16話:Unyielding Pursuit 〜逃れられぬ鉄の轍〜
フロントモニターの向こう側で、巨体がついにこちらへ向き直る。
排気口からプシューッと白い高熱蒸気を吹き出している。
その蒸気は夜の冷気と混ざり合い、怪しく揺らめいていた。
赤いメインカメラが、不気味な光を増して俺たち三機を睨みつけている。
ズゥン。
リノセロスが踏み出した一歩で、大地が揺れた。
コクピットのシート越しに、重い振動が俺の尻と背中に伝わってくる。
間違いなく、奴は怒っている。
こちら三機を相手にして、いまだに一機も仕留めきれていない。
その事実が、あの鉄の怪物には許せないのだ。
怒号のような駆動音が、リノセロスの巨体の中から地鳴りのように響いていた。
「こいつ、めちゃくちゃ頭に血が上ってるぞ」
思ったままを口に出した。
操縦桿を握り直す。 手のひらにかいた汗の感触が伝わる。
「そりゃそうやろ。雑魚と思ってた相手に一泡吹かされたんやからな」
ラキが不敵に笑う音が通信機から聞こえた。
だが、ラキの機体も無傷ではない。
足元のペダル操作に伴って、駆動部からキーキーと高い摩擦音が漏れていた。
「熱くなりすぎないでね、ふたりとも。相手はまだピンピンしているわ」
シルヴィアさんの静かな声が、興奮しかけた俺たちの空気を引き締める。
彼女の指先がコクピット内のパネルを迅速に叩く音が聞こえた。
「装甲の隙間を狙った攻撃は効いているけれど、決定打には遠いわ。次の一手を用意しないとね」
リノセロスが前脚を地面に叩きつけた。
ドカンと大きな音が破裂し、大量の土砂が舞い上がる。
舞い散る泥と砂利が、俺の機体の装甲にパチパチと当たって弾けた。
画面越しでもわかるほどの圧倒的な圧圧感が迫ってくる。
俺は足元ペダルにいつでも動けるように力を込める。
操縦桿の傾きを確認し、腕の関節モーターを整える。
コクピットを満たす機械の駆動音が高揚感を煽る。
ズズン。
重い地鳴りが鼓膜を叩いた。
リノセロスの巨体が、予想外の動きを見せたのだ。
あんなに怒り狂っていたはずの鉄の怪物が、大きく後ろへ飛び退いた。
「なにっ」
フロントモニターの中で、巻き上がった砂埃がゆっくりと晴れていく。
リノセロスは俺たちに敵意を向けていなかった。
太い首が右方向へゆっくりと旋回している。
赤いメインカメラの不気味な光が、俺たちとは全く違う方向を捉えていた。
俺はサイドモニターのレーダーに目を落とす。
違う光点が、その先で小さく点滅していた。
クレティさんとユミィが足止めしてくれている、もう1匹のリノセロスの反応だ。
「あいつ、相方と合流する気か」
俺は操縦桿から片手を離し、通信機のスイッチを叩いた。
挟み撃ちにされる。
嫌な汗が背筋を伝い落ちた。
「いや、ちょっと待てや」 ラキの声がノイズに混じって響く。
いつもより少しだけ甲高い声だ。
「あいつ、相方のほうを見てへんぞ」
俺は再びフロントモニターを凝視した。
ラキの言う通りだった。
リノセロスは仲間のいる右方向を見て
小さく悲しそうに「クォッ」と鳴いた後に、鼻からプシッと短い蒸気が噴き出した。
さらに首をねじ切るように左へ回したのだ。
俺はサブカメラの映像を切り替えた。
あいつが見ている方向。
画面に映し出されたのは、無骨な鉄骨が組み上がる巨大な施設だった。
掘削場だ。
地下からツァイトを掘削するためのプラント。
大量のツァイトも掘削場の金属も、あそこには大量に眠っている。
冷たいものが胃の腑を駆け上がってきた。
ズゴゴゴゴゴッ。
リノセロスの機体内部から、大きな駆動音が鳴り響いた。
何かを嗅ぎつけたような、貪欲な音だった。
奴はこちらに完全に背を向けた。
無防備な背部装甲を晒している。
だが、俺たちを舐めているわけではない。
戦闘よりも優先すべき目的を見つけたのだ。
「まずいわ」 シルヴィアさんの声が通信機に割り込んだ。
普段の余裕ある声が、今は少しだけ硬い。
「あれは補給に向かっているんだと思う。先ほどのダメージで、エネルギーを著しく消耗したんだわ」
掘削場にはリノセロスの御馳走が溢れている。
あんな怪物が直接あれを食い荒らせば、どうなるか。
傷ついた装甲は修復され、枯渇しかけた動力は完全に回復するだろう。
それどころか、過剰なエネルギーを取り込んで暴走するかもしれない。
「あっこに行かれたら、お終いやんけ」
ラキが毒づく音が聞こえた。
リノセロスが大地を蹴った。
ドスーン、ドスーンと、一定のリズムで地面が激しく揺れる。
巨体からは想像もつかないほどの猛スピードだ。
一直線に掘削場へと走り出した。
土煙が壁のように巻き起こり、奴の姿を隠そうとする。
「逃がすかよ」
足のペダルを、床にめり込むほどの力で踏み抜き、背部のメインスラスターが火を噴く。
強烈なGが全身にのしかかり、視界の端が白く飛んだ。
機体が弾かれたように前に飛び出す。
両手の操縦桿をしっかりと握りしめた。
空気の壁をぶち破るような風切り音がコクピットを包み込む。
「ヒカリくん、急いで。あそこに辿り着かれる前に脚を止めるのよ」
シルヴィアさんの機体が、俺の右側をすさまじい速度で追い抜いていった。
スマートな機体が地表を滑るように加速していく。
左側からはラキの機体が、俺を追い抜いていく。
三機の機体が、巨大な土煙を追いかけて全速力で荒野を駆け抜ける。
コクピットの温度が急激に上昇していく。
冷却ファンが悲鳴のような音を立てて回り始めた。
それでも俺は足元のペダルを緩めなかった。
モニターの奥で遠ざかっていくリノセロスの背中に、ただひたすらに照準を合わせ続ける。 焦燥感が胸を激しく叩いていた。
激しい土煙を巻き上げながら、巨大な鉄の塊4機が荒野を突き進んでいく。
ガタガタと激しい振動がシートから伝わってくる。
地表の凹凸を強引に乗り越えるたび、コクピット全体が軋むような音を立てた。
額から流れ落ちた汗が顎を伝い、膝の上に染み込んでいく。
その時だ。
猛進していたリノセロスの巨体が、ほんの少しだけブレた。
地響きのような駆動音が、わずかにトーンを下げる。
奴は走る速度を少しだけ緩めたのだ。
分厚い装甲に覆われた頭部が、ゆっくりと斜め後ろへ向けられた。
赤いメインカメラの光が、土煙の向こうから俺たちを捉える。
冷酷な一瞥だった。
まるで鬱陶しい羽虫でも見るかのような、感情のない赤い光だ。
リノセロスの長い尻尾が、不自然な動きで持ち上がった。
太い鋼鉄の鞭のような尻尾の先端に、無骨な砲身がついている。
その砲身が、走りながら器用にこちらへと向けられた。
砲口の奥で、チカチカと青白い光が瞬き始める。
膨大なエネルギーが圧縮されていく嫌な音が、通信機のノイズに混じって聞こえてきた。
「ラキ、気をつけろ。そっちを狙ってるぞ」 俺は叫んだ。
砲身の角度は、俺の左側を並走しているラキの機体に向いている。
「わかっとる」 ラキの短い返事が返ってきた。
ズドォッ。
空気を切り裂くような破裂音が轟いた。
リノセロスの尻尾から、一直線の極太のビームが放たれる。
青白い閃光が、夜の荒野を真昼のように照らし出した。
ギエルレウが瞬時に動いた。
ラキが足元の右ペダルを強く蹴り込んだのだろう。
右脚のスラスターが短く火を噴く。
機体全体が横へスライドするように急激な軌道変更を行った。
直後、ラキがさっきまでいた空間を、青白い光の束が通り抜けていく。
ビームは後方の岩山に直撃した。
ドガァァンという轟音とともに、巨大な岩盤が跡形もなく吹き飛ぶ。
溶解した岩の破片が雨のように降り注いだ。
凄まじい熱波が、俺の機体のコクピットまで押し寄せてくる。
モニターの温度計が跳ね上がり、警告音が短く鳴った。
「危ないところやったな」 ラキの声が通信機から響く。
少しも慌てていない、いつものニヒルな響きだ。
ギエルレウはすぐに体勢を立て直した。
「走りながら聞いて」 不意に、シルヴィアさんの声が割り込んできた。
はるか前方を走る彼女の機体は、滑らかな動きで地表の障害物を避けている。
その声は相変わらず落ち着いていて、どこか涼しげだった。
「どうしたんだ、シルヴィアさん」 俺は前方から目を離さないまま応じた。
操縦桿を微調整し、機体のバランスを保つ。
「さっきからあの機体を観察していたのだけれど、少しわかったことがあるのよ」
シルヴィアさんの声には、確かな理知の響きがあった。
「今、ラキくんを狙った尻尾の砲身。あれは長距離で直線的な軌道を描くビームね」
確かにその通りだ。
一直線に、遠くの標的を正確に射抜くための攻撃。
「そして、さっきヒカリくんが喰らいかけた口からのビーム」
シルヴィアさんの言葉に、俺の心臓が大きく跳ねた。
あの時の圧倒的な熱と光の奔流が脳裏に蘇る。
「あれは近距離で放射線状に広がる軌道よ。威力が異常に高い分、射程は短いわ」
「なるほどな」 俺は思わず呟いた。
足元のペダルを踏む力を維持したまま、頭の中の情報を整理する。
「遠距離用の狙撃ビームと、近距離用の広範囲ビームってわけか」
ラキが感心したような声を上げた。
「ここまでは観察してわかった事実よ」
シルヴィアさんが言葉を続ける。
「ここから先は私の仮説になるわ」
俺は唾を飲み込んだ。
コクピットの空調ファンが、かすかな音を立てて冷風を送り出している。
「仮説のその一。あの二種類のビームは、連続して発射できないわ」
シルヴィアさんの声が一段とクリアに響いた。
俺はモニターに映るリノセロスの巨体を見つめた。
奴の背中にある排熱口から、蒸気が激しく噴き出している。
さっきの尻尾のビームを撃った直後だからだ。
「あれだけの高出力エネルギーを撃ち出しているのよ。機体内部に熱が溜まるはずだわ。
立て続けに撃てば、自分自身の熱で自壊する。だから、一度撃った後は必ず短い冷却の時間が生じるのよ」
「確かに」
俺は頷いた。
これまでの戦闘を思い返しても、奴はビームを連発してはこなかった。
必ず強力な物理攻撃や、突進を間に挟んできた。
「それなら、撃たれた直後が最大の隙になるっちゅうことやな」
ラキの弾んだ声が聞こえる。 操縦桿を握る手に、再び力がこもるのを感じた。
「そうね。そして、もう一つ。仮説のその二よ」
シルヴィアさんの声が少しだけ低くなった。
真剣な響きが通信機越しに伝わってくる。
「あいつが攻撃を仕掛けてくる基準。その法則性のようなものがあるのではないかと思うのよ」
俺は目を丸くした。
足元の操作を一瞬だけ忘れそうになり、慌ててペダルを踏み直す。
機体がガクンと揺れた。
「法則性?」
俺はそのまま聞き返す。
ただ闇雲に暴れ回っているだけではないというのか。
あの無差別に思えた攻撃の中に、何らかのルールが存在する。
シルヴィアさんの言葉は、俺たちに新しい視点を与えてくれた。
「ええ。あいつは手当たり次第に攻撃しているように見えて、実は明確な優先順位を持っているように感じるのよ」
シルヴィアさんの機体が、前方の岩を避けるために小さくジャンプした。
着地の衝撃を足元のサスペンションで柔らかく吸収しているのが見える。
「どんな基準で俺たちを狙っとるっちゅうんや」 ラキが尋ねる。
俺も同じ疑問を持っていた。
距離か。
ダメージを与えた量か。
それとも、機体の熱源反応か。
前を走るリノセロスの背中が、また少しだけ大きく見えた。
奴はもうこちらを振り返らない。
ただひたすらに、エネルギーの眠る掘削場を目指して巨体を揺らしている。
俺は操縦桿のグリップを強く握りしめた。
手汗で滑りそうになるのを、力でねじ伏せる。
法則性。
それを解き明かせば、あの怪物にも必ず勝機を見出せるはずだ。
エンジンの轟音が、俺の決意を後押しするようにコクピットに鳴り響いていた。
エンジンの轟音がコクピットに鳴り響く。
通信機からシルヴィアさんの声が続いた。
「さっきの仮説1の通りなら、高出力ビームを発射した直後の今が最大のチャンスよ。今からいくつか実験をするわ。指示通りに動いてちょうだい」
シルヴィアさんの声には一切の迷いがない。
俺は足元のスロットルペダルを踏み込んだまま、小さく頷いた。
汗ばんだ手で操縦桿を強く握り直す。
「私はワイヤーを撃ち込んで、リノセロスの動きを鈍らせる。ラキくんはマシンガンで牽制をお願い。ヒカリくんは機体の最大威力の一撃を、あの巨体のどこでもいいから叩き込んで」
的確で無駄のない指示だ。
俺たちがやるべきことは明確だった。
「了解や。」
ラキが即座に答える。 通信機越しの声には、いつもの響きの中に鋭い闘気が混じっていた。
「わかった。全力でいくぞ」 俺も短く返した。
いつでも最大出力で大剣を振り下ろす準備を整えた。
前方を爆走するリノセロスの巨体が、モニターの中で突然ブレた。
奴の背がガシャンと嫌な金属音を立て無骨な小型砲門がぐるりと回転を始める。
機体そのものは進行方向を向いたまま、砲身だけが百八十度反転してこちらに向けられた。
ズガガガガガッ。
けたたましい発射音とともに、無数の火線が放たれた。
後方への牽制の乱射だ。
暗い荒野に、オレンジ色の弾が雨あられと降り注ぐ。
着弾した地面から土砂が爆発するように吹き上がった。
バラバラと細かい石が俺の機体の装甲を激しく叩く。
俺は足元の左右のペダルを小刻みに踏み変えた。
機体が左右にステップを踏むように蛇行する。
弾幕の隙間を縫って前進を続けた。
隣を走るラキの機体も、スラスターを細かく吹かして被弾を避けている。
コクピットが激しく揺れ、シートベルトが肩に食い込んだ。
「いくわよ」 シルヴィアさんの声が響いた瞬間だった。
彼女の機体が、弾幕の中を一直線に加速した。
足元のペダルを深く踏み込んだのだろう。 背部のメインスラスターが青白い炎を長く伸ばす。
フラウスレイがリノセロスの放つ銃弾の軌道を紙一重で躱す。
手元の操縦桿を的確に操作しているのが滑らかな動きでわかる。
機体の両腕が前方へ勢いよく突き出された。 両腕の射出口から、太いワイヤーが鋼鉄の矢のように打ち出される。
バシュッ。
二本のワイヤーが空気を切り裂いた。 狙いは正確だった。
ワイヤーの先端のアンカーが、リノセロスの巨大な後脚の膝裏関節部分に深く突き刺さる。
ガキンと重い金属音が響いた。
シルヴィアさんは即座に足元のペダルを戻し、機体を急制動させた。
地面に両足を深く突き立てる。
ワイヤーがピンと限界まで張り詰めた。
凄まじい張力が生まれる。
猛スピードで走っていたリノセロスの巨体が、右後脚を強く引かれて大きくバランスを崩した。
ズズンと地鳴りが起こり、奴の走行速度が明らかに落ちる。
「もらったで」 ギエルレウが素早く動いた。
シルヴィアさんの作った隙を完全に見切っている。
ラキは機体の両手の操縦桿を限界まで前に倒し込んだ。
両手持ちのマシンガンの銃口が、リノセロスの背中に向けられた。
ラキは両手のトリガーを同時に引き絞る。
ガガガガガガガガガッ。
先ほどと同じ、濃密な弾幕が放たれた。
ビーム弾の雨が、リノセロスの反転した小型砲門に次々と直撃した。
強固な装甲がひしゃげ、細い砲身がへし折れる。
小さい爆発が連続して起こり、黒煙が奴の背中の一部を覆った。
リノセロスの牽制射撃が完全に沈黙した。
ワイヤーに引かれ、背中に銃弾を浴びて、あの巨体が完全に無防備な姿を晒している。
俺の番だ。
俺は足元のスロットルペダルを床の底まで踏み抜いた。
ツァイトモーターが限界を超えて咆哮を上げる。
強烈な加速のGが胸を押し潰しそうになる。
息が詰まった。
それでも視線はモニターの先、リノセロスの背中から絶対に外さないっ。
俺は右手の操縦桿を強く押し込んだ。
機体のに装備された白と黒の大剣がガヂャンと重い音を立てて展開する。
距離が急速に縮まる。
リノセロスの分厚い装甲が、モニターいっぱいに広がった。
表面の細かな傷や、こびりついた泥の質感まではっきりと見える。
「いっけえええっ」 俺は喉の奥から声を絞り出した。
両手の操縦桿を、力任せに前方へと押し込む。
俺の機体は猛スピードの突進の勢いそのままに、大剣をリノセロスの側面へと深く突き立てた。
ガガァァァン。
鼓膜が破れそうな激突音が響き渡る。
機体の右腕から伝わる凄まじい反動。
シートごと俺の身体が後ろに弾き飛ばされそうになる。
俺は奥歯を強く噛み締め、足元のペダルを踏ん張って衝撃に耐えた。
分厚い装甲を、引き裂いていく。
装甲の亀裂から、オレンジ色の火花と黒いオイルが激しく噴き出した。
モニター越しの閃光で視界が真っ白に染まる。
焦げた金属の匂いと、オイルの強烈な悪臭がコクピットに充満した。
確かな手応えがあった。
俺たちの連携が、間違いなくあの怪物に最大威力の一撃を叩き込んだのだ。
ビリビリとした痺れが俺の右腕に返ってくる。
装甲をぶち破られたリノセロスの巨体が、怒りに身を震わせた。
傷口から黒いオイルが噴水のように飛び散る。
オイルの焦げるひどい悪臭がコクピットの換気フィルターを通り抜けてきた。
俺はすぐさま次の行動に移ろうと、右手の操縦桿を引き戻す。
「ヒカリくん、全力で後退して」 通信機からシルヴィアさんの鋭い声が飛んできた。
焦りのない、だが有無を言わせぬ響きだった。
「ラキくんはヒカリくんの前に出て。マシンガンを撃ってちょうだい。ただし、胴体アーマーの隙間は狙わずに撃つのよ」
隙間を狙わずに撃つ。
それはつまり、一番分厚い装甲の正面からビームをばらまけという意味だ。
どう考えてもダメージは通らない。
「了解した」 俺は疑問を口にするより先に、両足のペダルから足を離した。
すぐさま後退用のフットペダルを床の奥底まで強く踏み込む。
スラスターが逆噴射の火を吹いた。
強烈なブレーキの衝撃で上半身が前に持っていかれる。
俺の機体はリノセロスの横っ腹から刀を引き抜き、一気に後方へ飛び退いた。
「了解や。無駄撃ちもたまにはええやろ」
ラキの機体が、俺の視界の右側から滑り込んできた。
ギエルレウが俺の機体を庇うように正面に立つ。
ラキは両手の操縦桿のトリガーを迷いなく引いた。
ガガガガガガッ。
二丁のマシンガンが再び火を吹く。
無数のビーム弾が、振り向いたリノセロスの正面装甲に吸い込まれた。
カンカンカンカンッ。
硬い装甲にぶつかる甲高い音が荒野に響き渡る。
分厚いアーマーの表面で、オレンジ色の火花が派手に散った。
だが、それだけだ。 装甲にはかすり傷くらいしか付いていない。
ラキもそれは百も承知だ。
あえて一番硬い場所へ、ひたすらに弾丸を浴びせ続けている。
リノセロスは気にも留めなかった。
弾丸の雨を顔面で受けながら、赤いメインカメラを俺の機体へ真っ直ぐに向けている。
チカチカと不気味に点滅する赤い光。
間違いなく、俺を完全にロックオンしている。
横っ腹に痛烈な一撃を叩き込んだ俺を、最優先で排除するつもりだ。
ズン、と重い音が腹の底に響いた。
リノセロスが太い前脚を折り曲げ、地面に深く沈み込む。
装甲の隙間から、限界まで圧縮された高熱の蒸気がプシューッと噴き出した。
奴が動いた。
大地が爆発したかのように土砂が舞い上がる。
巨大な鉄の塊が、ラキの機体の真横をすり抜けた。
マシンガンの弾幕など完全に無視している。
俺の機体目掛けて、一直線に飛び込んできたのだ。
フロントモニターが、突撃してくる巨体で真っ黒に埋め尽くされる。
コクピットに警告音がけたたましく鳴り響いた。
俺は操縦桿を強く握りしめる。
回避のペダルを踏もうと足に力を込めた。
その時だった。
俺の視界の端で、シルヴィアさんの機体が動いた。
速い。
機体の両腕が胸の前で交差した。
腰から四つのクナイが引き抜かれる。
機体の指先が、流れるような動作でクナイの柄を組み合わせた。
カチン。
硬質な音が通信機越しに聞こえる。
四つの刃が十字に展開した。 巨大な手裏剣だ。
シルヴィアさんの機体が右足を大きく前へ踏み出す。
機体の右腕が大きく後ろへ引かれた。
腕部の関節モーターが一気に唸りを上げる。
右腕が鞭のようにしなった。
手首の回転が加わる。
巨大な手裏剣が放たれた。
空気を切り裂く鋭い風切り音。
手裏剣が猛烈な速度で回転する。
円盤と化した刃が、夜の闇を一直線に切り裂く。
狙いは突進してくるリノセロスの側面。
疾風のような一撃が、宙を舞う巨獣の死角へと迫っていた。
漆黒の円盤が闇を切り裂く。
鋭い風切り音がコクピットの装甲越しに響いた。
巨大な手裏剣が、一直線にリノセロスへと迫る。
奴は俺への突進を止めない。
完全に死角からの奇襲だった。
ガァン。
硬く重い衝突音が荒野に弾けた。
手裏剣が、分厚い肩部装甲の隙間に滑り込む。
凄まじい速度で回転する刃が、内部のフレームを容赦なく削り取った。
強固な装甲の継ぎ目がひしゃげる。
赤黒い火花が激しく散った。
切断されたケーブルから、黒いオイルが霧のように噴き出す。
奴の巨体が大きくグラついた。
猛烈な突進の勢いが完全に死ぬ。
ズザザザッと地面を深く削りながら、リノセロスは強引に立ち止まった。
確かなダメージが入っている。
シルヴィアさんの機体がすかさず動いた。
両手の操縦桿を器用に弾く。
フラウスレイの右腕から、細く強靭なワイヤーが射出された。
ワイヤーは空中で美しい弧を描く。
弾き飛ばされて宙を舞っていた手裏剣の、中央の穴を見事に捉えた。
カキンと小気味良い金属音が響く。
シルヴィアさんが操縦桿を手前に引いた。
ワイヤーが瞬時に巻き取られる。
巨大な手裏剣が、フラウスレイの手元に一直線に戻ってきた。
左手を伸ばして手裏剣の柄の部分を、金属の指ががっちりと掴み取った。
流れるような、一切の無駄がない回収だった。
「陣形を変えるわよ」 通信機からシルヴィアさんの声が飛んできた。 「ラキくん前衛。ヒカリくん後衛」
迷いのない、はっきりとした指示だった。
俺は足元のペダルを微調整した。
機体をスライドさせ、フラウスレイの後ろへと下がる。
同時に、ラキの機体が進み出て一番前に立った。
シルヴィアさんを、俺とラキで前後に挟み込む形になる。
俺はコクピットの中で少しだけ首を傾げた。
一番装甲が厚いのは俺の機体だ。
本来なら、俺が前衛に立って敵の攻撃を引き受ける役をすべきだ。
それなのに、重装甲の俺が一番後ろに下がる。
ずいぶんと変わった陣形だ。
疑問が口を突いて出そうになった。
だが、前方のリノセロスがその隙を与えなかった。
地響きのような駆動音が再び高まる。
奴の背中から吹き出していた蒸気が、いつの間にか止まっていた。
冷却が完了したのだ。
太い尻尾が、意思を持った生き物のように鎌首をもたげた。
先端の無骨な砲身が、ゆっくりとこちらを向く。
砲口の奥で、青白い光がチカチカと瞬き始めている。
膨大なエネルギーが圧縮される、空気が焦げる嫌な匂いがコクピットにまで届いた。
奴は誰に狙いをつけている!?
俺はフロントモニターの映像を強く睨みつけた。
真っ直ぐに向けられた砲身の角度を確認する。
一番前にいるラキじゃない。
一番後ろにいる俺でもない。
射線の先にあるのは、陣形のど真ん中だ。
リノセロスの赤いメインカメラは、シルヴィアさんのフラウスレイだけをじっと見据えていた。
通信機からシルヴィアさんの声が飛んできた。
「フラウスレイを中心に左右に展開。ラキくん、ハンドガンを最大出力にして」
一切の焦りがない、透き通るような声だった。
俺はすぐさま足元の両ペダルを踏み分けた。
スラスターの噴射角を調整し、機体を右方向へ大きく横滑りさせる。
同時に、一番前にいたラキの機体も素早く左へと動いた。
俺たちの機体が、シルヴィアさんのフラウスレイから左右に散る。
縦一直線だった陣形が、瞬時に大きく扇状に広がった。
「了解や。とびっきりのやつを食らわせたる」 ラキの機体が右手の操縦桿を素早く動かしたのが見えた。
ギエルレウの右腕が腰のホルスターに伸びる。
引き抜かれたのは、取り回しの良い青と白のハンドガンだ。
ラキのハンドガンに急速にエネルギーが充填されていく。
前方のリノセロスの巨体が、ほんの一瞬だけピタッと止まった。
前衛と後衛が突然左右に分かれた動きに戸惑ったようだ。
赤いメインカメラの不気味な光が、左右に散った俺とラキを交互に見るように揺れた。
巨体の動きがわずかに鈍る。
だが、それもほんの数秒のことだ。
再び赤い光が、中央に残ったシルヴィアさんの機体に固定された。
奴の太い尻尾の砲身が、完全にシルヴィアさんを捉えた。
砲口の奥で瞬いていた青白い光が、一気に膨れ上がる。
ジリジリと空気が焼け焦げる音が、荒野全体に響き渡った。
限界まで高められたエネルギーの塊が、今にも解き放たれようとしている。
強烈な閃光に反応し、コクピットのフロントモニターが自動で減光フィルターをかけた。 視界が少し暗くなる。
「ラキくん」 通信機から、シルヴィアさんの短く鋭い声が響いた。
それが合図だ。
俺の視界の左側で、ラキのギエルレウが動いた。
足元のペダルを深く踏み込み、機体の姿勢を極限まで低く落とす。
右手を真っ直ぐに前へ突き出した。
限界までエネルギーを溜め込んだハンドガンの銃口が、リノセロスの顔面に向けられる。
ラキは迷わずトリガーを引いた。
ドォォォォン。
大気を震わせるすさまじい轟音が響いた。
ハンドガンの小さな銃口から、ギエルレウの持つ最高火力が撃ち出される。
極太の青白い熱線の束が、夜の闇を完全に吹き飛ばした。
強烈な発射の反動で、ラキの機体が少し後ろへ滑る。
土煙を上げながら、ギエルレウの足元が地面をえぐっていった。
放たれた一撃は、尻尾の砲身に気を取られていたリノセロスの顔面に直撃した。
強烈な光が弾け、周囲が真っ白に染まる。
分厚い頭部装甲が爆発するように砕け散った。
黒いオイルと金属の破片が、四方八方に飛び散る。
パラパラと俺の機体の装甲にも細かい破片が当たった。
リノセロスの巨体が、顔面を殴り飛ばされたように大きく仰け反った。
「多分、今の発射されていない主砲はラキくんに向けられるわ。回避の用意をして」
通信機からシルヴィアさんの透き通った声が響いた。
一切の動揺を感じさせない、静かな指示だ。
「私とヒカリくんでフォローに入るから」
「了解した」 俺はすぐさま返事を返す。
「任せとき」 ラキの声にも焦りはなかった。
俺は両手の操縦桿を強く握り直す。
足元のペダルに軽く力を込めた。
いつでも前へ飛び出せるよう、機体の姿勢を低く保つ。
前方のリノセロスが動きを止めた。
コンマ数秒の不気味な静寂が落ちる。
顔面の装甲が吹き飛び、内部の黒いフレームが剥き出しになっていた。
奴は戸惑っていた。
至近距離から最大火力を浴びて、機械の思考回路が一瞬だけショートしたかのようだった。
だが、それも一瞬のことだ。
ギャアアアアアッ。
巨大な金属を乱暴にこすり合わせたような、
耳障りな絶叫が響き渡る。
奴の内部から漏れ出した怒りの咆哮だった。
ひしゃげた頭部の奥で、赤いメインカメラが狂ったように明滅を始める。
赤い光が、俺たちの陣形の中央から左へと鋭くスライドした。
ターゲットを変更したのだ。
憎き顔面の破壊者。
ラキの乗るギエルレウへと、明確な殺意が向けられた。
奴の背後で、太い尻尾がビクリと跳ね上がった。
発射直前まで限界までエネルギーを溜め込んでいた主砲だ。
砲口がシルヴィアさんのフラウスレイから外れる。
勢いよく左方向へ旋回した。
準備万端の砲身が、完全にギエルレウをロックオンする。
ズガァァァン。
大気を切り裂く轟音が荒野を激しく揺らした。
青白い熱線の束が、砲口から一直線に吐き出される。
ギエルレウが動いた。
シルヴィアさんの的確な警告があったおかげだ。
発射の瞬間には、すでに余裕を持って回避行動に移っていた。
青白い極太のビームが、ギエルレウの左肩のすぐ横を通り抜けていく。
熱線が周囲の空気を一瞬で焼き焦がした。
俺のコクピットのモニターまでが、凄まじい閃光で白く飛ぶ。
熱波が俺たちの機体の装甲を炙った。
だが、直撃はしていない。
通り過ぎたビームが後方の地面を深くえぐり取った。
ドガァァァンという耳を劈く爆発音。
地表に巨大なクレーターが穿たれる。
溶けた岩盤と大量の土砂が、散弾のように空高く跳ね上がった。
土煙の中をギエルレウが踊るように駆け抜ける。
限界まで加速したまま、大きく弧を描く。
ビームの直線的な射線から完全に離脱した。
背部のメインスラスターを細かく噴射し、空中で機体の向きを反転させる。
ズザザザッ。
ギエルレウの足が地面を激しく削り、土煙を上げて停止した。
そのまま地表を滑るようにして、俺とシルヴィアさんの機体のすぐ横へと合流する。
「ふぅ、余裕やな。シルヴィアさんの指示のおかげやで」
通信機から、ニヒルな笑い声が聞こえてきた。
息一つ切らしていない。
コクピットの中で、余裕の笑みを浮かべているのが目に浮かぶようだ。
「危ないところだったわね。よく躱したわ」
シルヴィアさんの声も、いつもの落ち着きを取り戻している。
俺は大きく息を吐き出した。
張り詰めていた空気が少しだけ緩む。
コクピットの空調ファンがフル回転し、焦げたオイルの匂いを必死に吸い出していた。
だが、戦闘はまだ終わっていない。
フロントモニターの向こう側。
晴れゆく土煙の奥で、顔面を半分失ったリノセロスが不気味な排気音を鳴らしながら、再びこちらへと巨体を向けていた。
ーーーーーーーーーーーーーー
「なあ、シルヴィアさん」 通信機からラキの声が聞こえた。
「なんでさっき、次に俺が狙われるってわかったんや」
牽制の射撃を絶え間なく続けながらの質問だった。
俺も全く同じことを疑問に思っていた。
フロントモニターから目を離さずに相槌を打つ。
「確かに。あの状況で、あいつがターゲットを変えるってよくわかったな」
俺は左手の操縦桿を動かし、機体の左腕のシールドを構え直した。
リノセロスが前脚を振り上げ、威嚇するように地面を強く叩きつけたからだ。
ドスンという重い振動が、コクピットの足元からシートを伝わってくる。
「あくまで私の仮説だけどね」
シルヴィアさんの声が返ってきた。
彼女のフラウスレイも、少し離れた位置で細かくステップを踏んでいる。
機体の機敏な足さばきに連動して、コクピット内で足元のペダルをリズミカルに操作しているのだろう。
「リノセロスの攻撃パターンには、明確な種類があるのよ」
俺は操縦桿を握る手に力を入れた。
フロントモニターの奥で、リノセロスが苛立ったように赤い蒸気を噴き出している。
焦げたオイルの匂いが、空調ファンを通じて再びコクピットに漂ってきた。
「リノセロスの中で、明確な攻撃と呼べる行動は三つだけ」
シルヴィアさんの冷静な声が続く。
「一つ目は、あの巨体を生かした突進。
二つ目は、尻尾の主砲による遠距離狙撃。
そして三つ目は、さっきヒカリくんが危なかった口からの必殺の砲撃よ」
俺は頭の中でその三つを反芻した。
確かにどれも直撃すれば致命傷になり得る大技だ。
だが、何か足りない。
俺は足元のペダルを軽く踏み込み、機体を少しだけ後退させた。
リノセロスがこちらへ一歩、重い足取りで踏み出してきたからだ。
「待ってくれ」
俺は操縦桿を引きながら口を開いた。
「あの背中の小型砲門はどうなるんだ。さっき牽制でこっちに乱射してきたじゃないか」
「せやな。あれも立派な攻撃やろ」
ラキが、横から援護の射撃を放ちながら俺の言葉に同意する。
「理由はわからないけれど」
「おそらく、こいつにとってあの小型砲門の乱射は、ちゃんとした攻撃の範疇に入っていないのよ」
息を呑んだ。
あんなに激しい弾幕だったのに。
機体の装甲を雨のように激しく叩いたあの無数の弾丸が、攻撃ではないというのか。
「私たち人間に例えるとね」
シルヴィアさんの声は相変わらず淡々としている。
「私たちにとっての明確な攻撃とは、相手を直接殴ったり、蹴ったりすることよね。それがこいつにとっての突進や主砲なわけ」
フロントモニターの中で、リノセロスが忌々しそうに赤いメインカメラを明滅させた。
「でも、目の前に小さな虫が飛んできて本気で殴りかかったりはしないわよね。ただ、手を振って払いのけるだけ」
「あれと同じよ」 シルヴィアさんの言葉が、重く響いた。
「背中の小型砲門は、こいつにとって手を振って虫を退けるくらいのもの。それくらい無意識で、取るに足らない動作なのよ」
俺はフロントモニターに映る巨大な鉄の塊を見上げた。
顔面を半分失い、内部の黒いフレームを剥き出しにしてもなお、圧倒的な質量と威圧感を放っている。
あいつにとって、俺たち三機はただの羽虫にすぎないというのか。
必死に回避し、息を合わせて連携し、機体の最大火力を叩き込んでも。
奴からすれば、少し鬱陶しい虫がまとわりついている程度の認識なのだ。
操縦桿を握る手の中で、じんわりと嫌な汗が滲んでいく。
背部のエンジンが唸る音が、やけに遠く聞こえた。
リノセロスの赤いメインカメラが、ギョロリとこちらを睨みつけた。
あの背中の小型砲門による乱射。
それがただの虫払いのような無意識の行動だという理屈はわかる。
だけど、それだけじゃどうしても説明がつかない気がした。
俺は両手の操縦桿を軽く手前に引いた。
機体の姿勢をわずかに低く保ちながら、通信機に向かって口を開く。
「シルヴィアさん、それだけだと筋が通らない気がするぞ」
額に浮いた汗が顎を伝って落ちた。
白い羽織の首元がじっとりと湿っている。
「ただの虫払いなら、あいつが本気の攻撃で誰を狙うかの説明にはならない」
俺は足元のペダルを微調整した。
機体を少しだけ横へスライドさせる。
リノセロスの赤いメインカメラが、不規則に明滅を繰り返しているのが見えた。
「あいつが明確な殺意を持って狙ってくる理由が、何か別にあるんじゃないか」
通信機の向こうで、シルヴィアさんが小さく息を吐く音が聞こえた。
「鋭いわね、ヒカリくん。その通りよ」
フラウスレイが、滑らかな足さばきで俺の右前方へ進み出た。
「だから、これから仮説の実験をするわ。二人とも指示通りに動いてちょうだい」
俺は操縦桿のグリップを強く握り直した。
擦れてギュッと鳴る。
「ヒカリくんは機体の一番大きい攻撃を用意して。ラキくんはハンドガンを出力弱めで構えてちょうだい」
俺とラキの通信機から、同時に息を呑む音が響いた。
全く訳がわからない。
相手の分厚い装甲をぶち抜きたいなら、こいつのハンドガンも最大出力で撃つべきだ。
わざわざ火力を下げる理由がどこにあるんだ。
「了解や。よくわからんけど、信じるで」
ラキの声がすぐに返ってきた。
ギエルレウの足元のペダルを踏み込んだのだろう。
機体が低く沈み込み、右手のハンドガンを前方に突き出した。
「わかった。俺も準備する」
俺たちが準備を整えた瞬間だった。
シルヴィアさんのフラウスレイが動いた。
速い。
機体の両腕が胸の前で交差する。
腰のホルダーから四つのクナイが同時に引き抜かれた。
金属の指先が流れるように動く。
クナイの柄が組み合わさる。
カキン。
硬質な音が荒野に響いた。
四つの刃が十字に展開、巨大な手裏剣が完成した。
フラウスレイが右足を大きく前に踏み出す。
足元が地面に深く突き刺さる。
土砂が爆発するように舞い上がった。
機体の右腕が大きく後ろへ引かれる。
腕部の関節モーターが一気に甲高い唸りを上げた。
右腕が鞭のようにしなる。
手首の強烈なスナップ。 巨大な手裏剣が放たれた。
狙いは明確だった。
さっきラキが最大出力で撃ち抜いた場所。
リノセロスの顔面だ。
半分吹き飛び、内部の黒いフレームが剥き出しになった傷口。
一番装甲が薄くなっている急所だ。
手裏剣は疾風のごとく宙を駆け抜ける。
リノセロスが反応する。
赤いメインカメラが激しく点滅した。
リノセロスも避けようとする。
遅い。
手裏剣の速度が勝っていた。
ガガァァン。
重く鋭い衝突音が響き渡る。
回転する四つの刃が、剥き出しのフレームに深く食い込んだ。
装甲の残骸が激しく弾け飛ぶ。
赤黒い火花が噴水のように散った。
切断されたケーブルが宙を舞う。
そこから真っ黒なオイルが滝のように噴き出した。
ギャアアアアッ。
リノセロスの内部から金属の悲鳴のような音が轟いた。
巨体が大きくのけぞる。
足元の地面がひび割れ、土砂が崩れ落ちた。
奴は顔面を抑えるように太い前脚を振り上げる。
激痛に悶えるような動きだ。
凄まじい風圧が周囲に巻き起こる。
顔面に手裏剣を突き立てられたリノセロスが、黒いオイルを撒き散らしながら大きくよろめいた。
「全機で突っ込むわよ」 通信機からシルヴィアさんの声が響く。
一切の躊躇がない、透き通った声だった。
俺は足元のスロットルペダルを床の底まで踏み抜いた。
現状いちばん鈍重なルベルジンカミシモのスラスターが最初に火を噴く。
強烈な加速Gがシート越しに背中を叩きつけた。
機体が弾丸のように荒野を駆け出す。
左右からも機体の激しい駆動音が迫ってきた。
三機が土煙を上げながら横一列に並んで加速する。
「走りながら聞いて」
シルヴィアさんの声がコクピットに届いた。
「たぶん私が狙われるわ。三種の攻撃のどれが来るかはわからないけれど、おそらく突進か尾の主砲ね」
俺はモニターの奥で体勢を立て直そうとする巨獣を睨みつけた。
「ラキくんはリノセロスの顔を避けて、弱めの攻撃を撃ち続けて」
「了解や。任せとき」
短い返事が通信機から聞こえる。
「ヒカリくんはどれかの攻撃が来るより前に、ルベルジンカミシモの大剣で大きい攻撃を叩き込んで」
「わかった。やってやる」
俺は両手の操縦桿を強く握りしめた。
足元のペダルをさらに強く踏み込む。
ツァイトモーターの轟音が限界を超えて唸りを上げる。
コクピットの温度が一気に上昇した。
空調ファンがけたたましく回り始める。
ルベルジンカミシモの速度がさらに上がる。
猛烈なGが胸を圧迫する。
ラキのギエルレウが右へと滑り出て機体の姿勢を極限まで低くする。
右腕のハンドガンを真っ直ぐに構える。
銃口が細く灯る。
出力は最低限に絞られていた。
パパンッ。 乾いた発砲音が響く。
弱めの光弾が連続して放たれた。 リノセロスの胸部装甲に次々と当たる。
青白い火花が散る。
ダメージは全くない。
指示通り、手裏剣が刺さった顔面は完全に避けて撃ち続けている。
リノセロスの巨体がピクリと動いた。
太い尻尾が意思を持つように持ち上がる。
シルヴィアさんの予想通りだ。
尻尾の主砲が真っ直ぐに向けられる。
狙いはシルヴィアさんのフラウスレイだ。
砲口の奥に青白い光が集まる。
主砲発射の兆候だ。 空気が焦げる匂いが換気口から入ってきた。
俺はペダルを強く蹴り込んだ。
ルベルジンカミシモが地面を強く蹴り上げる。
土砂が爆発するように舞い上がる。
機体が大きく跳躍した。
夜空へ飛び出す。
右手の操縦桿を目一杯押し込んだ。
大剣がガシャンと重い金属音が響かせた。
機体が大剣を高く掲げた。
機体が重力に引かれて落下する。
推進力を全て刃に乗せる。
巨大な刃が空気を裂く。
甲高い風切り音が耳をつんざく。
狙いはリノセロスの肩だ。
大剣が分厚い装甲に激突した。
ドガァァッ
凄まじい轟音が響き渡る。
衝撃がコクピット全体を激しく揺らす。
視界が火花で真っ白に染まった。
強固な装甲が砕ける。
大剣の刃が内部のフレームに深く食い込む。
黒いオイルが滝のように噴き出した。
ギャアアアアッ。
リノセロスが天を仰いだ。
金属が軋むような巨大な悲鳴。
明確な痛みに悶える叫びだった。
ーーーーーーーーーーーーーー
肩の分厚い装甲が砕け散り、内部の黒いフレームが完全に露出している。
そこから黒いオイルが滝のように流れ落ちていた。
焦げた機械油のひどい悪臭が、コクピットの換気口から容赦なく流れ込んでくる。
巨獣が痛みに悶え、動きを止めたほんの一瞬。
その致命的な隙を、シルヴィアさんは見逃さなかった。
俺の視界の端で、フラウスレイの右腕が鋭く前に突き出される。
手首の射出口から、細く強靭なワイヤーが一直線に放たれた。
ワイヤーは空中で鋭い風切り音を立てる。
狙いはリノセロスの顔面だ。
さっきシルヴィアさん自身が投げつけ、敵の顔に深く突き刺さったままの巨大な手裏剣。
ワイヤーの先端が、その手裏剣の中央の穴に正確に絡みついた。
フラウスレイが右腕を強く後ろへ引く。
機体の関節モーターが甲高い唸りを上げた。
ガキンと硬い金属音が響く。
リノセロスの顔面から、巨大な手裏剣が勢いよく引き抜かれた。
傷口から再び黒いオイルが噴水のように飛び散る。
手裏剣はワイヤーに引かれ、宙を舞ってフラウスレイの手元へと戻った。
シルヴィアさんの機体は滑らかな動作でそれをキャッチする。
無駄のない、流れるような回収劇だった。
「ヒカリくんは距離をとって」
通信機からシルヴィアさんの張り詰めた声が飛んできた。
「そのまま全力で後退してちょうだい。次はヒカリくんが狙われると思うわ」
俺はすぐさま反応した。
両手の操縦桿を力いっぱい手前へ引き寄せる。
ルベルジンカミシモの巨体が大きく後ろへ傾いた。
リノセロスの肩に深く食い込んでいた大剣の黒い刃が、ギゴゴゴッと嫌な音を立てて引き抜かれる。
刃の摩擦でオレンジ色の火花が散った。
俺は足元のスロットルペダルを床の底まで強く踏み込んだ。
背部のメインスラスターが爆発的に火を噴く。
強烈な逆噴射の衝撃で、シートベルトが肩に深く食い込んだ。
ルベルジンカミシモが一気に後方へと飛び退く。
巨獣との距離が急速に開いていった。
俺の機体が下がった空間を埋めるように、ラキのギエルレウが進み出る。
機体の姿勢を低く保ったまま、右腕のハンドガンを真っ直ぐに構えていた。
指示通り、出力は最低限に抑えられていた。
連続した乾いた発砲音が荒野に響く。
弱めのビームが光の雨となって放たれた。
後退する俺を援護するための弾幕だ。
ビームはリノセロスの強固な胸部装甲に当たり、小さな火花を散らして弾けていく。
ダメージを与えるためではない。
あくまで目くらましと牽制だ。
俺はモニターから目を離さず、機体の姿勢を立て直した。
肩で息をしながら、リノセロスの次の動きを警戒する。
顔面をえぐられ、肩を叩き割られた巨獣。
普通ならここで機能停止してもおかしくないほどのダメージのはずだ。
だが、奴はまだ倒れない。
太い前脚を折り曲げ、巨体を地面に深く沈み込ませた。
背中の排熱口から、蒸気が凄まじい勢いで噴き上がる。
大地を蹴り飛ばすための、明確な突進の予備動作だった。
問題は、奴の視線だ。
ひしゃげた頭部の奥で、赤いメインカメラが狂ったように明滅している。
その不気味な赤い光は、牽制の弾幕を張っているラキの機体を見ていなかった。
完全に俺のルベルジンカミシモだけを真っ直ぐに捉えている。
深い殺意を伴ったロックオンだった。
「嘘やろ」 通信機からラキの驚愕の声が漏れた。
「シルヴィアさんの言う通りになったで。ほんまにヒカリを狙いおった」
俺もコクピットの中で息を呑んだ。
どうしてわかるんだ。
俺が大剣で一撃を入れたからヘイトが向いたのか。
それなら、顔面に手裏剣を突き立てたシルヴィアさんが狙われてもおかしくないはずだ。
シルヴィアさんは、奴の思考回路を完全に読み切っている。
ズドォォン。
空気が爆発したかのような轟音が響いた。
リノセロスが太い脚で大地を蹴り上げたのだ。
大量の土砂が舞い上がり、クレーターができる。
巨大な鉄の塊が、俺の機体めがけて一直線に飛び出してきた。
凄まじい速度だ。
フロントモニターが、迫り来る巨体であっという間に埋め尽くされていく。
顔面の半分がえぐれ、黒いオイルをまき散らしながら突っ込んでくる姿は悪鬼のようだった。
機体の各所から火花を吹き上げているというのに、速度は全く落ちていない。
たいした根性だ。
俺は操縦桿を握りしめながら、敵ながら感心してしまった。
だが、正面から受け止めてやる義理はない。
俺は足元のペダルに力を込めた。 ギリギリまで引きつける。
モニターの警告音がけたたましく鳴り響き、赤色のランプが激しく点滅した。
リノセロスの巨大な角が、俺の機体の装甲に触れる寸前。
今だ。
俺は左のペダルを限界まで踏み抜いた。
同時に、右手の操縦桿を外側へ強く弾く。
ルベルジンカミシモの左半身のスラスターが最大出力で火を噴いた。
機体が右方向へ強烈にスライドする。
上半身を大きく捻り、飛んでくる巨体の軸から自らをずらす。
ゴオオオッという凄まじい風圧が俺の機体のすぐ横を通り過ぎた。
リノセロスの分厚い装甲が、ルベルジンカミシモの左肩をかすめていく。
金属同士が擦れ合う。嫌な音がコクピットに響いた。
俺はそのまま両手の操縦桿を操作し、機体を斜めに旋回させた。
突進の勢いを利用して、奴の側面から後方に回り込む。
土煙が晴れていく。
俺はリノセロスと完全に場所を入れ替わっていた。
俺の機体は、先ほどまで奴がいた位置に立っている。
突進を空振らされたリノセロスは、俺がいた後方の岩山に激突してようやく停止した。
上手くいった、と俺は大きく息を吐き出した。
さっき、クレティさんの指示で、敵の突進をいなして場所を入れ替えた経験が活きた。
俺は操縦桿を握る手に再び力を込め、ひるむことなく大剣を構え直した。
岩山に激突したリノセロスが、ゆっくりと巨体を起こす。
俺のルベルジンカミシモとは十分な距離が空いていた。
荒い息を吐きながら、操縦桿を握る手の力を少しだけ緩める。
コクピットの空調がフル回転し、熱気を必死に外へ逃がしていた。
「さて、それじゃあ種明かしをするわ」
通信機からシルヴィアさんの落ち着いた声が聞こえた。
敵の思考を完全に読み切った、あの不気味なほどの予測の理由だ。
俺もラキも、モニターから目を離さずにその言葉を待った。
だが、その説明が続くことはなかった。
ギェラララゥゥゥッ。
大気を激しく震わせる、鼓膜を突き破りそうな絶叫が荒野に轟いた。
今までの怒声とは全く違う。
金属をすり鉢で潰すような、この世のものとは思えない不気味な咆哮だった。
凄まじい音波がルベルジンカミシモの装甲をビリビリと震わせる。
俺は思わず顔をしかめ、両手で耳を塞ぎたくなった。
通信機越しに、ラキの小さく舌打ちをする音が聞こえる。
シルヴィアさんですら一瞬ビクリと動きを止めた。
俺たちはその尋常ではない叫びに完全に怯んでいた。
フロントモニターに映るリノセロスに異変が起きていた。
ひしゃげた頭部の奥。
ずっと赤く明滅していた不気味なメインカメラの光。
それが一瞬だけフッと消えた。
次の瞬間、全く別の光。
冷たく透き通るような、青い光だった。
ギギギギギッ。
リノセロスの内部から、重い歯車が無理やり回るような軋み音が響き始めた。
奴はひどく痛そうに巨体をよじらせる。
まるで自分自身の体を内側から作り変えているような、苦悶の呻き声だった。
俺は自分の目を疑った。
フロントモニターの映像を思わず二度見する。
手裏剣でえぐられた顔面の装甲。
大剣で叩き割られた肩・横腹のフレーム。
そこから滝のように流れ出ていた黒いオイルが、ピタリと止まっていた。
それどころか、砕けたの装甲がまるで意志を持っているかのようにモゾモゾと動き出したのだ。
黒いフレームが自己増殖するように伸びる。
剥き出しになっていたケーブルが勝手に繋がり合う。
その上を覆うように、分厚い金属の装甲がメキメキと音を立てて形成されていった。
ほんの数秒の出来事だった。
俺たちが呆然と見守る中、リノセロスの顔面・肩・腹の大怪我は完全に塞がっていた。
傷跡一つ残っていない。
青く光っていた目は、再び元の凶悪な赤色に戻っていた。
「冗談やろ」 ラキのひきつった声が通信機から漏れた。
「あんな大穴、一瞬で塞がりおったで」
「ああ。見ていた」
俺は乾いた唇を舐めた。
操縦桿を握る手に再びじっとりと汗が滲む。
「完全に元通りだ。あんなのありかよ」
「驚いたわね」
シルヴィアさんの声にも、今度ばかりは明らかな動揺が混じっていた。
「自己修復機能。それも尋常じゃない速度よ」
俺は足元のペダルを軽く踏み、機体を少しだけ横にスライドさせた。
警戒を強める。
「アルヴィアっていうのは、みんなこんなことができるのか」 俺は二人に問いかけた。
「わからん。おやっさんのデータにもこんなふざけた能力は載ってへんかったはずや」
ギエルレウが、俺の隣でハンドガンを構え直した。
「私も初めて見たわ」 シルヴィアさんのフラウスレイが滑るように位置を変える。
「これがアルヴィア全体の習性なのか、それともこのリノセロス固有の特別な能力なのか。今の時点では判断できないわね」
結論は出ない。
だが、目の前の絶望的な状況は変わらない。
俺たちが死に物狂いで与えたダメージが、全て無に帰したのだ。
コクピットの空気が一気に重くなった気がした。
しかし、フロントモニターを凝視していた俺は、あることに気がついた。
傷を完全に治したリノセロス。 だが、その動きは明らかに鈍かった。
太い前脚が小刻みに震えている。
背中の排熱口からは、異常な量の蒸気が噴き出していた。
シュコー、シュコーという重く苦しそうな排気音が、ここまで聞こえてくる。
赤いメインカメラの光も、先ほどまでの刺すような鋭さはない。 どこか焦点が定まらないように揺れていた。
奴はひどく消耗している。
「おい、見ろよ」
俺は操縦桿を強く握り直した。
「あいつ、相当しんどそうだぞ」
「ほんまやな」
「いくら一瞬で治せるとはいえ、タダっちゅうわけにはいかんみたいや」 焦りが消え、いつものニヒルな響きが戻った。
「そうね。きっとあの修復は、あの子にとっても奥の手だったのよ」
シルヴィアさんの声にも、再び静かな闘志が宿っていた。
「莫大なエネルギーを使うはずよ。私たちは、確実にあの巨獣を追い込んでいるわ」
俺は足元のペダルに力を込めた。
絶望する必要はない。
相手の切り札を使わせたのだ。
ここからが本当の勝負だ。 ルベルジンカミシモのツァイトモーターが、俺の意志に呼応するように力強く唸りを上げた。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
激しく消耗し、動きが鈍っていたリノセロスの巨体が急に反転した。
赤く灯りなおしたメインカメラが、俺たちの背後にある目的地を真っ直ぐに見据える。
掘削場だ。
奴は太い四肢に力を込め、大地を蹴り上げた。
ズシン、ズシンと重い地響きが荒野を揺らす。
先ほどの戦闘中の機敏さはない。
だが、なりふり構わない全力疾走だった。
自己修復で空っぽになったエネルギーを、あそこで補給するつもりだ。
「逃がすかよ」 俺は足元のスロットルペダルを床の底まで力いっぱい踏み抜いた。
ルベルジンカミシモの背部スラスターが最大出力で火を噴く。
強烈な加速Gがシート越しに背中を押し潰した。
機体が土煙を上げて猛然とダッシュする。
左右からも、ラキのギエルレウとシルヴィアさんのフラウスレイが全速力で飛び出してきた。
俺たちは逃げる巨獣の背中を全力で追いかける。
だが、距離が全く縮まらない。
むしろ少しずつ離されていく。
リノセロスは手負いとはいえ、元々の推進力が桁違いだ。
さらに問題なのは、俺の乗るルベルジンカミシモの機体重量だった。
分厚い装甲と重武装が仇となり、三機の中で一番足が遅い。
フロントモニターに映る巨獣の背中が、じりじりと遠ざかっていく。
このままじゃ逃げ切られる。
俺は焦燥感に駆られ、奥の手を使おうとした。
機体と大剣の追加装甲を強制排除するシステム。
アンクロスだ。
身軽になれば、機動性は劇的に跳ね上がる。
これを使えば追いつけるかもしれない。
「アンクロスは切り札よ。ちょっと待ってて」
通信機からシルヴィアさんの静かな声が響いた。
俺はビクリとしてスイッチに伸ばした手を止めた。
どうしてわかったんだ。
まるで見透かされているかのようだ。
コクピットの中に監視カメラでもついているんじゃないかと錯覚する。
「走りながらさっきの続きを聞いてちょうだい」
シルヴィアさんの声は、機体を走らせているとは思えないほど平坦だった。
フラウスレイは滑らかな足さばきで、俺の右前方を駆け抜けていく。
「あいつが本気の攻撃で誰を狙うか、その法則についてよ」
「多分だけど、あいつは直前に大きいダメージを与えてきた相手を優先して狙っていると思うの」
シルヴィアさんの言葉が、ノイズ混じりの通信機からクリアに届いた。
俺の隣を走るこいつの機体が、少しだけ速度を緩めたのが見えた。
「なるほどな」 ラキの納得したような声が響く。
「だからあの時、俺にハンドガンの出力を下げさせたんか」
ギエルレウが右手に持ったハンドガンを軽く持ち上げた。
俺の頭の中で、バラバラだったパズルのピースが少しづつ組み合わさっていく。
そういうことか。
俺はフロントモニターの奥で逃げ続けるリノセロスを見据えながら、これまでの戦闘の経緯を順番に思い返した。
一つ目は、ラキが狙われた時、俺のルベルジンカミシモの大剣が奴の鋭いツノと激しく激突した鍔迫り合いの攻防だ。
あの力比べこそが、奴のバランスを崩して無視できない負荷を与えた最初の接触だった。
二つ目は、ギエルレウが放った最大出力のハンドガンによる強烈な一撃だ。
あの一撃が奴の堅固な装甲を焼き焦がし、明確な苦悶の唸りを引き起こしたからこそ、
リノセロスは怒りの矛先をギエルレウへと切り替え、尻尾の主砲による容赦ない反撃を叩き込んできたのだった。
三つ目は、シルヴィアさんのフラウスレイが繰り出した鮮烈な一太刀だ。
恐るべき精度で巨大な手裏剣を奴の顔面へと正確に突き刺したあの瞬間。
フラウスレイという自分を脅かす最大の存在を排除するために、猛烈な突進と主砲の連射をその背中へと向けざるを得なくなった。
四つ目は、俺自身がルベルジンカミシモの大剣を力任せに振り下ろし、奴の肩装甲を叩き割った一撃だ。
肩の装甲を破壊したことで、逃げ場を塞ぐような猛烈な突進を引き起こした。
完全に理にかなっている。
シルヴィアさんは、たった数回のやり取りで巨獣の思考ルーチンを丸裸にしていたのだ。
俺は背筋が震えた、こんな頼もしい味方がいることへの高揚感だ。
コクピットの空調が吐き出す風が、少しだけ心地よく感じられた。
ーーーーーーーーーーーーー
通信機からシルヴィアさんの声が響く。
「とりあえず、この仮説を前提にして作戦を立てるわよ」
凛とした、迷いのない声だった。
俺はフロントモニターから目を離さずに強く頷く。
足元のペダルは床の底に張り付くほど踏み込んだままだ。
ルベルジンカミシモの背部エンジンが、荒野の空気を震わせて轟音を上げている。
「異論はない。その作戦に乗る」 俺は短く答えた。
「俺もや。シルヴィアさんの言う通りに動くで」 ラキも即座に同意する。
俺たち三機の間に、もはや少しの迷いもなかった。
「じゃあ指示を出すわね」 シルヴィアさんのフラウスレイが、さらに一段階速度を上げた。
「一番速度の出る私の機体は、このまま岩山を越えて先回りするわ」
「先に掘削場に入って状況を確認するわ。何か私たちに使えるものがないか探しておく」
さらにシルヴィアさんは続ける。
「ラキくんはそのまま追跡を続けてちょうだい」
通信機越しのシルヴィアさんの声に、少しのブレもない。
「ギエルレウの最高速度なら、あのリノセロスと着かず離れずの距離を維持できるはずよ」
ラキは足元のペダルを細かく踏み変えた。
荒れた地面の凹凸に合わせて、機体のバランスを完璧に保っている。
「奴の監視をお願い。もしリノセロスの動きに変化があったら、すぐに私とヒカリくんに共有して」
「わかった。瞬きせんとしっかり見張っとくで」
ギエルレウの頭部カメラが駆動音を鳴らし、ズーム倍率を調整したのがわかった。
俺の視界の先では、巨獣が赤黒い土煙を上げて逃げ続けている。
顔面と肩の装甲は完全に修復されていた。
だが、背中の排熱口からは尋常ではない量の蒸気が噴き出している。
シュコー、シュコーという重く苦しそうな排気音が、風に乗ってここまで届いていた。
奴も限界が近い。
「ヒカリくん」
通信機から俺の名前が呼ばれる。
「ルベルジンカミシモの最大速度でも、あの巨獣には絶対に追いつけないわ」
事実だ。
俺は奥歯を強く噛み締めた。
分厚い装甲と重武装を施したこの機体では、どれだけツァイトモーターを吹かしても物理的な限界がある。
フロントモニターに映るリノセロスの背中が、じりじりと遠ざかっていくのが見えた。
「だから、無理に距離を詰めようとしなくていい」
シルヴィアさんの指示が続く。
「アンクロスもせずに、今のカミシモ形態のまま追跡してきてちょうだい」
「ツァイトモーターがオーバーヒートしない、ギリギリの全速力を維持して」
俺は視線を少しだけ下げ、コクピットの計器盤に目をやった。
ツァイトモーターのゲージは、すでに危険域のレッドゾーン手前で激しく揺さぶられている。
機体を冷やすための空調ファンが、悲鳴のような高音を立てて全力で回っていた。
焦げた機械油の匂いが、ヘルメットの隙間から鼻腔を突く。
すでに機体は限界ギリギリの悲鳴を上げている。
「ただし、一つだけ条件があるわ」
シルヴィアさんの声が一段と低くなった。
冷気を帯びたような、真剣な響きだった。
「もしラキくんから緊急事態の通信を受信したら」
俺は息を呑んだ。
「その時は迷わず、急いでUターンしてちょうだい」
逃げろというのか。 前線から一人だけ離脱しろという指示に、一瞬だけ頭に血が上りそうになる。
「チュラクシスの通信圏内まで全速力でダッシュして。そして、私たちが掴んだ情報を全てクレティさんたちに共有するのよ」
俺は足元のペダルを踏み込む足から、少しだけ力が抜けそうになった。
だが、シルヴィアさんの意図は痛いほどよくわかった。
最悪の事態を想定しているのだ。
俺たちが全滅し、掘削場の人員も助けられない可能性だ。
あの巨獣の攻撃の法則。
そして、一瞬で大怪我を治す恐ろしい自己修復能力。
この情報を持ち帰らなければ、次に戦うクレティさんの情報がなくなる。
一番足が遅く、そして一番装甲が厚く生き残る確率の高い俺の機体が、伝令役には最適だった。
理屈では完全に正しい。
「ここまでで何か質問はあるかしら」
シルヴィアさんの静かな声が、コクピットの空間を満たした。
俺は両手の操縦桿を力強く握り直す。ギシッと重い音を立てた。
覚悟を決めるしかない。
生き残るために戦う。
だが、全滅するくらいなら俺が情報を持ち帰る。
「アヴェン5、ヒカリ。了解した」
俺は部隊のコールサインを口にした。
かすれた声だったが、迷いは一切なかった。
「アヴェン4、ラキ。了解や」
こいつも俺の声につられて、珍しく正式なコールサインで返答した。
いつもは軽口ばかり叩くこいつの声から、一切の笑いと余裕が消え去っていた。
「ありがとう。頼んだわよ」 その言葉を最後に、通信機からシルヴィアさんの声が途切れた。
岩山の向こう側へ、フラウスレイの青白いスラスターの光が完全に消えていく。
フラウスレイが激しい土煙を置き去りにして俺たちの右前方へ向けて、機体の軌道を鋭く変える。
巨大な岩山が連なる険しい地形へ、一切の減速なしで突っ込んでいった。
一直線に追うのではなく、最短距離を強引にショートカットするつもりだ。
フラウスレイの背部スラスターの光が、あっという間に小さくなっていく。
俺は再び足元のスロットルペダルを床の底まで力いっぱい踏み込んだ。
ツァイトモーターの回転数がさらに跳ね上がる。
機体全体が激しい振動に包まれた。
歯の根が合わないほどの揺れが、シートを通じて全身に伝わってくる。
ここからが本当の最終戦だ。
俺は大きく深呼吸をした。
肺の奥まで熱い空気を吸い込む。
コクピットの空調が、熱気とオイルの匂いを激しくかき回し続けている。
全身から吹き出した汗が、白い羽織をじっとりと重くしていた。
だが、心は不思議なほどに澄み切っていた。 少しの恐怖もない。
クレティさんの厳しい訓練と熱い期待。
ユミィが徹夜で仕上げてくれた丁寧な機体整備。
ラキとの他愛もない、くだらない言い合い。
シルヴィアさんの、いつも前を歩く冷静な背中。
今までの全てが、この決戦のためにあったのだと思えた。
俺は右手の操縦桿のトリガーにそっと人差し指を添えた。
左手の操縦桿で、背中の大剣のグリップの感触を意識の中で確かめる。
必ず生きて帰る。
三人で一緒に帰る。
そして、あの巨獣を完全に破壊する。
ルベルジンカミシモの巨大な鋼鉄の足が、掘削場へと続く赤茶けた大地を力強く踏み砕いた。
土砂を空高く巻き上げながら、決戦の地へ向けて俺たちは夜の荒野を一直線に駆け抜けていく。




