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悪役令嬢ですが、既に追放された後でした  作者: 逆立ちハムスター


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異世界生活終了

彼の名は、ガルム。

鋼のように鍛え上げられた引き締まった肉体と、百戦錬磨のベテラン騎士だ。非常に寡黙で、私に対する態度は氷のように冷たい。当然だ。彼は私がアリシアを地下室に閉じ込めた際、現場に踏み込んで彼女を救出した騎士の一人なのだから。私に対する好感度はマイナス十万パーセントといったところだろう。


「ガ、ガルム卿……! 聞いて、お願い!お願いだから私の話を聞いて!」

私は窓枠にしがみつき、必死に叫んだ。死にたくない一心で、なりふり構っていられない。

「私は無実なの! いえ、確かにあのいじめをやったのは私の体だけど、あれは私じゃないの! 何か恐ろしい悪霊に取り憑かれていたというか、狂っていたのよ! 今の私は本当に正気なの! だから、どうか王都に戻って再調査を……!」

「黙れ、悪女め」


ガルムの声は、心底からの嫌悪に満ちていた。

「貴様がアリシア嬢にどれほどの苦痛を与えたか、私はこの目で見た。今さら狂っていたなどと言い訳をして、許されると思うな。私の任務は、貴様を『名もなき森』の境界まで護送し、そこで野垂れ死ぬのを見届けることだ。貴様の醜い命乞いを聞く義務はない」


ピシャリと撥ね退けられ、私は絶望に唇を噛み締めた。

騎士は、私を守るための護衛ではない。私が途中で逃げ出さないか監視し、そして辺境の地で確実に死に絶えるのを見届けるための「処刑人」なのだ。


「まあまあ、ガルム。そんなに怖い顔をしないでくださいよ。彼女もあれほど怯えているじゃないですか」


ピリピリとした空気を和らげるように、もう一人の騎士が馬を寄せてきた。

彼の名は、リュカ。

亜麻色のふんわりとした髪に、いつも優しげな微笑みを浮かべている青年だ。ガルムとは対照的に、彼は私にも人間として接してくれる、いわゆる癒し系の騎士だった。


「リュカ卿……!」

私は救いを求めるように彼を見た。

「お水、飲みますか? 水筒にまだ少し残っていますよ」


リュカは馬を馬車に近づけ、皮袋の水筒を窓から差し出してくれた。

喉がカラカラだった私は、貪るようにそれを受け取り、冷たい水を口に含んだ。


「ありがとうございます……。リュカ卿、お願い、あなたなら信じてくれるわよね? 私はもう、アリシアさんに酷いことなんて絶対にしない! 完全に生まれ変わったの! だから……!」

「……セレスティア嬢」


リュカは困ったような、それでいて少しだけ同情が混じったような、哀れみの笑みを浮かべた。


「貴女が今、どれほど後悔していようとも、犯した罪が消えるわけではありません。貴女がアリシア嬢にしたことは、あまりにも残酷すぎました。僕個人としては……あのような凄惨な事件を引き起こした悪女とはいえ、一国の公爵令嬢だった貴女が、このような最果ての地で命を落とすことになるのは、少し悲しいとは思いますがね」

「リュカ卿……」

「ですが、これは満場一致で下された判決です。貴女の実家すら、貴女を庇おうとはしなかった。一介の騎士である僕には、どうすることもできません。……せめて、この護送の道中だけでも、最後まで苦しまずに生きていられるよう、配慮するくらいしかできません」


彼の言葉に宿っていたのは、冤罪を信じる優しさなどではなかった。ただの、「死にゆく犯罪者への人道的な同情」だ。

彼は私を「極悪人」だと確信している。その上で、死刑囚に最後の晩餐を与えるかのような、そんな憐れみを向けているだけだった。当然だ。彼だって、私の数々の悪行を知っているのだから。


最後の村を通り過ぎてから、すでに数十日が経過していた。

景色はいつの間にか、乾燥した荒野から、鬱蒼と生い茂る不気味な森へと姿を変えていた。


太陽の光を遮るほどに巨大で、ねじ曲がった古代樹のような木々。

地面には毒々しい紫や赤の苔がびっしりと生え、空気はひどく湿っていて、むせ返るような腐葉土と……どこか鉄錆のような血の匂いが混ざっていた。


これが、名もなき森。

公式設定すら存在しない、世界の果ての果て。


「……嘘でしょ、本当にここに私を置いていく気なの……? こんな場所、一晩だって生きていけるわけない……!」


私はガタガタと全身を激しく震わせた。馬車の揺れとは関係ない。純粋な生存本能が警鐘を鳴らしているのだ。細胞の隅々が「ここは人が立ち入ってはいけない場所だ」と叫んでいる。過去の自分がどれほど憎かろうが、今ここにいる私の心は、死の恐怖に支配されていた。


「……馬車を止めろ!」


突然、先頭を進んでいたガルムが鋭い声を上げ、馬の手綱を強く引いた。

御者が慌ててブレーキをかけ、馬車がキィィッと嫌な音を立てて急停止する。慣性の法則で、私は危うく座席から転げ落ちそうになった。


「どうしたんですか!?」

リュカが腰の剣に手をかけながら、緊張した面持ちで前方を見る。


「……妙だ。風が止んだ。それに、さっきから鳥の鳴き声一つ聞こえん」


ガルムの言葉に、私はハッとして耳を澄ませた。

確かに、無音だった。

これだけ鬱蒼とした森でありながら、虫の羽音も、獣の気配も、葉擦れの音すらしない。まるで、森全体が「何か」に怯えて息を潜めているかのようだった。


その時だ。

私の『植物と話せる能力』が、微かな声を拾い上げた。


『……来る』


周囲に生えている名も知らぬ雑草や、不気味な苔たちが、恐怖に震えながら囁き合っている声。植物の言葉を理解できる私にだけ聞こえる、明確な警告。


「逃げて!! 前から何か来る!!」


私が窓から身を乗り出して叫んだその瞬間。

ズシン……ッ、と。

大地を揺るがすような重低音が響いた。


前方の茂みが、ありえないほどの力で薙ぎ払われる。樹齢数百年はありそうな太い大木が、まるでゴムのように曲がり、何かが姿を現した。


「な、なんだアレは……ッ!?」

リュカの顔から、一瞬で血の気が引く。ガルムも目を大きく見開き、剣を鞘から引き抜いた。


土煙を上げて現れたのは、巨大な『植物』だった。

だが、それは私の知る美しい花や木々とはまったく違う。

二階建ての家ほどもある巨大な蕾。その表面は毒々しい赤黒い色をしており、脈打つようにドクドクと不気味に蠢いている。蕾の根元からは、無数の茨の鞭のような触手がうごめいていた。


そして、ゆっくりとその巨大な蕾が開いた。

花びらの中央にあったのは、蜜や雄しべではない。

ノコギリのように鋭い牙がびっしりと並んだ、巨大な顎だった。


その植物の化け物は、私たちという獲物を見つけると、花びらを大きく震わせ、ありえない音を発した。


それは、腹の底から響き渡るような、鼓膜を劈く植物の『咆哮』だった。


圧倒的な捕食者を前に、護衛の馬たちはパニックを起こして立ち上がり、いななきを上げる。

馬車の中にいる私は、その場にへたり込み、ただ絶望に染まった瞳でその怪物を仰ぎ見るしかなかった。


過去の自分が犯した大罪のツケ。その報いを受けるにしては、あまりにも早すぎる。

私の異世界サバイバルは、始まる前から最悪の形で終わりを告げようとしていた。

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