【第75話:スラムの洗礼 —— 51歳の重労働(ラフワーク)】
(……あ、……あかん……。……腰……いや、全身がバラバラや……)
意識が戻った時、鼻をついたのはカビと埃、そして吐き気を催すような腐敗臭だった。
田中は、地下貯水池の跡地らしき湿った床の上に転がされていた。22歳の肉体は頑丈だが、爆発のダメージと魔力枯渇で、指先一つ動かすのにも「遺書の書き直し」が必要なほどの倦怠感が襲う。
「……おい、起きたか。水の兄ちゃん」
リーダー格の少年・カイが、冷めた目で見下ろしていた。背後には、汚れにまみれたルウとガムが控えている。
「……水、出せるって言ったよな? 嘘だったら今すぐこのゴミ山の肥やしにするぜ。俺たちは昨夜、命がけで『死にかけの奴隷』を運んだんだからな」
「……ま、……待て……。……出す……出すから……」
田中は震える指先を、彼らが差し出した泥だらけの錆びたカップに向けた。
だが、指先に力を込めた瞬間、焼け付いた魔力回路が「ギギギ」と軋むような激痛を放つ。指先から滴ったのは、水ではなく、濁った血の混じった魔力の雫だった。
「……はぁ、……はぁ……。……これが……限界や……」
たったコップ一杯の、濁った白湯を出すだけで、視界がホワイトアウトする。
「……チッ、これっぽっちかよ。シケてんな。……おい、ルウ、ガム。こいつをゴミ拾いに連れてけ。働かねえ奴に食わせるパンはねえぞ」
「……え、……今から……現場……?」
田中は、子供たちに引きずられるようにして、巨大なゴミの山へと連行された。
這いずり回りながら鉄くずを掘り起こすたびに、首に刻まれた**「セレスが無理やり外そうとして暴走した、あの首輪」の爆発跡**がズキズキと疼く。
(……あかん……。……首を……動かすたびに……焼けた肉が……引きつる……!)
首を一周するように真っ赤に腫れ上がった火傷の跡。そこに、ゴミ山の不潔な埃と、自分の脂汗が入り込む。化膿し始めた傷口がドクドクと拍動し、脳を直接殴られているような不快な熱が全身に回っていく。
「……痛っ……! ……この……傷口……泥が……入って……」
「兄ちゃん、ノロマだな! そんなんじゃ夕飯抜きだぞ!」
小さな子供たちの罵声が飛ぶが、言い返す気力もない。
22歳の強靭な肉体スペックをもってしても、**「爆発による外傷」+「魔力枯渇」+「不衛生な重労働」**のトリプルパンチは、51歳のおっさんの精神を粉砕するのに十分だった。
(……帝国軍で……こき使われて……セレス様に……首を飛ばされかけて……。……ようやく逃げた先が……このゴミ溜めか……)
数時間後。夕闇が迫る頃、田中の手元にあるのは、数枚の錆びた銅板だけだった。首の火傷はさらに熱を持ち、皮膚は嫌な色に盛り上がっている。
「……これ……いくらになる……?」
「……これで? ……せいぜい、カビの生えたパン一切れだな。それも、俺たちの『ショバ代』を引いたら、兄ちゃんの取り分は……これだ」
カイが差し出したのは、指の第一関節ほどの、真っ黒に焦げたパンの耳だけだった。
「……はは……。……これ……。……時給換算したら……1円……切っとるな……」
51歳の精神が、あまりの低賃金と、首の激痛に乾いた笑い声を上げる。
自由の代償は、あまりにも重く、そして膿の匂いが混じっていた。




