【第87話:検品 —— 泥の中の換金資産】
「……ふぅ。……ようやく、一息つけるな」
下水道のマンホールから這い出し、人目に付かないスラムの廃屋の陰。田中は残り少ない魔力を計算しながら、最後の一押しとして指先から清浄な水を放った。
ザック、ミア、ニコ。そして自分。
下水で汚れた合羽やブーツ、そして素肌にこびりついた微かな臭いを、魔力の水で「精密洗浄」していく。共同井戸に近づけば殺されるこの街で、自給自足の洗浄は生存戦略そのものだ。
「……助かるぜ、田中。……これでようやく、人間らしい匂いに戻った」
ザックが安堵の息を漏らす。だが、田中の仕事はここからだ。
「……ええか、次は『商品』や。……これを見ろ」
田中は、下水の中で選別し、現場で一次洗浄した「ガラクタ」を、廃屋のボロ布の上に並べた。
磨り減った銀のフォーク。装飾の剥げたベルトのバックル。
田中はそれらに、さらに念入りに魔力の水をかけ、泥を指先で丁寧に拭き取った。清潔になった手で、慎重に、一つずつ。
そして最後に、あの「金属の部品」を取り出した。
「……これ、ただの鉄クズじゃねえな。……なんか、変な模様が彫ってあるし、中にキラキラした石が埋まってねえか?」
ザックの言葉通り、それは親指ほどの真鍮製の円筒で、表面には細かな溝が刻まれていた。
田中はそれを太陽の光に透かし、目を細める。
(……模様の意味はさっぱり分からん。だが、この『溝の細かさ』と『金属の合わせ目の精巧さ』……。これは村の鍛冶屋が叩いて作れるもんやない。……間違いなく、金のかかった『工業製品』、いやこの世界なら『魔導具』の一部やな)
商社マン時代、工場のラインで見た精密部品の質感を、田中の指先が覚えていた。
(……何かの『弁』か、『ジョイント』か。……詳しい用途は分からんでも、これだけ金がかかっとる部品が下水に流れてきたっちゅうことは、どっかの金持ちの屋敷で高い設備がブッ壊れたんやろ。……まともに買えば、相当な値がするはずや)
田中はそれを布で丁寧に拭き、他のガラクタとは別のポケットに収めた。
「闇の帳簿」は捨てたが、この「出所不明の高級部品」は、上手く捌けば「優良資産」になる。
「……よし、検品完了や。……ガラクタは馴染みの古物商へ。……この部品は、あのアテがある店主のところへ持っていく。……足元を見られんよう、俺が交渉する。……ええな?」
「……おう、任せるぜ。……頼むぜ、リーダー!」
三人の期待の眼差しを受け、田中は51歳の重い腰を上げた。
魔力はほぼ底を突いたが、懐には「確実な金」の種がある。
「……行くぞ。……泥水を啜る生活は、今日で終わりや。……今夜は、美味いもん食うぞ」
夕暮れのスラムを、少しだけ足取りを軽くして、四人の影が伸びていく。




