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13話:Seventy Seconds 〜囮と刻限~

高度が急激に下がり始める。

眼下に、どこまでも続く赤茶けた砂の海が迫ってきた。

着地が来る。 俺は両足のペダルを強く踏み込んだ。

脚部のスラスターが火を噴き、降下速度を殺しにかかる。


ズシンッ。


激しい衝撃が下から突き上げ、コクピット全体が激しく揺れた。 ルベルジンカミシモの重い両足が砂漠の地面を捉える。

だが、砂の足場は想像以上に柔らかかった。 着地の勢いを殺しきれず、ズズッと足元が滑り、機体が前のめりに大きくバランスを崩す。

俺は慌てて右の操縦桿を素早く手前に引いた。 機体の右腕が連動して動き、地面にドンッと手をついてギリギリで転倒を防ぐ。

モニターの視界が激しく揺れ、巻き上げられた大量の砂煙がカメラを完全に覆い尽くした。


「っと、危なかった」


俺は小さく息をつき、両足のペダルで姿勢制御を行って機体をゆっくりと立ち上がらせた。

砂煙が夜風に流され、徐々に周囲の視界が晴れていく。 メインモニターに、先行して着陸していた二機の姿が映し出された。


黄色と黒のフラウスレイ。

そして、ラキの乗る青いギエルレウ。

二機は俺の着陸地点から、左右に大きく距離をとって待機していた。

敵を警戒して散開しているだけじゃない。

後からものすごい勢いで降ってくる俺の機体が、安全に着地できるスペースを空けてくれていたのだ。

万が一、今の俺のように着陸に失敗して機体が滑っても、絶対に衝突しないだけの十分な距離がある。

先に降りて、ただ待っているだけじゃない。 無言のまま、次に続く仲間のための完璧な配慮がそこにあった。


さすがだ。

俺は操縦桿を握り直しながら、二機の頼もしい背中を見つめた。


ーーーーーーーーーー


シルヴィアさんの乗る漆黒のフラウスレイが先頭に立ち、ゆっくりと歩き始めた。

俺は足のペダルを軽く踏み込み、その背中を追う。

機体の足元から、ザクッ、ザクッと砂を踏みしめる重い音がコクピットに響いてくる。

シルヴィアさんが先陣を切るのには明確な理由がある。

フラウスレイに搭載されている索敵センサーが、俺たちの機体の中で一番優れているからだ。


メインモニター越しに見上げる夜空には、丸い満月がぽつんと浮かんでいた。

周囲には無数の星がパラり、青白い光が砂漠全体を淡く照らし出している。

冷たい砂漠のど真ん中で見る満月は、どこか趣深いものがある。

緊張で張り詰めていた頭の中に、ほんの一瞬だけそんな暢気な感想がよぎった。


いや、違う。 そんなことはどうでもいい。

新月の真っ暗闇に比べて、肉眼でもはっきりと視界が広く取れる。

戦いを控えた今の俺たちにとって、その事実の方がよっぽどありがたかった。


周囲は不気味なほど静かだ。 索敵モニターにも、空を飛ぶ小さな赤い光点は一つも映っていない。

あの厄介な小型竜の姿はどこにもなかった。

シルヴィアさんが事前の任務で、周辺を飛び回る鬱陶しい竜を全て落としてくれていたおかげだ。

彼女の完璧な仕事ぶりが、今の俺たちの安全な進軍を支えている。 コクピットの空調が吐き出す冷たい風が、少し汗ばんだ首筋を撫でていった。


「止まって」


通信帯から、シルヴィアさんの短く鋭い声が響いた。 俺は即座に両足のペダルから力を抜く。

ルベルジンカミシモの重い足が砂を深く噛み、ピタリとその場に停止した。

右斜め後方を歩いていたラキのギエルレウも、全く同じタイミングで足を止めている。


フラウスレイが機体を低く沈み込ませた。

シルヴィアさんのセンサーが、前方の暗闇に何かを捉えたのだ。

俺は右手の操縦桿の親指スイッチを弾き、メインモニターのズーム倍率を一気に引き上げる。

緑色の暗視フィルター越しに、巨大な熱源が二つ浮かび上がった。


砂丘の向こう側だ。

赤黒い岩山のような塊が、ゆっくりとうごめいているのが見える。

2体のリノセロスだ。 間違いない。


二つの熱源は、ぴったりと寄り添うように同じ場所に留まっていた。

俺は奥歯を強く噛み締める。

残念なことに、二体は一緒に行動しているようだ。

できることなら、一体ずつ分断された状態から奇襲をかけて、各個撃破で開戦したかった。

いきなりの総力戦を強いられる最悪のパターンだ。


ふと、モニターに映る大きい方の熱源がピタリと動きを止めた。

大きい方のボス個体だ。

巨大な頭部が、ゆっくりとこちらへ向けられる。

暗闇の奥で、巨大な赤いカメラアイが二つ、ギラリと不気味な光を放った。


気づかれた。 距離はまだ十分にあるはずなのに、あの巨獣は俺たちの存在をはっきりと感知したのだ。


シューッ。


機体の集音マイクが、高圧のパイプから蒸気が噴き出すような異音を拾い上げた。

リノセロスの強い鼻息だ。 敵が明確な戦意を向けた証拠だった。


直後だ。

ガァァアァァ。

腹の底から響くような、凄まじい咆哮が夜の砂漠を揺るがした。 空気がびりびりと震え、コクピットの画面が悲鳴を上げる。

俺は両手で操縦桿を力強く握り直し、足のペダルを深く踏み込む準備を整えた。


咆哮の直後、二体の巨獣の背中が不気味に展開した。

分厚い装甲がスライドし、小型砲門が夜空へ向けて顔を出す。

こちらを近づけさせないための牽制だろうか。

赤いカメラアイが点滅した瞬間、砲口が暗闇の中で一斉に火を噴いた。


ズガガガガッという鼓膜を破るような発射音が轟く。

俺は反射的に両足のペダルを左へ強く踏み込んだ。

ルベルジンカミシモの巨大な脚部が砂を蹴り上げる。

機体全体が大きく左へスライドし、砂漠の上に深い轍を刻んだ。


メインモニターの視界の端で、フラウスレイとギエルレウの姿が動いた。

通信での事前の合図など全くない。

だが、全機が完全に同タイミングで左方向へ逸れていた。


俺たちの右側には、八十九人が取り残された採掘場がある。

少しでもあのバケモノたちの意識と射線を、採掘場から遠ざけたかったのだ。

誰も口には出さない。 だが、三人とも戦いの中で全く同じことを考えて動いていた。


俺の機体のすぐ右側を、目にも留まらぬ速度で弾丸が通り過ぎていく。

背後の砂丘が連続して爆発し、巨大なすり鉢状の穴がいくつも穿たれた。

焦げた砂の匂いが、空調を通してコクピットに流れ込んでくる。


ビームのような光学兵器じゃない。

シルヴィアさんが事前に予想していた通りの、実弾兵器だ。

飛んできた何発かの弾頭が、ルベルジンカミシモの分厚い装甲を掠める。

ガッという硬い金属音と共に、激しい衝撃がシートを通して全身を揺さぶった。


装甲の表面が削れただけで、機体の駆動系にダメージはない。

何より、こんな程度の牽制攻撃に怯んでいる場合ではないのだ。

俺は両手で操縦桿を力強く握り直した。


ペダルをさらに深く踏み込み、機体の姿勢を前傾させる。

右手の操縦桿を素早く手前へ引いた。 機体の右腕が連動して動き、分厚い刀を正面へ構える。


迫り来る弾幕の中を、縫うようにして駆け抜けた。

避けきれない弾頭は、操縦桿を細かく弾いて刀の腹で受け止める。

オレンジ色の火花がモニターの視界いっぱいに散った。 弾き飛ばした実弾が、夜の砂漠へ吸い込まれていく。


狙うのは、奥で激しい砲撃を続けている一回り大きな個体だ。

ボスのリノセロスへ向かって、俺は一直線に距離を詰めていく。 通信帯から、シルヴィアさんの鋭く通る声が響いた。


「三機で、左から回り込んであの大きいボス個体を一気に攻撃。そうすればチュラクシスの救出作戦が格段に運びやすくなるわ」


極めて合理的で、迷いのない指示だ。 俺は操縦桿の通話スイッチを親指で押し込んだ。


「アヴェン5、了解した」


俺の真っ直ぐな返事に重なるように、通信機からラキの声が響く。


「よっしゃ。やったるわ」


全く怯むことなく、ニヒルな声色で応じた。

俺は右手の操縦桿を外側へ傾けながら、足のペダルを底まで踏み抜く。

ルベルジンカミシモの推進器が青白い炎を噴き上げた。


機体は凄まじい速度で弾幕を掻い潜る。

そのまま大きく弧を描き、巨大なボス個体の左側面へと鋭く回り込んでいった。


ボスの左側面へ向けて、全速力で砂漠を駆け抜ける。

機体を走らせながら、俺はシルヴィアさんの指示の本当の意図に気がついた。


右側には、もう一体のリノセロスが控えている。

あちらも背中の小型砲や大型砲をこちらへ向けようと、砲身を旋回させているのがモニター越しに見えた。

だが、俺たちがボスの左側にピタリと張り付くことで、ボスの巨大な図体がそのまま完璧な盾になるのだ。

右側の個体は、味方であるボスへの誤射を恐れて安易に砲撃を行えない。

敵の巨体を利用して敵の弾幕を封じる、完璧な位置取りだった。


俺は両足のペダルを細かく踏み換えた。 ルベルジンカミシモの姿勢を低く沈み込ませる。

そのまま砂の上を滑るように進み、リノセロスの巨大な前脚のすぐ横、完全な死角へと潜り込んだ。


自分でも驚くほど、機体の動きが滑らかだった。

視界の端を見ると、ラキのギエルレウも全く同じようにボスの懐へ深く入り込んでいる。

クレティさんの地獄のような特訓の成果が、はっきりと出ている証拠だ。

昨日までの全身が砕けるような模擬戦で、想定される予備動作や死角の位置を、体と反射神経に徹底的に叩き込まれていた。


敵の巨大な肩の装甲が、ほんのわずかに下がる。

前傾姿勢になる予備動作だと推察し、俺は反射的に右足のペダルを強く踏み込んだ。

機体が右斜め前へスライドする。 直後、元いた場所にリノセロスの巨大な前脚が叩きつけられ、凄まじい地響きと共に砂のクレーターが出来上がった。


見えている。

今の俺たちには、あの巨大なバケモノの動きが予想できていた。

巻き上がる砂埃の中を、俺とラキはさらに深く敵の懐へと踏み込んでいく。


しかし、ボスのリノセロスも大したものだ。

足元をチョロチョロと動く俺たちに苛立ったのか、腹の底から響くような低い唸り声を上げた。


ブォンッ。


凄まじい風切り音が、集音マイクを通してコクピットに響き渡る。

分厚い装甲に覆われた巨大な尻尾だ。 死角に潜り込んだ俺たち三機をまとめて薙ぎ払おうと、猛烈な速度で横殴りに振り回してきたのだ。


「っと。」


ラキの声が通信機から響く。機体を大きく後方へ跳躍させて回避した。

シルヴィアさんのフラウスレイも、滑らかな足元の操作で軽々と尻尾の軌道から離脱していく。


俺は逃げなかった。

両足のペダルを限界まで踏み込み、機体の重心を砂の大地にガッチリと固定する。

両手の操縦桿を力強く握り、手前へ引き絞った。


ルベルジンカミシモの腕が連動して動く。

大太刀の柄を掴み、一気に引き抜いた。

漆黒の刃が夜の砂漠に姿を現す。


迫り来る巨大な尻尾の質量。

俺は右手の操縦桿を斜め上へ押し出し、黒い刃の腹を盾にして真っ向から受け止めた。


ガガァァンッ。


鼓膜が破れそうなほどの巨大な金属音がコクピットに響き渡る。

凄まじい衝撃波がルベルジンカミシモを襲った。

シートを通して全身の骨が軋む。 メインモニターの視界いっぱいに、激突によるオレンジ色の火花が散った。


巨大な金属音が響いたが、俺は足のペダルから絶対に力を抜かなかった。

ルベルジンカミシモの脚部が、砂の大地に深く沈み込んで踏み留まる。

右手の操縦桿を力一杯押し込み、黒い刃で巨大な尻尾の質量を完全に受け止めた。

ボスのリノセロスが体勢を崩し、その巨大な動きがピタリと停止する。 俺が作り出した、ほんのわずかな隙だ。


「ええ度胸や。そこ、もらうで」


通信機からニヒルな声が飛んできた。

ラキの乗るギエルレウが、ボスの右側面へ滑り込むように接近する。

俺の機体が尻尾を抑え込んでいるため、敵は身動きが取れない。

ギエルレウの両腕に構えられた二丁の大型マシンガンが、ボスの胴体へ真っ直ぐに向けられる。 操縦桿のトリガーが引かれたようだ。


ズガガガガガッ。


夜の砂漠を切り裂くような、凄まじい連射音が鳴り響く。

マシンガンの銃口から、マズルフラッシュが絶え間なく噴き出した。

ラキが狙ったのは、分厚い装甲の表面ではない。

装甲と装甲の境目、わずかに露出した駆動部の隙間だ。

無数のビームがそこへピンポイントで吸い込まれ、激しい火花と装甲の破片を周囲に撒き散らす。


その弾幕の真横で、機体が音もなく跳躍した。

シルヴィアさんのフラウスレイだ。

両手で操縦桿を流れるように操作し、腰から特殊な武装を引き抜く。

巨大な漆黒のクナイだ。

フラウスレイは空中で姿勢を捻りながら、右腕を大きく振りかぶった。 操縦桿が鋭く前へ倒される。


ヒュンッ。


風を裂く鋭い音と共に、クナイが放たれた。

狙いはボスの巨大な前脚の関節部だ。 分厚い装甲が重なり合う、その一番奥にある脆い連結部分。

放たれた刃は寸分の狂いもなくその隙間へ突き刺さった。

ガキンッという硬い音の直後、関節の奥で内部機構がショートしたような青白い火花が散る。


ガアァ。


ボスのリノセロスが、煩わしそうに叫び声を上げた。

装甲の隙間を狙ったラキとシルヴィアさんの攻撃は、少し、だが確実に内部へダメージを通していた。


俺は受け止めていた大太刀を弾き返し、追撃のために操縦桿を握り直す。

だが、メインモニターの端で赤い警告光が激しく点滅した。


「右から来るわ。一度距離を」


シルヴィアさんの冷静な声がコクピットに響く。

俺はモニターの右側へ視線を走らせた。

巨大な岩山のような黒い影が、砂煙を上げてこちらへ突進してくるのが見えた。

もう一体のリノセロスだ。

ボスの巨体を盾にしていた俺たちを捉えるため、大きく外側から回り込んできたのだ。


このままここに留まれば、二体の巨獣に完全に挟み撃ちにされる。

俺は即座に両足のペダルを逆方向へ強く踏み込んだ。

ルベルジンカミシモの背部スラスターが火を噴く。

ラキのギエルレウとシルヴィアさんのフラウスレイも、全く同時に後退の動きに入っていた。

俺たち三機は砂の上を滑るようにして急反転する。 そのまま一気に後方へ飛び退き、迫り来る二体のバケモノから大きく距離を取った。


機体の姿勢を低く保つ。

メインモニターには、砂煙を上げて並び立つ巨大なリノセロスの姿が映っていた。 コクピットの空調が、汗ばんだ俺の首筋へ冷たい風を吹き付けてくる。


「こちらチュラクシス。現在、作戦空域に接近中だ」


通信機から、クレティさんの低く硬い声が響いた。


「八十九人の救助を急ぐ。だが、あの二体が固まったままでは降下できない。なんとかして奴らを分断したい」


俺はメインモニターの端にあるデータ表示へ視線を移した。

昨日の地獄のような模擬戦の後、シルヴィアさんに徹底的に叩き込まれたデータがある。

あのバケモノの尻尾に備えられた砲身の、おおよその射程距離だ。

俺の乗るルベルジンカミシモは、三機の中で一番装甲が分厚い。


俺は操縦桿の親指にある通話スイッチを押し込んだ。


「クレティさん。ルベルジンカミシモでどちらか一体を引きつける。昨日の射程データなら、ギリギリで立ち回れるはずだ」


俺は頭に浮かんだ作戦を、真っ直ぐに口に出した。


「囮になる気か。危険すぎる」


即座に、クレティさんの鋭い声が通信帯に響き、俺の提案を却下した。

いつもの豪快な笑いは一切ない。

俺を無駄に危険に晒すわけにはいかないという、指揮官としての冷静な判断だ。


その問答の最中だった。

大きい方のボス個体が動いた。

巨大な頭部がゆっくりと旋回する。 狙いは俺のルベルジンカミシモではない。 隣にいるギエルレウでもない。


ボスの赤いカメラアイが、三機の中で最も装甲の薄いシルヴィアさんのフラウスレイを真っ直ぐに捉えていた。


巨大な尻尾が、空高く持ち上げられる。

尻尾の先端にある太い砲身が、漆黒の機体へ向けて正確に狙いをつけていくのが見えた。 砲口の奥で、不気味な赤い光が急激に収束していく。


ドゴォォォォンッ。


夜気を切り裂くような轟音と共に、極太の光条が放たれた。


「ふふっ。昨日の挑発が、効いてるのかしらね」


通信機から、シルヴィアさんの余裕のある声が聞こえてきた。

あんな巨大な一撃を向けられたというのに、少し笑っている。

フラウスレイは両足の駆動部を滑らかに動かし、砂を蹴った。

流れるような動きで、砲撃の射線から軽やかに飛び退いていく。


俺はただ見ているつもりはない。 両足のペダルを底まで一気に踏み抜いた。


ルベルジンカミシモの背部ブースターが火を噴く。

鼓膜を震わせる轟音と共に、青白い炎が夜の砂漠を照らし出した。

機体が凄まじい推進力を得て、弾丸のように前へ飛び出す。

シルヴィアさんのフォローに回るため、俺は両手の操縦桿を力強く握り直した。


ーーーーーーーーー


ルベルジンカミシモの背部ブースターが最大出力で火を噴く。

シルヴィアさんの機体をフォローするため、俺は両足のペダルを深く踏み込んでいた。

その時。

右側のサブモニターが、異常な速度で接近する巨大な熱源を警告した。 けたたましい警告音が狭いコクピットに鳴り響く。


視線を右へ弾いた。 砂煙を突き破り、岩山のような漆黒の塊が迫ってくる。

もう一体のリノセロスだ。

ボスの機体から離れた俺のルベルジンカミシモへ向かって、斜め前方から猛烈な速度で突進してきていた。


回避する時間は全くない。

俺は両手の操縦桿を強く握り、力任せに手前へ引き絞った。

機体の両腕が連動して動き、構えていた大剣の分厚い刃を咄嗟に正面へ盾のように突き出す。


凄まじい衝撃が機体を襲った。

ガガァァッ。

分厚い装甲同士が激突する巨大な金属音が、肌を震わせる。

シートベルトが食い込み、全身の骨が悲鳴を上げた。

オレンジ色の火花がモニターの視界いっぱいに弾け飛ぶ。


俺は両足のペダルを底まで完全に踏み抜いていた。

ルベルジンカミシモのブースター出力は限界まで引き上げられている。

だが、リノセロスの突進のスピードと圧倒的な質量には敵わない。

機体の重い脚部が砂を深く抉りながら、ズリズリと後方へ押し込まれていく。

焦げた金属の匂いと、摩擦で焼けた砂の匂いが空調から流れ込んできた。


メインモニターの端で、フラウスレイとギエルレウが急速に小さくなっていく。

リノセロスの突進に押し出され、俺の機体だけが二人の陣形から完全に分断されてしまったのだ。


俺は急いで通信スイッチを強く押し込んだ。


「クレティさんっ!!」


腹の底から、絞り出すように叫ぶ。

それ以上の言葉は必要なかった。

俺が分断され、このリノセロス一体と完全に引き離された今の状況。

奇しくも、ほんの数十秒前に俺が提案し、クレティさんが即却下した囮の作戦が、最悪の形で実現してしまったのだ。


通信の向こう側で、クレティさんが息を呑む気配が伝わってきた。

いつもの豪快な笑い声は全くない。

一瞬だけ訪れた重苦しい沈黙が、クレティさんの激しい葛藤を物語っていた。

装甲が厚いとはいえ、経験の浅い俺がこのバケモノと一対一で対峙する。

それは命を落とすリスクが極めて高い、危険すぎる賭けだ。

だが、今この分断のチャンスを逃せば、八十九人の命を救う作戦は完全に失敗に終わる。


「七十秒だ」


クレティさんの低く、そして血を吐くような重い声が通信機から響いた。


「七十秒持たせろ。ヒカリ坊」


迷いを断ち切った、指揮官としての絶対の命令だった。

同時に、俺の命を絶対に諦めないという強い意志が込められていた。


「了解した」


俺は短く答え、両手で操縦桿を握り直す。

押し込まれる力を利用して左足のペダルを少しだけ緩め、機体の姿勢を斜めへ逃がした。

大剣の刃を滑らせてリノセロスの突進の軌道を逸らす。


カメラが、星空を遮るようにして近づいてくる巨大な船影を捉える。

母艦チュラクシスだ。

俺が作ったこの隙を突き、八十九人を救うために最大船速で砂漠の底へ向かって降りてくる。

俺は機体の体勢を立て直し、目の前の巨大なバケモノを正面から見据えた。


機体が砂を削る不快な振動が、ペダル越しに足の裏へ伝わり続ける。

俺は両足に全体重を乗せ、ペダルを限界まで踏み抜いた。

ルベルジンカミシモの巨大な脚部が、赤茶けた砂漠の大地に深く根を張る。

背部のブースターが最大出力で火を噴き、凄まじい推進力を生み出していた。


分厚い装甲が、リノセロスの巨大な質量を正面から受け止める。

金属が軋む不気味な音がコクピットに響いた。

だが、押し込まれる感覚はもうない。

ルベルジンカミシモの圧倒的な防御力と推進力が、バケモノの突進の勢いを完全に殺し切ったのだ。


ガキィンッ。


俺は両手の操縦桿を力強く押し込み、大剣の腹で敵の巨体を大きく弾き返した。

リノセロスがたたらを踏み、大きく後退する。

これでようやく、機体一つ分の距離が空いた。


俺は荒い息を吐きながら、メインモニターの端へ視線を走らせる。

先ほどまでいた戦場が、遠くの砂煙の向こうに見えた。

ボスのリノセロスを抑えているはずの二機の姿が動いている。


ギエルレウと、フラウスレイだ。

二機はボスの猛攻を躱しながら、少しずつこちらへ近づこうと陣形を動かしていた。

俺が分断されたことに気づき、危険を承知でフォローに入ろうとしてくれているのだ。


胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなるのを感じた。

空っぽの俺を、仲間として絶対に切り捨てないという確かな意思だ。

無意識のうちに口角が上がりそうになる。


だが、俺はすぐに頭を振ってその甘い思考を叩き斬った。

そんなことを考えて喜んでいる場合ではない。

俺がこの一体をここで完璧に抑え込まなければ、仲間の命も八十九人の命も危ない。

二人を頼るのではなく、俺自身の力でこの死線を越えなければならない。


視界の正面で、弾き飛ばされたリノセロスが再び体勢を立て直していた。

赤いカメラアイがギラリと光る。

今度は巨大な鼻の角を真っ直ぐにこちらへ向け、砂を蹴り上げて突進してきた。


殺意の塊のような巨体が迫る。

俺は両手の操縦桿を強く握り直した。

後退はしない。 両足のペダルから一瞬だけ力を抜き、すぐさま強く踏み込んだ。


ルベルジンカミシモが前傾姿勢になり、リノセロスへ向かって真っ直ぐに突っ込む。

自分から敵の懐へ飛び込む、自殺行為にも見える動きだ。

だが、俺の頭には昨日のクレティさんとの地獄の組み手が鮮明に焼き付いていた。


相手の攻撃を恐れて距離を取れば、突進の加速を許して威力を最大にしてしまう。

ならば、加速する前に自分から距離を潰す。 それが一番安全で、確実な防御なのだ。


機体がぶつかり合う直前。 俺は右手の操縦桿を素早く手前に引き、そのまま斜めへ押し出した。

ルベルジンカミシモの右腕が動き、大剣の黒い刀身を角の軌道へ正確に割り込ませる。


ガガッ。


短い金属音と共に、角の先端が黒い刃を滑るようにして逸れていった。

衝撃が軽い。

スピードが乗る前に距離を潰したことで、先ほどのような圧倒的な威力は完全に死んでいたのだ。

クレティさんの教えが、俺の体と機体の動きに完璧に直結している。


角を受け流されたリノセロスが、不格好に前のめりになって体勢を崩す。

俺は左足のペダルを踏み込み、機体を横へスライドさせて反撃の隙を窺った。


ふと、メインモニターの仰角カメラに暗い影が映り込んだ。

夜空の星を覆い隠すように、巨大な金属の塊がさらに近づいてくる。

母艦チュラクシスだ。 正確に降下を始めている。


コクピットの計器に目を落とす。

デジタル時計が、秒数を正確に刻んでいた。

クレティさんから七十秒持たせろと通信が入ってから、現在二十九秒が経過している。 残り、四十一秒。


俺は両手の操縦桿にさらに力を込め、再び立ち上がろうとする目の前のバケモノを真っ直ぐに見据えた。

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