【第63話:不純な故障報告 —— 22歳の奴隷、管理職を「泥沼」に引きずり出す】
「おい、どうなっている! 扉の隙間から水が漏れているぞ!」
重厚な鉄の扉の向こう側で、甲高い怒声が響いた。
ガチャン、ギギィ、と幾重にもかけられた閂が外され、扉が勢いよく開く。
そこに立っていたのは、豪華な刺繍の入ったローブをたくし上げ、真っ赤な顔で絶叫する痩せぎすの男——領主館の魔導管理官、ゼノスだった。
「ひぃ、……あぁっ! ……管理官様……! ……すんません! ……なんか……装置が……おかしいんです!」
田中は、膝立ちのまま、22歳の若々しい顔に「困惑と絶望」を浮かべて、溢れかえる水槽を指差した。
といっても、壊したわけではない。田中がやったのは、**「過剰在庫の放置」**だ。
(……商売の基本……『在庫過剰』……。……水槽が……満タン……やのに……首輪の……自動抽出……止まらへんかったら……どうなるか……試してみたわ……)
田中の首輪は、領主側の魔導師が設定したスケジュールで勝手に魔力を吸い上げる。田中はあえてそれに抗わず、むしろ「吸い上げられるまま」に身を任せた。
結果、水槽は溢れ、排水口の処理能力を超え、地下室の床は数センチの「ちゃぷちゃぷ」とした浸水状態に。
「貴様! 水槽が満ちたら、魔力の供給を自分で抑えろと言っただろうが!」
ゼノスが激昂し、杖を振り上げる。だが、足元を流れる水と、ヌルヌルと滑る地下の石畳が、彼の権威ある足取りを狂わせた。
「……無理ですよ……! ……俺……ただの……窓際族……あ、……いや……ただの奴隷……やし! ……マニュアル……も……教育……も……受けてへんのに……『空気を読んで止めろ』……なんて……不純な……丸投げ……困りますわぁ……!」
田中は、鎖の届く2メートル地点から一歩も動かず、必死に「できない理由」を並べ立てた。
「おっと! ……危ないですよ、管理官様! ……今……ここ……足元……滑りますから……!」
ゼノスが慌ててデバイス(水晶の制御端末)を操作しようとして、ツルリと足を滑らせる。
「ぎゃあっ! ぬ、濡れた! 私のローブが!」
(……ええぞ、……これぞ……『現場の混乱』……。……管理職が……現場に……足を踏み入れた瞬間の……不条理……。……あんたが……設定した……『全自動』……が……暴走しとるんやで……)
「……管理官様、……大丈夫ですか? ……あぁ、……首輪が……! ……首輪が……なんか……変な光……出しとるんです! ……設定……おかしいんと……ちゃいますか?」
田中はわざとらしく首を押さえ、苦悶の表情を浮かべた。
ゼノスは濡れ鼠になりながら、必死に手元の水晶デバイスを叩き、田中の首輪の出力を抑えようとする。だが、田中が内側から魔力の「リズム」を不純に乱すたびに、デバイスは「ピィーッ!」と不快なエラー音を吐き出した。
「……くそっ、……この欠陥品め……。……報告書には何と書けばいい! 『最高級の水瓶』と聞いて予算を組んだのに、これではただの『地下室を壊す装置』ではないか!」
(……よし。……『期待外れ』……の……レッテル……貼られたな……)
現場の惨状と、思い通りに動かない「不良在庫」に、ゼノスの心は折れかけていた




