不意打ちの証明
「ジェ……『ジェントル』だと……!?」
ガルムが憎々しげにその名を口にした。
「あの巨大な植物の化け物のことか! 貴様、あの化け物とグルになって我らを追いつめる気か!」
「グルじゃないわよ! あの大きな植物……ジェントルには、私は傷を治してもらったの。何度も言うけれど、あなたたちは私のことを完全に誤解しているわ。お願いだから、もう少し冷静になって頭を冷やして頂戴」
私が心底呆れたように言うと、ガルムは血走った目をギラギラと輝かせ、へし折れた剣の柄を私に向けた。
「……ならば、納得のいく説明をしてみろ!!」
ガルムの怒号が森に響き渡る。リュカも息を呑んで、事の推移を見守っていた。
「お前が秘めているその凄まじい魔女の力……! それを使って、本当は何を企んでいるのだ!? 王都を、この国を滅ぼすつもりだろう!!」
ガルムの詰め寄りに、私は思わず冷や汗をかいた。
国を滅ぼす? 魔女の力で陰謀?
この男の脳内では、一体どんな大スペクタクルな悪のストーリーが展開されているのだろうか。
私は焼き魚の串を一度皿(葉っぱ)の上に置いた。そして、過去の「セレスティア」がしでかしてきた悪行の記録を、脳内で冷静に整理しながら、一つひとつ順を追って彼に突きつけることにした。
「……ガルム卿。よく考えてみてください」
「何?」
「私が昔……いえ、前世の記憶が戻る前の私がやった、数々の非道な行いについてです。アリシアさんを地下室に閉じ込めたり、毒を盛ろうとしたり、実家の権力を使って彼女の男爵家を潰そうとしたりしましたよね?」
「そうだ! 弁解の余地のない、悪逆非道な狂行だ!」
「ええ、確かにそうです。あれは完全に、当時の私の『己の欲望とプライドのためだけ』にやっていました。自分の思い通りにならない女性が気に入らない、王太子妃の座を奪われたくない、という身勝手で浅はかな利益のためだけに動いていたんです。今の私とは中身が違いますけど、客観的に見ても最悪のワガママ女でした」
「……ふん、自らで認めるか。そうだ! お前は己の欲望のために他者をやすやすと踏みにじる、最低な女だ!」
ガルムが吐き捨てるように言った。
私は「パンッ」と手を叩いて、彼を指差した。
「ですよね!! じゃあ、いまガルム卿が言っている『私は凄まじい魔女の力を隠し持っていて、陰謀を企てて国を滅ぼそうとしている』って話、根本的におかしくないですか!?」
「……なに?」
ガルムが眉をひそめた。
「もし本当に、私にそんな国を滅ぼせるような凄まじい魔法や、巨大な化け物を意のままに操る術があったのだとしたら……過去のあの強欲で身勝手な私が、なぜそれを使わなかったんですか?」
「そ、それは……力を隠していたからだろ!」
「なんで隠す必要があるんですか?」
私は語気を強めて言い返した。
「過去の私なら、そんな強大な力があったなら、とっくにそれを使って邪魔なアリシアさんも、あなたたち騎士団も、王太子殿下も全員力でねじ伏せて吹き飛ばしていますよ! それで無理やり王位を奪って、自分が女王にでもなっていたはずです! なんでわざわざ追放されるまで大人しく判決に従って、こんな最悪の未開の地まで運ばれて、コソコソ隠れて演技なんていう、面倒くさくて回りくどいことをする必要があるんですか!?」
「……っ!?」
ガルムが絶句した。
私のあまりにも筋の通った(そして過去の自分の性格を極限まで分析した)反論に、言葉を詰まらせている。
すると、横で聞いていたリュカが、ハッとしたように目を丸くして呟いた。
「た……確かに……」
「リュカ!?」
「ガルム先輩……セレスティア嬢の言う通りかもしれません……」
リュカは真剣な面持ちで、顎に手を当てて考え込み始めた。
「学園でのセレスティア嬢は、自分の欲望に一直線で、我慢というものを知らない、身勝手極まりない悪女でした。もし……もし彼女に怪物を従えるような『凄まじい力』が最初からあったなら、あのような回りくどいいじめなどせず、力で全員をねじ伏せて自分の思い通りにしていたはずです。こんな最悪の森に追放されるまで、力を隠し持つような忍耐力は、彼女には絶対にありません……!」
「リュカ! 早まるな! 騙されるな! 魔女の口車に乗ってはならん!」
ガルムは焦ったように叫び、必死に自分のパラノイアを補強しようと捲し立てた。
「お前はまんまと、魔女の口車に乗せられているんだ! 奴が今おとなしくしているのは…………そ、そうか、分かったぞ! 護送のダメージで失われた魔力を回復させるために、演技をしているだけだ! あるいは、この森の植物の魔物どもを集めて『悪の軍勢』を作り上げようとしているのかもしれん! さもなくば……我らを優しさで骨抜きにしてスパイに仕立て上げ、王都へ送り込んで自分の汚名を綺麗に拭い去るための、恐ろしい策略なのだ!!」
(……重症だわ。そんなこと、思いつきもしなかったわ……)
私は引きつった顔でガルムを見つめた。
この人の深読みと被害妄想、ガチで病院に行った方がいいレベルの重症である。どんだけ私を「世界を崩壊させるラスボス」に仕立て上げたいのだ。
まあいいわ。リュカ卿の方は、少しずつ冷静さを取り戻してくれているみたいだし。
私はガルムの熱弁を聞き流しながら、焦げないように串刺しの魚をクルリと裏返した。脂が滴り、ジュウジュウと良い音を立てている。
その時だった。
スッ……。
「……え!?」
突如として、私の目の前に「光る金属の先端」が現れた。
それは、焚き火の光を反射して怪しく光る――鋭利な『剣の刃先』だった。
私の鼻先、わずか数センチのところに、寸分の狂いもなく突きつけられている。
「ひゃああっ!??? 嫌あぁぁぁぁっ!?」
私は悲鳴を上げ、パニックを起こしてなりふり構わず後ろへと後ずさった。
勢い余って座っていた切り株から盛大に転げ落ち、背中から土の上に思い切りひっくり返った。
「いたぁぁぁああああっ!?」
後頭部を地面に強打し、視界にチカチカと星が飛んだ。あまりの激痛に頭を押さえ、私は悶絶したまま起き上がることができなくなった。
(な、なに!? ガルム卿が襲ってきたの!? 殺される……っ!?)
痛む頭を押さえ、涙目で薄目を開けると――。
チャキッ。
剣を鞘へと収める、静かな金属音が響いた。
私の目の前に立っていたのは、ガルムではなく――剣を収めたばかりの、癒し系の騎士リュカ卿だった。
「……リュカ? お前、一体何を……」
ガルムもまた、不意打ちで剣を突きつけたリュカの行動に驚愕し、目を見開いていた。
リュカは静かに息を吐き出し、倒れて頭を押さえている私を見下ろしたあと、ガルムに向き直ってハッキリとした声で告げた。
「……ガルム先輩。やはり、セレスティア嬢は『魔女』ではありません」
「何……? なぜそう言い切れる!?」
「もし、彼女が先輩の言うような『強大な力を持った魔女』で、僕たちを欺くために魔力を回復させている演技をしているのだとしたら……今の行動は、あまりにもおかしいからです」
リュカは論理的に、一つひとつ事実を指摘し始めた。
「僕が不意打ちで目の前に剣を突きつけた時、彼女は一切の防衛魔法も、魔力障壁も張りませんでした。それどころか、ただの無力な令嬢と同じように悲鳴を上げ、パニックになって転び、頭を打って悶絶しています」
「それは……油断していたからで……」
「いいえ! もし彼女が怪物を従える魔女なら、命の危険を感じた瞬間に、従えている魔物が自動的にかばいに来るはずです。あるいは、咄嗟に僕を呪いや魔法で始末していたでしょう。しかし、何も起きなかった。彼女を助けに化け物が現れることも、僕に魔法が放たれることもありませんでした」
リュカの言葉には、確かな説得力があった。
「彼女は、不意打ちの剣に一切反応できず、ただ怯えて転んで痛がっているだけです。……これが、『世界を滅ぼす魔女』の姿でしょうか? いいえ、違いますよね。彼女は本当に、ただの『無力な人間』なのです」
「……っ」
ガルムは言葉を失い、へし折れた剣を握りしめたまま、苦虫を潰したような顔で固まった。
リュカは私の方へと歩み寄り、しゃがみ込んで優しく手を差し伸べてくれた。
「驚かせてすみませんでした。大丈夫ですか、セレスティア嬢。……手荒な真似をして、申し訳ありませんでした。ですが、あなたの極悪非道な行いがあった以上、こうして確かめるしかなかったのです」
「……ほ、本気で殺されるかと思った……」
私は涙目になりながらリュカの手を取り、なんとか体を起こした。後頭部に大きなタンコブができているのが分かる。痛いけれど、これで「魔女疑惑」が少しでも晴れたのなら、安い代償だったのかもしれなかった。
ガルムは険しい表情のまま、地べたに倒れていた私とリュカをじっと見つめていた。
やがて、彼は深く重い溜め息を吐き出すと、へし折れた剣の柄を腰の鞘へと戻し、少し離れた場所にある大木へと歩いていった。
そして、その木の根元に、背中をもたれかからせるようにして、座り込んだ。
完全に警戒を解いたわけではない。だが、先ほどまでの「今すぐ魔女を処刑してやる」という殺気は消えていた。彼なりに、リュカの証明と私の間抜けな転倒劇を見て、己の妄想を再考せざるを得なくなったのだろう。
私は後頭部をさすりながら、再び切り株へと腰掛けた。
空には七色に光るクラゲや、妖精たちが舞い、上空では巨鯨がしっとりと歌っている。
焚き火の火に照らされた、泥まみれの二人の騎士と、タンコブ令嬢の私。
奇妙で、ちぐはぐで、けれどどこか賑やかな――世界の果てでの『三人でのキャンプ』が、こうして静かに始まる予感がした。




