【第70話:再就職(強制) —— 欠陥品の検品と、お局様の冷徹な指先】
(……あ、……あかん……。……頭……割れる……。……首……焼ける……みたいに……熱い……)
田中の意識が浮上したのは、不気味なほど静かな、豪奢な一室だった。
戦場の泥の臭いも、ガウル部長の怒号もない。漂うのは、記憶の奥底にこびりついた、高級な茶葉と——**「氷の魔力」**の冷たい香り。
「……あら、やっと目が覚めたのかしら。随分と長く『サボって』いたわね、田中」
頭上から降ってきたのは、鈴を転がすような、だが逃げ場を一切与えない冷徹な声。
恐る恐る目を開けると、そこには優雅に椅子に腰かけ、自分を見下ろすセレスティアの美貌があった。
田中は反射的に飛び起きようとしたが、首を走る鋭い激痛に、再びベッドの上へと沈んだ。
「……無駄よ。その首輪、帝国の低俗な呪印に私の氷結魔法が混ざり合って、完全に変質してしまったわ。今、無理に動けば……貴方の神経、一瞬で消し飛ぶわよ?」
セレスティアは紅茶を啜りながら、田中の首に指先を這わせた。その指が触れるたび、首輪の呪印が青白く脈動し、心臓を直接掴まれるような悪寒が走る。
「……セ、……セレス……さん……。……お、……お久しぶりです……。……いや……これ……その……拉致……監禁……ですよね……? ……一旦……コンプライアンス……的に……話し合い……を……」
「話し合い? ええ、するわよ。まずは、5年前に予告もなく職場を放棄した『不法行為』の賠償。次に、許可なく帝国なんぞに『再就職』した不貞。……そして、何より」
セレスティアの瞳が、スッと冷酷に細められた。
「……私の喉が、5年分……乾いていることについて。……アリス、準備を」
背後に控えていたアリスが無言でお盆を差し出した。そこには、かつて田中が毎日「適温」を注ぎ続けていた、あの忌々しいティーカップが置かれている。
「……さぁ、田中。5年ぶりの『初仕事』よ。……私のために、最高の一杯を出しなさい」
(……あかん……。……これ……前の……仕事内容……や……。……でも……)
田中は必死に体内の魔力を練ろうとした。だが、首の呪印が真っ赤に跳ね上がり、魔力の回路を物理的に遮断する。
「……が、……はっ……! ……セレス……さん……。……む、……無理……です……。……この首輪……リミッターが……キツすぎて……。……魔力……一滴も……外に……出ぇへん……のですよ……!」
田中の指先からは、情けないほどの湿り気すら出てこない。首輪の呪印が魔力を食い潰し、ただ田中を内側から焼き続けるだけだ。
「……あら? 壊れているのかしら。あんな安物のガラクタに、私の『専用サーバー』が使い潰されたというの?」
セレスティアは立ち上がり、田中の首筋を覗き込んだ。その瞳には同情など微塵もなく、あるのは「故障した道具」への不快感と、それを無理やり直してでも使おうとする執念だけだ。
「……アリス。この首輪、帝国の術式が私の魔法と癒着していて、力技では外せないわね。……いいわ。田中、覚悟しなさい。貴方の魔力回路を内側から強引に『拡張』して、このリミッターごとブチ抜いてあげる」
(……拡張……? ……それ……人間……壊れる……やつ……やんけ……!)
「泣き言は聞かないわ。貴方が勝手に壊れたのが悪いのよ。……さぁ、始めましょうか。『再教育』の時間よ」
セレスティアの手が、田中の額に置かれた。極低温の魔力が脳内に直接流れ込み、意識が再び白濁していく。
田中の「二度目の給湯器生活」は、5年前よりも遥かに逃げ場のない、地獄のオーバーホールから幕を開けた。
(……ポ……チ……。……俺……マジで……今回は……詰んだ……かもしれん……)




