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悪役令嬢ですが、既に追放された後でした  作者: 逆立ちハムスター


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エルフの家と狂った太陽

全身蜜まみれのドロドロ状態ではあったけれど、おでこの傷が完全に塞がり、肌に至っては前世のどのエステ後よりもツヤツヤになった私。


顔や手にこびりついた半透明の蜜をドレスの破片で拭いながら、私はようやく、ジェントルが「到着した」と言ったその場所へ視線を向けた。


そこにあったのは、最初は古びた石造りの遺跡か何かだと思っていた。

けれど、よくよく観察してみると、「遺跡」という無骨な言葉で片付けるには、あまりにも幻想的で、そしてあまりにも美しい建物だった。


巨大な球体を描く構造物。

全体がうっすらと真珠のような優しい光を帯びており、表面には蔦や苔、色鮮やかな小さな花々が隙間なく絡みついている。建物のラインには直線が一切なく、まるで巨大なパパイヤか水滴がそのまま地面に根を張ったような、完全に自然と一体化した有機的なデザインだった。


「ねえ……ジェントル。これ、一体何なの? 遺跡……というより、誰かの家みたいに見えるけれど」


私が首をかしげながら尋ねると、ジェントルは巨大な花頭をゆらりと揺らした。


『ああ、これは……昔、この森で定期的に見かけたエルフたちが残していった建物ですよ』


「えっ? エルフ?」


思わず聞き返してしまった。エルフといえば、ファンタジー小説やゲームでお馴染みの、耳が尖った美しく長寿な種族のことだ。


「定期的って……まるでピクニックか何かに来ているみたいな言い方ね。……じゃあ、もしかして今もこの中にエルフが住んでいるの? 私以外にも、この森に誰か人がいるのかしら!?」


一瞬、胸に期待が膨らんだ。

もし普通に話の通じる住人がいるのなら、この過酷な森での生き残り方を教えてもらえるかもしれない。


だが、ジェントルから返ってきたのは、あまりにもスケールの違う無情な回答だった。


『んー……最後に見かけたのは、確か120年ほど前だったでしょうかねぇ』


「……はい?」


私はポカンと口を開けた。120年。私の前世の人生どころか、セレスティアとしての人生を優に超える年月である。


「120年前!? それって『定期的に見かける』って言わないわよ! 百年以上誰も来てないじゃない……」


『おやおや、お嬢さん。時間の感覚というのは種族によって違うものですからね。私たち植物や、永遠に近い時を生きていたエルフにとってみれば、120年などつい先週のようなものですよ』


「先週……」


スケールが大きすぎて眩暈がしてきた。

だが、ジェントルはさらに追い討ちをかけるように、恐ろしい事実をさ〜らりと言い放った。


『悪いことばかりでもないですよ。ここでは1年で日が昇り、、1年で日が落ちるサイクル故に、時間の経過が分かりやすくて助かりますよ』


「……ちょっと待って」


私は思わずジェントルの巨大な触手(蔓)を掴みそうになった。


「今、なんて言ったの? 1年で日が昇って、1年で日が落ちる……?」


『ええ、言葉通りの意味ですよ。この『ガイアードの聖域』では、陽が上空を一周するのにまるまる二年かかります。つまり、一度日が昇れば【一子年じゅう昼】が続き、その後太陽が沈めば【一整年ずっと夜】が訪れるのです』


「……っ!?」


衝撃のあまり、頭の中が真っ白になった。


年中無休の昼。そして、年中無休の夜。

つまり、これから一年間は太陽が沈むことなくずっと明るい状態が続き、それが終われば今度は一年間、漆黒の闇と冷気が支配する極夜が訪れるということ。


(自律神経が狂うなんてレベルじゃない……!!)


前世のOL時代、夜勤明けや生活リズムの乱れで肌荒れを起こし、必死にビタミン剤を飲んだりアイマスクをして睡眠環境を整えていた記憶が蘇る。一年間ずっと昼で、そのあと一年間ずっと夜なんて、人間の体内時計を根本から破壊する狂気の環境だ。美容の天敵どころの話ではない。命の危機である。


「慣れるのが……とても大変そうね、それ……」

『まあ、慣れてしまえばどうということはありませんよ。人間のお嬢さんには少し酷かもしれませんが。頑張って』


ジェントルは他人事のように(実際他人事なのだが)呑気に答えた。


「……はぁ。とにかく、今は雨風を凌げる場所を確保するのが最優先ね。ジェントル、この建物……勝手に入っても大丈夫かしら? 呪われたり、罠が仕掛けられていたりしていない?」


私が不安そうに球体の建物を見つめると、ジェントルは『大丈夫ですよ』と太鼓判を押した。


『エルフたちが去った後、ドワーフたちも何度かやって来て、この建物の中で勝手に過ごしていましたからね。彼らは何だか不気味な、煙が出る重々しい機械をたくさん持ち込んで、中でカチャカチャと何かを作っていましたよ。まあ、何か危険な罠が残っているかもしれないので、一応は、気をつけた方が良いでしょう』


ドワーフ。これまたファンタジーの定番、手先が器用な頑固な小人族だ。神の庭に、エルフが来て建てた家に、さらにドワーフが不法侵入してDIYしていたということだろうか。この森の歴史、カオスすぎる。私も不法侵入する側だけれど。


私はゴクリと唾を飲み込み、球体の建物へと歩み寄った。


建物の壁面は、前述の通り蔦や花に覆われている。その隙間から覗く白い壁に、恐る恐る手を伸ばしてみた。

コンクリートのような圧倒的な重厚感と密度を感じさせる佇まい。触れば冷たく固い感触が返ってくるのだろう――当然そう予想していた。


ところが。


むにゅっ。


「……えっ!?」


手から伝わってきたのは、信じられない触感だった。

固いどころか、まるで完熟したブドウか。上質な高反発マシュマロ、あるいは極上の巨大クッションに触れているかのような、吸い付くような柔らかい弾力!


なのに、力を込めて押し込んでみても、建物自体はビクとも揺れない。重さは巨大なコンクリート塊そのものなのに、表面だけが「ぷにぷに」なのだ。


「なにこれ……! 柔らかい……!? むにゅむにゅしてる……!」


私は思わず、その快感とも言える感触をむにゅむにゅ、むにゅむにゅ味わった。


ゲームセンターでよく集めた、スクイーズに、スライム食感を足した感じだろうか。癖になってしまう。


面白くなってペタペタと触っていると、不意に壁の表面が水面のように波打った。


「うわっ!?」


次の瞬間、私の手が壁の内部へとズブズブと沈み込み、逆らえない力で全身が引っ張られた。


「きゃああっ!?」


ポンッ、という軽い音と共に、私の視界が反転する。

水の中に飛び込んだような感覚のあと、足元に確かな「床」の感触が戻ってきた。


慌てて周囲を見回す。そこは――。


「嘘……でしょ……?」


私は絶句した。


外から見たあの建物は、せいぜい一戸建ての小型住宅ほどの大きさしかなかった。

だが、今私が立っているこの空間は――体育館、いや、ライブ会場のドームすら丸ごと入ってしまうのではないかと思えるほど、圧倒的に広大だったのだ。


見上げれば、吹き抜けの高い天井。天井自体がほんのりと柔らかな白色に発光しており、松明もランプもないのに部屋全体が昼間のように明るい。


「広すぎる……! 見た目の数十倍……ううん、百倍以上あるわ……!」


空間拡張魔法、あるいは次元を折りたたむような高等魔術。エルフの建築技術の凄まじさに目を見張る。流石ファンタジー。

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