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【第79話:スラムの炊き出し —— 51歳の行列と異世界の洗礼】

(……なんや……? ……あの……人だかりは……)

スラムの広場に、見慣れない白い法衣を着た一団と、立派な荷車が数台現れた。

鼻をつくのは、腐敗臭の漂うスラムにはおよそ不釣り合いな、肉と野菜が煮込まれた芳醇な香り。

「……おい、兄ちゃん! ボサッとするな! 早く並ばねえと、具がなくなるぞ!」

カイが血相を変えて田中の腕を引く。ルウもガムも、見たこともないような必死な形相で駆け出していた。

「……ま、……待て……。……なんや……あの集団……。……新手の……人身売買か……?」

「バカ言え! 教会の『炊き出し』だよ! 月に一度、タダで飯が食える唯一の日なんだ!」

51歳の社畜の脳裏に、かつて新宿の公園で見かけた光景がよぎる。だが、ここは法の届かないスラムだ。並んでいるのは汚れにまみれた住人たち。対する神官たちは、軽蔑を隠しきれない目でスープを注いでいく。

(……あ、……あかん……。……これ……『善意』やない……。……『支配の確認作業』……や……)

田中の番が来た。差し出した錆びたカップに、温かいスープが注がれる。

そこには、親指ほどの大きさの「本物の肉」が一切れ、奇跡的に紛れ込んでいた。

「……お、……おお……。……肉……肉や……」

22歳の肉体は、栄養失調でその香りを嗅いだだけで胃袋が激しく痙攣した。

首の火傷の跡は、不衛生な環境のせいでグズグズと化膿し、動かすたびに嫌な熱を持って拍動している。今の彼にとって、そのスープは「命そのもの」に見えた。

しかし、その時。

目の前で、足の不自由な老人がスープをこぼし、騎士のブーツに手を踏みつけられた。

その光景を見て、田中の胃の奥が氷を流し込まれたように冷たくなる。

(……せやな。……これが……この世界の……『炊き出し』の正体か……)

自分のカップの中にある、たった一切れの肉。

それが、あまりにも「安い命の値段」に見えて、田中の喉が拒絶反応を起こす。

「……兄ちゃん、……食わないのか?」

隣で、ルウが大事そうに、最後の一滴までスープを舐めとっている。

田中は、自分のカップに入った「一番大きな肉」を、掬い上げてルウの皿に乗せた。

「……俺は……脂身が苦手なんや。……お前、……それ……食え……」

「……えっ? ……いいの!? 兄ちゃん、怪我してるのに……」

「……ええから。……しっかり食うて……さっさと……デカくなれ。……こんな……『施し』……笑って……蹴り飛ばせるくらいにな……」

22歳の若者の体は「肉」を求めて悲鳴を上げていたが、51歳の精神は、その「屈辱のスープ」を飲み下すことができなかった。

(……セレス様……。……帝国も……教会も……結局……一緒や……。……こんなもん……食わんでも……生きていける……力を……。……俺は……手に入れるで……)

田中は、具のない汁だけを飲み干し、まだ震える足で、再びゴミの山へと背を向けた。

(……いつか……。……自分の手で……稼いだ金で……。……こいつらに……『本物の……ステーキ』を……食わせたるわ……)

初めての「炊き出し」は、空腹を癒すどころか、彼の心に消えない「怒り」の炎を灯しただけだった。

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