【第91話:現場実習 —— 泥と草と、生命の重み】
「……さて。形から入るのが商売の鉄則やけど、買った道具は使わな意味がないからな」
新品の装備を馴染ませるため、一行はそのままギルドの依頼板へと向かった。
窓口で「葉っぱがギザギザしてて、裏に白い筋があるやつだ」と適当にあしらわれた一行は、一抹の不安を抱えながら、街の近郊にある薬草園へと向かった。
だが、現場に着いて早々、一行は「リアル」の洗礼を受けることになる。
「……おい田中、これか? ギザギザしてるぞ!」
「……待て、ザック。こっちもギザギザしとる。……ええい、わからん! 片っ端から毟れ! 似たようなのは全部や!」
商社マンの効率主義が崩壊した瞬間だった。
四人は泥にまみれ、膝をつき、必死に草を引っこ抜いていく。
そんな中、ニコが「おひさまの匂いがする」と地味な変異種の高純度薬草を見つけ、ザックが凄まじい投石で角ウサギの眉間を撃ち抜く。
動いたのは、小柄なミアだ。
彼女は新品の皮鎧の硬さに戸惑いながらも、草むらを「音もなく」滑るように詰め寄った。その足運びは、教えられずとも急所に肉薄する者のそれだった。
「……っ!」
ミアは震える手で、ギルド公認の鋭い鉄のナイフを逆手に握り、ウサギの喉元に刃を立てた。
どくどくと溢れる生暖かい血。
初めての生命の鼓動が、刃を通じてミアの手掌に伝わる。
(……あ、これ……)
ミアの顔は引き攣り、怯えているように見えた。だが、その瞳の奥は、恐怖とは真逆の、冷徹な「悦び」に燃えていた。
喉元に刃を立て、生命が尽きるその瞬間。彼女の口角が、ほんのわずかに、だが確実に跳ね上がった。
怯え、震えながらも、その刃筋は寸分の狂いなく、最も効率的に息の根を止める軌道を描いていたのだ。
(……え、何や今の……?)
魔法で泥の汚れを瞬時に飛ばし、三人の動きを冷静に観察していた田中は、その一瞬を見逃さなかった。
(……ミア。お前、今……。……震えとるのに、口角が上がっとった……?)
51歳の商社員が培ってきた「適材適所を見抜く目」が、ミアの内に眠る、ゾッとするような武闘派の資質を見抜いてしまった。
(……なるほどな。ザックは『目』と『肩』、ニコは『鼻』、そしてミアは……『とどめ』か……)
田中は複雑な心境を隠し、手付かずの自分のナイフを握り直した。
彼らには「牙」がある。ならば自分は、その牙をどこで、誰に、いくらで突き立てるべきかを差配する「脳」になればいい。
結局、日暮れまでかかって彼らが手に入れたのは、半分以上が「ただの雑草」が混じった泥だらけの袋と、血抜きが不十分で少し黒ずんでしまったウサギの死骸二体。
そして、ニコが「これだけは特別なんだ」と譲らなかった、小さな一握りの草束だけだった。
「……あー、腰が痛い。服も泥だらけや。商社マンが聞いて呆れるな」
田中は苦笑いしながら、泥だらけの三人の肩を叩いた。
効率は最悪。知識もゼロ。だが、三人の目には「自分たちの力で、まともな食い物を獲った」という、ドブ浚いの時にはなかった野性的な光が宿っていた。
「……いい経験や。明日はもっとマシな草が選べるようになる。……帰るぞ。この『泥の山』から、少しでも金を搾り出すんや」
新興商社『タナカ』。
泥と、草の匂いと、少しばかりの血の味から始まった、それが彼らの「創業初日」であった。




