような廃墟の村をさらに二つ見かけた。

焼け焦げたような黒い跡が残る柱や、何か巨大な力で上から叩き潰されたような瓦礫の山が見えた。 背筋を冷たいものがスッと撫でていくのを感じる。


俺はハンドルを握る手にぐっと力を込め、少しだけトラックの速度を上げた。


さらにしばらく走り続け、ようやく目的の村を示す古い木の看板が見えてきた。 傾いた看板の横を通り過ぎ、俺はブレーキペダルを深く踏み込む。 キィィという甲高い摩擦音と共に、トラックが土埃を大きく巻き上げて停止した。


エンジンを切ると、周囲は急に不気味なほどの静寂に包まれた。 風の音と、森の木々がザワザワと擦れる音しか聞こえない。 俺はトラックの窓から身を乗り出し、サングラス越しに村の様子をぐるりと見渡した。


出迎えてくれるはずの村人の姿は、どこにも見当たらない。 それどころか、視界に入る家々の窓ガラスは割れ、木の扉は蝶番から外れて地面に転がっている。

道端には、車がひっくり返ったまま放置されていた。 ついさっき通り過ぎてきた、あの廃墟の村々と全く同じ空気が漂っている。


「おいおい、冗談きついわ」


俺の口から、乾いた声がポツリと漏れた。 依頼のあった村は、すでに死にかけている。

俺の到着を待たずに、あの親蜂のバケモノが全てを壊してしまった後なんやろか。 それとも、まだどこかの家の中に生存者が隠れて息を潜めているのか。


ただの蜂退治の仕事のはずが、なんだかひどく厄介なことになっている気がする。 俺はワイシャツの袖を捲り直し、トラックの金属のドアノブに手をかけた。


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