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私はその巨大な葉っぱを何枚かビリッとちぎり取った。
そして、自分の目の前の地面に一枚セットする。
ペタッ。
その葉っぱの上に一歩、足を乗せる。
そして、さらにもう一枚の葉っぱをその前に敷き、そこに足を乗せる。
後ろに残った一枚目の葉っぱを振り返って拾い上げ、また自分の目の前へと敷き直す。
【ちぎる】→【敷く】→【一歩歩く】→【後ろの葉を拾う】→【前に敷く】
「私、一体何やってるのかしら……」
全裸の元・悪役令嬢が、足裏を汚さないために葉っぱの踏み台を自作し、前へ前へと地道に進んでいく謎の光景。
もし王都のプラチナメインキャラ(ユリウス殿下)に見られたら、開口一番「セレスティア! ついに頭まで狂ったか!」と叫ばれること間違いなしである。
けれど、背に腹は代えられない。
もこもこの葉っぱ絨毯を交互に敷きながら、私は少しずつ、ぷにぷに我が家へと近づいていった。
そうして地道な作業を繰り返すうちに、私はふと自分の身体の異変に気づいた。
「……あれ?」
肌に触れる風が、やけに心地よい。
湯船から上がったばかりの私の身体は、お湯で濡れていたはずだった。なのに、家へと歩くわずかな時間の間に、肌に付着していた水分が、スーッと爽やかに蒸発していっていたのだ。
嫌なベタつきや、冷え込みは一切ない。
森の温かな風と、高密度の澄んだ空気に触れることで、肌の水分量が完璧にコントロールされ、まるで最高級のボディパウダーをはたいたかのように、全身の肌がさらさらのスベスベに乾いていく。
「すごい……! ドライヤーもタオルもいらないくらい、勝手に乾いていくわ……!」
自浄作用というか、乾燥作用というか。この森の空気そのものが、天然のエアードライヤーの役割を果たしているらしかった。
我が家の「ぷにぷにの壁」の前に辿り着く頃には、私の体は髪も含めて、八割方すっきりと乾いていた。
「ふぅ……到着!」
私は残った葉っぱを投げ捨て、ぷにぷにの壁へとダイブした。
むにゅっ、ポンッ!
吸い込まれるように家の中へと入ると、広大で静かな空間が私を迎えてくれた。
外の大騒ぎが嘘のように、室内は静寂に包まれており、暖かな光で満ちている。
「あー……我が家最高。落ち着くわぁ……」
全裸のまま、私は安堵の溜め息をついた。
だが、八割方乾いたとはいえ、長い髪の根元には、まだほんのりと湿り気が残っていた。風邪をひくほどではないが、このまま服を着るのは少し気持ち悪い。
「確か、洗面台の横に……怪しい機械があったわね」
私はキッチン兼洗面スペースへと向かった。
そこには、先ほどドレスをピカピカにした「洗濯乾燥機」の隣に、もう一つ別の真鍮製の器具が設置されていたのだ。
それは、形はドライヤーっぽい、全体が真鍮で、サファイヤような青い石のラインがいくつも入っている。水晶の大きな赤と青のダイヤルが備わっている。
「これ……たぶん髪を乾かすやつよね? どうやって使うのかしら」
私が恐る恐る赤いダイヤルを「カチッ」と回してみた。
「きゃあっ!?」
機械の先端から、心地よい温風の渦が「ブワッ」と吹き出してきた!
しっとりとした温かい風だ。髪の水分を奪いすぎず、キューティクルをケアしながら乾かしてくれるような、極上の風。
「本物のドライヤーだわ!」
私は機械の前に立ち、風に髪をなびかせた。
前世のマイナスイオンドライヤーなんて比ではない。温風に当たるだけで、ボサボサだった銀髪がみるみるうちに指通りの良い、ツヤツヤのシルクのようなストレートヘアへと整っていく。
「気持ちいい……。ドワーフの人たち、本当に生活の質に妥協がないわね……感謝しかないわ」
髪を完璧に乾かし終えた私は、うっとりと手ぐしで髪を整えた。
洗濯乾燥機から取り出しておいた、洗いたての服を手に取る。
泥と蜜で汚れていたあの破れたドレスと下着が、今や新品以上の輝きを取り戻していた。
まずは下着に足をとおす。
「……っ!!」
私の口から、感嘆の漏れ声が出た。
生地が、まるで生まれたてのひよこの羽毛のように柔らかく、エアリーに膨らんでいた。肌に触れた瞬間、温かい雲に包まれたかのような極上の着心地。
続いて、銀色の刺繍が施されたドレスを身に纏う。
破れていた裾や袖口は、機械の修復機能なのか、綺麗なラインで整えられており、ゴワゴワしていた生地が極上のシルクのように肌になじんだ。
「すごい……! 着心地が良すぎて、着ていないみたい……!」
私はその場でくるりと一回転した。
泥まみれで、泡まみれで、トイプードルのようだった私が、鏡を見ると――見違えるような美しい髪をなびかせる令嬢へと元通りになっていた。いや、お湯とドライヤーの効果で、以前のセレスティアよりも遥かに肌ツヤが良い。
「完璧だわ! 気分も最高!」
身なりが整うと、自然と活力と食欲が湧き上がってくる。
そう、私にはまだ「やり残した重大な任務」があるのだ。
私はキッチンの天板の上に置かれた、あの『十匹のウロココケウオ(植物魚)』に視線を向けた。
魚たちは相変わらず、鮮やかな緑の葉っぱのウロコを輝かせ、焼かれるのを待っている(?)。
「よし……! 美味しい焼き魚を食べるわよ!」
問題は「火」の起こし方だった。
この家には立派な暖炉があるが、前世のライターもマッチもない。ドラマで見たことのある「木を擦り合わせて火を起こす作業」なんて、今の私にできるはずもなかった。
だが、私は知っていた。
この家の壁に、ある「便利なアイテム」が掛けられていたことを。
私は部屋の壁際へと歩み寄った。
そこには、古びた革のホルダーに収められた、一本の『短い杖』が飾られていたのだ。
長さ四十センチほどの、黒い木で出来た杖。
その柄の部分には、鮮やかな赤色で『小さな炎のマーク』が深く彫り込まれていた。
「これ……絶対に『火を放てる杖』よね」
私は杖をホルダーから引き抜いた。
手に取ると、ズシリとした心地よい重みがある。前世の知識とゲームの直感で、使い方はなんとなく分かった。
炎のマークの部分に親指を当て、少しだけ魔力を込めるように念じてみる。
カチッ、メラッ……!
「わあ……っ!」
杖の先端から、パチパチと小さな赤い炎が立ち上った。
まるで松明のように、簡単かつ安全に火を起こすことができる魔法の杖だ。
「やっぱり! ドワーフたちのアイテムだわ! 本当に至れり尽くせりね!」
火種(杖)を手に入れ、食材(魚)を抱えた私。
準備はすべて整った。
「家の中で煙を充満させるのは嫌だし、外の開放的な空気の中で魚を焼きましょう!」
私は左手に魚が入ったフキの葉のかごを抱え、右手に炎の杖を握りしめた。
お腹はペコペコだ。
あの絶品ポタージュ、ホクホクの焼き芋に続く、第三のごちそう――『ウロココケウオの塩焼き(塩はないけれど)』。香ばしい匂いを想像するだけで、口の中にジュワッと唾液が溜まってくる。
私は「ぷにぷにの壁」に向かって一歩を踏み出した。
むにゅっ、ポンッ!
軽快な音と共に、私のアロマ香る身支度を終えた身体が、再び外の世界――『名もなき森』の燦々と輝く陽光の下へと弾き出された。
「さて、どこで魚を焼こうかしら――」
焼き場を探そうと、弾む足取りで外へ出た、まさにその時だった。
「……え?」
私の言葉が、途中で凍りついた。
抱えていた魚のかごを落としそうになり、右手の中の杖を強く握りしめる。
視界に入ってきたのは、さっきまで私を楽しませてくれていた、あの平和で美しかったはずの花畑の景色では――まったく、なかった。
外の風景は、根底から『変貌』を遂げていたのだ。
「な……なに……これ……っ!?」
目の前の光景に絶句し、私の頬から、ツーと冷たい汗が伝い落ちていった。




