第96話:沈黙の決別 —— 牙を剥く草原
さらに数日が過ぎた。不満はもはや限界まで膨れ上がり、ボロ屋の空気は爆発寸前の圧力を孕んでいた。もはや、夕食の席でも一言も言葉は交わされない。
「……明日からは、俺たちだけで行く」
その晩、ザックは食事の途中でぶっきらぼうに告げた。
「あんたを連れて行くと効率が悪いし、何よりモチベーションが下がる。……ランクアップした鉄の冒険者として、俺たちは俺たちのやり方で稼がせてもらう。……もう、俺たちの分け前を掠め取らないでくれ」
ミアも、ニコも、田中の顔を見ようとはしなかった。
一ヶ月、共に泥を啜り、ボロ屋で肩を寄せ合って眠った絆よりも、「自分たちの稼ぎを最大化したい」という、ランクアップがもたらした傲慢な欲求が勝った瞬間だった。彼らは自分たちの「腕」さえあれば、田中のような「管理職」は不要だと確信していた。
田中は何も言わず、ただ最後の一杯のスープを静かに啜った。引き留めることも、言い訳をすることもしなかった。その沈黙が、ザックたちには「自分たちが正論を突きつけた結果、言い返せなくなった大人の敗北」に見え、さらなる優越感を与えた。
翌朝。
田中が目を覚ました時、ボロ屋にはすでに誰の姿もなかった。
いつもなら、田中の「出発するぞ」という声を聞いてから重い腰を上げていた子供たちが、ついに「おっさんという足枷」を自ら外して、朝靄の草原へと飛び出したのだ。
使い古された彼らの装備がないだけでなく、昨日までの稼ぎも、彼らの分は全て持ち去られていた。
「……なるほど。独立独歩か。……ええ度胸や」
田中は50%まで回復した魔力回路をゆっくりと、そして熱く回した。一ヶ月間、現場でじっと耐え、子供たちを育てながら回復させてきた力。体中を巡る魔力の脈動を感じながら、彼は一人、静かに立ち上がった。
三人が向かったのは、田中が「絶対に近づくな」と何度も言い含めていた、森の境界近くの深草地帯だ。そこは、角ウサギのような雑魚ではなく、組織的な狩りを行う「本物の捕食者」が潜むエリア。
「……さて。倒産(全滅)する前に、特別清算といこうか」
新興商社『タナカ』。その代表は、傲慢な社員たちの不渡り(致命的ミス)を処理するため、静かに狩場へと足を踏み入れた。




