真夜中の掃除屋
「……はぁ」
私は、ふかふかのベッドの上で、何度目か分からない寝返りを打った。
この『我が家』の一番奥にある寝室は、外の光がほとんど届かないように作られており、本来なら熟睡するには最高の環境だ。
それなのに、私はいっこうに眠りにつくことができずにいた。
理由は単純。体がまったく疲れを感じていないのだ。
この森の空気か、あのお風呂の効果なのかは分からないが、いくら時間を過ごしても「のぼせる」こともなければ「肉体的な疲労」が溜まることもない。前世での『一日中パソコンに向かった後のどんよりとした徒労感』なんてものは、ここには欠片も存在しなかった。
(まあ……疲れを感じないのはいいとして。本当の理由は、別のところにあるんだけどね)
私は天井を見つめ、苦笑いを浮かべた。
二人の騎士――ガルム卿とリュカ卿。
彼らにお風呂の場所を教え、洗濯乾燥機の使い方も伝え、着替えのサポートまでしてあげたあと、私は早々にこの奥の部屋へと引っ込んだのだ。
「私、ちょっと長旅で疲れちゃったから、先に寝るわね!」なんて、白々しい嘘をついて。
理由は極めてシンプル。ただただ、気まずかったからだ。
泥まみれでボロボロだった二人が、ピカピカに体を洗い流し、ふかふかに乾いた服を着て戻ってくるまでの間、私は居間で一人モジモジしていた。
一応、和解らしきものはしたし、魔女疑惑も晴れかけた。だが、かつて自分を護送し、見捨てていこうとした相手であり、私自身もかつては最悪の悪役令嬢として彼らに不快な思いをさせていたのだ。
どんな顔をして同じ空間にいればいいのか、前世でも引きこもり気質だった私には、どうにも分からなかった。
(洗濯機の作動音が止まって……服を取り出す音が聞こえてから、もうだいぶ時間が経つわね……)
真鍮製の洗濯乾燥機が「カチャン、ブシューッ」と音を立てて完了を告げ、彼らが衣類を取り出す気配は、遠くからでも音でハッキリと認識できた。
家の中には空き部屋が幾つもある。
「広いんだから、好きな部屋を使って寝てちょうだいね」と声をかけたのだが、二人とも「滅そうもない、我らは外で警護(という名の警戒)にあたる」と固く辞退してきたのだった。
(二人とも、今頃外で何をしているのかしら……)
気になって仕方がない。かといって、自分から「様子を見に来ました〜」なんて出て行くのも惨めだ。
ゴソゴソ……ガタガタッ。
その時だった。
部屋の外、静まり返った廊下の方から、何かが動く奇妙な物音が聞こえてきた。
「……ん? 何かしら?」
私はベッドから起き上がり、裸足のままそっと扉を開けて、廊下へと顔を出した。
廊下の暗がりの中を、ひとつの「物体」が静かに動き回っていた。
それは、金属製の平べったい円盤状の道具だった。
全体が重厚な真鍮で出来ており、側面からは大小さまざまな歯車が剥き出しになって、チクタク、カタカタと精巧な音を立てて回転している。中央からは淡い青色の光がぼんやりと放たれており、床の表面を滑るように進んでいた。
(……これって、前世の『ロボット掃除機』じゃない……!?)
ルンバの異世界バージョンとでも言うべきか。ただし、コードやバッテリーではなく、ゼンマイと魔法(あるいは謎の精霊技術)で動いているらしかった。真鍮の質感と剥き出しの歯車が、なんともスチームパンクで男心をくすぐるデザインだ。
だが、驚きはそれだけでは終わらなかった。
「……えぇ!?」
ロボット掃除機の少し後ろ。部屋の隅に立てかけられていたはずの「竹ほうき」が、まるで透明人間が手にして掃除をしているかのように、すっ、すっ、と自律して床を掃いていたのだ。
よく見ると、ほうきの穂先から、キラキラとした黄色い光を放つ微細な「胞子」のような粉末が舞い散っている。
その光る胞子が床に落ちていたほこりや泥に触れると、まるで磁石のようにピタッと吸着し、次の瞬間には――シュッと、跡形もなく空気中に消え去ってしまったのだ。
「すごい……ほこりと一緒に消滅させてる……。ダストボックスのゴミ捨てすら不要な掃除システムなんて、前世の家電メーカーが泣いて喜ぶわね……」
私は感心しながら、掃除ロボットと空飛ぶほうきのシュールな連携プレイを眺めた。
ロボット掃除機は、青い光を放ちながらゆっくりと廊下を進み、リビングの広間(玄関近く)へと向かっていく。
(……ちょっと、乗ってみようかしら)
ふと、前世のインターネットで見かけた動画が頭をよぎった。
ロボット掃除機の上にチョコンと乗って、部屋の中をドヤ顔で滑走する「猫」たちの姿だ。
ここには誰もいない。二人の騎士は外にいるし、私一人だ。ちょっとくらい羽目を外したって罰は当たらないだろう。
私はロボット掃除機の後ろから忍び寄り、そっと片足を乗せ、続いてもう片方の足も乗せてみた。
すぃ〜〜〜っ。
「わ……! 動いた……! すごい、本当に乗れたわ!」
ロボット掃除機は、大人の人間の体重がかかってもびくともせず、そのままのスピードでスムーズに床を滑っていった。
視界が滑らかに平行移動していく感覚。
「なるほど……これが猫ちゃんの気持ち……! なんという優越感、なんという浮遊感……!」
一人で密かに大興奮しながら、前世の猫の気分を満喫していた、その時だった。
カチャッ、チクタクッ!
「えっ」
壁に近づいたロボット掃除機が、障害物を検知して突如として『九十度シャープに方向転換』した。
足場を失った私は、勢い余ってバランスを崩した。
「きゃあぁぁぁっ!?」
どてんっ!!
「いっ……たたたたたっ!!」
見事なまでに床にひっくり返り、お尻と背中を痛打した。
さらに悪いことに、倒れた拍子に私の長い銀髪の先が、回転していたロボット掃除機の下部に巻き込まれてしまったのだ。
「痛たたたたっ! 髪が! 髪が吸われてる……っ!」
私が悲鳴を上げると、優秀な真鍮製掃除機は即座に異物(私の髪)を感知し、チチチッという警告音と共にピッタリと吸引と回転を停止させた。
「ふぅ……間一髪……助かっ――」
安心したのも束の間。
すっ、すっ、すっ。
「……ん?」
床に仰向けになって倒れている私の顔の上に、影が落ちた。
見上げると、あの「自律型ほうき」が、甲斐甲斐しく私の顔に向かって穂先を向け、シャッ、シャッと優しく(?)掃き掃除を始めたのだ。倒れている私を「床の巨大なゴミ」と認識したらしい。
穂先からパッ、パッと散る、キラキラした黄色い光る胞子。
「ゲホッ! ゲホゲホッ! ちょっ……やめて! 私はゴミじゃないわよ! ゲホッ!」
パシッとホウキの柄を叩き落とし、私はふらふらの体で立ち上がった。
ロボット掃除機から髪を引き抜き、ホウキを追い払って息を整える。……誰も見ていなくて本当に良かった。泡プードル事件といい、この森での私は定期的に情けない姿を曝け出している気がする。でもここでは、ありのままにが、自然故なのかもしれない。
突然歌い出したくなった謎の衝動を堪え、外の様子を確認するため、我が家の入り口(ぷにぷにの壁)へと向かった。
「……それにしても死ぬかと思ったわ。異世界の最新家電、容赦なさすぎるでしょう……」




