遥か高みの古代樹
しかし、それ以上に私の目を惹きつけたのは、その広い空間にズラリと並べられた「家具」や「道具」の数々だった。
エルフの幻想的な意匠と、ドワーフの武骨な技術が融合した、極めて独特なインテリア。
足元には、ふかふかの羊毛(と思われる)厚手の絨毯が敷き詰められ、部屋の中央には大人が何人も座れるような重厚な革張りのソファと、立派な石造りの暖炉が備え付けられている。暖炉の中には薪が綺麗にべられており、今すぐにでも火をつけられそうだった。
そして、部屋の奥へと進むにつれて、私の目はさらに丸くなった。
「ん?……なにかしら……?」
そこには、真鍮のパイプや歯車、漆黒の鋳鉄で作られた、厳つい見た目の「機械群」が所狭しと並んでいた。
蒸気機関のような重々しい佇まい、近未来の映画に出てくるような怪しげなメーターやレバーが付いている。
けれど、前世の記憶を持つ私には、それらの機械が「何のために作られたものか」が、直感的に理解できてしまった。
大きくて頑丈な箱型の機械。重厚な扉を開けてみると、内部は耐熱性のレンガで覆われており、魔法陣のような刻印が彫られている。真鍮のダイヤルには、温度を示すと思われる数字(金槌の数)が刻まれていた。
これ……もしかしてオーブン? 魔法で加熱するタイプの調理用オーブンなの……?
その隣にあったのは、大きな金属製のファン(羽根)がついた機械だ。下部には無数の歯車が組み合わされており、レバーを倒すと羽根が回転して風を送る仕組みらしい。
こっちは……扇風機? いや、エアコンのかわり……?
さらに奥には、美しい石の天板が嵌め込まれた流し台と、いくつかの調理スペース。水を出すための蛇口のようなレバーまでついている。まさに「キッチン」そのものだった。
見た目はどれも真鍮と歯車だらけで、車や家電の中身ように厳つく、無骨なドワーフ趣味全開のデザインだ。けれど、用途は明らかに「快適な生活を送るための家電製品」そのものだったのだ。
ドワーフの人たち……見た目はともかく、やってることは前世の最新家電の開発と変わらないじゃない……。凄すぎない?
思わずクスリと笑いが漏れた。
家具や機械にはうっすらと埃が積もっていたけれど、長年放置されていたとは思えないほど保存状態が良い。まるで、ほんの数時間前まで誰かがここで生活し、料理を作り、暖炉の前でくつろいでいたかのような「生活の温もり」が残っていた。
一応、無用なトラブルを避けるために、私は大声を張り上げてみた。
「あ、あのー! すみませーん! どなたかいらっしゃいませんかー!」
広大な部屋に、私の声がむなしくこだまする。
『……いらっしゃいますかー……ー…………』
返答は、当然なかった。
シーーーンと静まり返る空間。埃の粒子が、光の中で静かに舞っているだけだ。
「……うん、誰もいないわね」
ホッと胸を撫で下ろすと同時に、少しだけ寂しさが胸を掠めた。
けれど、背に腹は代えられない。私には行く場所も、帰る場所もないのだ。この誰もいない夢のような大邸宅は、今日から私の唯一の「家」になる。
「よしっ!」
私は自分に気合いを入れるように両頬をパンッと叩いた。
一度外の様子を確かめるため、入ってきた壁の「ぷにぷに」に向かって歩き、意を決して飛び込んだ。
ポンッ、という音と共に、再び森の空気の中へと弾き出される。
外では、巨大な植物のジェントルが、相変わらず呑気にゆらゆらと葉を揺らしながら、日光浴をしながら待ってくれていた。
『おやおや、お帰りなさいお嬢さん。中はどんな様子でしたか?』
「すごかったわ! 外から見るより何倍も広くて、立派な家具も機械もたくさんあったの! で、でも誰も住んでいなかったけれど……」
私が興奮気味に報告すると、ジェントルは巨大な花頭を軽く下げた。
『それは複雑でしたね、お知り合いになれる住人がいなくて。……それで、お嬢さん。そこは長く住めそうな場所でしたか?』
「ええ、もうバッチリよ! 雨風もしのげるし、家具も揃ってる。お掃除さえすれば、王都の私の部屋よりも、遥かに快適に暮らせそうなくらいだわ」
『それは良かった。人間の体は繊細ですからね、雨や冷気に晒され続ければすぐに参ってしまうでしょう。これで一安心です』
ジェントルは親身になって喜んでくれた。巨大で恐ろしい見た目をしているけれど、本当に心優しい紳士だ。
『さて、お嬢さん。無事に家も見つかりましたし、私に他に何か聞きたいことや、お手伝いできることはありますか? なければ、私はそろそろあちらの【木の根元】で、午後の日光浴の続きをしようと思うのですが』
ジェントルが巨大な蔓の手で、すっとある方角を指差した。
「木の根元……?」
私は首をかしげた。
彼が指差した方角には、建物のすぐ裏手にそびえ立つ、巨大で果てしない『漆黒の岩壁』があったのだ。まるで巨大な山脈か、高い崖のように見えていた。
「ジェントル、あっちにあるのは高い崖でしょ? 木なんて……」
言いかけて、私は違和感に気づいた。
その「岩壁」の表面には、岩特有のゴツゴツとした質感がなかった。代わりにあったのは、太い縄のようにねじれ合い、重厚な溝が幾重にも刻まれた……そう、巨大な『樹皮』の模様。
「え……? 嘘でしょ……!?」
私は崖だと思っていたものの、恐る恐るその「壁」を注視してみた。
冷たい岩のそれではない。乾燥した、力強い木肌の質感。
「これ……全部、木の幹……!?」
あまりの規格外さに、背筋が凍りついた。
私は弾かれたように顔を上げ、空を仰いだ。
視界を遮る他の巨大樹たちの葉の隙間。その遥か遥か上空、雲を突き抜け、大気圏すら越えていくのではないかと思えるほどの超高空へと――その巨木は、太い幹を一直線に伸ばしていた。
天空を覆い尽くす、世界そのものを支えているかのような超巨大樹。
私がこれまで「山」や「崖」だと思っていたものは、ただの『一本の木の根元』に過ぎなかったのだ。
口が半開きになり、私の両目は完全に点となった。
(ナニコレ……)
私の存在のちっぽけさに眩暈がしてくる。この森のスケール感は、一体どうなっているのだ。
『私たちの偉大な母なる木です』
ジェントルが誇らしげに語る声を、私は魂が抜けたような顔で聞いていた。
「は、はは……すごいわね。もう何があっても驚かないわ」
私は乾いた笑いを漏らしながら、必死に思考を現実へと引き戻した。
超巨大樹だろうがなんだろうが、今の私には関係ない。今の私に必要なのは、ロマンではなく、今日の生存だ。
「……あ、あのね、ジェントル。色々教えてくれて本当にありがとう。感謝してもしきれないわ」
『いえいえ、お安い御用ですよお嬢さん。こちらも楽しかったです』
「それで……最後にもう一つだけ、切実な質問があるのだけど……」
私はぺこりと凹んだお腹をさすりながら、上目遣いでジェントルを見上げた。
「……この近くに、私みたいな普通の人間にでも『食べられるもの』って、何か落ちていないかしら……?」
長旅と度重なる恐怖、そして蜜で溺れかけた疲労で、私の胃袋は限界を迎えていた。
悪役令嬢として追放され、未開の地に放り出され、なんとか安全な家は手に入れた。
だが、次に私を襲ってきたのは――あまりにも生々しい『空腹』という名の敵だった。




