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20話:Weight of the Shell 〜重装解放〜

「今一番気をつけることはね」


通信機からシルヴィアさんの静かな声が響いた。

ルベルジンカミシモのコクピットはサウナのように熱い。

俺は額から流れ落ちる汗を顎で拭い、両手の操縦桿を強く握り直した。


フロントモニターの向こうで、シルヴィアさんのフラウスレイが動いた。

機体の右腕が手前に引かれる。

シュルルルとワイヤーが巻き取られる甲高い駆動音が、俺の機体まで聞こえてくる。


ボスリノセロスの分厚い背中の装甲。

そこに深々と突き刺さっていた巨大な十字の手裏剣が、ワイヤーに強く引かれてガコンと抜け落ちた。

傷口から赤黒い血が間欠泉のように噴き出す。

フラウスレイは引き抜いた手裏剣を砂埃とともに素早く回収し、再び手元へと構え直す。


俺は両足のペダルを小刻みに踏み替え、ルベルジンの機体を左へとスライドさせた。

ボスの正面から軸をずらし、扇状に展開していく。

右側では、ラキのギエルレウが機敏に動いていた。


「そら、こっちや」


ラキがホバーの噴射音を響かせながら、ボスの側面へ大きく回り込む。

細かくハンドガンのトリガーを引いていた。

ダダダッと乾いた発砲音が荒野に響き渡る。

大きなダメージを狙う攻撃ではない。

ボスの注意をこちらへ釘付けにするための、チクチクとした牽制攻撃だ。

火花がボスリノセロスの硬い表皮で散る。


俺は油断なくペダルに足を乗せたまま、シルヴィアさんの言葉の続きに耳を澄ませた。


「あいつが私たち三機との戦闘を放棄することよ。真っ直ぐに掘削場へ向かい、エネルギー補給を最優先されたら、それが一番まずい事態になるわ」


ハッと息を呑んだ。

ボスリノセロスは極限の空腹状態だ。

執拗に攻撃を繰り返す俺たちを鬱陶しく思い、相手をするのをやめるかもしれない。

そして、施設を食い破ることを優先する。

その可能性は十分にあり得た。


もしそんなことになれば、地下で動けなくなっている八十九名の作業員たちが危ない。

それどころじゃない。 あいつには異常な自己再生能力があるのだ。

あんな巨大な施設を丸ごと食い荒らし、膨大なエネルギーを補給されてしまえばどうなるか。


今まで俺たちが命懸けで削り取ってきたダメージが、すべて水の泡になる。

傷が完全に塞がり、再び無傷の化け物が誕生してしまうのだ。

限界を迎えている俺たちの機体で、もう一度最初から戦い直すことなど絶対に不可能だ。


「だから、ここは絶対に譲れないわ」


フラウスレイの左腕から、もう一本のワイヤーが足元の地面へ向かって勢いよく射出された。

鋭いアンカーが、砂地に深く突き刺さる。 そして真横へと素早くスライドさせた。


音を立てて、ワイヤーが荒野の砂を深く削り取っていく。

俺たち三機の立ち位置のすぐ後ろ。 巨大な掘削場との間の地面に、真っ直ぐな一本の深い溝が刻み込まれた。


「これが私たちの防衛ラインよ」


シルヴィアさんの声は澄み切っていた。

迷いのない、確固たる決意の表れだった。

この線を一歩でも越えさせれば、すべてが終わると考えるべきだ。


俺はその砂に引かれた境界線を見つめ、両手の操縦桿を胸の前で固く構えた。

絶対に抜かせない。

ルベルジンカミシモの駆動音が、俺の決意に呼応するように力強く唸りを上げた。


ーーーーーーーーーー


右前方で、ラキのギエルレウがホバーを吹かして砂の上を滑る。

横滑りしながら、細かな火線を放っていた。

ダダダダッという銃撃音が、地鳴りの合間を縫って響いてくる。

ビームがボスリノセロスの硬い装甲を叩き、パラパラと無数の火花を散らす。


「ほんでシルヴィアさん、何か作戦はあるんか」


通信機からラキの声が聞こえた。

機体を機敏に動かしながらも、口調には妙な余裕が漂っている。

俺は両足のペダルを浅く踏み込み、ルベルジンカミシモの姿勢を低く保った。 いつでも大剣を振れるように、両手の操縦桿を胸元へ引き絞る。


「少しは自分で考えなさい」


シルヴィアさんの呆れたような声が通信回線に響いた。

フラウスレイもまた、ボスの左側面でワイヤーを素早く巻き取りながら次の動きに備えている。


「あいつに後どれだけダメージを与えれば倒れるか、もう誰にも分からないわ。だから、むやみに攻撃するんじゃなく、確実に弱点を狙う必要がある。その弱点は三つよ」


三つの弱点。

俺はコクピットの熱気に耐えながら、これまでの死闘を頭の中で振り返った。

あの分厚く硬い装甲の隙間。

俺たちの武器が確実に届く場所。


「背中の排気ファンだ」

「背中の排気ファンやろ」


俺とラキの声が、通信回線で完全に重なった。

思わず舌打ちが出る。


「おい、真似すんなよ」

「お前が取ったんやが」


こんなギリギリの状況だというのに、俺たちは通信機越しに噛み付いた。

操縦桿を握る手に余計な力が入る。

ラキのギエルレウが、ハンドガンを撃ちながら機体の顔をわずかにこちらへ向けたのが見えた。


「そう」


シルヴィアさんの冷静な声が、俺たちの小競り合いを断ち切った。


「一つ目は背中の排気ファン。そしてあと二つは、二種類の熱線の発射口よ」


熱線の発射口。

俺はボスの恐ろしい攻撃を思い出した。

空間を歪めながら放たれる、あの圧倒的な熱量を持つビーム。

確かに、熱線を放つ直前の発射口は装甲が展開して無防備な状態になる。


「発射口には装甲がないわ。でも、あの細く動き回る尻尾の発射口を、この乱戦の中でピンポイントに狙うのは無理ね」


シルヴィアさんの言う通りだ。 鞭のように荒れ狂う尻尾の先を狙うなど、現実的ではない。

ましてや、俺たちの機体はもう限界に近いのだ。

そんな精密な射撃や攻撃ができる状態じゃない。


なら、残るもう一つの発射口はどこだ。

俺はフロントモニター越しに、砂埃の中で荒い息を吐くボスリノセロスを睨みつけた。

角の下にある、大きく裂けた口。

そこから漏れ出す、異常な熱と赤い光。

呼吸をするたびに、喉の奥でマグマのような光が明滅している。


俺は息を呑んだ。

通信機の向こうで、ラキも小さく息を吸い込む音が聞こえた。


つまり、そういうことだ。

奴が口から最大の熱線を放つ、その瞬間。

大きく開かれた口の中の、無防備な発射口。

そこに真っ向から飛び込み、直接武器を叩き込む。

俺とこいつは、シルヴィアさんの恐ろしい作戦の意図を同時に理解した。


熱気がコクピットの底から這い上がってくる。

ルベルジンカミシモの冷却装置はとっくに限界を超えていた。

息をするたびに、焦げたオイルと自分の汗の匂いが肺に張り付く。

俺は両手の操縦桿を固く握りしめたまま、メインモニターの端に映るフラウスレイを見つめた。


「私の技術では、高いところから背中の排気口にピンポイントで大型手裏剣をぶつけることはできないわ」


通信機から、シルヴィアさんの静かな声が響いた。

あっさりとした、事実だけを告げるトーンだった。


あのシルヴィアさんでも無理なのか。

空中で機体の軌道を捻じ曲げ、寸分の狂いもなくワイヤーを鉄骨に突き刺すあの人が。

俺はフロントモニターの向こうで荒い息を吐くボスリノセロスを睨みつけた。

あいつの背中にある排気ファン。

装甲の隙間にある小さな弱点。

激しく動き回る巨獣の、さらにその背中の小さな的を上空から撃ち抜く。

それがどれほど絶望的な難易度なのか、シルヴィアさんの言葉で嫌というほど理解できた。


「じゃあ、口の中への攻撃はどうなんだ」


俺は両足のペダルを浅く踏み込み、機体の重心を保ちながら口を開いた。

もう一つの弱点。 あの恐ろしい熱線を放つ、巨大な口の中にある発射口だ。


「突進か、主砲か。もし口からビームを撃とうとした場合、あいつは必ず大口を開ける。私たちが攻撃を叩き込めるのは、その瞬間だけよ。そこしかチャンスはないの」

シルヴィアさんの声が、俺の焦りを冷静に冷ますように響く。


つまり、敵が最大の攻撃を仕掛けてくるその一瞬の隙を突くしかない。

失敗すれば、機体ごと熱線で跡形もなく消し飛ばされる。

背筋に冷たいものが走った。


「なるほどな」

「なるほど」


俺とラキの声が、通信回線でまたしても綺麗に重なった。

だが、今度は小競り合いは起きなかった。

お互いに、もう軽口を叩く余裕すらなかったからだ。

やるべきことは完全に決まった。


ーーーーーーーーー


俺は左足のペダルを深く踏み込んだ。

ルベルジンカミシモの機体が、ズンと重い音を立てて半歩前に出る。

両手の操縦桿を胸元に引き絞り、ボロボロになった大剣を真正面に構え直した。


俺はコクピットの中で、誰にも聞こえないように心の中で思う。

それなら、俺があいつの攻撃対象になればいい。

ボスリノセロスが口から熱線を撃つ時、必ず誰かに狙いを定めるはずだ。

その標的が俺であればいいのだ。

真正面からあの巨大な口の中へ飛び込み、この大剣を喉の奥底まで突き立ててやる。

俺のルベルジンカミシモの攻撃が、今この三機の中で最も重く、最も巨大なダメージを与えられるからだ。

俺がとどめを刺す。


俺が覚悟を決めてアクセルペダルに力を込めたその時だった。

右側の視界で、ラキのギエルレウがホバーの噴射音を高く鳴らして前に出た。

俺のルベルジンと肩を並べる位置まで進み、右腕のハンドガンを真っ直ぐにボスの顔面へと向ける。


ラキもまた、薄暗いコクピットの中で同じ決意を固めていたようだ。

あいつが狙う標的が、俺であればいい。

ラキは心の中でそう結論づけていた。

ギエルレウのハンドガンの最大出力。

一撃の重さではヒカリの大剣に劣るかもしれない。

だが、あの激しい戦闘の中で、口の中の小さな発射口を最も正確に撃ち抜けるのは俺の射撃だけだ。

だから俺が標的になり、真正面から撃ち抜く。

無言のまま、ハンドガンの出力ゲージを最大まで引き上げていた。


俺は横目でギエルレウの無謀な前進を見た。

こいつ、何で前に出てきているんだ。

俺はあいつも俺の考えなど知る由もなかった。

同時に最前線へ進み出ていた。


「来るわよ」


シルヴィアさんの鋭い警告が響く。

前方の砂埃が爆発的に吹き飛んだ。

ボスリノセロスが四肢を大きく開き、頭を天に向けて振り上げる。

角の下で、巨大な顎がゆっくりと開かれようとしていた。

喉の奥から、太陽のように眩しい赤黒い光が漏れ出し、周囲の空気を歪めていく。


来た。

俺は両足のペダルを床が抜けるほど強く踏み込んだ。

隣でギエルレウのホバーが甲高い悲鳴を上げて加速する。

俺たちは互いの考えを知らないまま、全く同時に、死の光が漏れる巨大な顎の正面へと突っ込んでいった。


空気を激しく震わせるような巨大な音が響き渡る。

ボスリノセロスの咆哮だ。

角を振り乱し、天に向かって吠え立てる。

その凄まじい音波が、ルベルジンカミシモの分厚い装甲をビリビリと震わせた。

コクピットのシート越しに、俺の内臓まで揺さぶられるような重い振動が伝わってくる。


ボスの大きく開いた口の奥。

そこには赤黒い光がマグマのように渦を巻き、今にも溢れ出そうとしていた。

来る。

あの極大の熱線が放たれる。


俺はその耳障りな咆哮を、開戦の合図として受け取った。

両足のメインペダルを床の底まで一気に踏み抜く。

背部のメインスラスターが爆発的な推進力を生み出し、シートが背中を強く押し潰してきた。

焦げ臭いオイルの匂いがコクピットに充満する。

俺は顔にまとわりつく熱気など気にも留めず、両手の操縦桿を力強く握りしめた。

ルベルジンの巨体が、正面のボスリノセロスに向かって猛然とダッシュする。


ボスリノセロスの巨大な顎の右側。

そこから俺が大剣を構えて突っ込む。

俺が喉の奥深くにこの剣を突き立てる。

そう決意して砂を蹴り立てた瞬間だった。


左側の視界で、甲高い駆動音が鳴り響いた。

ホバーユニットが荒野の砂を激しく巻き上げる独特の音だ。

ラキのギエルレウだった。


こいつ、なんで俺と全く同じタイミングで前に出ているんだ。

俺は思わず目を見開いた。

作戦の打ち合わせなんて一切していない。

だというのに、ギエルレウは俺と完全に肩を並べる速度で突進していた。

あいつはボスの左側。 俺とは反対の方向から、右腕のハンドガンを真っ直ぐに突き出し、ボスの顔面目掛けて滑るように迫っていく。


「ちょっと、二人とも何やっているの」


通信機から、ひどく焦ったような声が飛び込んできた。

シルヴィアさんだ。

フロントモニターの端、ずっと高い位置にフラウスレイの姿が見えた。

後方の巨大な掘削機の上に陣取っている。

高い場所から冷静に戦況を見ていたはずのシルヴィアさんが、明らかな戸惑いの声を上げていた。


無理もない。

俺とこいつは、お互いに自分が弱点を突くつもりで飛び出したのだ。

だが、そんな考えを口に出して共有したわけじゃない。

結果として、何も告げずに二機が左右から同時に特攻を仕掛けるという、端から見れば完全に狂った連携になっていた。


俺はペダルを踏み込む足を一切緩めなかった。

今さら止まれるような速度じゃない。

両手の操縦桿をさらに手前へ引き絞る。

ルベルジンの右腕が連動し、ボロボロになった大剣の切先をボスの巨大な口へと真っ直ぐに向けた。

左側からは、ラキのギエルレウがホバーを吹かして猛スピードで迫る。


その時、正面のボスリノセロスの動きがピタリと止まった。

大きく口を開け、まさに熱線を吐き出そうとしていた巨体。

その濁った小さな眼球が、右へ左へと忙しなく動くのが見えた。


あいつは戸惑っていた。

極限の空腹と怒りに任せて、目の前の敵を熱線で焼き払うつもりだったのだろう。

だが、その最大の標的となるはずの敵が、右からルベルジンカミシモ、左からギエルレウと、全く同時に二方向から突っ込んできたのだ。


右の剣を構えた機体を狙えばいいのか。

それとも左の銃を構えた機体を狙えばいいのか。

ボスリノセロスの思考が、ほんの一瞬だけ完全にショートしたのが分かった。

喉の奥で渦巻く赤黒い光が、行き場を失って不気味な明滅を繰り返している。


巨大な顎が開かれたまま、熱線の発射がわずかに遅れた。

俺たちの無計画な同時突撃が、偶然にも化け物の動きを止めたのだ。

勝機は、この一瞬しかない。


踏み込んだ両足のペダルから、機体の重みがダイレクトに伝わってくる。

俺は両手の操縦桿を右から左へ、渾身の力で振り抜いた。

ルベルジンカミシモの右腕が連動し、ボロボロの大剣が空気を切り裂く。

狙うは巨大な口の中。

だが、ボスリノセロスが二機同時の突撃に戸惑い、反射的に頭を逸らした。

大剣の切先は開かれた口を僅かに外れる。

そのまま、奴の分厚い右肩の装甲に深く食い込んだ。

硬い岩盤を叩いたような強烈な衝撃が、操縦桿を伝って俺の手首をひどく痺れさせる。

鉄が焼け焦げる嫌な匂いが、フィルター越しにコクピットへ流れ込んできた。


同時に、左側から鼓膜を破るような鋭い発砲音が轟いた。

ラキだ。

視界の端で、ギエルレウの右腕が真っ直ぐに伸びているのが見えた。

銃口から放たれた最大出力の閃光が、ボスの左肩に直撃する。

あいつもまた熱線の発射口を狙ったはずだ。

だが、標的が動いたことで、その強烈な光弾は肩の装甲で弾け飛んでいた。


左右の肩に全く同時に叩き込まれた重い一撃。

ボスリノセロスは地鳴りのような低い唸り声を上げ、その巨体を大きく揺らした。

太い四肢が赤黒い砂を激しく削り飛ばす。

持ち堪えられず、ズルズルと数歩後退していく。

舞い上がった大量の砂埃が、フロントモニターの視界を茶色く覆い隠した。


「ん?」


ノイズの混じる通信機から、シルヴィアさんの短い声が聞こえた。

疑問符のついた、微かな声だった。

後方の巨大な掘削機の上。

そこから戦場全体を見渡している彼女が、今の攻防の何を見てそう呟いたのか。

俺には全く分からない。

モニターの奥で、フラウスレイはワイヤーを構えたまま静かに佇んでいた。


俺は両足のペダルに力を込め、機体の姿勢を低く保つ。

ルベルジンカミシモを一歩も後ろへ下げるつもりはなかった。

俺はあいつが口から放つ主砲を待っている。

巨大な熱線を誘い出し、その瞬間に喉の奥を貫く。

だから、この危険な射程圏内から離れるわけにはいかないのだ。

あいつが態勢を立て直し、怒りに任せて再び大口を開く瞬間だけを狙う。

熱気で滑る操縦桿を強く握り直し、大剣をいつでも突き出せるように構えた。

コクピットの温度計はとっくに危険域を指している。

流れる汗が目に入って痛いが、瞬きすら惜しかった。


砂煙の向こうで、黒い巨獣の影が動いた。

来る。

俺は全身の筋肉を強張らせた。

だが、俺の期待は完全に裏切られた。


熱線を放つ前に必ず起こる、あの喉の奥の赤黒い発光が見えない。

異常な熱も感じない。

代わりに聞こえてきたのは、太い筋肉と骨が激しく軋むような不気味な重低音だ。


ボスリノセロスは大きく開いていた口を固く閉ざしていた。

そして、角を地面スレスレまで深く下げる。

前足の爪が荒野の砂を深く掘り返した。

後ろ足の異様に発達した筋肉が、大きく膨れ上がっていくのが見える。


突進攻撃の溜めだ。

俺は思わず息を呑んだ。

主砲じゃない。

この至近距離から、あの規格外の巨体で体当たりを仕掛けてくる気だ。


俺は咄嗟にペダルを踏み替え、大剣を盾のように前面へ構えようとした。

だが、モニター越しにボスの顔面を捉えた瞬間、俺の動きが止まる。

奴の濁った小さな眼球は、俺のルベルジンを全く見ていなかった。

深く下げられた巨大な角の切先も、俺の方向からは完全に逸れている。


左側を向いている。

狙いは俺じゃない。

俺の横に並んでいる、ラキのギエルレウだ。


ラキも即座に自分への殺気に気がついたようだ。

ギエルレウの足元から噴き出すホバーの駆動音が、一段と高く鋭い悲鳴に変わる。

ハンドガンを構えていた右腕を下げそのまま両足のペダルを強く踏み込んだのだろう。

機体が真横へと猛烈な速度でスライドしていく。


背後には、あの巨大な掘削場がある。

もしラキが後ろへ下がったり、その場で攻撃を受け止めようとしたりすればどうなるか。

規格外の質量を持った突進に押し込まれ、そのまま背後の施設ごとスクラップにされてしまう。

シルヴィアさんが引いた防衛ラインを、一瞬で突破されてしまうのだ。


だからラキは、ボスの突進の軌道を横へ逸らすために大きく移動した。

ホバーの風圧が赤黒い砂を分厚い壁のように巻き上げる。

ボスの小さな眼球が、横へ逃げるギエルレウを執拗に追いかけて動いた。

太い前足が地面を削り、巨体が標的を追って旋回しようとする。


ドスン、という振動が俺のルベルジンカミシモに伝わってきた。

ボスの足音ではない。

俺のすぐ真横の地面から響いた着地音だ。 驚いて右側のモニターへ視線を向ける。


いつの間に降りてきたのか。

さっきまで後方の掘削機の上にいたはずのシルヴィアさんが、俺のすぐ隣に機体を立たせていた。

剥がれ落ちそうな右半身の装甲が、痛々しく内部のフレームを晒している。

フラウスレイは両腕を体の前で交差させ、低い姿勢で静かに構えていた。


「ラキくん、援護するわ」


通信機から、シルヴィアさんの凛とした声が響いた。


「弾幕は使わずに回避だけして、こっちへ合流しなさい」


指示出しと全く同時だった。

俺の横に立つフラウスレイの両腕が、弾かれたように左右へ大きく開かれる。

両手の操縦桿を限界まで外側へ倒し込んだ動きだ。

シュガガッという鋭い射出音。

フラウスレイの腰部から、二本の太いワイヤーが猛烈な速度で発射された。


漆黒の軌跡が、砂埃の舞う荒野を一直線に切り裂く。

向かう先は、今まさに突進の第一歩を踏み出そうとしていたボスの左後ろ足だ。

太い丸太のような足首に、二本のワイヤーが蛇のように絡みつく。

深く食い込むのではなく、足の動きを外側から縛り付けるような軽い巻き付き方だった。


ボスの巨体がビクンと跳ねた。

突進のために限界まで力を溜め込んでいた左後ろ足。

その爆発的な踏み込みの瞬間に、ワイヤーの張力が絶妙なタイミングで干渉したのだ。


ほんのわずかな力のズレ。

だが、その小さな違和感が、超質量を持つ巨体のバランスを崩した。

ズガンと重い音を立てて、ボスの左後ろ足が砂地を滑る。

狙いすました突進の軌道が、大きく外側へと逸れていった。

ボスの頭が下がり、空振りの体勢で前のめりにバランスを崩す。


「了解や」


通信機からラキの短い声が聞こえた。

ボスの足がもつれたその一瞬の隙を、ラキは見逃さなかった。

攻撃を一切捨て、両足のペダル操作だけに全神経を集中させた動きだ。


ホバーの噴射口が火を噴き、ギエルレウの機体が大きく傾く。

荒野の砂をスケートのように滑りながら、美しい半円の軌道を描いて急旋回した。

体勢を崩して唸るボスの横をすり抜け、凄まじい風圧とともに俺たちの元へ帰還する。


ギエルレウが急ブレーキをかけ、俺のルベルジンとシルヴィアさんのフラウスレイの間に滑り込んだ。

甲高いホバーの音が徐々に落ち着き、アイドリングの低い駆動音へと変わっていく。

再び三機が、あの防衛ラインの前で綺麗に横一列に並び立った。


俺はコクピットの熱気を肺いっぱいに吸い込み、正面のモニターを睨みつける。

体勢を崩したボスリノセロスが、怒り狂ったように巨大な角を振り回して立ち上がろうとしていた。


戦場には再び、焦げた匂いと重い駆動音が満ちていた。 化け物の息の根を止めるチャンスは、必ずもう一度来る。


ーーーーーーーーー


荒野を覆っていた分厚い砂埃が、風に流されて少しずつ晴れていく。

ルベルジンカミシモのコクピットは相変わらず蒸し風呂のように熱い。

俺は顎から滴り落ちる汗を無視し、正面のモニターから視線を外さなかった。

体勢を崩したボスリノセロスが、太い足で砂を踏み鳴らしてこちらを睨みつけている。

防衛ラインの前に俺たち三機が並び立ち、戦場に一時の静寂が訪れた。


「さっきの攻撃優先順位の仮説を覚えている?」


通信機からシルヴィアさんの声が響いた。

こんな状況でも全く焦りのない、いつも通りの静かなトーンだ。


「ああ、もちろん」


俺は足元のペダルに力を込めたまま即答した。


「当たり前や」


通信回線に、ラキのニヒルな声も重なる。

一番大きなダメージを与えてくる相手を、あいつは最優先の標的として狙う。

それが、これまでの戦闘から俺たちの導き出した仮説だった。


「じゃあね」


シルヴィアさんが言葉を続ける。

右側のモニターの奥で、フラウスレイが機体の右腕を上げた。

回収した巨大な十字の手裏剣を、再び手元でしっかりと構え直すのが見える。


「もし、私たちが全く同時に大きい攻撃をあいつに決めたらどうなると思う?」


シルヴィアさんの問いかけに、俺は両手の操縦桿を握る手にぐっと力を込めた。


「良い予想は、あいつが誰を狙うべきか迷い、標的を定められなくなること。誰も狙われないまま、こちらが一方的に攻撃を続けられるわ。

悪い予想は、あいつの思考が完全に混乱して、手当たり次第に無差別攻撃を仕掛けてくることね」


俺は熱気のこもるコクピットの中で深く頷いた。

さっき、俺とこいつが左右から全く同時に突っ込んだ時のことだ。

通信機越しに、シルヴィアさんが短く疑問の声を漏らしていた。

彼女があの時に抱いた疑問は、それだったのか。

敵の思考をバグらせる。

あの偶然起きた敵の硬直を、今度は意図的に作り出そうという作戦だ。


「私のフラウスレイの手裏剣は、軌道に乗せるまで時間がかかるわ。2人のタイミングを合わせるのは難しいの」


シルヴィアさんのフラウスレイが一歩前に出た。

機体の重心が深く下がり、大きく振りかぶる投擲の姿勢に入る。

足元の砂が風圧で渦を巻いた。


「だから、私の手裏剣が当たるタイミングに合わせなさい。二人はその瞬間に、最大威力の攻撃を叩き込むのよ」


やるしかない。

俺は両足のペダルを深く踏み込み、ルベルジンの姿勢を限界まで沈み込ませた。

両手の操縦桿を胸元へ強く引き絞る。

機体の右腕が連動し、ボロボロになった大剣の切先が真っ直ぐにボスリノセロスを捉えた。


右の視界では、ラキのギエルレウが機体の右腕を水平に持ち上げている。

ハンドガンの銃身から、高周波の鋭い駆動音が鳴り響き始めた。

機体の出力を最大まで引き上げ、こいつも完全に腹を括っている。


俺たちはただ、シルヴィアさんの放つ手裏剣が飛ぶのを待つ。

コクピットの息苦しい熱も、焦げたオイルの匂いも、今は遠く感じた。

極限の集中力の中で、ルベルジンカミシモの低い駆動音だけが俺の耳に響き続けていた。


「いくわよ」


通信機からシルヴィアさんの短く鋭い声が響いた。

右側のメインモニターの奥で、フラウスレイが大きく動く。

機体の右腕が後ろへ深く引かれた。

巨大な十字の手裏剣を構えたまま、全身のバネを極限まで縮めるような投擲の構えだ。


俺はその動きに完全に同調した。

両足のペダルを床が抜けるほどの力で一気に踏み抜く。

背部のメインスラスターが火を噴き、ルベルジンカミシモの巨体が弾き出された。

強烈な加速による圧力が背中をシートに押し付ける。

焦げ臭いオイルの匂いが鼻をついた。

灼熱のコクピットの中で、俺は両手の操縦桿を力強く握りしめる。

狙うは巨大な化け物の正面だ。


俺の突撃からほんの少し遅れて、左後方から甲高い駆動音が鼓膜を打った。

砂を激しく巻き上げる独特のホバー音。

ラキのギエルレウだ。

俺の機体のすぐ斜め後ろを、滑るように追従してくる。


「完了」


通信機からラキの短い声が聞こえた。

ニヒルな響きの中に、張り詰めた緊張感が混じっている。

ギエルレウの右腕に構えられたハンドガン。

そこから発せられる高周波の駆動音が、ついに頂点に達していた。

エネルギーを極限まで圧縮した最大出力での射撃準備が整ったのだ。


正面のボスリノセロスが、突っ込んでくる俺たちを視界に捉えて小さく唸る。

太い前足が砂を蹴り、巨大な角が不気味に揺れた。


その瞬間だった。

後方から空気を切り裂くような鋭い風切り音が響き渡った。

シルヴィアさんのフラウスレイが、振りかぶった巨大な手裏剣を全力で投げ放ったのだ。


フロントモニターの視界を、黒い影が猛烈な速度で横切っていく。

回転する十字の鋼刃だ。

それは俺のルベルジンカミシモと、ラキのギエルレウが作る空間の間を正確に通り抜けた。

風圧が俺の機体をガタガタと揺さぶる。

金属の擦れるような甲高い音がコクピットを叩いた。


今だ。

俺は両手の操縦桿を、上から下へ渾身の力で振り下ろした。

ルベルジンカミシモの右腕が大きく連動する。

大剣が、空気を叩き割るような重い音を立ててボスの巨体へ迫る。


同時に、左斜め後ろから太陽のように眩しい閃光が炸裂した。

ラキのハンドガンから放たれた最大出力の光弾だ。

目を焼くような光の筋が、荒野の暗がりを一瞬にして真っ白に照らし出す。


右からは俺の大剣の斬撃。

左からはラキの極大の銃撃。

そして中央を通り抜けるシルヴィアさんの手裏剣。

三つの最大火力が、寸分の狂いもない全く同じタイミングで巨大な標的へと襲い掛かった。


ーーーーーーーーーー


振り下ろした大剣がボスの装甲に届く直前だった。

正面のモニターが真っ赤な警告色に染まる。


ボスの巨体が不自然に身をよじったのだ。

奴は俺たちに頭を向けていなかった。

太く強靭な後ろ足を踏み込み、腰を大きく捻っている。

視界の端で、巨大な尻尾の先端が跳ね上がるのが見えた。

その先端にある砲門から、光が溢れ出している。


口からの主砲ではない。

尻尾に備わったもう一つの熱線砲だ。

奴は俺とこいつの同時突撃を迎え撃つために、最も広範囲を攻撃できる手段を選んだのだ。


赤黒い熱線が扇状に放たれる。

荒野の砂をガラスのようにドロドロに溶かしながら、横薙ぎの閃光が迫ってきた。

凄まじい熱波がルベルジンカミシモの分厚い装甲を透過してくる。

コクピットの温度が一瞬で跳ね上がった。 息を吸い込むと肺が焼け焦げそうになる。


俺は咄嗟に両手の操縦桿を手前に強く引き戻す。

同時に両足のペダルから足を離し、後退用のサブペダルを力任せに踏み抜いた。

機体の前面スラスターが爆発的に噴射される。

前傾姿勢だったルベルジンカミシモが、強引に後ろへと弾き飛ばされた。


左側でも激しい駆動音が鳴っていた。

ギエルレウだ。

こいつも最大出力のハンドガンを撃ち放った直後、強烈なホバーの逆噴射をかけている。

熱線の直撃を避けるため、俺と同じように大きく後方へ飛び退いていた。


俺たちの目の前を、極太の熱線が薙ぎ払っていく。

鼓膜を圧迫する轟音。 焦げた空気の匂いがフィルターを抜けて充満する。

俺とラキの機体はギリギリで直撃を免れた。

だが、その凄まじい余波は戦場の中央を完全に制圧していた。


風切り音を立てて飛んでいた黒い影が弾き飛ばされた。

シルヴィアさんの投げた巨大な十字の手裏剣だ。

俺たちの間をすり抜け、ボスの急所へ向かっていたはずの鋼刃。

それが熱線の生み出した衝撃波をモロに受けてしまったのだ。

空中でガガッという重い金属音が響く。

手裏剣の軌道が大きく上へと逸れていった。


「そう簡単には行かないわね」


通信機からシルヴィアさんの声が聞こえた。

焦りのない、どこか飄々とした響きだった。

俺は荒い息を吐きながら、機体の姿勢を立て直す。

足元のペダルを細かく踏み替えてバランスをとった。

ラキのギエルレウも俺の少し離れた横で、ホバーの出力を下げて着地している。

ひとまず距離を取り直すことには成功した。


上空へ弾き飛ばされた巨大な手裏剣が、力なく音を立てている。

回転力を失わず、大きく弧を描いて俺たちの頭上を通り過ぎていく。

ブーメランのように後方へ戻っていく軌道だった。


俺は右側のモニターでフラウスレイの姿を捉えた。

両手の操縦桿を軽く操作したのだろう。

フラウスレイの両腕が滑らかに持ち上がった。


シュガッという短い射出音。

フラウスレイの腕から細いワイヤーが一本、空へ向かって放たれる。

それは戻ってきた手裏剣の中心の穴を、まるで針の穴を通すように正確に射抜いた。

ガチンと金属の噛み合う音が響く。

ワイヤーの巻き取り機構が唸りを上げ、巨大な手裏剣はフラウスレイの右手に吸い込まれるように収まった。


無駄のない動きだ。

俺は額の汗を手の甲で乱暴に拭い去った。

手裏剣のタイミングに合わせた三機同時の最大攻撃。

その作戦はボスの横薙ぎの熱線によって完全に防がれてしまった。

敵の思考をバグらせるどころか、厄介な範囲攻撃を誘発してしまったのだ。


正面の砂煙の中で、ボスリノセロスがゆっくりとこちらに向き直る。

尻尾の砲身からはまだ白い煙が立ち上っていた。

濁った小さな眼球が、俺とラキ、そして後方のシルヴィアさんを順番に睨みつけている。

熱気で歪む視界の向こうで、巨大な角が威嚇するように振り上げられた。


焼け焦げた砂の匂いが、コクピットのフィルターを抜けて俺の鼻を突いた。

横薙ぎに放たれた熱線の余波で、荒野の空気がオーブンのように熱せられている。

額から流れ落ちた汗が目に入ってひどく染みた。

俺は痛みを堪えながら瞬きを繰り返し、正面のモニターを睨みつける。


砂煙の向こう側。

尻尾の砲身から白い煙を上げているボスリノセロスが、ゆっくりとこちらへ巨体を向けていた。

濁った小さな眼球が、俺のルベルジンカミシモをはっきりと捉えている。


あいつの放つ空気が明らかに変わっている。

戦闘が始まったばかりの頃、あいつにとって俺たちはただの目障りな羽虫だった。

こちらが攻撃を仕掛ければ、それに反射して手足を振り回すだけ。

あるいは、背中に生えた小型の砲門から牽制の弾をバラ撒いてくる程度だった。


だが今は違う。

あいつは俺たちの同時攻撃を察知し、自分からあの巨大な尻尾の主砲を撃ち放ってきたのだ。

偶然の反撃ではない。

明確な殺意を持った先制攻撃だ。

いつの間にか、俺たち三機はあいつの中でただの障害物から「倒すべき敵」へと昇格したらしい。

あの濁った目に浮かぶ獰猛な光が、何よりの証拠だった。


俺は熱気で滑りそうになる両手の操縦桿を強く握り直した。

手のひらの嫌な汗を押し潰す。

敵の殺意が跳ね上がったのは厄介だ。

だが、状況が読めなくなったわけじゃない。


あいつは今、尻尾の熱線砲を最大出力で撃ったばかりだ。

その前に口から放とうとしていた主砲も、発射をキャンセルして熱を抱え込んでいるはずだ。

規格外のエネルギー兵器を連発すれば、あの巨体でも内部機構が焼き切れる。

必ず冷却時間が必要になるはずだ。


熱線が撃てないとなれば、次に飛んでくる攻撃は一つしかない。

あの圧倒的な質量を利用した肉弾戦だ。


「次は突進が」


俺は誰に言うでもなく口の中で短く呟いた。

通信機越しにラキやシルヴィアさんへ伝える必要も伝える暇もない。

俺は両足のメインペダルに力を込めた。

足の裏からルベルジンの重い駆動音が直に伝わってくる。


ペダルを強く踏み込んだ。

ルベルジンカミシモがズシンと重い音を立てて、一歩だけ前へ出る。

そのまま両手の操縦桿を内側へ絞り込んだ。

機体の両腕が連動し、ボロボロになった大剣を体の正面で斜めに構える。

俺が的になる。

俺が一番前に出て、あいつの突進を真正面から受け止める。


俺の機体が動いた直後だった。

正面のボスリノセロスが、空気を震わせるような低い唸り声を上げた。


あいつの巨大な頭が、地面スレスレまで深く沈み込む。

ひしゃげた分厚い角の切先が、真っ直ぐに俺のルベルジンを指し示した。

太い前足の爪が、ガラスのように溶けて固まった砂の表面をガリガリと削り取る。

異様に発達した後ろ足の筋肉が、膨れ上がったのが見えた。


俺の予想は完全に当たっていた。

熱線を撃ち尽くした化け物が、自らの体を巨大な砲弾に変えて突っ込んでくる。


大地を揺らすような地鳴りが響き始めた。

あいつが後ろ足を爆発的に踏み込んだのだ。

砂煙が後方へ高く舞い上がる。


来る。

俺はコクピットの息苦しい空気を肺の奥まで吸い込んだ。

ペダルを踏みしめる両足の筋肉を限界まで強張らせる。

圧倒的な死の塊が、真っ直ぐに俺の正面へと迫ってきた。


大質量の塊が真正面から迫ってくる。

俺は両手の操縦桿を瞬時に右へ切った。

同時に左足のサブペダルを浅く踏み込む。

ルベルジンカミシモの巨体が左へ鋭くスライドする。

大剣の広い腹を盾のように傾け、ボスの巨大な角の側面に滑らせた。


強烈な衝撃が両腕の筋肉を跳ね上がらせる。

硬い装甲同士が激しくぶつかり合い、けたたましい金属音と眩しい火花が散った。

突進の軌道がわずかに外側へ逸れる。

黒い巨獣が俺の機体のすぐ横を通り抜けていった。


熱風がコクピットを激しく揺らす。

俺はすぐさまペダルを踏み込み、機体を反転させた。

振り抜かれた勢いのまま、ボスリノセロスも太い足で砂を深く削って急ブレーキをかける。

お互いに距離を取り、再び正面から向き直った。

戦場に一瞬だけ重い静寂が落ちる。


次は何が来る。

俺は顎から滴る汗を拭うのも忘れ、正面のモニターを凝視した。


奴は再び、あの巨大な頭を地面スレスレまで深く下げたのだ。

太い前足がガラス状に固まった砂をガリガリと引っ掻く。

後ろ足の異常な筋肉が、またしても限界まで膨れ上がっていくのが見えた。


望む所だ。

俺は口の端を歪めて笑った。

両足のメインペダルにぐっと体重を乗せる。

両手の操縦桿を内側へ絞り、大剣を正面に構え直した。

相手の動きが読めているなら対処のしようはある。

さっきと同じようにいなすか。

それともカウンターを叩き込むか。


地鳴りが響いた。

ボスが後ろ足を爆発的に踏み込んだのだ。

赤黒い砂煙が舞い上がる。


速い。

黒い壁が猛烈な勢いで迫ってくる。

俺はペダルを踏みしめた。

衝突まであと数秒。

ギリギリまで引きつける。


だが、ルベルジンの少し手前まで来た時だった。

ボスの頭が不自然に跳ね上がった。

深く下げられていた角が上へ逸れる。

代わりに、あの巨大な口がガパッと大きく開かれたのだ。


何だ。

俺の思考が一瞬止まった。

「えっ」

通信機からシルヴィアさんの声が漏れる。

「嘘やろ」

ラキの短い声が重なった。


開かれた喉の奥。

そこには、あの赤黒い光が渦巻いていた。


しまった。

もう冷却が終わっていたのか。


俺の背筋を強烈な悪寒が駆け抜けた。

あいつは突進の勢いを利用して一気に距離を詰め、回避不能な至近距離から極大の主砲を放つ気だ。


避ける時間は無い。

俺は後退のペダルを踏まなかった。

右足のメインペダルを床の底まで思い切り踏み抜く。

背部のスラスターが爆発的に火を噴いた。

ルベルジンカミシモがさらに前へと飛び出す。


味方の盾になるつもりはない。

誰かの囮になるつもりも毛頭ない。

俺は敵を倒すために前へ出る。


右手の操縦桿を外側へ大きく引いた。

機体の右腕が連動する。

ボロボロの大剣を右側へ大きく振りかぶる。

横薙ぎの構えだ。

俺は赤黒い光の渦巻く巨大な口の中へ向かって、一直線に突っ込んでいった。


真っ赤な光を放つ化け物の顎へ向かって、俺はルベルジンカミシモを加速させた。

右手の操縦桿を外側へ限界まで引き絞る。

機体の右腕が連動し、大剣を横に構えた。

横薙ぎの一撃を叩き込み、あいつの主砲の射軸を無理やり外側へ弾き飛ばす。


俺が大剣を振り抜こうとペダルを踏み込んだ、まさにその一瞬前だった。

頭上からシュガガッという甲高い射出音が降り注いだ。


フロントモニターの上部から、一本の黒の軌跡が閃く。

空気を切り裂いて飛んできたのは、太い鋼のワイヤーだ。


俺は驚いて視線を上に向けた。

いつの間に移動したのか。

さっきまで俺たちと一緒に防衛ラインの地上に立っていたはずのフラウスレイが、背後にある巨大な掘削機の骨組みの上に陣取っていた。

装甲の剥がれた右腕を真っ直ぐに伸ばし、射出機構から煙を上げている。

シルヴィアさんが咄嗟の判断で撃ち出したのだ。


ワイヤーは、上へ逸れていたボスの巨大な角に絡みついた。

ガチンと重い金属音が鳴り響く。

先端のアンカーが、角の根本にしっかりと食い込んでいた。


突進の勢いのまま主砲を放つことだけを意識していたのだろう。

ボスリノセロスの動きが、ほんのわずかに止まった。

至近距離に迫っていた小さな眼球が、信じられないものを見るように見開かれている。

頭部に走った想定外の衝撃に、完全に虚を突かれた顔だった。


「ヒカリくん、少しストップ」


通信機からシルヴィアさんの声が響いた。

普段の飄々とした口調の裏に、珍しく焦りの色が混じっている。


俺は反射的に両足のペダルから力を抜いた。

すぐさま左足のサブペダルを浅く踏み込み、機体の前進を殺す。

ズザザッと砂を削る音を立てて、ルベルジンカミシモがボスの鼻先スレスレで急停止した。


なんだ。

俺が操縦桿を握り直した瞬間だった。

ギギギギギッという耳障りな金属の軋み音が戦場に響き渡った。

フラウスレイから伸びるワイヤーが、猛烈な勢いで巻き取られていく音だ。


ピンと張られた鋼線が、ボスの巨大な頭部を上方へと強引に引き上げる。

ボスの口内で渦巻いていた赤黒い光が、空の方角へと逸らされていく。


だが、超質量の化け物も黙って引かれるような相手ではない。

ボスの太い首の筋肉が、丸太のように異常な膨らみを見せた。

太い前足を砂地に深く突き立て、地面を削りながら必死に踏ん張る。

持ち上げられた頭を下へ向かって強引に引き戻そうとしているのだ。


ギチギチとワイヤーが悲鳴を上げる。

化け物の角と掘削機の上のフラウスレイを繋ぐ、命がけの綱引きだ。

ボスの喉の奥で、赤黒い光がさらに強く輝き始めた。

あいつは狙いを再び俺のルベルジンカミシモに固定しようと、狂ったように首を振り回している。


信じられない光景だった。


シルヴィアさんの乗るフラウスレイは、高機動を目的とした軽装の機体だ。

フレームは細く、装甲も薄い。

一方のボスリノセロスは、戦艦のような質量を持つ規格外の怪物だ。

まともに力比べをして勝てるはずがない。

ワイヤーを巻き取るモーターが焼き切れるか、フラウスレイ本体が掘削機から引きずり下ろされるのが普通だ。


なのに、均衡は崩れていない。

ボスの強烈な引き込みに対して、フラウスレイは掘削機の上から一歩も動かずにワイヤーを巻き上げ続けている。

異常なパワーだ。

いったいどうやって。


俺は熱気で霞むモニターを見つめながら、背筋に冷たい汗が流れるのを感じていた。


ーーーーーーーー


ギチギチと耳障りな音が戦場に響き続けている。

俺は右手で操縦桿を握り込んだまま、視界の端のスイッチを弾いた。

フロントモニターの映像が切り替わり、掘削機の上に立つフラウスレイを拡大表示する。


シルヴィアさんのフラウスレイは、ただワイヤーを巻き取っているだけではなかった。

右腕には、さっき回収した巨大な十字の手裏剣を握りしめている。

その右手首の射出機から、ボスの角へと真っ直ぐに鋼線が伸びている。

問題は逆の腕だ。

フラウスレイの左腕は、ボスのいる前方とは全く逆の方向へ向けられていた。

背後にある巨大な掘削機の本体。

その分厚い鋼鉄の支柱に向かって、左手首からも太いワイヤーが撃ち込まれていたのだ。


俺は熱気で息苦しいコクピットの中で息を呑んだ。

シルヴィアさんは、自分の機体のパワーだけでボスと綱引きをしているわけではない。

あの超巨大な掘削機そのものを、地面に固定された巨大な錨として利用しているのだ。


右腕は暴れる巨大獣の頭へ。

左腕は動かない掘削機の鉄柱へ。

フラウスレイは二つの巨大な質量の間に挟まれ、完全にピンと張られた一本の鋼線のようになっている。


釣り合っている理由はそれだ。

だが、それと同時に気がついた。

掘削機の重さでボスの引き込む力に拮抗できているとしても、その間を繋いでいるのはフラウスレイの機体そのものだ。

規格外の力が両腕を左右に引き千切ろうとしている。

軽装の機体にかかる負担は想像を絶するもののはずだ。


モニター越しに、フラウスレイの装甲がメキメキと歪むのが見えた。

剥き出しになった右半身のフレームから、バチバチと赤い火花が滝のように吹き出している。

ひしゃげた装甲の隙間から高熱の蒸気が噴き出していた。

機体の関節部が悲鳴を上げ、今にも両腕が根元からへし折れそうだ。

長くは持たない。


「ラキくん」


通信機からシルヴィアさんの声が飛んだ。

いつもの余裕のある口調ではない。

歯を食いしばり、極限の負荷に耐えているような硬い声だ。


「いける」


ラキの短い返事が重なった。

俺の左後方で、甲高い駆動音が再び限界まで跳ね上がる。

ギエルレウのハンドガンだ。

あの短い間に、再びエネルギーの充填を済ませていたのだ。

眩しい光が俺の左側の視界の端に映る。


ボスの喉の奥で渦巻く赤黒い光が、さらに極限まで膨れ上がった。

あいつは頭を固定されたまま、無理やりにでも主砲を放つ気だ。

熱線の発射までもう時間がない。

凄まじい熱波が、ルベルジンカミシモの装甲越しに俺の肌をチリチリと焼く。


「5!」


通信機から、シルヴィアさんの大声が響き渡った。

普段の飄々とした彼女からは想像もつかない、張り裂けるような叫び声だった。


シルヴィアさんが叫んだ数字が何を意味しているのか、俺には全く分からなかった。

だが、通信機越しに意図を確認しているような余裕はどこにもない。

眼の前のボスの口内では、赤黒い光が今にも臨界点に達しようとしている。


「4!」


再びシルヴィアさんの大きな声が響き渡った。


ボスの巨体は、頭部に撃ち込まれたワイヤーによってほんのわずかだが足止めされている状態だ。

この数秒の隙にどう動く。

横へ回り込んで足の関節を狙うか。

いや、装甲が厚すぎて致命傷にはならない。

熱線を撃たれる前に後退を全力で踏み込むか。

遅すぎる、絶対に間に合わない。


じゃあどうする。

俺の脳内でいくつもの選択肢が浮かんでは消え去った。

その直後だった。

パズルのピースがはまるような感覚が頭を突き抜けた。


なるほど。 そういうことか。

俺はあのカウントダウンの数字が持つ意味を完全に理解した。


「3!」


シルヴィアさんの叫び声が戦場に轟く。

俺は両手の操縦桿を強く握り直した。

横薙ぎの構えを強引にキャンセルする。

両足のペダルを細かく操作し、機体の重心を真下へと深く落とし込んだ。


操縦桿を、下から上へと力任せに引き上げる。

ルベルジンカミシモの右腕が激しい駆動音を立てて跳ね上がった。

傷だらけの大剣を、頭の上へと大きく振りかぶる。

上段からの振り下ろし。

これが今の俺の機体で出せる、最大威力の攻撃の構えだ。


「2!」


通信機からシルヴィアさんの声が聞こえた。

さっきの張り裂けるような叫びから、少しだけ声量が落ちていた。

どこかホッとしたような、いつもの彼女に近い響きだった。

俺が大剣を頭上に構え直した動きを見て、彼女の意図が俺に伝わったことを確信したのだ。


その2の数字を言い終わる前だった。

正面のモニターの奥で、フラウスレイの機体が動いた。


乾いた音が響く。

掘削機の鉄柱にくくりつけられていた太いワイヤーが、接続部からパージされて完全に切り離された。

ピンと張られていた綱引きの均衡が、その瞬間にあっけなく崩れ去る。


同時に、フラウスレイの背部スラスターが爆発的に火を噴いた。

右腕から伸びるワイヤーだけを残したまま。

軽装の機体が、巨大なボスの頭上へ向かって一気に高く飛び上がった。


上空へ弾き出されたフラウスレイの姿が、フロントモニターの端に映り込んだ。

空中で姿勢を制御し、機体の正面をボスの頭部へ向けている。

その両腕には、さっき回収した巨大な十字の手裏剣がしっかりと握りしめられていた。


やっぱりそうだ。

綱引きをしていたワイヤーの張力と、背部スラスターの爆発的な推力。

その二つを利用して、一気にボスの頭上へ跳躍したのだ。

俺の予想は完全に正しかった。


視線を左へ走らせる。

ラキのギエルレウも動いていた。

ホバーの出力を微調整し、俺のルベルジンカミシモの斜め横にぴったりと陣取っている。

右腕に構えられたハンドガンからは、ジジジと空気を焼くような異音が鳴り響いていた。

銃身が異常なほどの高熱を帯び、青白い光が漏れ出している。

おそらくリミッターを解除し、最大出力に設定しているのだろう。


「1ッ!」


通信機から、シルヴィアさんの大きな声が響き渡った。 鼓膜を震わせるほどの鋭い叫びだ。

これは俺とラキの背中を叩く、強烈な号令だ。

いや、違う。

極限の緊張感の中で、彼女自身に気合いを入れているのだ。


俺は熱気で滑る操縦桿を、両手で骨が軋むほど強く握りしめた。

ペダルを踏む両足の筋肉が限界まで張り詰める。

ボスの大きく開かれた顎の奥。

赤黒い光が、ついに臨界点を迎えて膨張を始めた。

撃たれるっ。

その直前だった。


「0ッ!」


今まで聞いたこともない、シルヴィアさんの張り裂けるような大声が戦場に轟いた。


俺は両足のメインペダルを床の底まで完全に踏み抜いた。

背部のスラスターが火を噴く。

ルベルジンカミシモの巨体が弾丸のように前へ跳び出す。

同時に両手の操縦桿を真下へ力任せに叩きつけた。

機体の両腕が激しい駆動音を上げて連動する。

頭上に構えた白と黒の大剣。

それをボスの顔面へ向けて全力で振り下ろす。

分厚い装甲が空気を叩き割る。

重い剣速が機体の前進と合わさってさらに加速する。

狙うは熱線を吐き出そうとしている巨大な顎だ。

全身の血が沸騰するような、渾身の力を込めた一撃。


全く同じタイミングだった。

俺の機体のすぐ左側を、凄まじい熱波が通り過ぎた。

ラキの放った射撃だ。

極限まで圧縮された青白いビーム。

最大出力のエネルギーの塊。

戦場の暗がりを真っ白に飛ばすほどの閃光。

鼓膜を突き破るような甲高い発射音。

俺のルベルジンカミシモの横をスレスレで抜け抜ける。

そして一直線に、ボスの顔面へと吸い込まれていった。


上空からも巨大な影が落ちてきた。

シルヴィアさんのフラウスレイだ。

重力に引かれる猛烈な落下速度。

両腕に構えた巨大な手裏剣。

投げるのではない。

機体の全体重を刃の先端に完全に集中させている。

ゼロ距離からの強烈な刺突だ。

ボスの頭上から、角の根本へ向かって真っ直ぐに突き下ろされる。

もう逃げ場はない。


ーーーーーーーーーーー


右からは俺の大剣の全力の振り下ろし。

左からはラキの最大出力の青白いビーム。

上空からはシルヴィアさんの全体重を乗せた手裏剣の刺突。


ボスの巨体を完全に包み込むように。

三つの極大攻撃が、寸分の狂いもなく同時に標的へと叩き込まれた。


凄まじい衝撃が両手の操縦桿から突き抜けた。

手首の関節がひどく軋む。

俺は熱気で滑る手のひらをグリップに強く押し付けた。

今日いちばんの手応えだった。

いや、違う。

俺がこのルベルジンカミシモに乗ってから、一番綺麗に決まった攻撃だった。

全身の血が熱く沸騰する。

会心の一撃だっ。


ーーーーーーーーー


上段からの大上段の振り下ろし。

これは本来なら一番隙だらけの斬撃だ。

動作が大きすぎる。

普段の戦闘なら簡単に見切られる。

避けられるのがオチだ。

だが、今は違った。

すべてが完璧に噛み合っていたのだ。


ラキの射撃が化け物の視界を真っ白に塞いだ。

シルヴィアさんの刺突が化け物の意識を上へ向けさせた。

完全に無防備になったボスの顔面。

俺の白と黒の大剣は、そこへ正確に吸い込まれた。

顔面の分厚い装甲を深く抉り取った。

肉を断ち、骨を砕く。

確かな破壊の感触が、操縦桿を伝わって俺の掌に重く響いた。


通信機から短い息遣いが聞こえた。

ラキとシルヴィアさんだ。

言葉はない。

だが、確かな高揚感が息の音から伝わってくる。

二人とも俺と同じことを思っているはずだ。

今のは完璧だったと。


砂煙が風に流される。

黒い巨獣が大きくよろめいた。

ボスの左顔面には、俺の大剣による深い切り傷が斜めに走っている。

左肩の分厚い装甲は、ラキの最大出力ビームで完全に抉り取られていた。

そして背中。

首の後ろの硬い皮膚の隙間に、シルヴィアさんの放った巨大な手裏剣が深々と突き刺さっている。


三つの極大ダメージ。

ボスの濁った小さな眼球が、狂ったように左右へギョロギョロと動いた。

俺を見る。

ラキを見る。

背に乗るシルヴィアさんを見る。

誰を狙えばいいのか、完全に迷っている顔だった。

あいつの中で、処理が追いついていない。


ボスの巨大な顎がガクガクと震え出した。

限界まで溜め込んでいた口内の赤黒い光が、バチバチと音を立てて漏れ出す。

暴発寸前だ。

次の瞬間、化け物が狂ったように太い首を振り回した。

発射し損ねていた主砲の熱線を、周囲に向かってデタラメに撒き散らしたのだ。


極太の赤黒い光の奔流が、荒野の地表をめちゃくちゃに薙ぎ払う。

焼け焦げた砂がガラスのように溶けて飛び散る。

だが、全く怖くない。

誰かを明確に狙ったわけじゃない。

痛みと混乱に任せた、ただの乱雑な攻撃だ。


左側の視界で、ラキのギエルレウもホバーの出力を上げ、砂の上を滑るように素早く後退する。

落下したシルヴィアさんのフラウスレイが背部のスラスターを細かく吹かし、回避していた。

身軽な動きで、巨大な掘削機の太い鉄柱へと飛び移る。

二人は完全に余裕を持って、乱れ撃ちの熱線を回避していた。


俺は両足のペダルを踏み込んだ。

左足のサブペダルで機体を半歩だけ横へずらす。

同時に両手の操縦桿を素早く内側へ捻った。

ルベルジンカミシモの右腕が激しい駆動音を上げて連動する。

大剣の広い腹を、体の正面に斜めに構えた。


迫り来る赤黒い光の束を、剣の腹で受け流す。

バチバチと鼓膜を劈くような激しい火花が散った。

コクピットが大きく揺れる。

機体が熱線の衝撃で少しだけ後ろに滑る。

だが、それだけだ。

俺はペダルを踏ん張り、熱線の威力を完全に外側へ弾き流していた。


ーーーーーーーーーーー


「わかってると思うけど」


通信機からシルヴィアさんの声が聞こえた。

少しだけ息が上がっている。

ひしゃげた装甲越しでも、極度の緊張と疲労が伝わってきた。


「今の同時攻撃、次はないよ」


言われるまでもない。

俺も、たぶん隣にいるラキも、その事実は痛いほどよくわかっていた。


「せやな。あんなん、ただの奇跡や」


通信機越しにラキが短く吐き捨てた。

本当にその通りだった。

あんなに綺麗に決まる攻撃なんて、そうそうあるもんじゃない。

それぞれが極限の状態で放った最大の一撃。

それが三つ同時に、全く同じタイミングで巨大な標的に突き刺さる。

もう一度やれと言われても、事実上不可能だ。


それに、先ほどの攻撃の代償は明らかに大きかった。

俺はメインモニターの表示を切り替え、周囲の味方の状況を素早く確認する。

左後方の砂煙の中。

ホバーで浮遊しているギエルレウに目を向けた。

ラキの機体が両腕に構える二丁のハンドガン。

右の銃身が、赤黒く焼け焦げて完全に沈黙していた。

先ほどの最大出力による射撃の反動だ。

冷却機構が完全に焼き切れ、深刻なオーバーヒートを起こしている。

今のギエルレウの火力は単純に半分だ。


視線を逆へ走らせる。

掘削機の太い鉄柱のそばのフラウスレイを拡大した。

シルヴィアさんの機体の両腕を見る。

ボスの背中に突き刺したはずの、あの巨大な十字の手裏剣はない。

機体の全体重を乗せた刺突と、それを引き抜く際の暴力的な衝撃。

それに耐えきれず、武器の接続部が完全に破損してしまったのだろう。

フラウスレイの両手には、元の四本の短いクナイが別々に握り直されていた。

装甲を貫くほどの質量攻撃は、もうあの機体にはできない。


ラキの射撃は半減した。

シルヴィアさんの武器も元に戻ってしまった。


自信過剰かもしれない。

でも、今の状況ならはっきりとわかる。

ボロボロになったあの巨大な化け物に、最後にとどめを刺せる大技を持っているのは誰か。

俺のルベルジンカミシモだ。

両手の操縦桿から、ボロボロになった大剣の重みが直に伝わってくる。

俺がやる。

俺が一番前に出て、あいつの息の根を止める。


その決意を二人に伝えようとした。

俺は口を開き、通信機のマイクに向かって声を上げようとする。

まさにその瞬間だった。


正面のモニターいっぱいに、赤黒い砂煙が爆発するように舞い上がった。

けたたましい咆哮が戦場の空気をビリビリと震わせる。

ズンッ。

大地を揺らす異常な地鳴りが、コクピットの底から突き上げてきた。


ボスリノセロスの巨体が動いたのだ。

あいつは顔面から血のような体液を撒き散らしながら、猛然と地面を蹴り飛ばしていた。

巨大な頭を、地面スレスレまで低く下げる。

突進だ。

圧倒的な質量の塊が、砂を巻き上げて一直線に俺たちへ向かって突っ込んでくる。


俺は反射的に両足のメインペダルを思い切り踏み込んだ。

ルベルジンカミシモの足元が激しく砂を噛む。

両手の操縦桿を、体の正面で交差させるように強く絞り込んだ。

機体の両腕が甲高い駆動音を立てて連動する。

ボロボロの大剣の広い腹を、迫り来る巨体に向かって盾のように構え直した。


ズドォォォンと轟音がコクピットに響き渡った。

ルベルジンカミシモの巨体が大きく後方へ滑る。

両手の操縦桿を内側へ力いっぱい捻り込む。

大剣の広い腹を盾にして、ボスの巨大な顔面を正面から受け止めた。


バチバチと激しい火花が散る。

分厚い装甲同士が削れ合う耳障りな音が響く。

機体全体がミシミシと悲鳴を上げていた。

俺の機体とボスの完全な力比べだ。

押し合いの形になったまま、じりじりと後ろへ押し込まれていく。

焦げたオイルの匂いが鼻を突く。

熱気で額から汗が流れ落ちた。


奇妙な感覚が俺の思考をよぎる。


この戦場で、こいつの突進を一番多く受け止めてきたのは俺だ。

何度も受け流し、軌道を逸らしてきた。

だからこそ、操縦桿から伝わる力のベクトルの違いがはっきりと分かる。

今の突進は、確かに俺のルベルジンカミシモへ向かってきた。

方向も間違っていない。

でも、決定的に何かが違った。


俺は力みで震える指を伸ばし、通信機のスイッチを入れた。


「様子がおかしい」


荒い息を吐きながら、手短に伝える。


「何がや」


ラキの怪訝そうな声がすぐに返ってきた。


「どういうこと、ヒカリくん」


シルヴィアさんの声にも、鋭い緊張が走っているのが分かる。

俺は両手の操縦桿を必死に押し返しながら答えた。


「俺を狙った突進にしては、変なんだ」


俺を殺すための、明確な殺意や狙いを感じない。

ただ真っ直ぐに、前へ前へと突き進もうとするだけの巨大な力の塊。

邪魔な俺をただ押し退けようとしているだけのように思える。


もしかして、あの巨体を維持するための食欲を優先しているのか。

背後にある掘削場の大量の資源を狙って、本能のままに進んでいる。

それとも、さっきの同時攻撃で受けた極大ダメージで完全に暴走しているだけか。

確証はない。

でも、俺自身を標的にした攻撃ではないことだけは、両手の感覚がはっきりと教えてくれていた。


俺は視線を正面のモニターから一瞬だけ外した。

後方カメラの映像に目を向ける。

そこには、先ほどシルヴィアさんがフラウスレイの踵で引いた一本の線が見えた。

砂の上に残された、長く真っ直ぐな防衛ライン。

あれを越えられたら、後ろの拠点にいる掘削員たちが危ない。


ボスの意図が食欲なのか暴走なのか。

そんな理由はもうどうでもよかった。

やるべきことは一つしかない。


俺は奥歯を強く噛み締め再び前方のモニターを睨みつける。

俺の役目は、この防衛ラインを守り抜くことだ。

機体がどれだけ軋もうと、ここから一歩も後ろへ下がるわけにはいかない。

俺は両手の操縦桿をさらに強く握り直す。

ペダルを細かく踏み込み、機体の全エネルギーを前への推進力へと回した。


「あいつ、食欲を優先して掘削場に向かってるか、ただの暴走かのどっちかだ」


俺は両手の操縦桿を限界まで押し込みながら通信機に向かって叫んだ。

大剣の腹越しにボスの巨大な顔面が激しく削れ合っている。

ゴリゴリと骨に響くような嫌な摩擦音がコクピットを満たしていた。

焦げたオイルと鉄の匂いが鼻腔を強烈に突く。


通信回線にほんのわずかな静寂が落ちた。

一秒。

二秒。

シルヴィアさんが沈黙の中で高速で思考を巡らせているのが分かった。


「二人とも」


シルヴィアさんの声が耳に届いた。

いつもの飄々とした雰囲気はない。

冷たく透き通るような、真剣そのものの声だった。


「命を懸ける覚悟と、絶対に死なない覚悟はある?」


迷う必要なんてどこにもなかった。

俺は熱気で霞むフロントモニターを睨みつけたまま口を開く。


「当たり前だ」


俺の言葉に重なるように、左の通信回線からも短い声が飛んだ。


「愚問やな」


ラキも全く同じタイミングでの即答だった。

俺たちの返事を聞いて、シルヴィアさんは短く息を吐いた。


「よろしい」


そこから彼女の声は明確な指示へと切り替わった。


「ラキくんは今私がいる掘削場の少し後ろに回って。生き残ってる方のハンドガンを最大出力でスタンバイして」


「了解や」


ラキの乗るギエルレウの駆動音が左側で大きく跳ね上がった。

ホバーの出力を上げ、砂を激しく巻き上げる。

モニターの端で、青い機体が掘削場の後方へと素早く回り込んでいくのが見えた。


「ヒカリくんは今の鍔迫り合いのまま、私のいる掘削場の方に誘導して」


「了解」


俺は即座に返した。

言うのは簡単だ。

だが、実際にやるのは至難だった。

圧倒的な質量を持つ巨獣と真正面から押し合っている状態なのだ。

少しでも力の均衡が崩れれば、ルベルジンカミシモごとあっけなく押し潰される。


俺は両手の操縦桿を力いっぱい握り直した。

手首の関節が痛いほどに軋む。

機体の両腕のシリンダーから悲鳴のような金属音が上がった。


右足のメインペダルを床の底まで踏み抜く。

左足のサブペダルを細かく何度も弾く。

足装甲が砂を深く抉り取った。

機体の重心を少しずつ左斜め後ろへとずらしていく。


ボスの異常な突進の力。

それを完全に受け止めるのではない。

力を殺さず、受け流し、いなすように軌道をずらす。

防衛ラインのギリギリをなぞるように後退する。

シルヴィアさんの待つ巨大な掘削機のある方向へ。

じりじりと砂を削りながら、俺は化け物の巨体を誘導し始めた。


両腕にかかる重圧は、機体の骨組みを軋ませるほどに強烈だった。

だけど、押し返す力加減とタイミングは俺の身体が完全に覚えていた。

この戦場に出てから、幾度となくあいつの巨大な頭と鍔迫り合いを繰り返してきたのだ。

腕の筋肉が千切れそうになるほどの極限状態の中で、その経験が確実に活きていた。


正面のモニター越しに、ボスの太い前脚の動きを睨みつける。

前脚が砂を蹴り上げ、巨体を前へ押し出すための踏み込みの瞬間。

俺はそのほんの一瞬の隙を狙った。

メインペダルを少しだけ緩める。

同時に、左足のサブペダルを爪先で弾くように素早く踏み込んだ。


ルベルジンカミシモの左脚部のブースターが、短い炎を噴き出す。

機体の姿勢がわずかに斜めへ傾いた。

正面から受けていた凄まじい推進力が、大剣の広い腹を滑って外側へと逃げていく。

あいつの前進する力を利用し、押し出されるようにして軌道をずらす。

一歩。

また一歩。

俺は両手の操縦桿の角度をミリ単位で調整し続けた。


砂煙の向こう側に、黒くそびえ立つ巨大な影が見えてきた。

資源採掘用の巨大な掘削機だ。

あそこの後方には、シルヴィアさんのフラウスレイとラキのギエルレウが息を潜めて待機している。

俺はボスの巨大な顔面を大剣で受け止めたまま、少しずつ方向を修正していく。

そしてついに、ボスの顔面の真正面に掘削機の太い鉄柱を捉えた。


「これが最後の作戦」


通信機からシルヴィアさんの声が聞こえた。

静かで、研ぎ澄まされた刃のような声だった。


「ここで勝負を決める」


俺は額から流れ落ちる汗を、手の甲で乱暴に拭い去った。

手元の計器盤に視線を落とす。

モニターは、すでに真っ赤な警告色で埋め尽くされている。

動力源ツァイトモーターの出力ゲージも、危険域の底を這いずっていた。


俺たちも、俺の機体も、完全に満身創痍だ。

次に何か大きな攻撃をもらえば、間違いなく機体は沈黙する。

長期戦を戦い抜く余力なんて、もうどこにも残っていない。

シルヴィアさんの言う通りだ。

この一撃で大きく勝負を決めなければ、俺たちの負けが確定する。


だが、事態はそう簡単に進まなかった。

正面のモニターの奥で、ボスの血走った小さな眼球がギョロリと動いた。

俺の機体を直接睨みつけている。

無理やり進行方向をねじ曲げられたことに、あいつ自身が気付いたのだ。


戦場の空気を切り裂くような、鼓膜を破るほどの大音声が響き渡った。

化け物の怒りの咆哮だ。

あいつの太い四本足の筋肉が、岩のように異常な隆起を見せる。

硬い蹄が砂を深く抉り取った。

突進の勢いが、先ほどとは比べ物にならないほど一気に跳ね上がった。


ズンッ。

背骨を叩き折られるような凄まじい衝撃が、操縦桿から真っ直ぐに伝わってきた。

手首の関節が嫌な音を立てる。

俺はペダルを、床の金属板がへこむほど死に物狂いで踏み込んだ。

だが、押し返せない。

圧倒的な質量の暴力が襲いかかってくる。

ルベルジンカミシモの足と砂が、悲鳴のような摩擦音を上げた。

機体がズルズルと後ろへ引きずられていく。


ギリギリと骨を削るような音が両手から伝わってくる。

操縦桿を握る手のひらの皮が破れそうだった。

正面の巨大な質量は、とどまることを知らない。

俺のルベルジンカミシモは、すでに必死に抵抗している。

それでも巨獣の突進力は俺の機体を容赦なく後方へ押し込んでいた。


通信機から不意にシルヴィアさんの声が響いた。

「ヒカリくん」 焦燥感のない、いつもより少しだけ真剣な声色だ。

「いつぞやのクレティさんとのシミュレーターのアンクロス、覚えてる?」


耳を疑うような言葉だった。

こんな絶体絶命の鍔迫り合いの最中に持ち出す話題ではない。

だが、俺の脳裏にはあの日の訓練の光景が鮮明に蘇っていた。

忘れるわけがない。

あの全身の血が逆流するような感覚は、今の俺の筋肉の隅々にまで焼き付いている。


「十秒後」

シルヴィアさんの声が続く。

その言葉には、一切の迷いがなかった。

「黒い装甲パージするやつ、いける?」


つまり、そういうことだ。

この巨大なバケモノの進行方向には、今シルヴィアさんとラキが待ち構えている。

そこへ向けて、俺がタイミングを合わせて仕掛ける。


俺は熱気で霞むモニターを睨みつけたまま口を開いた。

目の前の計器盤の奥へ向かって短く呟く。

「十秒後。アンクロスはいけるか」


コクピットの狭い空間に、短いノイズが走った。

機械的な処理音がほんの一瞬だけ鳴る。

『Totally』

俺の問いかけに短く答えた。

ルベルジンカミシモのシステムからの確かな同意だ。


俺は大きく息を吸い込んだ。

喉の奥に焦げたオイルの匂いが張り付く。

「行けます」 通信機の向こうのシルヴィアさんへ、はっきりと力強く返した。


その言葉が聞こえたかのように、目の前の化け物が動いた。

視界を覆い尽くすほどの巨大な顔面が大きく波打つ。

大気を震わせるような絶叫が戦場に轟いた。

ボスの咆哮だ。

鼓膜が破れそうなほどの音波がコクピットの装甲をビリビリと震わせる。


機体の正面からかかる圧力が跳ね上がった。

突進の勢いがさらに一段階増したのだ。

ズガァァァという衝撃音が鳴り響く。

俺の機体を正面から完全にすり潰そうとする圧倒的な力。

操縦桿を握る両手首の感覚が吹き飛んだ。


俺は両足のメインペダルを床の底まで完全に踏み抜いた。

足の筋肉が限界を超えて悲鳴を上げる。

足元が摩擦で高温の煙を噴き出している。

それでも止まらない。

機体が砂を深く抉りながら、ズルズルと後ろへ引きずられていく。


俺は両手の操縦桿を内側へ力任せに絞り込んだ。

盾にした大剣の腹が、巨獣の分厚い装甲と激しく削れ合う。

バチバチと飛び散る火花がフロントモニターを真っ赤に染め上げた。

あと十秒。

俺はこの底無しの暴力の前で、絶対に耐え切らなければならない。


『count』


無機質な電子音声がコクピットの空間に響いた。


『9』

『8』


システムからの冷たいカウントダウンが始まる。

同時に通信機からシルヴィアさんの声が飛んできた。


「ラキくんのあたりまで飛び下がって、ヒカリくん」


指示は明確だった。

俺は両手の操縦桿を外側へ向かって鋭く弾くように振った。

ルベルジンカミシモの両腕のシリンダーが甲高い駆動音を立てる。

盾にしていた大剣の広い腹で、押し込んでくるボスの巨大な顔面を強引に弾き返した。


ほんの一瞬だけ、巨獣の姿勢が上にのけぞる。

そのわずかな隙を俺は見逃さない。

両足のメインペダルを瞬時に一番上まで戻す。

そのまま足元のサブペダルを両足の踵で同時に蹴りつけた。


機体の前部スラスターが強烈な逆噴射を行う。

凄まじいGが俺の背中をシートに強く押し付けた。

分厚い装甲同士が削れ合う嫌な音が途切れる。

巨獣との間に一気に距離が空いた。


『7』

『6』


電子音声の秒読みが続く。

機体が砂煙を激しく巻き上げながら、後方へと大きく飛び下がる。

ズンッと重い着地音が響いた。

背中のすぐ後ろから、ホバーの低い駆動音が聞こえる。

ラキのギエルレウだ。


俺はモニターで自機の位置を確認した。

俺のルベルジンカミシモと、あいつのギエルレウ。

二つの機体が、ボスの正面に対して縦一直線に並んだ状態になっている。


『5』

『4』


正面の砂煙が風で吹き飛んだ。

姿勢を立て直した巨大な化け物が、俺たちを真っ直ぐに睨みつけている。

縦に並んだ俺たちの機体を見たボスの動きが止まった。

次の瞬間、あいつは巨大な顎をガクンと外すように大きく開いた。


喉の奥底から、眩いほどの赤黒い光が漏れ出す。

バチバチと周囲の大気を焦がす嫌な音が、少し距離が離れたここまで届いてきた。

周囲の温度が急激に跳ね上がるのが肌で分かる。


間違いない。

さっき乱れ撃ちにしたばかりの、口からの主砲の構えだ。

俺は背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。


突進攻撃の間に、もう熱線の冷却が終わっていたのか。


「ラキくん、もっと後方へ飛び下がって」


通信機からシルヴィアさんの声が鋭く響いた。

いつもの余裕は完全に消え去っている。

切羽詰まった、叫ぶような指示だった。


『3』

『2』


無機質な電子音声のカウントが続く。

目の前にある巨大な口の中で、赤黒い光が極限まで圧縮されていくのが見えた。

周囲の空気が陽炎のように歪む。

熱線が放たれる寸前だった。


俺は背筋が凍りつくのを感じた。

あの巨大な主砲が発射されるタイミング。

カウントダウンが終わるタイミング。

それが完全に重なる。

この真っ直ぐな射線のど真ん中で、機体の装甲がパージされてしまう。

無防備になったルベルジンが熱線の直撃を受ける。


俺は反射的に両手の操縦桿を強く握り込んだ。

右足のメインペダルを床ごと蹴り飛ばす勢いで踏み込もうとする。

その瞬間だった。


フワリと、内臓が持ち上がるような奇妙な感覚が全身を包み込んだ。


『1』

『Uncloth Kamishimo』


電子音声が最後の宣告を告げた。

機体の全身から軽い炸裂音が鳴り響く。

ルベルジンカミシモの全身を覆っていた分厚い黒の重装甲。

そのすべての固定ボルトが内側から一斉に吹き飛んだのだ。


同時に、ボスの巨大な口から閃光が放たれた。

視界が完全に染まる。

空間そのものを焼き尽くすような凄まじい轟音が戦場を揺るがした。

極太の熱線が一直線に撃ち出される。

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