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悪役令嬢ですが、既に追放された後でした  作者: 逆立ちハムスター


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12/22

お風呂の所在

「ねえ、ジェントル。この魚って、生でも食べられるのかしら? 私の知っている世界では、新鮮なお魚をお刺身にして食べる習慣があったんだけれど……」


前世の日本人としての血が騒ぎ、生魚(お刺身)への期待が膨らむ。


だが、ジェントルは『んー……』と困ったように頭の蕾を傾けた。


『生ですか。申し訳ありませんが、私には分かりかねますね。私たち植物は食べものを「生で齧る」という概念がありませんから』


(そりゃそうか……)


『安全を期すなら、やはり火を通した方がよろしくはないでしょうね。ドワーフたちも、よく火で炙って食べていましたよ』


「そっか……。お刺身にできないのはちょっと残念だけど、焼いて食べられるなら十分だわ!」


火を通せば焼き魚だ。塩でもあれば最高なのだが、贅沢は言っていられない。美味しい料理が食べられるというだけで、胸が踊った。


だが、魚を見つめてウキウキしていた私の脳裏に、ふと、素朴な「疑問」が浮かび上がった。


私はかごを一度抱え直し、真面目な顔でジェントルを見上げた。


「……ねえ、ジェントル。一つ聞いていいかしら?」

『はいはい、なんでしょう?』


「この魚たちって、葉っぱが生えていて、エラから根っこが出ていて……明らかに『植物』の仲間よね?」

『ええ、そうですね。私たちと同じ、ガイアードの恵みを受けた仲間です』


「その……私があなたの『同族』であるこの魚たちを捕まえて、調理して食べることに対して……あなたは怒ったり、悲しんだりしないの……?」


それは、人間としての倫理観からの懸念だった。

もし、私がジェントルの目の前で彼の同族を殺して貪り食うのだとしたら、彼に嫌悪感を抱かせてしまうのではないか。そう思ったのだ。


すると、ジェントルは静かに優しい声で語り始めた。


『ふふふ……お嬢さん、優しいのですね。ですが、ここでは少し『考え方』を変える必要がありますよ』


「考え方……?」


『ええ。私たちの存在にとって、この肉体――魚の姿や、私のこの巨大な植物の姿というのは、ただの「仮の器」に過ぎないのです』


ジェントルは蔓の手を優しく開いた。


『この魚があなたに食べられ、肉体を失ったとしても、それは単に器を一つ脱ぎ捨てただけのこと。その魂はそのままガイアードへと還り、また新しい芽や、新しい器となってこの森に宿るだけなのです。命が消えてなくなるわけではなく、ただ巡っているだけ。ですから、肉体が奪われることに対して、私たちが怒りや悲しみを覚えるという概念はありませんよ』


「器が……変わるだけ……」


『ええ。最も、これは私たち『植物』や『聖域の生命』に限ったお話ですがね。人間や他種族の魂がどうなるのかまでは、私にも分かりかねますけどね』


ジェントルの言葉に、私は思わず目を見開いた。


「それって……つまり、あなたたち植物は、ある意味で『不死身』ってことなのかしら……?」


私が尋ねると、ジェントルはくすくすと笑うように花頭を揺らした。


『ふふ、ある意味、そうかもしれませんね。形を変え、巡り続けるだけの存在ですから。ですからお嬢さん、何も気にせず、美味しく召し上がってくださいな』


「……うん! ありがとう、ジェントル!」


この神の領域のスケールの大きな死生観に触れ、私の心はスッと軽くなった。

命の巡りに感謝しながら生きる。それは、前世の食育でも習った大切なことだ。


「じゃあ、私、家に戻って夕食の準備をするわね!」

『ええ、行ってらっしゃい。良い日を』


ジェントルに別れを告げ、私はモコモコ泡のプードル姿のまま、魚の入ったかごを抱えて我が家――あの「ぷにぷにの球体住宅」へと走った。


─


「ふぅ……重かった……」


ぷにぷにの壁を通り抜け、広い家の中へと入る。

まずは獲ってきた十匹の魚たちを、ドワーフの厳めしい真鍮製キッチンへと運んだ。天板の上に魚を置くと、ほっと一安心だ。


だが、一段落ついた瞬間、私の意識は「自分自身の悲惨な状態」へと向けられた。


「……うう、ベタベタする……」


身体中が、不快感の塊だった。

前世からの長旅でかいた汗、ジェントルに助けられた時の大量の蜂蜜の塗り残し、森を駆け回った泥汚れ、そして仕上げに全身にくっついた真っ白なモコモコ泡。

汚れのロイヤルストレートフラッシュである。お肌はツヤツヤになったかもしれないが、衛生的に限界だった。


「お風呂……お風呂に入りたい……! その前に、この汚れた服も洗いたいわ……!」


私は我慢できなくなり、身に着けていたボロボロのドレスを脱ぎ捨てた。

下着姿になり、全身を覆う泡を手で大雑把にぬぐい取る。


脱ぎ捨てた泥だらけのドレスを見つめ、私は部屋の隅にあった「怪しげな機械」へと歩み寄った。


それは、ドワーフの技術で作られたと思われる、円筒形の大きな真鍮製の機械だった。上部にはパカッと開く蓋があり、横には幾何学模様の歯車と青い水晶が嵌め込まれている。見た目は完全に「ファンタジー版の洗濯機」だった。


「これ……洗濯機よね? 水とか、どうやって使うのかしら……」


半信半疑のまま、私は泥と蜜で汚れたドレスを、機械の丸い投入口へと放り込んだ。そして、一番目立っていた、洗浄を思わせる記号が彫られた青い水晶のボタンを「ポチッ」と押してみた。


ガコンッ。


機械が重厚な音を立てて蓋を閉じた。


(水が出るのかしら? 洗剤は? 回転して脱水するの?)


私がハラハラしながら観察していると――驚くべき光景が広がった。


機械の中では、水など一切出なかった。回転する音すらしない。

代わりに、内部の青い水晶が怪しく光り輝き、ドレス全体を柔らかな「青い光の帯」が包み込んだのだ。


すると――。


「え……嘘でしょ……!?」


ドレスにこびりついていた黒い泥汚れや、ベトベトした蜂蜜、さらには頑固な染みに至るまで、すべての汚れが「丸い水滴」のような形となって、ドレスの生地から離れて浮き上がり始めたのだ!


浮き上がった無数の汚れた水滴は、無重力空間のように宙を泳ぎ、機械の奥にある吸引口へと「シュ、シュ、シュッ」と吸い込まれていく。


ほんの十秒ほどのことだった。


パカッ、と蓋が開き、中から出てきたのは――まるで今買い立ての新品のように、ピカピカに洗い上がった(しかも完全に乾いている)私のドレスだった。


「す……すごすぎる……!!」


私は思わず叫んでいた。


水も使わず、洗剤も使わず、服を痛める摩擦すらなく、よく分からない光の力で汚れだけを完璧に分離して乾燥まで一瞬で終わらせる。前世の最新ドラム式洗濯乾燥機すら遥かに凌駕する、超・ドワーフハイテク技術である。


「なにこの洗濯機! 前世の家電メーカーに見せたら泣いて喜ぶわよ……!」


服が綺麗になったことに感動した私だったが、同時に「自分の体」の汚れが余計に気になり始めた。


服がこんなに一瞬で綺麗になるのだ。この家なら、さぞかし素晴らしいお風呂(バスルーム)が用意されているに違いない!


「よし、服を着る前に、さっぱりお風呂に入りましょう!」


私は下着も脱ぎ捨て、完全に生まれたままの姿になった。

さすがに丸出しは恥ずかしいので、最低限の嗜みとして、両手で胸と大事な部分を隠しながら、広い家中を歩き回った。


「お風呂はどこかしら~? ジャグジー付きの豪華なお風呂かな~?」


ルンルン気分で、広いドーム状の部屋を探し回る。


……が。


「……あれ?」


いくら探しても、お風呂が見つからない。


部屋は果てしなく広かった。豪華なベッドルーム、書斎のようなスペース、さっきのキッチン、リビング……どこを見ても、浴室らしき扉やスペースが存在しないのだ。


「うそ……なんで? こんな無駄に広いのに、お風呂場がないの……!?」


私は焦り始めた。両手を胸と大事な部分に当てたまま、バタバタと家中を走り回る。

水回りであるキッチンの裏手も見た。ベッドの横も見た。どこにも、お風呂なんて存在しないのだ。


「嫌よ、こんなに汗と蜜でベトベトなのに、お風呂に入れないなんて生殺しじゃない……っ!」


生まれたままの姿のまま、半泣きで部屋の中を右往左往する私。


その時だった。


部屋の壁に設置された、小さな円形の「窓」が目に留まった。

外の景色を眺めるためのガラス窓だ。私は藁にもすがる思いで窓に駆け寄り、外の様子を覗き込んだ。


「何か……お風呂のヒントになるようなものでも……」


窓から見えるのは、我が家の側面に広がる、色鮮やかな花々が咲き誇る美しい花畑だった。

一年中ずっと「昼」であるこの森の太陽が、燦々と花々を照らしている。


……ん?


私は目を凝らした。


花畑の中央。我が家の壁のすぐ真横に、何か「大きな構造物」があるのが見えた。


それは、直径三メートルほどもある、立派な石造りの「円形の浴槽」だった。

なみなみと豊かなお湯が張られており、その表面からは――誇らしげに、心地よさそうな『白い湯気』がふんわりと立ち上っていた。


「……え?」


私の思考が、完全にフリーズした。


家の中にお風呂がない理由。

それは、お風呂が「家の中」ではなく、「家の外(庭)」に作られていたからだ。


「嘘でしょ!?」


私は絶望のあまり、窓ガラスにコツンと額を押し当てた。


そう、ここは『1年ずっと昼』が続く森。

太陽が沈むことのない、常にカンカン照りの明るい世界。


そして、先ほどジェントルから教わったばかりの狂気の生態系――

空には折り紙の妖精が飛び交い、木の枝には近寄ると爆発させられる『ステラキャット』が丸くなり、いつどこで不気味な魔物が通りかかるかも分からない、完全なる「野外」。


そこに、ポツンと設置された、遮るものの何一つない超・オープン露天風呂。


「な……なんで露天風呂なのよぉぉおおおっっ!!」


生まれたままの姿のまま、私は叫んだ。


一年中明るい太陽の下、怪物や妖精たちが闊歩する野外で、一人で生まれたままの姿になってお風呂に入れというのか。


ドワーフたちの狂った設計思想と、この森の容赦ない環境に対して、私の悲痛な叫びが、虚しく広い部屋の中に響き渡るのだった。

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