【第55話:不純なヘッドハンティング —— 22歳の奴隷、主人を「競売」にかける】
「……おい、ガラム! 話がある。その『水瓶の若造』、金貨30枚で譲れ。これ以上の好条件はねぇぞ」
翌朝、砂の街『カササ』の広場に、ザックスの怒号が響き渡った。
背後には、昨日よりもさらに物々しい装備の荒くれ者たちがズラリと並んでいる。
「金貨30枚だと? 笑わせるなザックス! この田中の出す水は、一晩置いても腐らねぇし、飲むと筋肉の疲れまで取れる『奇跡の真水』だ。こいつが生み出す利益は、そんな端金じゃねぇ!」
ガラムは田中の首輪の鎖を短く持ち直し、ザックスを鼻で笑った。
その足元で、田中はわざとらしく震えながら、ガラムの背中に隠れる。
(……ええぞ、……相場が……どんどん……釣り上がっとる。……51歳の元商社マン……今……人生で一番……『資産価値』……高いんちゃうか……)
田中は、怯える「22歳の若者」を演じながら、脳内では緻密な損益計算書を作成していた。
昨夜、ザックスの密偵に渡した「最高純度の水」。その成分に含まれる微細な魔力(不純な調整)が、ザックスを「中毒的」な執着へと駆り立てている。
「……ガラムさん、……あのおじさん……怖い……。……俺、……どこにも行きたくない……。……でも、……俺の水の出し方……ザックスさんの……大きなろ過槽を使えば……もっと……もっとたくさん……出せるのに……」
田中が消え入りそうな声で呟いた。
それは、ガラムの耳には「もっと稼がせてやる」という誘惑に、ザックスの耳には「自分の設備の方が相性がいい」という甘い囁きとして届く。
「……何だと? 田中、今なんて言った……?」
「……あ、……いえ、……何でも……。……ただ、……俺の魔力を……もっと効率的に……『解放』してくれたら……一日に……500リットルは……余裕やのになぁって……。……あぁ、……でも、……この首輪じゃ……無理ですよね……」
田中の言葉に、二人の商人の目がギラリと光った。
「500リットル」。それは、この砂漠の街の水の利権を、完全に掌握できる数字だ。
「……ザックス、話を変えよう。……こいつを売る気はないが、……お前の持つ『最高級の魔力伝達触媒』と、俺の『水瓶』を組ませて、共同事業といこうじゃねぇか」
「……フン、いいだろう。だが、主導権は俺が握る。そのガキの首輪の『親鍵』を半分預からせろ」
(……よし。……『共同経営』の……罠に……かかったな……)
田中は、泥だらけの顔を伏せ、口角を吊り上げた。
二人の商人が一つの「利権」を共有し、首輪の管理権限を二分割する。それは、管理体制に「不純な隙」が生まれる瞬間だ。
「……さぁ、……どっちが……先に……欲を出して……相手の首を絞めるか……。……楽しみやわぁ……」
砂漠の熱風に吹かれながら、田中は「不純な合併」という名の、自らの解放へのカウントダウンを開始した。ここには助けに来てくれる相棒も、守ってくれる騎士もいない。頼れるのは、自分の指先から出る水と、磨き上げた嘘だけだ。




