【第80話:社畜の換金ルート —— 51歳の闇営業】
(……あかん……。……あのスープ……。……一生……忘れへん……味がしたわ……)
炊き出しの広場を後にした田中は、汚れたボロ布の中に隠した「銀色の塊」の感触を確かめた。
指先の熱は引かない。首の火傷は化膿し、服代わりのボロ布には膿と血が混じった嫌なシミが広がっている。
「……おい、カイ。……ちょっと……聞きたいんやけどな……」
田中は、スープの肉を大事そうに咀嚼しているカイを呼び止めた。
「……スラムで……『訳ありの品』を……まともな値で……引き取ってくれる……店……心当たりないか……?」
「……あ? ……兄ちゃん、まさか……。……あの『アルミのゴミ』、売るつもりかよ?」
カイが呆れたように鼻を鳴らす。
「……いいか、……スラムの換金所は……どこも『足元』を見てくる。……10の価値があるもんでも、……1でしか買わねえ。……それが嫌なら……『灰色のネズミ』のところに行くしかねえな」
「……『灰色のネズミ』……? ……なんや……その……いかにも……怪しい……二つ名は……」
51歳の社畜は、かつて闇ルートの資材調達を噂された競合他社の顔を思い出した。
「……スラムの北の外れにある、……壊れた時計塔の地下だ。……あそこのジジイは……性格は最悪だが、……モノの価値だけは……正しく見る。……ただし、……『出所』は……一切……聞かない代わりに……身の安全も……保証しねえ……」
「……最高やないか。……まさに……俺向きの……ブラックマーケットや……」
田中は、泥で汚れた銀の塊を、さらに泥で塗り固めた。
22歳の肉体は、栄養失調と傷の痛みでガタガタだ。だが、中身の51歳は、大きな商談の前にだけ訪れる、あの独特の「胃のキリキリ感」を楽しんでいた。
(……セレス様……。……あんたから……逃げて……。……最初のアポが……闇の商人か……。……人生……何が……起こるか……分からんもんやな……)
「……カイ、……ルウとガムを……連れて……先に帰れ。……これは……『大人』の……仕事や……」
「……へっ、……勝手にしろよ。……死んでも……恨むなよな」
カイたちは怪訝そうな顔をしながらも、自分たちの隠れ家へと戻っていった。
田中は一人、痛む足を引きずりながら、北の時計塔へと向かう。
(……よし……。……ここからが……本番や。……51歳の……交渉術……。……異世界のスラムで……どこまで……通じるか……試させてもらうで……)
首の火傷がドクドクと脈打つ。
一歩間違えれば、今夜の夕食は「自分の葬式」だ。
だが、田中の目は、炊き出しの列に並んでいた時の「死んだ魚の目」ではなく、獲物を狙う「商社の獣」のそれに変わっていた。




