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【第82話:生存の第一歩 —— 縋る手と、新たな道】

「……はぁ、……はぁ、……生きてる……。俺、まだ生きてるわ……」


雨の降る路地裏。泥水の中に膝をつき、劇薬ポーションの激痛が引くのをじっと耐えていた。

首筋の火傷跡は引きつり、醜いケロイドが残ったが、あの死の熱だけは消え去っている。


震える手で、懐の銀貨10枚を確認する。

(……10万……。これで、まともな飯が食える……)


「……おい、兄ちゃん。生きてたのかよ」


泥水の中で悶絶する田中に声をかけてきたのは、数日前にゴミ山から自分を拾い、住みかまで運んでくれた命の恩人、ザックだった。後ろには、ザックの裾を掴むようにして、汚れで髪の色の分からない少女ミアと、さらに小さな弟分が一人、怯えたように立っている。


「……ザックか。……ああ、なんとかな。……お前ら、腹減ってるやろ。……美味いもん、食いに行くぞ。……恩返しや」


田中は22歳の軽い体で立ち上がり、ガキたちを引き連れてスラムの入り口にある飯屋へと向かった。

カウンターに銀貨を一枚置き、四人分の黒パンと肉スープを用意させる。


「……食え。……腹一杯、食え。……お前らが俺を拾ってくれんかったら、俺、今頃その辺のゴミと一緒に焼かれてたわ……」


「な、なんだよ急に……。……あ、熱っ……うめぇ……! 肉だ、肉が入ってる!」

「……これ、本当に食べていいの……?」


ミアが疑り深い目で田中を見つめるが、一口スープを啜ると、その大きな瞳を潤ませて夢中で食べ始めた。

ガキたちが獣のように食事を平らげるのを横目に、田中も自分の器を口に運ぶ。

温かい。塩気が五臓六腑にしみる。ようやく「人間」に戻った実感が湧いてきた。


「……兄ちゃん、スープに泣いてるのかよ。……それより、その格好どうにかしろよ。死体と見分けがつかねえぞ」


ザックがパンを頬張りながら、田中のボロ布を指差した。

食事を終えた田中は、彼らに案内させて隣の「古着屋」へ入り、22歳の肉体に合った頑丈なチュニックと靴を新調した。泥を拭い、身なりを整えると、ようやく「見栄え」が整った。


店を出て、ザックたちの住処(廃屋)へ戻る道すがら。

リーダー格のザックが、何か言いづらそうに何度も田中の顔を伺い、やがて足を止めて俯いた。


「……なあ、田中。……頼みが、あるんだ」


「……なんや。改まって」


「……その、……さっきの銀貨。……まだ持ってるんだろ? ……俺たちを、……『冒険者ギルド』に登録させてくれないか」


ザックの声は震えていた。隣でミアも、息を呑んで田中を見つめている。


「登録料は……一人、銀貨1枚(1万円)かかる。俺たちみたいなガキには一生かかっても払えない。……でも、プレートさえあれば、ギルドの依頼を受けられるんだ。……ゴミ拾いよりずっと稼げるし、まともな仕事も回してもらえる……! ……お願いだ、貸してくれ。……いや、俺たちをあんたの『部下』にしてくれ。……何でもする。死ぬ気で働くから……!」


冒険者。

51歳の商社マンの脳内に、その言葉が響いた。

今の今まで、そんな職業は頭に一つもなかった。だが、一度聞けば、商売人の直感が答えを出す。


(……なるほど。……身分を金で買う、っちゅうことか。……この街で無職の不審者として生きていくより、……ギルドの看板背負う方が、商売もしやすいわな。……「身分証」代わりと考えれば、銀貨1枚の経費は安いもんや……)


「……頭上げろ。……商売人が、簡単に頭下げるもんやない。……ええよ、その話、乗った。……ただし、俺も一緒に登録する。……お前ら、この街の地理には詳しいやろ? ……俺をガイドするっちゅう仕事で、銀貨4枚分……きっちり働いてもらうで」


「……! ……いいのか……!? 本当に……!?」


ザックの顔に希望の光が宿り、ミアも信じられないといった様子で口元を抑えた。

田中は、懐に残った銀貨を握りしめた。


(……一人、銀貨1枚。……残り4枚か。……まあ、先行投資としては悪くない。……こいつらと一緒に、このクソみたいな世界で『営業1課』、立ち上げさせてもらうわ)

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