【第68話:不純なインフラ整備 —— 22歳の奴隷、軍の「胃袋」を私物化する】
「……はぁ、……ひぃ。……あかん、……これ……前の職場(領主館)が……まだ……ホワイト企業に見えてきたわ……。……ガウル部長……、……せめて……5分……いや、1分の……休憩……だけでも……」
帝国の最前線基地。田中を待っていたのは、分刻みのスケジュールで管理される**「超高効率・強制労働」**だった。
商社マン時代の「社畜の魂」が、皮肉にもガウルにとって最高に都合の良い「高性能な給水設備」として機能してしまっている。
(……商売の基本……『納期遵守』……。……だがな、……これ……人間を……ただの……蛇口……やと思っとるやろ……。……コンプライアンス……崖の下に……置いてきたんか……)
田中は、鉄製の給水パイプに繋がれ、足元の**「アイゼンガルド製の小鍋」**を密かに共鳴させていた。ガラム爺さんから教わった「構造解析」を、小鍋を通じた微細な振動として給水システムに流し込み、着々と「内側からのサボタージュ」を進める。
(……セレス、……アリス、……。……あの夜襲で……ドサクサに紛れて……消えられたんは……正直……『しめた!』……とも……思ったんやけどな……。……あの……過保護な……監視下から……逃げ出したかったんも……事実や……)
だが、再就職先の帝国軍はさらに過酷だった。
オークションで買われて数ヶ月。田中は「従順な奴隷」を演じながら、首に食い込む呪印の首輪の重みに耐えていた。
「……報告! 第三防壁、完全に消失! 王国軍・魔導師団、中央広場への強襲を開始しました!」
伝令の悲鳴と共に、砦を揺らす轟音。空が王国の魔導の光で埋め尽くされる。
かつて自分が「魔力源」として仕えていたあの集団の、容赦ない火力が帝国をデッドラインへと追い詰めていた。
「……チッ、ここまでか。……おい、給水奴隷! 田中!」
ガウル部長が、焦燥に駆られた顔で叫ぶ。
「貴様の出す『あの水』……。あれを、前線の魔導砲兵たちに叩き込め! 全員の魔力回路を強制冷却し、連射速度を限界まで引き上げる『超伝導水』だ! さっさと出せ! 首輪の出力を上げて焼き殺すぞ!」
「……へいへい、……ただいま……。……帝国軍の……皆さんの……士気……(と、今後の体調)……度外視した……特製の……一杯……出したりますわ……!」
田中の指先から、かつてない高圧の水流が噴き出す。
だが、その瞬間。
頭上から降り注いだのは、帝国の魔導砲を無力化する、あまりにも見覚えのある「凍結魔法」の奔流だった。
「――見つけた。……5年経っても、この『不純な魔力波形』だけは、私の記憶から消えなかったわ」
瓦礫が舞う中、冷徹な美貌を湛えたセレスティアが、ゆっくりと宙から舞い降りる。
その背後には、鋭い視線を向けるアリスの姿もあった。
視線の先には、帝国軍の汚れに塗れ、首に**「奴隷の首輪」**を嵌められたまま、小鍋を抱えて震えている田中の姿。
「……あ、……あぁ……。……セレス……さん……。……お、……お久しぶりです……。……いや……これ……その……『再就職先』……間違えた……だけなんです……」
首輪の呪印が赤く脈動する中、田中は51歳の処世術をフル回転させ、引き攣った笑顔を浮かべた。
王国と帝国。そして自分を縛る首輪。
絶望的な再会の幕が、今、最悪のタイミングで上がった。




