【第92話:査定鑑定 —— 泥の中の祝杯】
夕暮れの冒険者ギルド。
泥と草の汁にまみれ、疲れ果てた姿で戻ってきた四人は、カウンターに収穫物を並べた。
職員が袋の中を検品し、冷淡に告げる。
「……薬草はこれだけ。報酬は銅貨5枚。それとウサギの角が二体分で銅貨10枚。……あぁ、それとこの変異種の草な。これは特別だ、銀貨1枚で買い取ろう」
合計、銀貨1枚と銅貨15枚。
田中が「……厳しいな」と口走ろうとした、その瞬間だった。
「…………うお、うおおおおおおおッ!!」
ザックが、カウンターを叩いて吠えた。その顔は、見たこともないような歓喜に震えている。
「やったぞ! 銀貨だ! それに銅貨15枚も! 田中、これ、昨日までの俺たちの『一ヶ月分』より多いぞ!!」
「……これ、全部、私たちの取り分?」
ミアも、震える手で銅貨を一枚そっと撫でた。あんなに怯えながらも、最後は口角を吊り上げて仕留めたウサギが、自分たちの命を繋ぐ「本物の金」に変わった。その事実に、彼女の瞳にはぶ厚い涙が溜まっていた。
田中は、ハッとした。
(……そうや。俺は何を『商社マン』気取って、利益率がどうとか抜かしとったんや。こいつらにとって、これは『勉強代』やなくて、人生で初めて掴み取った『生きる証』なんやな)
51歳の冷めた分析は、子供たちの剥き出しの喜びに一瞬で吹き飛ばされた。
田中は深く息を吐き、口元を緩めた。
「……あぁ、その通りやな。……よし、お前ら! 今日は祝杯や! その血生臭いウサギの肉と、この金で買ったパンを持って帰るぞ。あのボロ屋を、今日だけは高級レストランに変えたるわ!」
「応ッ!!」
ギルドを出た四人の足取りは、朝よりもずっと力強かった。
手元に残ったのは、少しの小銭と、解体に失敗して少し黒ずんだウサギの肉。
だが、それを抱えて自分たちの「城(ボロ屋)」へ向かう四人の背中は、もはや施しを待つだけの存在ではなかった。
その夜。
隙間風の吹くボロ屋の土間に、小さな焚き火が爆ぜた。
煮込まれたのは、血抜きの甘いウサギの肉と、田中が買った硬い黒パン。
少し泥臭くて、鉄の味がするスープ。だが、自分たちで稼いだ金で買ったパンを浸せば、それはこの世の何よりも贅沢なご馳走に変わった。
「……美味い、美味すぎるよ、田中!」
「……肉だ。……本物の、肉だ……」
夢中で鍋を囲むザック、ミア、ニコ。
田中は、自分もその「苦いスープ」を一口啜りながら、暗がりでスープの湯気を見つめた。
51年の人生で食べてきたどの会食よりも、そのスープは熱く、体に染み渡った。
(……これや。これが『商売』の原点や。……生きるために稼ぎ、食う。この手応えこそが、次の投資へのガソリンになるんや)
泥と、草の苦味と、失敗した肉の匂い。
新興商社『タナカ』。その「初任給」は、ボロ屋に響く子供たちの笑い声と共に、最高の満足感として腹の中へ収まった。




