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2話:Beyond the Alvia ~越えてゆけ明日~

挿絵(By みてみん)


冷たい砂の感触で意識が浮上した。

目を開けると、紫と濃紺が混ざった空の端から、薄いオレンジ色の光が漏れ出している。

砂漠に夜明けが訪れようとしていた。 身体を起こそうと手をついた瞬間だった。


空気をびりびりと震わせる、耳をつんざくような爆音が響き渡った。

分厚い鋼鉄の板を、巨大な爪で力任せに引き裂いたような金属音だ。

あまりの音圧に、鼓膜が鋭く痛む。 俺は弾かれたように砂から飛び起きた。


何だ、今の音は。 周囲を見渡すが、砂丘の稜線が朝焼けに照らされているだけで姿は見えない。

ただ、足元の砂が微かに、だが規則的なリズムで振動しているのが伝わってくる。

隣で丸くなっていたユミィも、上着を抱え込んだまま勢いよく跳ね起きた。


彼女の顔から、さっきまでの穏やかな寝顔が完全に消え失せている。

見開かれた瞳が、音のした方角を怯えたように見つめていた。

俺は彼女の前に立ち、飛んでくるかもしれない危険に備えて身構える。

ユミィの震える声が、冷たい朝の空気に溶けた。


「中型、クラス」


彼女の口から出た言葉の意味が分からず、俺は振り返った。 ユミィは自分の肩を両手で強く抱きしめている。


「昨日倒した小型竜の、親か群れのボスだよ。仲間をやられた匂いを嗅ぎつけてきたんだ」


鉄を喰う獣のボス。

昨日のあいつらよりさらに巨大で凶暴な何かが、確実にこちらへ向かってきている。

地響きのような足音が、少しずつ、だが確実に大きくなっていた。


俺は焚き火の跡を飛び越え、闇の中で沈黙しているルベルジンへ向かって走り出した。

冷え切った砂が靴の裏で滑る。 真っ黒な装甲に手をかけると、氷のように冷たい金属の感触が手のひらを刺した。

そのまま足を引っかけ、重い身体を強引に引き上げる。


装甲の段差を登り、胸部のハッチへと手を伸ばす。

外部の緊急レバーを力強く手前に引いた。

プシューという排気音とともに、分厚い装甲がゆっくりと上にスライドする。

開いたコックピットの中からは、冷たい機械油と埃の匂いが漂ってきた。


暗い空間に身体を滑り込ませる。

使い込まれた革のような質感のシートに深く腰を下ろした。

両肩の上から、シートベルトを引いて胸の前で固定する。

カチャリという冷たい金属音が、狭い空間に響いた。


目の前には、まだ火の入っていない真っ黒なコンソールパネルが広がっている。

俺は迷うことなく、右手の親指でスイッチを押した。

カチリ、という硬い感触が指に伝わる。 同時に、真っ暗だったコックピット内に赤い非常灯が点灯した。


「Activation Ruberjin」


スピーカーから、少しノイズ混じりの電子音声が流れた。

それは昨日も聞いた、ひどく奇妙な声だった。 無機質な機械の音声ではない。 内気で人見知りな女性が、無理をして大きな声を出しているような、どこか自信のなさそうな響きだ。

その声に呼応するように、機体の奥深くから重低音のジェネレーターの唸りが立ち上がる。


足の裏から、地鳴りのような振動が伝わってきた。

メインモニターの電源が入り、砂漠の朝焼けが画面いっぱいに映し出される。

左右のサブモニターには、機体の各部位の温度や油圧を示す緑色のゲージが次々と表示されていった。

夜の冷気で冷え切っていた室内の温度が、急激に上昇し始める。


両手の操縦桿を強く握り込む。

手のひらに、ルベルジンの力強い脈動がダイレクトに伝わってきた。

装甲の隙間から、冷却用の白い蒸気が勢いよく噴き出す音が聞こえる。

機体が完全に目覚めた。

俺はペダルを浅く踏み込み、黒い巨体をゆっくりと立ち上がらせた。


モニター越しに見る砂漠の地平線が、大きく持ち上がる。

視界の先、砂丘の向こう側から巨大な砂煙が上がっているのが見えた。

頭部のセンサーが、接近する巨大な熱源を正確に捉え、警告の赤い枠を点滅させる。

俺は右手のトリガーに指をかけ、静かに息を吐き出した。


ーーーーーーーーーーーー


右手の操縦桿から、ジリジリとした微振動が伝わってくる。

ルベルジンの油圧ゲージが緑色から黄色へと変わり、駆動系の温度が急激に上昇していくのが分かった。

コックピット内に充満していた夜の冷たい空気が、一瞬で焦げた油の匂いと熱気に塗り替えられる。

俺は浅く呼吸を繰り返し、メインモニターの中央に映る巨大な砂煙をじっと睨みつけた。


ズシン、という重い地響きとともに、砂煙の壁を突き破って巨大な影が姿を現した。

昨日の小型竜とは比べ物にならない、圧倒的な質量を持った黒い塊だ。

左のサブモニターが短い電子音を鳴らした。

外にいるユミィが自分の携帯端末からこちらへ、急いで観測データを転送してきたらしい。

そこには、今まさに目の前に立ちはだかっている中型竜の、正面からの精緻なスキャン図面が映し出されていた。


モニターから視線を上げ、実物の巨大な竜を直接観察する。

鋭い刃のような装甲が何層にも重なった巨大な翼が、左右に大きく広がっていた。

翼の内側には、不気味に発光する四角い排熱器官のようなものがいくつも並んでいる。

ワニのように前へ突き出した顎には、鋭い鋼鉄の牙がびっしりと生え揃っていた。

全身を覆う黒い金属の装甲は、まるで誰かが意図的に設計して繋ぎ合わせたかのように規則的だ。


野生の生き物だとは、到底思えない外観をしている。

違和感の正体を探るように、俺は竜の全身へと視線を這わせた。

竜が威嚇するように身を低くし、長い尻尾を砂漠の空中で大きく振るう。

その尻尾の先端を見て、俺は思わず息を呑んだ。


生物の骨格の延長ではない。

重厚な金属の筒が束ねられた、無骨な円筒形のパーツがそこについている。

どう見ても、人工的に造られた回転式機関砲だ。

なぜ野生の獣の尻尾に、あんな重火器がくっついているんだ。

頭の中の空白部分が、理解できない光景を前にして小さく警鐘を鳴らす。


コックピットの外部集音マイクが、トラックの陰に隠れたユミィの叫び声を拾い上げた。

スピーカーから、彼女の焦った声がノイズ混じりに響く。


「ヒカリ、気をつけて。アルヴィアはただ機械を食べるだけの獣じゃないの」


俺は操縦桿から手を離さず、視線を竜の尻尾に固定したまま短く返事をする。


「食べるだけじゃないって、どういうことだ」


「あいつらは、食べた金属やパーツを自分の体の中で再構築して、そのまま自分の一部として取り込んじゃうの」


なるほど。 食べた部品を、自分の体の一部にする。

その異常な生態の事実と、目の前でうねる竜の尻尾の機関砲が、俺の頭の中でピタリと繋がる。


あの異質な尻尾は、生まれつき生えていたものじゃない。

あの竜は過去に、重火器を積んだ戦闘車両か、あるいは武装した傭兵の機体を食い殺したのだ。

そして、相手の武器だったはずのガトリング砲を、自分自身の尻尾の先端にそのまま繋ぎ合わせたということだ。

鉄を喰らい、武器を奪い、自らを戦闘兵器として強化し続けるバケモノ。

それが、アルヴィアという生命体の真の恐ろしさなのだ。


竜の背中にある排気口から、黒い煙が勢いよく噴き出した。

尻尾のガトリング砲が、ガチャリと不気味な金属音を立ててこちらへ向けられる。

俺は、コンソール側面にある装甲へのエネルギー配分ツマミを最大まで回した。

右足のペダルを深く踏み込み、ルベルジンの重心を大きく前へと傾ける。


大剣の柄を握るルベルジンの右腕から、ギチギチと油圧モーターが限界まで軋む音が鳴った。

首元に巻いた赤いマフラーが、コックピットの空調の風を受けてふわりと揺れる。

機関砲の回転音が、キュラキュラと甲高く響き始めた。

俺は赤い非常灯に照らされた狭い空間で、静かに殺意を研ぎ澄ませた。


ーーーーーーーーーーーーー


巨大な機械竜が、鼓膜を破るほどの咆哮を上げた。

昨日の小型竜たちを殺された復讐なのだろうか。

それとも、ただルベルジンという極上の鉄の塊を味わいたいだけの純粋な食欲なのだろうか。

記憶を持たない俺には、この狂った獣の感情など理解できない。

ただ一つ分かるのは、あいつが明確な殺意を持ってこちらへ飛びかかってきたという事実だけだ。


ズン、と砂漠が大きく揺れた。

竜が強靭な後ろ脚で大地を蹴り、巨大な鋼鉄の翼を広げて空へ跳んだ。

太陽の光が黒い装甲に遮られ、分厚い影がコックピットを覆い隠す。

空から降り注ぐ巨大な質量を前にして、俺は息を深く吸い込んだ。


右手の操縦桿を外側へ弾くように倒す。

同時に、ペダルを床が抜けるほどの力で踏み抜いた。

ルベルジンの機体内部から、爆発的なジェネレーターの駆動音が響く。 シートの背もたれに強烈な負荷がかかり、俺の背中を革のクッションに深く沈み込ませた。


竜の巨大な前足が、空気を切り裂いて振り下ろされる。

五本の鋭い爪が、ルベルジンの左肩の装甲に激突した。

頭蓋骨を直接殴られたような、凄まじい金属の衝突音がコックピット内に鳴り響く。 火花が散り、メインモニターの視界が一瞬だけ真っ白に染まった。


だが、ルベルジンの漆黒の装甲は砕けない。

浅い傷を刻まれただけで、竜の凶悪な爪の軌道を強引に横へ滑らせたのだ。

防御というより、もはや装甲の厚さと圧倒的な重量に物を言わせた暴力的な弾き返しだった。

俺は機体のバランスが崩れる前に、操縦桿を引いて体勢を素早く立て直す。


弾かれた竜が、今度は大きく顎を開いて噛み付いてきた。

ワニのような長い口に、鋭い鋼鉄の牙がびっしりと並んでいる。

俺は重い剣の柄を両手で握り込むように、二つの操縦桿を内側へ絞り込む。


ルベルジンの右腕が跳ね上がり、白と黒の大剣が竜の牙を下から迎え撃った。

ガキィンという甲高い音が、砂漠の空気を震わせる。

大剣の分厚い白い峰が、竜の噛みつきを完璧な角度で受け止めていた。

機体から溢れ出す熱と力が剣の回路を駆け巡り、信じられないほどの反発力を生み出している。

俺の腕の筋肉が、油圧モーターの軋みと完全に同調して熱を帯びた。


左のサブモニターに目を向ける。

そこには、トラックの陰から身を乗り出してこちらを見つめるユミィの姿が映っていた。

彼女の通信回線は、こちらからの音声は聞こえるが、あちらの音声は意図的にミュートに設定されている。

戦闘の邪魔にならないように、彼女が自分でマイクを切ったのだ。


画面の中のユミィは、両手で自分の口元を強く覆っていた。

大きく見開かれた瞳が、信じられないものを見るように揺れている。 彼女の唇が、声を出さずに小さく動くのが見えた。


すごい機体。 すごい技術。


そんな言葉の形を、彼女の口の動きがはっきりと作っている。

記憶を失った得体の知れないパイロットと、規格外の重装甲機体。

それを目の当たりにした彼女の、メカニックとしての純粋な驚愕と賛美だった。

俺に向けられたその熱い視線が、なぜかひどく誇らしく感じられる。


俺の頭の中は空っぽだ。

でも、俺にはこの機体を動かす力がある。

そして今、背後で息を呑んで見守る彼女を守るために戦っている。

その事実だけで、俺の存在意義は十分に満たされていた。


竜が大剣の反発力に耐えきれず、大きく後ろへ飛び退いた。

砂煙を上げて着地し、長い尻尾を威嚇するように持ち上げる。

先端についたガトリング砲が、再びキュラキュラと嫌な回転音を立て始めた。

俺は首に巻いた赤いマフラーの端を襟元に押し込む痛みとともに、もう一度深く操縦桿を握り直す。

コックピット内に、熱い機械油の匂いが濃く立ち込めていた。



大きく弾き飛ばされた竜が、砂煙を上げて着地した。

ズザザザと深い轍を砂漠に刻み、そのままズルズルと後方へ滑っていく。

俺は大剣を構えたまま、メインモニター越しに獣の動きを油断なく注視した。

竜は鋭い爪を砂に突き立て、こちらから大きく距離を取るように身を低くする。


俺は少しだけ首を傾げた。

野生の生き物が獲物を狩る時、あんな風に中途半端に間合いを外すだろうか。

爪や牙といった自分の最大の武器が、俺の黒い装甲には通用しないと学習したらしい。

ただ本能のままに襲いかかってくるだけの生き物ではない。

あの黒い装甲の奥には、戦況を冷静に分析する確かな知能のようなものが存在している。


竜が低い唸り声を上げながら、背後の砂漠に長い尻尾を叩きつけた。

ドスンという重い音が、外部集音マイクを通してコックピットに響く。

次の瞬間、竜はその尻尾を鞭のようにしならせ、先端をこちらへ向けて真っ直ぐに突き出した。

先端に取り込まれた異形の円筒パーツが、朝日に照らされて鈍く光る。


キュイイイイッ。


耳障りな金属の擦れる音が鳴り始めた。

尻尾のガトリング砲の砲身が、猛烈な速度で回転を開始した音だ。

俺はハッとして、左のサブモニターに目を向けた。

そこには、頭を抱えてボロボロのトラックの陰にしゃがみ込むユミィの姿が映っている。


あんな薄っぺらい鉄板、機関砲の直撃を受ければ紙くずみたいに貫通してしまう。

俺は右足のペダルを床が抜けるほどの力で踏み抜いた。

同時に、両手の操縦桿を内側へ激しく倒し込む。

ジェネレーターが悲鳴のような駆動音を上げ、俺の背中をシートに強く押し付けた。


ルベルジンの巨大な黒い体が、ユミィの隠れるトラックの前へと滑り込む。

間髪入れず、竜の尻尾から凄まじい閃光が連続して噴き出した。

ドドドドドッという空気を切り裂くような破裂音が、砂漠の朝を一瞬で支配する。

俺は機体の重心を落とし、大剣の広い腹を盾のようにして前へ突き出した。


鼓膜を破るような金属の衝突音が、コックピット内に響き渡る。

カン、キン、ガガガガッ。

分厚い装甲と大剣に、無数の銃弾が嵐のように叩きつけられていた。

凄まじい衝撃が操縦桿を伝わり、俺の両腕の骨をガクガクと激しく揺さぶる。


弾かれた銃弾が火花を散らし、周囲の砂をボコボコと吹き飛ばしていく。

コックピット内の赤い非常灯が、着弾の衝撃に合わせて激しく点滅を始めた。

メインモニターの視界が、火線の閃光と巻き上がる砂埃で完全に白く染まる。

俺は歯を食いしばり、足元のペダルに全身の体重を乗せて耐え続けた。


装甲の表面温度を示す右側の緑色のゲージが、みるみるうちに黄色へと変わっていく。

焦げた機械油の匂いが、空調の風に乗ってコックピット内に充満し始めた。

息が詰まるような熱気が、黒いシャツの下の肌にじわりと汗を浮かばせる。

シートベルトが胸に食い込み、呼吸をするのさえ苦しい。


それでも俺は、操縦桿から絶対に手を離さなかった。

背後にいるユミィを守るためには、この鉄の雨の中で一歩も退くわけにはいかない。

俺の頭の中は空っぽだが、この両手は機体を動かす方法を確かに知っている。

ルベルジンの黒い装甲が銃弾を弾き返すたび、俺の意志と機体が深く繋がっていくような感覚があった。



ドドドドドと砂漠を震わせていた衝撃が、不意にピタリと止まった。

視界を覆っていた無数の火線が消え去り、ルベルジンの装甲を叩いていた激しい金属音が止む。

俺は操縦桿を握りしめたまま、メインモニターに映る濃い砂煙を凝視した。

巻き上がった砂の向こう側で、巨大な影が素早く動く。


竜型アルヴィアは、あれだけの猛射を浴びせておきながら、さらに後ろへと飛び退いた。

ズザザッと砂を跳ね上げ、俺たちから明確に距離を取っていく。

俺は心の中で小さな疑問を抱いた。

なぜ今、一気に間合いを詰めてこないのだろうか。

ルベルジンがこちらの攻撃を防ぎきり、動きを止めていたあの瞬間こそ、最大の好機だったはずだ。


コックピット内には、排熱が追いつかない熱気が生ぬるく立ち込めている。

汗が額を伝い、目元に流れ込んできそうになって俺は強く瞬きをした。

シートベルトが胸を圧迫し、呼吸をするたびに苦しい。

コンソールの右側で、損傷軽微を示す緑色のランプが明滅している。

あの嵐のような銃撃を耐えきったルベルジンの装甲には感服するが、このまま守り続けていればいつかは限界がくる。


スピーカーから、ザザッという激しいノイズとともにユミィの声が飛び込んできた。

彼女は戦闘の邪魔にならないよう切っていたマイクを、再び繋いだらしい。

トラックの陰から外の様子を窺っている彼女の声は、ひどく強張っていた。


「ヒカリ、聞こえる? あいつ、弾を撃ち尽くしたわけじゃないよ」


俺は操縦桿の通信スイッチを親指で押し込みながら、モニターの竜を睨みつける。


「どういうことだ、ユミィ。なんであいつは下がった」


「次弾の準備だよ。さっきのガトリング砲、銃身が真っ赤になるまで熱を持ってた。アルヴィアの体内に取り込まれた武器は、生き物の組織と融合してるから、過熱しすぎると自分の肉体が焼けちゃうの。だから一度距離を取って、銃身を冷却しながら次の弾を体内で生成して装填してるんだよ」


ユミィの推測が、コックピットのスピーカーを通じて俺の脳に突き刺さる。

なるほど、あいつの兵器には明確な隙が存在するということだ。

生物としての限界が、機械の性能を縛っている。

だが、その冷却と装填の時間が終われば、再びあの絶望的な鉄の雨が俺たちに降り注ぐことになる。


通信の向こうで、ユミィが悔しそうに歯噛みする音が聞こえた。

ルベルジンは耐えられても、次の攻撃も背後の彼女を守りながらあの猛攻を完全に防ぎきる保証はない。

何かしらの打開策を見つけなければ、ジリ貧になって潰される。


俺はフットペダルに置いた両足に、じわりと力を込めた。


「ユミィ、あいつが次の弾を込める前に、あの尻尾を叩き切る」


「え、でも、あいつの動きは速いよ。不用意に近づいたら、あの巨大な翼で叩き落とされるか、牙で噛み砕かれる」


ユミィの指摘はもっともだった。

距離がある現状では、こちらが直線的に突撃しても、途中で相手の冷却が完了して迎撃される可能性が高い。

何かあいつの目を引きつける、あるいは動きを一瞬でも止める方法が必要だった。


俺は赤い非常灯が点滅するコンソールを見回し、ルベルジンの残載武装のゲージを確認する。

白と黒の大剣以外に、飛び道具のようなものは一切表示されていない。

この黒い巨体は、接近戦に特化しすぎている。


「ヒカリ、私のトラックのクラクションとライトを使うよ」


ユミィが突然、思い切った声を上げた。


「あいつの感覚器官が金属の熱や音に反応してるなら、私がここで大音量を鳴らせば、一瞬だけ注意を逸らせるかもしれない。その隙に、ルベルジンで間合いを詰めて」


それはユミィ自身が完全に囮になることを意味していた。

竜の怒りは真っ先にトラックへと向かう。

俺は躊躇した。

記憶のない俺を救ってくれた彼女を、ここで死なせるわけにはいかない。


俺は両手の操縦桿を深く握り直し、いつでも飛び出せるようにペダルを限界まで踏み込んだ。

ルベルジンの駆動炉が、腹に響く重低音を鳴らし始める。

モニターの向こうで、竜の尻尾の回転が完全に停止し、不気味な静寂が砂漠を包み込んでいた。


ーーーーーーーーーーー


「ユミィ、待ってくれ」


俺は通信スイッチを強く押し込み、彼女の無茶な提案を急いで止めた。

あんな装甲の薄いボロボロのトラックで囮になるなんて、ただの自殺行為だ。

もし一発でも流れ弾が当たれば、彼女の命はそこで終わってしまう。


「トラックのエンジンをかけて、今すぐ竜に対して横方向に走ってくれ。全速力だ」

「えっ、でもそれじゃあんたが」

「いいから、早く俺から離れるんだ。早く」


少しだけ声を荒げて指示を出すと、通信の向こうでユミィが小さく息を呑む音が聞こえた。

彼女は俺の真意が分からないまま、それでも指示に従ってくれたらしい。 ガタガタと酷い振動音を立てて、トラックのエンジンが息を吹き返した。


左のサブモニターに目をやると、トラックがゆっくりと動き出すのが見えた。

焼け焦げた配線を無理やりバイパスしただけの駆動系が、悲鳴のような低い音を立てている。

全速力で走れと伝えたが、実際には人間の小走り程度のスピードしか出ていない。

車輪が砂に足を取られ、右へ左へとふらつきながら進む痛々しい姿だ。

それでも、少しずつ俺の背後から離れていく。


俺は再び正面のメインモニターに向き直った。

砂煙の向こう側で、竜が長い尻尾をゆっくりと持ち上げるのが見える。

先端の銃身周辺の空気が、高熱でぐにゃぐにゃと陽炎のように歪んでいた。

冷却と次弾の体腔内生成が終わったのだ。

竜の頭部にある凶悪な赤い瞳が、真っ直ぐにルベルジンの黒い巨体を捉えている。


これでいい。

俺の狙いは、ユミィを竜の射線から完全に外すことだった。

あいつの最大の標的は、極上の鉄の塊であるこのルベルジンだ。

ユミィが横に移動したことで、あいつが俺に向かって弾を撃ち続けても、彼女に流れ弾が当たる危険はなくなった。


キュイイイイッ。


不気味な回転音が、再び砂漠の空気を切り裂いた。

尻尾のガトリング砲の銃身が、猛烈な速度で回り始める。

俺は深く息を吸い込み、右手のトリガーを引いた。

ルベルジンが右腕を大きく持ち上げ、白と黒の大剣を機体の正面に構える。

分厚く広い剣の腹を、完全に盾の代わりとして使う。


ドドドドドッという空気を震わせる爆音と共に、竜の尻尾から凄まじい閃光が噴き出した。

再び、死を運ぶ鉄の雨が降り注いでくる。

俺は両手の操縦桿を内側へ絞り込み、両足のペダルを床が抜けるほどの力で踏み抜いた。


ルベルジンの背部と脚部のスラスターから、青白い炎が爆発的に噴出した。

凄まじい推進力が生まれ、何十トンもある漆黒の巨体が前へと弾き出される。

背もたれに強烈なGがかかり、俺の背中を革のシートに深く沈み込ませた。

四点式のシートベルトが胸の骨をミシミシと圧迫し、息をするのも苦しい。


ガガガガガガガッ。


盾にした大剣の腹に、無数の銃弾が次々と激突する。

鼓膜を破るような激しい金属音が、狭いコックピット内に反響し続けた。

大剣から伝わる凄まじい衝撃が右腕の操縦桿を揺さぶり、俺の肩の関節を外れそうなほど激しくノックする。

弾かれた銃弾がオレンジ色の火花を散らし、メインモニターの視界を真っ白に染め上げた。


コックピット内の赤い非常灯が、狂ったように点滅を繰り返している。

装甲の表面温度を示すメーターが、一気に危険域の赤色へと跳ね上がった。

機体の隙間から噴き出す冷却用の白い蒸気が、モニターの表面を薄く曇らせる。

焦げた機械油の匂いと、金属が焼け焦げる強烈な匂いが鼻腔を激しく突いた。


それでも俺は、ペダルから絶対に足を離さなかった。

銃弾の嵐を正面から受け止めながら、俺はただひたすらに直線を駆け抜ける。

横へ避ければ、あの銃口はまたユミィのトラックを狙うかもしれない。

だからこそ、あいつの視界を俺の機体だけで完全に埋め尽くしてやる必要があった。


砂埃と火花で前はほとんど見えない。

だが、メインモニターの中央に映る巨大な熱源のマーカーだけは、はっきりと捉え続けている。

ドスン、ドスンと、ルベルジンの足が熱砂を蹴り飛ばすたびに、竜との距離が確実に縮まっていく。

俺は歯を食いしばり、鉄の嵐のど真ん中を一直線に突き進んでいった。



盾にした大剣の腹に、絶え間なく銃弾が直撃している。 鼓膜を破るような金属音が連続し、コックピット全体が激しく揺さぶられていた。

俺は正面のモニターを睨みつけながら、頭の中で静かに数字を数え始める。

一、二、三。 さっきの掃射を思い出す。

銃身が赤熱して回転が止まるまでの時間は、だいたい十二秒だった。

それがこの鉄の雨が続くタイムリミットのはずだ。


右手の操縦桿から伝わる衝撃が、肩の骨を砕きそうなくらい重い。

足元のペダルを踏み込む太ももの筋肉が、極度の緊張で熱く燃えている。

四、五、六。 その時、機体の左肩のあたりで嫌な破砕音が響き渡った。 カンッという高い音と共に、分厚い黒の装甲が大きく弾け飛ぶ。

火花が散り、コックピットの左側モニターがエラーの赤色を点滅させた。


俺は視線をモニターの隅へ向け、思わず息を呑んだ。

吹き飛んだ黒い鉄板の下から、全く別の色が現れたのだ。

ユミィが言っていた、白いフレームではない。

そこにあったのは、血のように生々しい真紅の肩パーツだった。

なんだあれは。 黒い装甲ではなかったのか。


左のサブモニターの端に、遠くへ離れていくトラックの窓からこちらを見ているユミィの姿が映った。

彼女もあの赤い装甲に気がついたらしい。

信じられないものを見たように目を丸くして、両手で口元を覆っている。

彼女の唇がわずかに動いたが、通信機から声は聞こえてこなかった。

戦いの邪魔にならないよう、驚きを無理やり喉の奥に飲み込んだのだ。


俺も今は、あの赤い装甲の正体を考えている余裕はない。

銃弾の圧力はさらに増し、ルベルジンの巨体を少しずつ後ろへ押し下げてくる。

七、八、九。

ここだ。

俺は両手の操縦桿を動かさず、大剣の盾を正面に固く固定したままにする。


俺は足のペダルだけを床の底まで限界まで踏み抜いた。

ルベルジンの左脚のバーニアだけが、爆発的に青白い火を噴く。

機体の巨大な質量が、ユミィが逃げていった方向とは真逆の右側へと急転回した。

猛烈な横Gが俺の身体をシートに叩きつける。

シートベルトが鎖骨に食い込み、肺の中の空気が無理やり押し出された。


竜は俺のこの急激な軌道変更に全く反応できなかった。

十、十一、十二。

竜の尻尾から吐き出された弾丸は、ルベルジンがさっきまで立っていた空間を虚しく引き裂くだけだ。

分厚い砂埃だけが空高く舞い上がる。

空振りに終わった鉄の雨が、ピタリと止んだ。

俺の予想通り、十二秒であいつのガトリング砲は限界を迎えたのだ。


キュラキュラという砲身の空回りする音が、砂煙の向こうから聞こえてくる。

モニターの視界が少しずつ晴れていく。

竜が苛立ったように巨大な鋼鉄の翼を大きく羽ばたかせた。

獲物を見失い、自分の武器が限界まで熱を持ったことを悟ったのだ。

ズンと重い地響きを立てて、竜は再び後方へと大きく飛び退いた。

冷却と次弾装填のために、また俺との距離を空けたのだ。


モニターの向こうで、巨大な竜が大きく翼を広げるのが見える。

先ほどと同じだ。

弾を撃ち尽くしたあいつは、冷却と装填のために必ず自分から後ろへ飛び下がる。

俺の頭の中で、その単調な行動パターンがはっきりと組み上がっていた。


俺は横へ急転回した勢いを殺さず、そのまま足のペダルへの体重を乗せ換えた。

床の奥深くまでペダルを踏み抜く。

ルベルジンの巨大な足が熱砂を深くえぐり、機体が猛烈な推進力を伴って斜め前へと弾き出された。


背中がシートに激しく叩きつけられる。

シートベルトが肩の肉に食い込み、肺から空気が漏れた。

コックピット内の熱気が一気に後方へ追いやられ、代わりに焦げた油の匂いが鼻を突く。

俺の狙いは一つだ。 後ろへ飛び下がろうとしている竜の、左足のすぐそばだった。


竜が砂を蹴り上げて飛び退いた瞬間、俺のルベルジンはすでにその着地点へと滑り込んでいた。

モニターいっぱいに、竜の分厚い黒い装甲が映し出される。

獣の荒い息遣いまで聞こえてきそうな近さだ。

俺はペダルを細かく踏み調整し、竜の左足に張り付くような位置で機体の動きをピタリと止めた。


竜が驚いたように赤い瞳をギョロリと動かした。

安全な距離を取ったはずなのに、すぐ足元に獲物がいるのだ。

あいつの顔が、わずかに歪んだように見えた。

熱を持った尻尾の機関砲をこちらへ向けようとするが、近すぎて角度が合わない。


俺は操縦桿を軽く握ったまま、竜の次の動きを静かに待った。

焦ったあいつが取る行動も、すでに予想がついている。

冷却時間を稼ぎたい竜にとって、こんな至近距離での乱戦は絶対に避けたいはずだ。

だから、もう一度大きく距離を取るしかない。


バサァッという重い音が、外部マイクを通して響いた。

竜が巨大な鋼鉄の翼を激しく羽ばたかせたのだ。 周囲の砂が一気に巻き上がり、コックピットの窓をバラバラと叩く。

竜は俺から逃れるように、斜め上空へと大きく飛び上がった。


だが!

それこそが、俺の待っていた瞬間だった。

メインモニターの視点を、上空へ逃げる竜の腹部へと急いで切り替える。

空へ飛び上がった竜の姿を見て、俺は口の端を少しだけ吊り上げた。


あいつの尻尾には、巨大なガトリング砲が取り込まれている。

当然、そんな鉄の塊が尻尾の先についていれば、重心は異常なほど後ろに偏る。

地上にいる時は、筋肉と関節の力で無理やり持ち上げていたのだろう。

だが空中に飛び上がった今、その重力に逆らうことはできない。


巨大な機関砲の重みに引っ張られるようにして、竜の尻尾が機体の真下へとだらんと垂れ下がっていた。

無防備に腹の下へぶら下がった、黒く焦げた鉄の塊。

まるで、俺にここを切れと言わんばかりの完璧な的だった。


「もらった」


俺は両手の操縦桿を、胸の前へ力強く引き寄せた。

ルベルジンの右腕が油圧の軋む音を立てて高く上がり、大剣が頭上に構えられる。

手のひらから操縦桿を通じて、機体の凄まじい力がダイレクトに伝わってきた。

足のペダルを浅く踏み込み、機体の重心を前傾させる。


俺は大きく息を吸い込み、両手の操縦桿を一気に下へと振り抜いた。

操縦桿の重い抵抗感が、何かにぶつかって一瞬だけ弾かれる。

それでも俺は、力任せにそのまま下まで押し切った。


白と黒の大剣が、空気を切り裂いて一閃する。

ガキッという硬い音が響き、視界の中でまばゆい火花が散った。

俺の腕の筋肉が、手ごたえを確かに感じて熱く脈打っている。

空中でバランスを崩した竜の絶叫が、砂漠の空にこだました。



ズシンという途方もなく重い音が、背後の砂漠から響いた。

切り離された巨大なガトリング砲付きの尻尾が、熱砂の上に叩きつけられた音だ。

空中でバランスを完全に失った竜が、不格好に砂の上へ墜落する。

巨大な砂煙が上がり、メインモニターの視界が一時的に茶色く染まった。


だが、安堵する暇は一秒もなかった。

砂煙を内側から吹き飛ばすように、空気を震わせる巨大な咆哮が轟く。

ビリビリとコックピットのガラスが鳴り、俺の鼓膜を鋭く突き刺した。

モニターに映る竜の赤い瞳が、先ほどまでの冷静さを完全に失い、狂気に満ちた光を放っている。

自慢の重火器を奪われた怒りで、完全に激昂していた。


ズン、ズンと地響きを立てて、竜が真っ直ぐにこちらへ突進してくる。

もう小細工はない。

剥き出しの殺意を込めた、純粋な牙と爪による猛攻だ。

俺は両足のペダルにグッと力を込め、ルベルジンの機体を前傾姿勢で固定する。

右手の操縦桿を強く握り込み、大剣の切先を竜の鼻先へ向けて構えた。


竜が強靭な後ろ脚で砂を蹴り、巨大な体を宙に浮かせる。

両手の鋭い爪が、俺のコックピットを引き裂こうと上から迫ってきた。

俺は防御のために後ろへ下がることを選ばなかった。

足のペダルをさらに深く踏み込み、機体を逆に竜の懐へと飛び込ませる。


同時に、左手の操縦桿を外側へ弾くように倒した。

ルベルジンの左腕が跳ね上がり、竜の右爪を外側から強引に叩き落とす。

ガキィィンという凄まじい金属音が鳴り響き、オレンジ色の火花がコックピットの窓を照らした。 竜の姿勢がわずかに右へ崩れる。


そこへ、右手の操縦桿を限界まで前へと押し込んだ。 油圧モーターの限界を超えるような軋み音が、機体の奥から鳴り響く。

白と黒の大剣が、無防備になった竜の左胸の装甲に深く突き刺さった。 分厚い鉄板が砕けるような、重く鈍い感触が操縦桿を通して俺の手のひらに伝わってくる。


致命傷を与えたはずだった。 しかし、竜の執念は俺の予測を完全に超えていた。 剣を突き刺されたままの状態で、竜は強引に長い首をこちらへねじ曲げてきたのだ。

ワニのような巨大な顎が、ルベルジンの右肩にガコンと噛み付いた。


コックピット内に、けたたましい警告音が鳴り響く。

右側のサブモニターに表示されていた装甲ゲージが、緑から一気に赤へと変わった。

凄まじい力で肩を噛み砕かれる感触が、右腕の操縦桿を激しく揺さぶる。

俺の肩の骨まで一緒に砕けそうなほどの激しい振動だ。


俺は歯を食いしばり、左足のペダルを思い切り踏み抜いた。

左側のスラスターが火を噴き、ルベルジンの巨体が強引に竜の顎から引き剥がされる。

メキィッという嫌な音と共に、右肩の黒い装甲の一部が完全に食い千切られた。

千切れた装甲の破片が空中に舞い、砂漠の熱風に乗って後方へと吹き飛んでいく。


距離を取ったルベルジンの姿勢を、ペダルを細かく踏み直して立て直す。

メインモニター越しに、自分の機体の右肩を確認した。

分厚い黒の装甲が剥がれ落ちたそこには、さっきの左肩と同じように、生々しい真紅のパーツが剥き出しになっていた。

機体の内部で、赤い非常灯がせわしなく点滅を続けている。 焦げた機械油の匂いがさらに濃くなり、俺の額から汗がポタポタとこぼれ落ちた。


再び正面のモニターへ視線を戻す。

竜は胸に深い傷を負い、そこから黒い液体をドクドクと砂にこぼしている。

それでも、あいつはまだ倒れない。

赤い瞳の光を少しも弱めることなく、俺を明確な敵として睨みつけ続けていた。


ただの鉄を喰うだけの獣じゃない。 この野生の機械は、とてつもない戦意と意地を持っている。

俺は荒い息を吐きながら、操縦桿を握る両手に再び力を込めた。 素直に、大したものだと感心する。

得体の知れないバケモノ同士、ここからが本当の殺し合いだ。


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