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15話:Echoes of the Desert 〜砂塵の残響 〜

コクピットの息苦しい熱気の中で、両手の操縦桿を強く握り直した。

背中をべっとりと冷たい汗が伝い落ちる。 肺に吸い込む空気は、機械油と微かな焦げた匂いが混ざっていた。

視界の端で、夜空が幾度も青白く発光している。


上空にいるチュラクシスからの、猛烈な小型砲門の弾幕だ。

クレティさんが限界を超えて放ち続ける光の雨が、俺のルベルジンカミシモと敵の間に分厚い壁を作り出していた。


その強烈な光の壁の逆方向から、左右から砂煙を上げて二つの機体が素早く接近してきた。

左側からは、青と白の流線型の装甲を持つラキの機体。

右側からは、黄色と黒の装甲を持つスリムなシルヴィアさんの機体だ。

二人が俺の両脇に並ぶように陣取る。

俺は足元のペダルを細かく踏み換えて機体を後退させ、二人の動きに合わせた。

三人で連携して動くことで、巨大な敵のヘイトを完全にこちらへ向けさせる。

背後に広がる掘削場の方角から、バケモノを大きく引き離すことに成功したのだ。


「派手に暴れてくれたな。」


通信機から、ラキの関西弁がノイズ混じりに響く。 いつものニヒルな口調だが、その声に焦りはない。


「無事で何よりよ。さあ、ここからが本番ね」


シルヴィアさんの声は、こんな状況でも驚くほど冷静だった。

余裕のある響きが、俺の強張った肩の力を少しだけ抜いてくれる。


「助かった。ここからは絶対に退かない」


俺は思ったことをそのまま、短く真っ直ぐに口に出した。

交わした言葉はたったそれだけだ。

だが、それで十分だった。 励ましの言葉など必要ない。


先ほどのクレティさんの声が、俺の耳の奥に強く焼き付いている。

自分を犠牲にするような戦い方はするな。 生き残って勝て。

その言葉が、俺の胸の一番奥で熱く燃え続けている。

この三人だけで、背後にある掘削場の人々を確実に守り抜く。

そして、目の前にそびえ立つあの巨大なボス個体を、必ずここで撃破する。

通信回線越しのわずかな沈黙だけで、俺たちの意思が完全に一つに結びついているのがはっきりとわかった。


俺は再び、正面のメインモニターへ視線を固定する。


巨大な満月が、夜の砂漠を不気味なほど青白く照らし出している。

星々が瞬く澄んだ夜空を背景にして、そのバケモノは圧倒的な質量を持って立ち塞がっていた。

ボスリノセロス。

さきほどまで俺が相手にしていた個体とは、一回りも二回りも巨大だ。

山のようにそびえる分厚い鋼鉄の装甲は、無数の傷とくすんだ金属の質感を露わにしている。

頭部には、空を貫くような鋭く巨大な一本の銀色の角。

その下にある凶悪な双眸は、内側から血のように赤い光を爛々と放っている。

大きく開かれた顎の奥にも、同じように不気味な赤い光が明滅していた。


背中には、小型砲塔が搭載されている。

だが、一番の脅威はそれではない。

太く強靭な装甲で覆われた巨大な尻尾だ。

その尻尾の先端には、俺たちの機体の全長を軽く超えるほどの極太の二連装大型キャノン砲が接続されていた。

それが今、巨大な月を背負うようにして、前方のアークを描いてこちらへ向けられている。


俺はその圧倒的な暴力の象徴を前にして、両足でフットペダルを力強く踏みしめた。

俺のルベルジンカミシモは中央。 右手に構えた巨大な大剣のグリップを、操縦桿を通して強く握り込む。

左には、ライフルを構えるラキの青いギエルレウ。

右には、武器を構えて姿勢を整えるシルヴィアさんの黄色のフラウスレイ。

月明かりの下、広大な乾いた砂漠の真ん中で、俺たち三機の影が長く伸びていた。


足の裏から、敵の巨体が放つ重低音の駆動音がビリビリと伝わってくる。

恐怖はない。

ただ、限界まで張り詰めた緊張感だけが全身の細胞を支配している。

俺は小さく息を吐き出し、赤い光を放つ敵の双眸を真っ直ぐに睨み返した。


ーーーーーーーーーーー


通信機から、シルヴィアさんの静かな声が響いた。


「いちばん厄介な尾の主砲。それに、まだ使われていない口からの熱線をなんとかしなくちゃ」


俺はモニターから目を離さず、その言葉を頭の中で反芻した。

まだ使われていない口からの熱線。

どういうことだろう。 俺たちと対峙してから、あのバケモノは一度も口の奥の赤い光を放っていない。

ただ不気味に明滅させているだけだ。 俺たち三機の戦力なんて、完全に舐めきっているのだろうか。

それとも、何か別の理由があって撃てないのか。

操縦桿を握る手のひらに、じわりと嫌な汗が滲み出してくる。 小さな違和感が、胸の奥でぐるぐると渦巻いていた。


その思考を力ずくで断ち切るように、正面の巨獣が動いた。


分厚い装甲の隙間から、シューッという激しい噴気音が白く吹き出す。

熱い蒸気が夜空へ立ち昇った。

直後、空気をビリビリと震わせるような、ブオーという低音の唸り声が砂漠に響き渡る。

コクピットの防弾ガラスが激しく共鳴した。

内臓を直接揺さぶられるような重低音だ。

あの真っ赤な双眸が、俺たち三機を明確に捉えている。

間違いなく、俺たちを排除すべき敵として認識した証拠だ。


巨体が動く。 信じられない速度だった。

山のような質量の鋼鉄が、巨大な足で砂を蹴立てて真っ直ぐにこちらへ突進してくる。

背中の小型砲塔が一斉に火を噴いた。 実弾が、雨のように俺たちへ向かって降り注ぐ。


俺は両足のペダルを思い切り踏み込んだ。

機体のスラスターが火を噴く。 ルベルジンカミシモが砂の上を滑るように横へスライドした。

操縦桿を素早く頭上へ振り上げる。

右腕に構えた大剣が、直撃コースにあった弾を弾き飛ばした。

バチバチッと激しい火花が散る。 装甲が焦げる匂いが、空調を通してコクピットに流れ込んできた。


右足のペダルをさらに深く踏み込み、後方へ大きく跳躍する。

着地の激しい衝撃で、シートベルトが肩に深く食い込んだ。

息が詰まる。 休む間もない。

雨あられと降り注ぐ砲撃を、ペダルワークと操縦桿の操作だけで必死にいなし続ける。


その激しい回避行動の最中、シルヴィアさんの冷静な通信が再び入った。


「ブリーフィングで確認した背中の放熱フィン。あれを破壊したい」

「あれを壊せば、主砲を使えなくできるはず」


なるほど。 俺は足元のペダルを細かく操作して光弾を避けながら、モニターの中で敵の分厚い背中へ視線を走らせた。

小型砲塔のさらに奥。

放熱ファンさえ叩けば、あの巨大な尾のキャノンを完全に封じることができるはずだ。

まずはやるべき目標が、はっきりと定まった。


ーーーーーーーーーーー


通信機から聞こえるシルヴィアさんの声は、信じられないほど平坦だった。

俺の視界の端では、青白い機体が砂漠を滑るように駆け抜けている。

雨あられと降り注ぐリノセロスの実弾弾幕。

それが機体のすぐ横をかすめ飛んでいるのに、彼女は全く気にする素振りを見せない。


「一番身軽なフラウスレイで、私が背中に乗る。そして放熱フィンを直接破壊するわ」


サラリと言ってのけたその作戦に、俺は足元のペダルを踏み込みながら息を呑んだ。

背中に乗る。 言葉にするのは簡単だ。

だが、あの山のように巨大なバケモノの背中だ。

暴れ狂う鋼鉄の塊の上に飛び乗るなんて、常軌を逸している。


「背中に乗った瞬間、私はあいつの尾の主砲と、背中の小型砲台の完全な射程に入ることになるわね」


シルヴィアさんは、まるで今日の夕食のメニューでも話すような口調で恐ろしい事実を付け加えた。

俺は両手の操縦桿を強く手前に引き絞り、迫り来る弾を大剣の広い腹で弾き飛ばす。

鈍い衝撃が両腕の骨までジンジンと響いた。 火薬の焦げた酷い匂いが、空調を通してコクピットに充満する。


「背中の小型砲門は、私が自分でなんとかするわ」


黄色い機体が、砂煙を高く上げながらさらに加速した。

モニターの中で、フラウスレイの背部スラスターが強烈な光を放つ。


「だから、ヒカリくん。ラキくん。尾の主砲をなんとかして頂戴。それと、私が背中に乗りやすいように、一瞬だけあいつの足を止めてほしいの」


通信機越しに聞こえる声には、微塵の揺らぎもなかった。

俺は大きく息を吸い込み、汗ばんだ手で操縦桿のグリップを強く握り直した。

足元のペダルを細かく蹴り、次の突進に備えて機体の重心をグッと落とす。


「勘違いしないでね。私は囮になるつもりも、死ぬ気も全くないよ」


最後に付け加えられたその一言が、俺の胸の一番熱い部分に火をつけた。

そうだ。 誰も死なない。 全員で生き残って、この絶望的な状況をひっくり返すのだ。


「了解した。こいつと一緒に、必ず隙を作る」


俺は短く吠え、両足のペダルを床が抜けるほど力強く踏み込んだ。

ルベルジンカミシモのメインスラスターが、鼓膜を破るような爆音を立てて火を噴く。


「任せとき、シルヴィアさん。俺とこいつで、あのデカブツの足を綺麗に止めたるわ」


右側から、ラキの声が被さってきた。

青い機体が、俺の突撃に合わせるように低い姿勢で前線へ躍り出る。

巨大なリノセロスが、鬱陶しい羽虫を叩き潰すように再び赤い双眸をこちらへ向けた。

砂漠の夜風が、激しく熱を帯びて渦を巻き始める。

俺は真正面から突っ込みながら、頭上でうねる巨大な尾のキャノン砲へ向けて鋭く大剣を構えた。


砂漠の砂を重々しく巻き上げながら、巨大なリノセロスがじりじりと距離を詰めてくる。

先ほどの突進は、単なる力任せの攻撃ではなかったのか。

あいつは自分の異常な巨体を活かし、最も戦いやすい間合いを無理やり作り出しただけだ。


圧倒的な質量が迫るプレッシャーで、コクピット内の空気がさらに重く熱くなる。

俺は額に浮かんだ汗を拭う余裕もなく、両手の操縦桿を強く握り直した。


その重苦しい空気を切り裂くように、右側から甲高い銃撃音が連続して響いた。

ラキの乗る青い機体、ギエルレウだ。

俺たち三機の中で、こいつの機体が一番射程が長い。

両腕に構えた二丁のマシンガンから、絶え間なくビームの雨が放たれている。


マズルフラッシュの激しい閃光が、夜の砂漠を断続的に照らし出した。

放たれたビーム弾は、リノセロスの巨大な顔面へ正確に吸い込まれていく。

分厚い装甲の表面で、オレンジ色の火花が激しく散っていた。

耳をつんざくような音が、分厚い装甲越しにコクピットまで響いてくる。


ふと、俺の頭の中に疑問が浮かんだ。

ギエルレウが今使っているこの二丁のマシンガン。

俺の記憶が正しければ、以前大破したと話していたのではなかったか?

ユミィが急造したのか。


あの巨大なウィリディチを、徹夜の修理と整備をこなしながら。

それに並行して、この強力な武器まで一から組み上げたというのか。

あの小さな体のどこに、そんな異常な体力と集中力が隠されているんだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


絶え間ない銃撃に嫌気がさしたのか、リノセロスの前進が一瞬だけ止まる。

俺たちの機体と敵の間に、少しだけ距離が空いた。

その隙を見逃さず、俺は足元のペダルを浅く踏み込んでルベルジンカミシモの姿勢を低く保つ。


巨大なバケモノが、鬱陶しそうに頭を左右に大きく振った。

削り取られた金属の破片が、砂と一緒にパラパラと降り注ぐ。

直後、内側から赤く発光する不気味な双眸が、ピタリと動きを止めた。


その視線の先にあるのは、俺じゃない。

絶え間なく弾幕を張り続けているギエルレウだ。

バケモノが明確な殺意を持って、ラキに狙いを定めたのがはっきりとわかった。


鼻息のように、装甲の隙間から高温の白い蒸気が激しく噴き出す。

あの巨体を生かした、直線的で破壊的な突進攻撃がくる。


「でかいの来るで」


通信機から、焦りのない声が響いた。 相変わらずのニヒルな響きだ。


「ええ。狙いはラキくんね」


シルヴィアさんの声も、驚くほど冷静だった。

三人とも、全く同じ予想を立てていた。

言葉を多く交わす必要はない。

俺は足元のペダルに力を込め、次に起こすべき動きに備えて全身の筋肉を硬直させた。


鼓膜を破るような野太い咆哮が響いた。

リノセロスの背中から、今までで一番激しい白い蒸気が噴き上がる。

巨大な四肢が、砂漠の地面を爆発するように蹴り飛ばした。


来る。 俺達の予測通り、赤い双眸の狙いは完全にラキの青い機体だ。

山のような鋼鉄の塊が、信じられない速度で一直線に突進していく。

大地が悲鳴を上げ、凄まじい地響きが俺のコクピットまで直接伝わってきた。 空調のファンが悲鳴を上げ、熱風が顔に吹き付ける。


標的となったギエルレウは、微動だにしない。

ギリギリまで引きつける気だ。

巨大な漆黒の角が、青い装甲に突き刺さる直前。 俺は思わず息を止めた。


その瞬間、ギエルレウの左スラスターが爆発的な光を放つ。

機体がコマのように鋭く回転した。

ラキが足元のペダルを限界まで蹴り込み、操縦桿を猛烈な勢いで倒したのが目に浮かぶ。

青い機体が、紙一重の隙間を縫って身を翻す。


巨大な角が、ギエルレウの胸部装甲を掠めて通り過ぎた。

バチィッという激しい火花が夜空に散る。

焦げた塗料の匂いが、空調越しに俺の鼻を突いた。


完璧な回避だ。 圧倒的な質量を持つバケモノの突進を、最小限の動きで完全に躱し切った。


通信機から、かすかなノイズが聞こえる。

ふぅっ。 小さく息を吐き出す音だ。

ラキの極度の集中が解け、安堵の吐息が俺の耳に確かに届いた。


だが、俺はバケモノが通り過ぎるのを見守っていたわけじゃない。

こいつは絶対に躱しきる。

俺は最初からそう思っていた。

だからこそ、リノセロスが突進の予備動作に入った瞬間から、俺はすでに動いていた。


両足のペダルを深く踏み込む。

ルベルジンカミシモのメインスラスターを全開にして、砂漠の上を滑るように加速した。

目指すのは、突進の勢いが殺される場所。

あの巨大な質量がラキの機体を通り過ぎて、摩擦で強引にブレーキをかけるその終着点だ。


俺は操縦桿を微調整し、奴が停止する予測地点へピタリと機体を滑り込ませた。

真正面じゃない。 分厚い頭部装甲から少しだけ軸をズラした、斜め前の死角だ。


俺は両足のペダルを、床が抜けるほどの力で一気に踏み抜く。

ガコンッ。

ルベルジンカミシモの強靭な両足が、砂漠の地中深くへと食い込んだ。

機体が完全に地面と固定され、強烈な安定感がコクピットを包む。 俺は両手の操縦桿を握り直し、目前に迫る巨大な標的に向けて、大剣の切っ先を低く構えた。


砂煙を切り裂いて、巨大な影が目の前に迫る。

ギエルレウにやり過ごされ、強引に急ブレーキをかけたリノセロスの動き。

その突進の速度が、目に見えて落ちた瞬間だった。

俺は両手の操縦桿を、力任せに右から左へ大きく振り抜いた。

ルベルジンカミシモの右腕が連動し、構えていた白と黒の大剣が横なぎに空気を切り裂く。

空気を叩き潰すような重い風切り音がコクピットまで響いた。

狙うのは、分厚い装甲に覆われた顔面の中心。 空に向かって反り返る、巨大で無骨な黒いツノだ。


ガキィィィッ。


鼓膜を直接突き破るような、耳障りな金属音が弾けた。

大剣の黒い刃と、リノセロスの黒いツノが真正面から激しくぶつかり合った。

直後、想像を絶する衝撃波が機体全体を襲った。

操縦桿を握る両手が、根元から弾き飛ばされそうになる。

俺は奥歯が砕けるほど強く歯を食いしばり、グリップを力の限り握りこむ。

火薬庫の真ん中に放り込まれたような、強烈な焦げ臭い匂いが鼻を突く。

激しい摩擦熱で散る火花が、モニター越しの視界を真っ赤に染め上げた。


だが、止まらない。

リノセロスの速度は確かに落ちていた。

それでも、あの山のような圧倒的な質量と、突進の残ったエネルギーは完全に消え去ってはいない。

黒い刃と黒いツノがギリギリと噛み合ったまま、俺の機体がズザザザッと砂漠を後退させられる。

深く砂に食い込ませたはずのルベルジンカミシモの両足が、情けなく地面を削り取っていく。

地鳴りのような不気味な振動が、足元のペダルから骨を伝って全身を激しく震わせた。


さっきだ。

さっきもう一匹のリノセロスと鍔迫り合いをした時よりも、はるかに重く、巨大な衝撃だった。

内臓が完全に押し潰されそうな圧迫感に、一瞬だけ呼吸が止まる。

警告音がコクピット内にけたたましく鳴り響き、赤いランプが視界の端で激しく点滅を始めた。

空調が限界を超えて唸りを上げ、生暖かい風が顔に吹き付ける。


押し込まれる。

俺は大きく息を吸い込み、足元のペダルをさらに深く、床の金属板を突き破る勢いで踏み込んだ。

背面のメインスラスターを最大出力で噴射させる。

ゴォォォッという鼓膜を震わせる爆音が響いた。

シートの分厚い背もたれが、俺の背中を強烈な力で押し返してくる。


退かない。

さっき戦った時は、ただ時間を稼ぐためだけの囮だった。

でも今は違う。

両脇には、命を張ってくれる仲間たちがいる。

空には、俺たちを信じて砲火を降らせてくれるユミィとクレティさんがいる。

背中にある掘削場には、守るべき人たちがいる。


俺は絶対に、ここから一歩も退かない。


両腕の筋肉が限界を訴えて悲鳴を上げる。

機体の関節がミシミシと軋み、今にも砕け散りそうな嫌な音を立てていた。

それでも俺は、両手の操縦桿を前へ押し込み続けた。

機体の全出力と、俺の気合い。

そのすべてを大剣の刃に乗せて、巨大な鋼鉄の塊に真っ向から力勝負を挑み続けた。


ルベルジンカミシモのメインスラスターが悲鳴を上げる。

両足のペダルから伝わる反発力が、フッと抜けた。

機体が大きく後ろへ弾き飛ばされる。

操縦桿から伝わる強烈な反動で、俺の体がシートに激しく打ち付けられた。

息が詰まる。 口の中に鉄の味が広がった。

「くそっ力負けした。」

バケモノの圧倒的な質量の前に、俺の大剣は完全に押し切られてしまったのだ。


だが、モニターに映る景色を見て、俺は小さく息を吐き出した。

俺の機体が後退した分だけ、背後にある掘削場との距離は確実に開いている。

あの巨大なリノセロスの突進の勢いは、完全に死んでいた。

バケモノの巨体が、砂漠のど真ん中で完全に停止している。

俺が気合いで踏みとどまった時間は、決して無駄じゃなかった。


「最高のタイミングね。助かったわ、ヒカリくん」


通信機から、シルヴィアさんの弾むような声が響いた。

俺が弾き飛ばされた直後だった。

視界の端から、黄と黒の装甲が猛スピードで飛び出してくる。 シルヴィアさんの乗るフラウスレイだ。


黄色い機体が、砂漠を蹴って大きく空へ飛び上がった。

巨大な満月を背景にして、細身の機体が宙を舞う。

スラスターの青い炎が、夜空に鮮やかな軌跡を描いていた。

無駄のない、洗練された動きだ。 俺は一瞬だけ操縦桿を握る手の力を緩め、その美しい跳躍に見とれてしまった。

戦場にいることを忘れるほどの、華麗な飛翔だった。


フラウスレイが、リノセロスの分厚い背中へ着地する。

鈍い金属音が響いた。

フラウスレイは、俺たちの機体の中でも一番軽い軽装甲タイプだ。

それでも、バケモノは自分の背中に乗られたことを確実に見抜いた。

着地のわずかな衝撃と、機体の重さを背中に感じ取ったのだ。

装甲の隙間から、怒りに満ちた高温の蒸気が激しく噴き上がる。


ブオォォォッ。


地鳴りのような咆哮を上げて、リノセロスが狂ったように巨大な体を揺さぶり始めた。

ズシン、ズシンと大地を強く踏み鳴らす。 背中の上の異物を振り落とそうと、左右へ激しく暴れ狂う。

その動きが引き起こす突風で、巻き上げられた砂が俺のコクピットをパラパラと打ち付けられた。


落ちる。

俺は思わず、両足のペダルにグッと力を込めた。

助けに入る準備をする。

だが、シルヴィアさんは全く動じなかった。

どれだけバケモノが暴れても、フラウスレイは背中の上にピタリと張り付いている。


俺はモニターの映像を素早く拡大した。

フラウスレイの両腕から、太い黒い線が伸びている。

特殊なワイヤーだ。 シルヴィアさんは着地と同時に機体の腕からワイヤーを射出し、リノセロスの分厚い装甲の隙間へ強固に打ち込んでいたのだ。

自身を完全に固定して、バケモノの激しい揺れを完璧に殺している。

流石だ。

俺は操縦桿のグリップを握り直し、バケモノの次の動きに備えて視線を鋭く向けた。


俺はモニター越しに、バケモノの巨大な頭部をじっと観察した。

分厚い首の装甲。

空に向かって大きく反り返る、無骨な黒いツノ。

どうやらあいつは構造上、視界を極端に上へ向けることができないようだ。

ならば、背中の上は完全な死角だ。 俺はコクピットの中でそう確信した。


だが、それは致命的な勘違いだった。


バケモノの背中に無数に並ぶ小型砲塔。

さっきまで俺たちを捉えていた無機質な銃口が、一斉に動いた。

真後ろへ百八十度回転する。

不気味な駆動音がコクピットまで響いた直後だ。

砲塔から実弾が一斉に吐き出された。

背中に張り付いた黄色いフラウスレイへ向けた、至近距離からの容赦ない斉射だ。


「シルヴィアさんっ」


俺は思わず叫んだ。

だが、彼女の機体はすでに動いていた。

フラウスレイが素早いステップで弾幕を紙一重で回避する。

そして再び、背中の別の位置へ着陸しなおした。


その瞬間、バケモノの巨大な尻尾が不気味にうねる。

先端に備えられた極太の二連装大型キャノン砲。

それがぐるりと向きを変え、背中の上のフラウスレイを完全に捉えた。

砲口の奥で、凄まじい赤い光が収束を始める。


「させへんでっ」


後方から、全速力で突っ込んでくるラキのギレルレウが見えた。

両腕のマシンガンが激しく火を噴く。

尻尾の砲身を狙った斉射で、射線を強引にズラそうとしているのだ。

だが、弾幕の密度がいつもより明らかに薄い。 シルヴィアさんへの誤射を恐れているのだろうか。

その迷いが引き金に表れ、バケモノの分厚い装甲を削り切れない。

射線を逸らすほどの効果が全く出ていなかった。


「二人ともしっかり見て」


通信機から、シルヴィアさんの鋭い声が響き渡った。

見る?何を見るんだ。

俺もラキも、その言葉の意図が全く理解できなかった。

思考が止まる。

その一瞬の隙を突くように、巨大な尻尾の砲門から極太の赤いビームが解き放たれた。


空気を焼き尽くす閃光。

だが、フラウスレイはそこにはいなかった。

ビームが放たれるコンマ数秒前、爆発的な跳躍と共に上空へ高く舞い上がっていたのだ。

赤い熱線が、何もない空間を虚しく貫いていく。


いや、違う。

俺は全身の血の気が一気に引くのを感じた。

極太のビームは、真っ直ぐに俺のルベルジンカミシモを捉えていた。


「くそっ」


俺は鼓動が爆発しそうなほどの焦燥感の中、両足のペダルを限界まで踏み込んだ。

機体を横へ逃がそうとする。

だが、回避は絶対に間に合わない。

俺は両手の操縦桿を、胸の前で力任せに交差させた。

機体の両腕が連動し、分厚い大剣の腹を盾の代わりとして正面に構える。


直後、コクピットを真っ白な光と絶望的な衝撃が包み込んだ。


圧倒的な光の奔流がルベルジンカミシモを完全に飲み込んだ。

俺は両手の操縦桿を力任せに内側へ押し込む。

機体の腕が連動し、分厚い白と黒の大剣の腹で極太の熱線を真正面から受け止めた。


鼓膜が破れるような轟音がコクピットに響き渡る。

視界が真っ白に染まった。

凄まじい熱気が顔の表面をジリジリと焼く。

機体全体が激しく軋み、警告の電子音がけたたましく鳴り響いた。

足元のペダルを踏み込む両足の感覚が、強烈な反発力で麻痺しそうだ。

それでも俺は、奥歯が砕けるほど歯を食いしばって強引に踏みとどまる。


数秒後。

熱線の照射が終わり、光の奔流が嘘のように消え去った。

視界が急激に暗闇へと戻る。

大剣の表面から、赤い高熱の煙がもうもうと立ち昇っていた。

なんとか耐え切った。

俺が肺に溜まっていた熱い空気を大きく吐き出した直後、通信機から二つの驚愕の声が重なって響いた。


「なんでやっ。なんでこいつを狙うねん」

「どうして」


ラキの戸惑い声。

そして、空中にいるシルヴィアさんの、珍しく焦りを滲ませた声。

二人の声を聞いてから一拍遅れて、俺の頭の中にも全く同じ疑問が浮かび上がった。


何故だ。

何故、あのバケモノは少し離れた俺を狙った。


あのタイミング。

バケモノの背中には、シルヴィアさんのフラウスレイが張り付いていたのだ。

装甲の隙間にワイヤーを打ち込み、あいつにとって一番の物理的な脅威だったはずだ。

普通に考えれば、至近距離にいるフラウスレイを最優先で排除しようとする。

背中の小型砲台で迎撃できなかったのなら、あの巨大な尾の主砲を曲げてでも背中を撃ち抜くべきだった。

なのに、あいつはわざわざフラウスレイから射線を大きく外し、距離のある俺に極太のビームを撃ち込んできたのだ。


俺が足元のペダルを細かく踏み直し、機体の体勢を立て直そうとした時だった。


ブシュウゥゥゥッ。


地鳴りのような重低音と共に、強烈な排気音が夜の砂漠に響き渡る。

メインモニター越しに、バケモノの分厚い背中から高温の白い蒸気が天高く噴き上がるのが見えた。

尾の巨大な主砲から熱線を放った直後の、強制的な排熱処理だ。


空中で姿勢を制御していた青いフラウスレイが、その白い蒸気の柱のすぐ横を滑空していく。

シルヴィアさんは機体の高度を素早く下げながら、背中の装甲のどの部分から蒸気が噴き出しているのか、その排気口の位置を鋭い視線で確認していた。

黄色い機体が砂漠に着地し、ズザァッと重い砂を巻き上げる。

通信機から、いつもの余裕を取り戻したシルヴィアさんの声が聞こえてきた。


「ヒカリくん、ラキくん。さっきの『しっかり見て』っていうのは、今開いた背中の排気口の場所のことよ」


俺は操縦桿を握り直し、モニターに映るバケモノの背中を凝視する。

分厚い装甲の一部がスライドし、まだ薄っすらと白い煙が立ち昇っている箇所がある。

あれが排気口。

あの巨大なバケモノの、最大の急所だ。


シルヴィアさんは俺が撃たれることを予測してあの言葉を言ったわけじゃない。

熱線を撃つタイミングで必ず開く放熱フィンを、三人で同時に確認するためだったのだ。

俺は一つ力強く頷き、焦げた匂いのするコクピットの中で、大剣を再び真っ直ぐに構え直した。


俺は大きく息を吐き出しながら、両足のペダルをゆっくりと手前へ踏み込んだ。

ルベルジンカミシモが砂を擦る重い音を立てて後退する。

大剣の刀身から上がっていた高熱の煙は、少しずつ夜風に流されて消えつつあった。

左右のモニターに、仲間たちの機体が映し出される。

ラキの青いギレルレウ。 そして、シルヴィアさんの黄色いフラウスレイだ。

俺たち三機は巨大なリノセロスからしっかりと距離を取り、再び横一列に並んで陣形を整えた。


ーーーーーーーーーーーー


コクピットの空調が必死に回り、顔に張り付いた汗を冷ましてくれる。

だが、俺の頭の中はまだ熱く混乱していた。


「なんで俺を狙ったんだ。こいつにとって一番邪魔だったのは背中に張り付いたシルヴィアさんだろ」


俺は通信機に向かって、思ったままの疑問をぶつけた。

モニターの向こうで、バケモノがズシンズシンと砂漠を歩き回っている。

俺たちへすぐに突進してくるわけでもなく、少し距離を空けたまま左右にウロウロと動き回っていた。

装甲の隙間から白い蒸気を吹き出し、赤い双眸を爛々と光らせている。

明らかな威嚇行動だ。


「ほんまやで。普通なら背中のシルヴィアさんを先に叩き落とそうとするやろ」


ラキの関西弁が、ノイズ混じりに聞こえてきた。

その声にも、隠しきれない戸惑いが混ざっている。


「背中の小型砲台で撃ち落とせんかったからって、わざわざ遠くにいるこいつに極太のビームを撃ち込むのはどう考えてもおかしいわ。

尻尾を曲げてでも、背中のシルヴィアさんを狙うのが筋やろ」

「私にも確証はないわ。でも、いくつか推測はできる」


シルヴィアさんの静かな声が、俺とラキの会話に割って入った。


「もしかしたら、自分の背中に向けてあんな高出力の主砲を撃てば、自身の装甲が耐えきれずに自爆するリスクがあったのかもしれないわね。

あの極太のビームの熱量。近くで撃てば、自分も無傷じゃ済まない」

「自爆を恐れた。あのバケモノなりに自分の身を守る計算をしたってことか」


俺は両手の操縦桿を軽く握り直した。

バケモノの巨体が月明かりに照らされ、不気味な影を砂漠に落としている。


「それか、さっき真正面から力比べしたこいつを、一番の脅威やと本能で感じ取ったんかもしれんな」


ラキが青い機体の腕を少しだけ動かした。


「力任せの突進を真正面から受け止められた。それがよっぽど気に食わんかったんやろ。

動物的な勘で、一番厄介な敵を先に潰そうとしたんやないか」

「機体の質量とパワー。あのリノセロスは、ヒカリくんのルベルジンカミシモを自分と同格の敵として認識した。そういう可能性もあるわね」


シルヴィアさんの言葉に、俺は少しだけ息を呑んだ。

同格の敵。

あの山のような鋼鉄のバケモノが、俺を最大の障害だと認めたというのか。


「どれも決定的な理由にはならないわね。リノセロスの思考なんて私たちには永遠にわからない」

シルヴィアさんは小さく息を吸い込む音を通信機に響かせた。


「でも、事実としてあいつは私への射線を外した。そして排熱のために、背中の排気口を無防備に晒したのよ」


「理由はともかく、やることは一つ!」

俺は足元のペダルに再び力を込めた。

コクピットの床から、機体のアイドリングの振動が力強く伝わってくる。


「せやな。あのパカッと開いた排気口をぶっ壊す。それだけや」


ラキの声から戸惑いが消え、いつものニヒルな響きに戻っていた。

標的は完全に定まった。

あの分厚い装甲に守られたバケモノを内部から破壊する、唯一の急所だ。


「ええ。私がやるわ」


シルヴィアさんの声が、冷たい夜の砂漠に凛と響いた。


「一番身軽なこの黄色いフラウスレイで、もう一度あいつの背中に乗る。そして今度こそ、あの排気口を直接破壊するわ」


俺はメインモニターに映る黄色い機体を見つめた。

軽装甲で機動力に特化したフラウスレイ。

そのスピードなら、もう一度あの巨大な背中へ飛び乗ることは十分に可能だ。


「俺とこいつで、もう一度あいつの足を止める」


俺は両手の操縦桿を前へ押し出し、大剣を再び真正面へ構え直した。


「シルヴィアさんが背中に乗るための一瞬の隙をもう一度作る。だから、あとは頼む」

「任せて。今度は絶対に逃がさないわ」


短い言葉のやり取りだけで、俺たちの意思は完全に一つになった。

威嚇するように歩き回っていたリノセロスが、再びその巨大な頭部をこちらへ向ける。

赤い双眸が不気味に明滅し、地鳴りのような唸り声が砂漠の空気をビリビリと震わせた。


ーーーーーーーーーーーー


通信機から、ひどく悔しそうな声が聞こえてきた。


「今回、俺が一番役に立ってへんな」

ラキの声だ。 いつもの余裕は完全に消え失せている。

自嘲するような響きが、ノイズ混じりにコクピットへ響いた。


「このマシンガンじゃ、あのバケモノの装甲を撫でてるだけや。表面を削る程度で、まともなダメージなんて全然通ってへんわ」


俺は前方の敵から目を離さず、黙ってその言葉を聞いていた。

確かにその通りだ。

さっきからこいつは、正確な射撃をバケモノへ叩き込み続けている。

だが、リノセロスの分厚い鋼鉄の皮膚はあまりにも硬い。

火花を散らすだけで、内部へ致命的な打撃を与えるには至っていなかったのだ。


「ハンドガンの出力を限界まで上げる」


ラキの声に、鋭い熱が帯びた。

計器を弾くような電子音が通信越しに聞こえてくる。


「オーバーヒート覚悟で、無理やりダメージを通せるように設定する。」


武器の出力を強制的に引き上げれば、武器にも機体にも大きな負担がかかる。

だが、今はそんなリスクを気にしている余裕はない。

俺が短く了解の返事をしようとした、その時だった。


ズシンッ。


鼓膜を突き破るような地響きが、足元のペダルを通して全身を激しく揺さぶった。

リノセロスが動いた。

鼻息のように高温の白い蒸気を吹き出し、巨大な四肢が砂漠を爆発的に蹴り上げる。

山のような質量の鋼鉄が、再び真っ直ぐにこちらへ向かって突進を開始した。

視界の全てを、巨大な黒い影が猛スピードで埋め尽くしていく。


「ただじゃ行かせへんで」


ラキの乗る機体が、素早く前へ出た。

両腕に構えた二丁のマシンガンが、一斉に火を噴く。

激しいマズルフラッシュが夜の砂漠を照らし出した。


今度の狙いは顔面じゃない。 突進してくるリノセロスの、巨大な右足だ。

分厚い装甲の隙間。 関節の駆動部。 接地して全体重が乗る足首。

そこへ向けて、実弾の雨を一点に集中させる。

激しい火花が右足の周囲にまとわりつくようにはじけた。


装甲を貫通できなくても、物理的な衝撃は確実に蓄積していく。

バケモノの右足の踏み込みが、ほんのわずかに鈍った。

その小さな違和感が巨体全体のバランスを崩し、突進の恐ろしい勢いが目に見えて削がれていく。


その一瞬の隙を逃すシルヴィアさんじゃない。


黄色いフラウスレイが、背部のスラスターを激しく吹かした。

砂煙を高く巻き上げながら、大きく横へスライドする。

バケモノの突進の正面から完全に逸れ、側面へと回り込んでいく。

あの巨大な背中へ最も飛び乗りやすい角度。 そして、絶好の距離。

そこを正確に計算し、流れるような動きで機体を配置したのだ。


俺のやるべきことは明確だ。

この少しだけ勢いの落ちた突進を、もう一度真正面から受け止める。

背中の排気口を壊すための、完璧な足場を作るのだ。


俺は大きく息を吸い込み、足元のペダルを床の奥深くまで力強く踏み込んだ。

ガコンッ。 ルベルジンカミシモの強靭な両足が、砂漠の地中深くへと食い込む。

機体が大地と完全に固定されたのを感じ取り、俺は両手の操縦桿を強く握り直した。

腕の筋肉が限界まで張り詰める。


右腕と左腕の操縦桿を連動させ、機体の正面へ押し出す。

白と黒の大剣を、盾のように斜めに構えた。

機体の関節モーターが重苦しい唸りを上げる。

焦げたオイルの匂いが空調から吹き出し、鼻を突いた。


真正面から、巨大な黒いツノが迫ってくる。

俺は目を見開き、凄まじい衝撃に備えて全身の筋肉を引き絞った。


砂煙を切り裂いて、黒い巨体の壁が目の前に迫る。

俺は両手の操縦桿を、右から左へ思い切り力任せに振り抜いた。

ルベルジンカミシモの右腕がモーターの唸り声を上げて連動する。

構えていた白と黒の大剣が、横なぎに空気を切り裂いた。

狙うのはただ一つ。

真正面から突き出された、あの忌まわしい巨大な黒いツノだ。


ガアァァァッ。


凄まじい金属音がコクピットを激しく揺らした。

黒い刃と黒いツノが、完璧な角度で激突する。

ラキが右足に集中砲火を浴びせ、突進のスピードを殺してくれたおかげだ。

一番力の入る、最高の形で刃を打ち込むことができた。


だが、衝撃はやはり半端じゃない。

操縦桿を握る両腕の骨がミシミシと悲鳴を上げる。

火花が散り、焦げた鉄の匂いが空調から吹き出してきた。


俺は奥歯を噛み砕くほどの力で食いしばり、足元のペダルを床の金属板ごと突き破る勢いで踏み抜いた。

機体のメインスラスターが、最大出力で激しく火を噴く。

背中から鼓膜を破るような爆音が響いた。


今度は絶対に負けてたまるか。


俺の気合いと機体の全推力が、分厚い鋼鉄のツノを真っ向から押し留める。

ズザァッと機体の両足が砂漠を深く削り、そこでピタリと止まった。

踏みとどまったのだ。

完全に拮抗した、鋼鉄同士の力と力のぶつかり合い。


その事実が、あの巨大な獣の逆鱗に完全に触れたのがわかった。

自分よりも圧倒的に小さく、羽虫のように思っていた存在。

それに力で対抗され、前進を完全に阻まれたのだ。

圧倒的な質量とパワーを誇っていたであろうそのプライドが、ズタズタに引き裂かれたに違いない。


リノセロスの巨体が、怒りでブルブルと大きく震え上がった。

分厚い鋼鉄の装甲の継ぎ目という継ぎ目から、今までで一番激しい高熱の蒸気が凄まじい勢いで噴き出す。

シューッというけたたましい噴気音が夜空に響き渡る。

熱波がコクピットのガラスを直接炙り、内部の温度が急激に跳ね上がった。

顔面にある真っ赤な双眸が、さらに禍々しい血の色にギラギラと発光を増す。


明確な殺意の塊だ。

地獄の底から響くような重低音の唸り声が、俺の内臓を直接揺さぶってきた。

怒り狂ったバケモノが、さらに強烈な力で俺の機体をすり潰そうと体重をかけてくる。

機体の関節モーターから、限界を知らせる赤い警告灯が点滅を始めた。


「排気口の前に背中の小型砲台を破壊する」


通信機から、シルヴィアさんの研ぎ澄まされた声が響いた。

俺がバケモノの動きを完全に止めている。

その一瞬の完璧な隙を見逃す彼女じゃない。

黄色いフラウスレイが、リノセロスの側面に素早く回り込んでいた。


モニターの端で、機体の細い腕が動く。

両手に握られていたのは、四本の巨大なクナイだった。

青白いスラスターの光と共に、フラウスレイの両腕が鋭く交差するように振られる。

シュッ、シュッ、と空気を連続で裂く音が響いた。

放たれた四本のクナイが、月明かりを反射して銀色の軌跡を夜空に描く。


狙いは極めて正確だった。

リノセロスの分厚い腰部と、巨大な尾の付け根。

そこに並んでこちらへ銃口を向けていた厄介な小型砲台に、四本のクナイが次々と深く突き刺さる。

直後、砲門内部の炸薬が弾け、激しい爆発が連続して起きた。


オレンジ色の炎が上がり、黒い装甲の破片と砲身の部品が砂漠にバラバラと降り注ぐ。

ひしゃげた砲台の残骸から、バチバチと青白い火花が散っていた。

鮮やかな手際だ。

背中の腰から尾にかけて配置されていた砲台は、これで完全に沈黙した。

背後を狙う脅威は一気に減ったのだ。


残るは、バケモノの分厚い肩の装甲の上に陣取る、二つの小型砲門のみだ。

俺は操縦桿を握る手にさらに力を込め、目の前で怒り狂うバケモノのツノを必死に押し返し続けた。


ーーーーーーーーーーー


鍔迫り合いの最中だった。

バケモノの巨大な首の筋肉が、不気味に隆起した。

俺が力任せに押し込んでいた黒いツノが、フワッと上へ跳ね上がる。

反発力を失った俺の機体が、前のめりになりかけた。

足元のペダルを強く踏み直し、慌てて姿勢を保つ。


その直後だ。

巨大なツノの下。 分厚い装甲に覆われたバケモノの口が、ガコンと重い音を立てて大きく開かれた。

生暖かい、血のような金属の匂いが空調を通してコクピットへ流れ込んでくる。

ぽっかりと空いた巨大な暗闇の奥。

そこが、不気味な赤い光を放っている。


チカチカとした明滅ではない。

凄まじい熱量を持った、太陽のような光の塊だ。

脳裏に、出撃前のブリーフィングの記憶がフラッシュバックする。

口からの熱線もある可能性がある。

背筋に氷をねじ込まれたような悪寒が走る。


ゼロ距離だ。

大剣とツノを突き合わせているこの状態。

回避なんて絶対に不可能だ。

足元のペダルをどれだけ強く踏み込んでも間に合わない。

操縦桿を引いて大剣を盾にするか。

いや、この距離でモロに食らえば大剣ごと機体がドロドロに溶かされる。

死への恐怖が脳を支配する。


それを気合いで無理やりねじ伏せた。

俺は生き残るっ!!!

両手の操縦桿がへし折れるほど強く握り込む。 全身の筋肉がはち切れんばかりに膨張した。


目前に迫る、死の赤い光。

光の塊が極限まで収束する。 今まさに放たれようとした。


その瞬間だ。

巨大な黒い頭部が、いきなり横へ大きく弾き飛ばされた。


俺の視界から、致命的な赤い光が完全に消え去る。

直後、鼓膜を粉砕するような轟音が響いた。

極太の赤い熱線が、俺の機体のすぐ横をかすめていく。

夜の砂漠を一直線に焼き焦がし、隣の砂丘を吹き飛ばした。


凄まじい衝撃波がルベルジンカミシモを激しく揺さぶる。

俺はペダルを踏み込んで、必死に機体のバランスを取った。


バケモノが自分で狙いを外したのか?

違う。

メインモニターの端に、青い機体の姿が映った。 ラキのギレルレウだ。


両腕に構えられたハンドガンの銃口から、真っ赤な煙が噴き上がっている。

出力を限界まで引き上げた、捨て身の至近距離射撃。

こいつが、リノセロスの顔面の側頭部へ向けて強烈な一撃を叩き込んでくれたのだ。


装甲を貫くためじゃない。

その桁違いの衝撃で、バケモノの巨大な頭を無理やり横へ殴り飛ばしたのだ。

熱線の射線軸を、強引に俺からズラしてくれた。


「ヒカリくん、無事ね。よかった」


通信機から、シルヴィアさんの心底ホッとしたような声が聞こえた。


「ほんまギリギリやんけ」


ラキの関西弁も続く。

二人とも、俺の生存を確認して大きく胸を撫で下ろしているのが音でわかった。


その言葉を聞いて、俺の中で一拍遅れて実感が湧き上がってきた。

助かった。 俺は今、生きている。

全身の毛穴から、一気にべっとりとした冷や汗が噴き出した。

操縦桿を握る両手が、今さらになって小刻みに震え始める。

心臓が肋骨を突き破りそうなほど激しく脈打っていた。 喉の奥がカラカラに乾いている。


「助かった。あ...りがとう」


俺は震える声で、短く感謝の言葉を絞り出した。

こいつの機転がなければ、俺は間違いなくあの光の奔流に飲み込まれて炭の塊になっていた。


だが、安堵に浸っている暇なんて一秒もなかった。

目の前の巨大な黒い装甲が、ビクンと大きく波打った。

リノセロスが、鼓膜を直接引き裂くような大音量で叫び声を上げた。

空気がビリビリと震え、コクピット画面のガラスが激しく共鳴する。


バケモノの真っ赤な双眸が、俺から完全に逸れた。

怒りに満ちた視線の先にあるのは、少し距離を取って構えている青い機体だ。

自分の顔面を強引に撃ち抜き、渾身の攻撃を邪魔したギエルレウを完全に睨みつけている。


俺は両手の操縦桿を強く握り直した。

足元のペダルに力を込め、次の一手に備える。

ラキの機体までは距離がある。

さっきの口の極太のビームか。

それとも、巨大な尾の主砲か。 頭の中で、予想が駆け巡った。


その時。

巨大な黒い頭部が、俺の機体へ向けて無造作に振られたのだ。

避ける暇もなかった。

分厚い側面装甲が、ルベルジンカミシモの胸部に真横から激突する。

凄まじい衝撃。

足元のペダルの感覚がふっと消失する。

バランスを崩した機体が、砂漠の上を無様に転がった。 天地が逆転し、モニターの視界が激しく回転する。


リノセロスは、倒れ込む俺を完全に無視した。

そのまま砂煙を蹴り上げ、強靭な四肢で大地を爆発的に踏みしめる。

真っ直ぐに、青いギエルレウへ向けて猛烈な突進を開始したのだ。


ただの突進じゃなかった。

分厚い肩の装甲に残った、最後の二つの小型砲門。

そこから、無数の実弾が雨あられと火を噴き始めたのだ。

マズルフラッシュの激しい閃光が連続して瞬く。

砂漠の夜空に、オレンジ色の弾幕が扇状にばらまかれる。

完全に怒りに任せた、狂乱の突撃。


俺は激しく回転する視界の中で、必死に操縦桿を引き絞り、機体の体勢を立て直そうとあがいた。


鼓膜を直接引き裂くような咆哮が響き渡った。

バケモノが大地を揺らし、巨大な口を大きく開けて叫び続けている。

真っ赤な双眸は、完全にラキの青い機体を捉えていた。

リノセロスは砂を激しく巻き上げ、凄まじい勢いで突進していく。

肩の砲門から実弾をばらまきながら、一直線にギエルレウへの距離を詰めていく。


俺は倒れた機体を必死に立て直す。

足元のペダルを交互に力強く踏み込み、ルベルジンカミシモの姿勢を無理やり起こした。

シートから伝わる振動が、機体の受けたダメージの大きさを物語っている。


その視界の端から、猛スピードで追いすがる影が見えた。

シルヴィアさんの黄色いフラウスレイだ。

背部のメインスラスターを全開にして、リノセロスの背後へと肉薄していく。

青白い炎が夜の砂漠に一直線の軌跡を描いた。


フラウスレイの右腕が、鋭く前方に突き出される。

手首の射出口から、太い黒いワイヤーが勢いよく飛び出した。

空気を裂く音が響く。

ワイヤーは空中で弧を描き、リノセロスの太い後ろ足にぐるりと巻き付いた。

カキンッと強固なロック音が通信越しに響く。


シルヴィアさんはフラウスレイの推進力を瞬時に逆噴射させた。

砂煙を高く上げ、強引にブレーキをかけようとする。

だが、無駄だった。


バケモノは全く意に介さない。

ワイヤーがピンと限界まで張り詰める。

フラウスレイの軽い機体は、そのままズルズルと砂漠を引きずられていく。

質量が違いすぎるのだ。

バケモノの圧倒的な突進力と重量の前では、軽装甲のフラウスレイはあまりにも軽すぎた。


その時だった。 引きずられながら、フラウスレイの左腕がこちらへ向かって突き出された。

もう一本の黒いワイヤーが、俺のルベルジンカミシモに向かって真っ直ぐに射出される。


俺は一瞬でその意図を理解した。


俺たち三機の中で、この機体が一番重くて分厚い装甲を持っている。

巨大なバケモノの勢いを強引に殺すための、巨大な重り。

その役目を、俺に託したのだ。


俺は両手の操縦桿を瞬時に前へ押し出す。

ルベルジンカミシモの左腕が連動し、飛んできた黒いワイヤーの先端をガッチリと掴み取った。

そのまま手首の関節モーターを素早く回転させ、腕全体にワイヤーを何重にも巻き付ける。

絶対に離さない。


俺は大きく息を吸い込み、両足のペダルを床の奥底まで全力で踏み抜いた。

ガコンッ。

ルベルジンカミシモの強靭な両足が、再び砂漠の地中深くへと突き刺さる。

機体が大地と完全に固定された。

コクピットを強烈な安定感が包み込む。


次の瞬間、ピンと張り詰めたワイヤーから凄まじい力が伝わってきた。

俺の左腕が根元から持っていかれそうになる。

操縦桿を握る手に、限界を超える負荷がかかった。


俺の機体と、猛突進するリノセロス。

その二つの巨大な質量の間に、一本のワイヤーで繋がれた黄色いフラウスレイが完全に挟まれている状態だ。


ギギギギギッ。


耳を塞ぎたくなるような嫌な金属音が、モニター越しに響き渡った。

シルヴィアさんの機体が、両腕を左右からとてつもない力で引っ張られているのだ。

軽装甲の関節部から、バチバチと激しい火花が散るのが見えた。

装甲が軋み、今にも千切れそうな悲鳴を上げ続けている。


ギギギ、と嫌な金属音が通信機越しに響いた。

フラウスレイが大きく傾く。

リノセロスの巨体から伸びたワイヤーが、強固な張りを見せていた。

ピンと固く張られたワイヤーが、シルヴィアさんの機体を強引に引き戻そうとしている。

機体装甲の継ぎ目から鋭い火花が弾け飛んだ。

フレームが軋む激しい音が、俺の機体にまで伝わってくるようだった。


シルヴィアさんは慌てなかった。

彼女は足元のスロットルペダルを緩めたのだろう。

あえて機体の速度を落とす。

ぐっと前に突っ込んでいた機体がブレーキをかけるように失速した。

引きずられていた張力が一気に抜ける。


ラキの機体は、その一瞬の緩みを見逃さなかった。

ギエルレウは横滑りするように旋回。

ラキは余裕を持ってリノセロスの側方へ回避してみせる。

すれ違いざま、ラキは手元の左右の操縦桿を同時に固く握りしめ両手のトリガーを引き抜く。


ガガガガガガガガガッ。

けたたましい斉射音が吐き出された。

二丁のマシンガンが同時に火を噴く。

暗い視界を激しいマズルフラッシュが照らし出した。

弾丸の群れがリノセロスの側面に吸い込まれていった。

ズガガガガッ。

運が良かった。

弾丸は装甲の薄い関節の隙間に突き刺さっていた。

重厚な外装が弾け飛び、黒い煙と激しい火花が噴き出す。

リノセロスの巨体がほんの少しだけ揺らいだ。


「よし、入った!」 俺は叫んでいた。 操縦桿を握る手に力が入る。


シルヴィアさんもすぐさま動いた。

バシュッと圧縮空気の音が響いた。

シルヴィアさんの機体のアンカー部から高熱のガスが噴射される。

リノセロスの足に食い込んでいたワイヤーが、勢いよく解き放たれた。

弾かれたワイヤーが鞭のように空を切り、地面の岩を砕く。


自由になったシルヴィアさんの機体は、ペダルを踏み込んで迅速に後退した。

ラキもまた、フットペダルを奥まで踏み込む。

背部のスラスターが青白い炎を噴き上げた。

ラキの機体は、リノセロスの後方へと大きく弧を描いて退避する。

そのまま地表を滑るようにして、俺たちの近くまで戻ってきた。


機体が停止する揺れとともに、通信機からノイズ混じりの声が届く。

「助かったわ、シルヴィアさん。ええタイミングで減速してくれたなぁ」

ラキの声だ。 いつものニヒルな響きだが、少しだけ息が荒い。


「どういたしまして、ラキくん。うまく当ててくれて助かったわ」 シルヴィアさんの声が返ってくる。

緊迫した状況だというのに、相変わらず落ち着いたトーンだ。

だが、モニターに映る彼女の機体の右腕部は、焦げたオイルの煙をうっすらと上げている。

ダメージがないわけではない。


俺は息を整えた。

充満する機械油の匂いと、高圧ケーブルから漂う微かな焦げくささが鼻をつく。

汗が額から垂れて目に入りそうになり、乱暴に拭った。


本日、何度目かの仕切り直しだ。


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